51. 間に挟まるのはダメ、ゼッタイ
「わぁ、ここが合宿所なんだ!」
白樺の林の中に鎮座する二階建ての真っ白な大きな建物と無数のコテージ。
そこがオリエンテーション合宿の舞台だ。
白樺の中にあるだけで西洋風に感じるのだから不思議なものである。
「ついて来て頂戴ね」
おばあちゃん先生に連れられて向かった先は、白樺館と呼ばれる大きな建物。その中にあるホール。
演劇やライブなどが可能な舞台が正面にあるタイプのホールで、新入生はクラスごとに割り当てられた観客席に腰を下ろした。
雑談という名のざわめきがホール内に響く中、一人の教師が舞台中央に立つとまるで誰かが魔法でも使ったかのように一斉に静かになった。
「(あの人が
現役Aランク、英雄クラスの担任教師
彼が何かをしたわけではなく、純粋に彼に対する興味から新入生達は言葉を発するのを止めて食い入るように凝視し始めた。
世界的に有名なイケメンカリスマ教師なのだから仕方ないだろう。
多くの女子の目がハートマークになっているのも当然と思えるくらいに格好良いオーラがじゃばじゃばあふれ出ている。
「(あれ?目が合った?気のせいかな)」
一瞬だけ狩須磨からの視線を感じたが、偶然だろうとダイヤは気にしないことにした。
「(そういえば先生達は僕達のことをどう思ってるのかな)」
『精霊使い』についての新情報で生徒達が大慌てなのは想像出来る。
しかしそれは先生達も同様では無いのか。
だが今まで先生から話を聞かせて欲しいと言われたことは無く、おばあちゃん先生も何も言ってこなかった。
何もしてこないというところが逆に不気味であり、壇上の狩須磨が何を考えているのかが気になった。
「皆さん、こんにちは」
良く通る気持ちの良い声がホールに響いた。
顔だけでなく声も良いとかチートだろうと何人かの男子生徒が心の中でやっかんだ。
「今日からオリエンテーション合宿です。新入生の皆さんにとっては初めての学校行事。各々、様々な目的を持ってこの合宿に参加していることと思いますが、私個人としては純粋に楽しんで欲しいと思っています」
上級生にアピールしたい。
活躍して少しでも高いランクを付与されたい。
一緒にダンジョン探索する仲間を見つけたい。
そういった狙いがあっても良いが、大事なのは楽しむことだと狩須磨は言う。
「皆さんが思っている以上に、青春は尊いものです。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさんケンカして、たくさん恋をして、青春を謳歌してください。それがここ、ダンジョン・ハイスクールの方針であり、私達教師が心から皆さんに望むことです」
ダンジョン探索に没頭するだけの人生を送るのは勿体ない。
もちろん一つのことに集中したいと思うのも青春の一ページなのだが、それしか選択肢が無いのだと思って挑むのと、それが心から好きで没頭するのではまるで意味が違う。
この島は若者がダンジョン探索の練習をするために生まれたような島だ。
だからこそ敢えて高校生としての青春も忘れないで欲しいと願い、初代校長は青春を大事にする高校をここに創設した。
オリエンテーション合宿もまた、本来はそのための行事なのだと狩須磨は言いたいのだろう。
「ぶっちゃけ私も高校生に戻って青春したいです。今からでも編入して良いかな。ダメ?そんなぁ……」
舞台袖に立つ教師が腕で大きなばってんを作り、露骨にがっかりする狩須磨。
わざとふざけて見せたのだろう、新入生達から小さな笑いが起こった。
「ということで私抜きで皆さん楽しんで行って下さいね」
あっさりとした短い挨拶を終えた狩須磨は何事もなく普通に舞台袖にはけた。
「(良いこと言うなぁ)」
青春を楽しめというメッセージに激しく共感したダイヤは気付いていなかった。
狩須磨が舞台から消える間際、チラっと彼の方を横目で見たことを。
ーーーーーーーー
狩須磨の挨拶が終わったら本格的にイベントの開始だ。
配られたお弁当を食べながら各々午後のオリエンテーリングについて打ち合わせを始める。
「ダイヤ、チーム分けどうすんだ?」
今回のオリエンテーリングのルールは、白樺館周囲を散策しながら色々なところに貼られている問題を解く方式だ。
ただし必ず通過しなければならないチェックポイントがあり、クラスで分担して全てのチェックポイントを回る必要がある。クラス全員が白樺館に戻って来た時間が早ければポイントにもなるため、問題を探したり解くのに時間をかけすぎるわけにも行かず、バランスが求められる。
そして一番肝心なルールとして、各クラスで丁度四チーム作らなければならないというものがあるのだ。
「うちのクラスは十五人だから、四人チームが三つに三人チームが一つって感じだよな」
「普通はそうなんだけどね。敢えてバランスを崩して三人チームを三つに六人チームを一つ、なんて方法も取れるんだよね」
「でもこのルールでそんなに大人数のチーム要るか?」
「要るとか要らないよりは相性かなぁ……」
人数が多いと問題を解ける可能性が高まるが、逆に少ないチームが問題を解けなくなる可能性が高い。ゆえにクイズが得意な人を少人数グループに入れて、苦手な人達を集めるなんて戦略も考えられる。
とはいえオリエンテーリングで大事なのはテンポ良く進め、分からない問題や見つからない問題に固執せずに進むことだ。チームとして意思疎通をスムーズにできる必要があり、そうなるよう相性を考慮してチームを組む方が大事だろうというのがダイヤの考えだ。
「(さてどうしよう。素直に相性の良い人を組み合わせるか、それともこれから仲良くなって欲しいことを見越して未知の組み合わせを試してみるか。焼鮭おいしい。もぐもぐ)」
質素な食生活を続けて来たおかげで、
「ダイヤ美味そうに食うなぁ。俺はいまいちだわ」
「ほんなふぉほないほ」
「食いながら話すな」
普通の料理というだけで美味しく感じられる程に普段の食生活が酷いだけである。
「貴石くーん。これあげるー」
「じゃあ私もあげるにゃーん」
「え?え?」
ハムスターのようにもぐもぐと口いっぱいに溜めて食べていたら、これまた後ろの席に座っていた犬猫ペアがにょっと湧いて出ておかずを分けてくれた。
「いいの?」
「わんわん」
「にゃんにゃん」
「それもう返事になってないよ。でもありがとう」
何故くれるのかは分からないが、せっかくの厚意を断るような真似はしない。
貰ったおかずを大喜びで口に頬張った。
「美味しそうに食べるね~」
「餌付けしたくなっちゃう」
思わず犬猫口調を封印してしまうくらいにダイヤが笑顔でご飯を食べる姿が気に入ったのか、彼女達はまるでペットを可愛がるかのような視線でダイヤを愛でていた。
「き、貴石君。良かったら私のも食べて?」
「え?夏野さんも?」
今度は前からにょにょっと女子が生えて来て、そっとしいたけの煮物をダイヤの弁当箱の上に置いた。
朋の想い人、夏野向日葵である。
そんな彼女の行動を、隣に座っていた桃花が窘めた。
「ダメだよ向日葵ちゃん。いくら苦手だからって貴石君に押し付けるなんて」
「あはは、気にしないで。むしろありがとう」
「やった」
「もう、向日葵ちゃんったら」
お弁当のおかずのやりとり。
その様子を気が気ではないといった感じで見ていたのが朋だ。
「(夏野さんが僕に気を許しているのが気になるのかな)」
ハーレムを公言していたダイヤのことを向日葵は特に嫌悪していたはずなのだが、いつの間にか自分から話しかけるレベルで関係が改善されていた。流石にダイヤに取られるとまでは思っていないが、複雑な気分なのは間違いないだろう。
「(仕方ない、ちょっとフォローしてあげるか)」
朋のことを話題に出して少しは話をさせてあげようとダイヤは考えた。
「朋はしいたけ好きだよね。今度は朋にもプレゼントしてあげなよ」
これで向日葵は朋についてコメントをせざるを得ないはずだ。
後は朋が自然に会話を繋げられれば、二人の関係は少しだけ前に進むに違いない。
そう思ってたのだが。
「っ!」
向日葵の顔は途端に嫌悪感で一杯になり、朋から少し体を離したのだ。
「朋、何したのさ」
「な、なな、何もしてない!」
明らかに嫌われていると分かり衝撃で超慌てる朋。
それもそのはず、朋がダイヤに話しかけた時点でハーレム狙いの同類と思われていて、ダイヤは安全であると判明したが朋はまだ何も変わっていないのだから。
「謝るなら早い方が良いよ」
「だからマジで何もしてないんだよ!信じてくれ!」
「と言ってるけど?」
「…………」
向日葵の恐怖に満ちた反応は全く変わらない。
どういうことなのだろうかとダイヤが不思議に思っていると、いつの間にか彼女の背後に回り込んだ犬好が答えを教えてくれた。
「このせいだよーん」
「きゃあっ!」
なんと犬好きは後ろから手をまわして彼女の豊満すぎる胸を思いっきり揉み上げたでは無いか。
「馬鹿!やめてよ!」
「ええもんもってますがな~」
「本気で殴るよ!」
「わ、わわ、ごめん。ごめんって!わーん!ぐりぐりはやめてー!」
こめかみぐりぐりの系に処され涙するが自業自得である。
コンプレックスでもある大きな胸が強調され、クラスメイトはおろか他のクラスの男子にまでも見られてしまったのだから。
あまりの非道に桃花も苦言を呈した。
「湾子ちゃん、今のは流石に酷いよ」
「貴石くんの疑問に答えたかっただけなの~」
「本当は?」
「とっても気持ち良かったです」
「どうやらもっとお仕置きが必要なようね」
「わーん!ぐりぐりは嫌ぁ!」
「待ちなさい!」
逃げる犬好と追う向日葵。
結局何がどうなっているのか分からないダイヤ達だが、本当の答えは桃花が教えてくれた。
「貴石君は直ぐに目を逸らしたよね。でも見江春君は……」
強調された胸をガン見していたのだった。
「なるほど、普段からやらしい目で見てるんだね。そりゃあ嫌われるよ」
ゆえにハーレムの一員として向日葵を性的に狙っているという誤解が解けない訳である。
「だ、だだ、だってあんなんなったら男なら誰だって見ちゃうだろ!?」
「そういうとこだよ」
「ぐっ……なんでダイヤはハーレムハーレム言ってる癖に我慢出来るんだよ。ま、まさかもう十分に満足しているから!?」
「ふふふ」
「コンチクショー!」
もちろんまだダイヤは童貞であるが、面白い勘違いをしていたので敢えて訂正しなかった。
また、犬好が仕掛けた罠に嵌まらなかったのにも理由がある。
「(親友の好きな人をそういう目でなんて見れる訳ないでしょ)」
ダイヤとて、予期せぬ事故のご褒美があれば全力で堪能したいタイプだ。
だが向日葵だけは朋の想い人ということもあり必死で自重しているに過ぎない。
朋のためにと我慢した行為が紳士だと受け取られて向日葵の好感度が上がり、相対的に朋の好感度が下がっているのだから悲しいものである。
凹む朋と、どうしたものかと悩むダイヤ。
そんなダイヤに桃花が引き続き話しかけてくる。
「貴石君ってやっぱり良い人だね」
「そんなことあるよ~」
「あはは、あるんだ」
「もちろんさ」
心の壁が無くなり、自然にふざけて笑い合える。
それは犬好や猫好が相手でも同じはずなのだが……
「(あれ?もしかして)」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
何かを予感し思わず桃花の顔をじっと見てしまったが慌てて誤魔化した。
「そうだ、猫好さんはもうお弁当……」
「何?」
「な、なんでもないです」
誤魔化しついでに背後の猫好を巻き込んで弁当の話を広げようかと思ったのだが、慌てて思い直した。
「(何あの眼。こわぁ)」
猫好は真剣な瞳で向日葵から逃げる笑顔の犬好を見つめていたのだ。
「(ま、まさかあの二人って……)」
そのただならぬ雰囲気からあることを察したダイヤは決意する。
「(間に挟まらないように気を付けよう)」
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