第二章 『ハッピーライフ』

49. オリエンテーション合宿に出発だ!

「待ってええええええ!」

「行かないでええええ!」


 バスがまだある!


 島の入り口から猛ダッシュで学校の入り口まで戻って来たけど、どうにか間に合ったみたいだ。

 置いてかれなくて本当に良かった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、お、遅れてごめんなさい!」

「貴石さんが来てくれて良かったわ。それに猪呂いろさんもクラスの皆さんが待っているわ」

「はぁっ、はぁっ、は、はい!」


 バスの前ではおばあちゃん先生が僕達を待っていてくれた。


「お待たせして、ごめんなさい」

「大丈夫よ、ギリギリ時間内だから」

「え……あ、ホントだ!」


 スマDで時間を確認すると、確かに出発五分前だった。


「ふぅ~良かったぁ」

「ダイヤがこんな日に呼び出すから悪いのよ!」

「そんなこと言ったって、これでも急いだんだよ」


 島を出ていんの家を探し、彼女の友達と家族を見つけて事情を説明し、この島に連れてくる説得をする。その場所が島からかなり離れた所にあるということもあり、一日程度で終わるような作業では無かった。

 その結果、オリエンテーション合宿当日の朝になってしまったのだった。


「せめてお父さんとお母さんは別の日にしてくれれば良かったのに」

「あんなに号泣して喜んでたくせに」

「べ、別にそんなに泣いてないもん!」


 号泣も号泣、傍にいたダイヤがもらい泣きしてしまいそうな程に感動のシーンだったのだが、照れ臭くて号泣したと素直に認められなかった。


「目元真っ赤だから、クラスに戻る前に手入れしておいた方が良いよ」

「嘘!」

「赤くても美人なことに変わりはないけどね」

「ば、ばかっ!」


 どんな時でも愛を囁くのを忘れないダイヤに、いんの真っ赤な目元がとろんとして甘い空気が漂い出す。しかしその先は時間が許してくれなかった。


「仲が良いのはすばらしいことだけど、時間が無いので移動してもらえるかしら」

「ごめんなさい!」

「ごめんなさい!」


 おばあちゃん先生の言葉で正気に戻った二人は、各々のバスへと乗り込もうとする。


「ダイヤ!」


 慌ててダイヤと別れ、自分のバスに向かって駆けていたいんだが、途中で振り返りダイヤに大声でメッセージを伝えた。


「合宿では敵同士だからね!全力でやるわよ!」

「もちろん!」


 想いが通じ合った二人だが、別のクラスであり合宿では競い合う間柄。

 それを無視してイチャイチャするのではなく正々堂々と戦うという宣言に、ダイヤは笑顔で答えたのだった。


ーーーーーーーー


「皆、久しぶり!」


 『精霊使い』クラスのバスに乗り込んだダイヤは開口一番にそう言った。


 いんを探しに出て行ったと思ったらイベントダンジョン突入からの島外への移動と、ここ数日教室に行ってなかったからだ。


「おせぇよダイヤ!来ねぇかと思ったじゃねーか!」


 そんなダイヤを笑顔で迎え入れてくれたのは親友の朋、だけではなかった。


「そうよ、あんたがいなきゃ始まらないじゃない」

「沢山聞きたいことがあったんだからね!」

「まったく心配かけさせないでよ!」

「え、あ、あれ?ご、ごめんなさい?」


 何故かクラスの女子もダイヤを気遣うような発言をしてきたのだ。これまで徹底的に非干渉を貫いて来たにも関わらず。


「そんなとこに突っ立ってないでこっちこいよ」

「う、うん」


 良く分からない状況に戸惑いながらも、朋の隣の席へと向かった。


「無事に戻ってきてくれてマジで良かったぜ」

「心配かけてごめんね」

「ダイヤのことだ、心配はしてなかったけどな。それより色々と聞きたいことがあるんだが……また後にすっか」


 もう出発の時間であり、おばあちゃん先生もバスに乗り込んできた。

 今からおばあちゃん先生によるお話があるため、朋は聞きたい気持ちをぐっと堪えた。


「皆さん、おはようございます」


 柔らかで温もり溢れるおばあちゃん先生の声を聴くと改めて日常に戻って来たんだなと感じ、どことなくほっとするダイヤであった。


「今日からオリエンテーション合宿です。これを機に、是非仲を深めてくださいね」


 この合宿はランク決めのための最終審査だとか、上級生へのアピールの場だのと色々と言われているが、本来の目的は新入生同士のコミュニケーション強化だ。また、ダンジョンを攻略する仲間として絆を深めるというよりも、高校行事を共に楽しもうという側面の方が強い。つまりは球技大会、体育祭、文化祭などと同じジャンルだ。


「改めて合宿について説明します」


 おばあちゃん先生はチラっとダイヤの方を見た。

 ダイヤが休んでいる間にホームルームで説明済みなのだが、ダイヤが聞けていないため改めてしてくれようとしているのだ。


「オリエンテーション合宿は一泊二日。場所は学校の南側、ダンジョン山の麓のダンジョン湖畔にある合宿場です」


 その合宿場に向かってバスで移動を開始したのが今の状況だ。


「合宿のスケジュールはこちらに書いてありますので読んでおいてくださいね」

「ありがとうございます」


 ダイヤだけはまだ貰っていなかった簡易的な合宿のしおりをおばあちゃん先生が手渡してくれた。

 それをパラパラとめくりざっと確認する。


「(例年と内容は変わってないみたいだね)」


 事前調査を欠かさないダイヤは、もちろんオリエンテーション合宿についても調査済みだ。

 何をやるのか知っているから、いきなり合宿の内容を伝えられても困ることは無かった。


「それではまず、最初に皆さんにやってもらいたいことがあります」


 おばあちゃん先生の言葉に、全員の顔に疑問符が浮かんだ。

 バスでの移動中に何かをするとはしおりに書かれていなかったからだ。


「リーダーを決めましょう」


 それは予定には無いけれど、確かにやっておかなければならないことだった。

 これからクラスで協力して作業をするのに、中心人物がいなければクラスがまとまらずに作業が一向に進まなくなってしまうだろう。


「はい!」


 真っ先に手をあげたのは朋だった。


「え、朋リーダーやるの?」

「違う違う。推薦だよ。俺は馬鹿だから向いてないし」

「そっかな。お馬鹿タイプがリーダーってのも割とアリだと思うけど」

「馬鹿ってところを否定しろよ!」

「…………」

「そこで黙るなよ!」


 ダイヤの言う通りでお馬鹿タイプがリーダーだとチームの空気が朗らかになる効果が見込めるためアリなのだが、その場合は具体的な行動を決められる人をサブリーダーに据えなければならない。

 もし朋がリーダーになったのならば、誰かが裏で激しく苦労する羽目になるに違いない。


「と・に・か・く!俺はダイヤをリーダーとして推薦する!」

「わぁお。僕なの?」


 朋の言葉にクラス中が一斉にダイヤの方を向いたが、注目を浴びてもダイヤは動揺することが無かった。入学日に大勢の人の前で全く緊張することなく決闘を行った胆力があるのだから当然か。


「僕は信頼されてないからダメだよ。それよりつるぎさんとか良いんじゃないかな。真面目で皆からの信頼も厚いでしょ」

「わ、私か!?」


 いきなり話を振られ動揺する剣藍子。

 ダイヤがそんな風に自分のことを評価していたなどつゆ知らず、唐突に褒められたことで少しテレテレしてしまう。


 だが実はダイヤは彼女を推薦してみたものの、それが良い判断だとは思っていなかった。


「(剣さんは一つのことに打ち込む職人タイプだからリーダーにはあんまり向いてないんだけどね)」


 剣王になるという目標を掲げて日々研鑽を積んでいる藍子は、ストイックに自分を追い込む傾向にある。それをメンバーに強いてしまおうものなら、反発は免れない。

 あるいはチームのためを思って自分の考えを自重しようとも、生真面目に全員が納得できる方法を考えようとして答えが見つからず思考の迷宮から抜け出せなくなる可能性もあるだろう。


「いや、私よりも貴石がやるべきだ」

「え?」


 自分がリーダーに向いていないと分かっているのか、あるいはそれとは別の思惑があるのか、藍子はダイヤの推薦をあっさりと却下してカウンターを喰らわせてきた。


「少し前まで私は、いや私達は貴石を信じていなかった。躊躇なく人を殴り、女性を性的な目で見ると公言していたからな」


 暴力で無理やり手籠めにされるのではないか。

 そう思っていた女子も少なからずいた。


「それに貴石がかわ……温厚な見た目なのもギャップがあって不気味だった」


 もしもダイヤがいわゆる『不良』タイプの見た目であれば、真っ当に怖がり距離を取っていたのだが、いつも人畜無害そうな雰囲気だからこそ、暴力や性といった印象とはあまりにも真逆でギャップを感じ、そのことを気持ち悪く感じていた。


「しかし先日の配信を見て分かったのだ。貴石は思いやりがあり、目標に向けて真っすぐなだけなのだと」


 ダイヤの行動に裏は感じられず、純粋に願ったことを実現するために全力で行動していた。


 強くなりたいから障害となる教師を排除した。

 好きな人を助けるために命を懸けて行動した。


 しかもその願いには『他人のため』のものも含まれているのだ。 

 相手のことを真摯に想い行動するダイヤが、いくら好みの相手だからと言って強引にえっちなことを迫ってくるとは思えない。


 そう考えるとダイヤに対する恐怖感は一気に薄れ、むしろ信頼できるクラスメイトとして評価が一変していたのだ。尤も、素直になれないお年頃なので、いきなり態度を全面的に軟化させられる人は少なかったが。


「ゆえに貴石にリーダーを頼みたい」

「なんかそう面と向かって言われると照れちゃうな」


 いつものほほんとしているダイヤの本気の照れ顔が実は貴重であることを彼らはまだ知らない。


「でも僕弱いよ?」

「Dランクダンジョンから生還した男が何を言っている」

「いやいや、見てたでしょ。僕は囮になって逃げ回ってただけで、一人じゃ何も出来なかったよ」


 いんが居たからこそ敵を倒すことが出来た訳であり、ダイヤだけでは有効な攻撃手段が無く詰んでいただろう。


「弱いのは私達も同じだ。それに私達なら怯えるだけで囮にすらなれない。貴石は私達よりも遥かに強いさ。心がな」

「剣さんって恥ずかしいセリフ言っちゃう系だったんだね」

「う゛っ……ちゃ、茶化すな!」


 真っ赤に照れる藍子の様子をニマニマ見つめて堪能したダイヤは、改めてバス内を見渡した。

 クラスメイト一人一人と目を合わせると、確かに誰もがしっかりと見つめ返してくれる。これまでのように嫌悪感に満ちていることも、怯えられていることもない。信頼されているのかどうかまでは分からないが、クラスの一員としては認めて貰えていることは分かる。


「分かった。じゃあ僕がリーダーやるね」


 元からそうなる可能性はあるとは思っていた。

 何しろ入学して一月も経たないのにDランクイベントダンジョンをクリアして生還するという前代未聞の偉業を成し遂げたのだ。リーダーや委員長などの代表者は性格や資質ではなく、学力や何となく凄そうな実績で選ばれることが多い。ゆえにたとえ嫌われていようが嫌々ながら選出されるのだろうなというのがダイヤの予想だったのだ。尤も、予想は大きく外れて真っ当に期待されての選出になったのだが。


「ありがとう」


 藍子のお礼の言葉をきっかけに、パチパチパチとバスの中に拍手の音が鳴り響いた。


「(嬉しいけど、ほっとしたような表情の人がいるのは何でだろう?)」


 自分がリーダーとして選ばれなかったことを安心しているならば分かるのであるが、お世辞にもリーダー向きでは無い人がそのような顔をしていたのだ。

 クラス女子SNSでの話を知らないダイヤは、それが『これで気軽に相談できるかも』という意味のものだということに気付くはずも無かった。


「それで貴石。リーダーとして推薦した癖にと思われるかもしれないのだが、取り急ぎ一つだけ教えて欲しいことがある」

「何かな?」


 拍手が鳴りやんだところで、藍子が気まずそうな顔をして何かを聞きたがっていた。


「いいか、勘違いするなよ。私がお前のことをどうこう思っているわけでは無いからな!」

「う、うん」


 何の説明も無くいきなり振られてしまったダイヤであった。

 意味が分からないけれどちょっとだけ凹んだ。


「その、あの、なんだ。どうしてお前は私達にハーレムに入らないか聞いてこないんだ?」

「え?」

「それが分からないとお前に不埒なことをされるんじゃないかって不安な子が多いんだよ!」

「ああ、そういう」


 確かにそれは聞き方次第ではハーレム入りを希望しているのに声をかけて来ないから悲しんでいるようにも受け取られてしまう。そう勘違いされないために事前にお断りを入れた訳だが、それすらも捉えようによっては照れ隠しで誤魔化しているかのようにも受け取れてしまう。


 ここで揶揄ったら藍子は真っ赤になって可愛らしい反応をしてくれるだろうが、ダイヤはそこまで意地悪では無かったらしい。


「僕が声をかけるのは、ハーレムを受け入れて一緒に幸せになってくれそうな人だけだよ。そうじゃない人には声をかけないし、そういうアプローチも絶対にしないよ。だってそんなの嫌でしょ?」


 普通の女性はハーレムに入ったとしても嫉妬心でギスギスしてしまうのが自然である。だが中には例外的にハーレムなのに女性同士でも仲良く出来るタイプの人がいて、そうだとダイヤが直感的に感じ取れた相手にだけアプローチしているのだ。


「だ、だがそうは言っても男なんてものは誰が相手でも下心丸出しで女子を見て来るものじゃないか!」


 藍子の言葉に多くの女子達がうんうんと頷いた。

 誰もが少なからず男子からの不躾な視線を感じたことがあるようだ。

 そして心当たりのある男子達は気まずそうに目を逸らしてしまう。


「あはは。そんな失礼なこと出来ないよ。たとえ結ばれない相手であっても女性は大切にしなきゃ」


 だがダイヤはそんなことはしないと言い切った。

 性的な目で見ることは無いのだと。


 それが口先だけで無いことは、彼女たち自身が知っていた。

 これまでダイヤを警戒していたからこそ、ダイヤがそのような視線で見てくることが無かったことを良く知っている。


「なんだ紳士じゃん」

「それって好きな人にはめっちゃ押すけど、それ以外の人には誠実ってことでしょ」

「ヤバくない?」

「思いやりがあって、他の女に目移りしないで、命を懸けて守ってくれて、全力で愛してくれる」

「なんでハーレム狙いなの……」

「それさえなければ全力で獲りに行くのにぃ」


 女子達がヒソヒソヒソヒソと話し始めたが、絶妙な声の大きさでありギリギリダイヤには届かない。

 また、ダイヤも聞くのは失礼だろうと思い、敢えて耳を澄ませて聞こうともしない。


「わ、分かった。ありがとう。これで皆安心したはずだ」

「そう?なら良かった」


 ダイヤがアプローチしてこないということは、この中にはハーレムに入ってくれそうな女子がいないということだ。ゆえに襲われる心配は全くないということであり、ダイヤを認めるにあたって唯一の懸念点が払しょくされたことになる。


 しかし彼女達は大きな勘違いをしていた。


「(もし運命の相手だって分かったらアプローチするけどね)」


 ハーレムで女子同士仲良く出来て、共に幸せになれるか。

 ダイヤはそれを一目で完璧に分かるわけでは無い。


 いんのようにビビっと来ることもあるが、普通は仲を深めて相手のことを知る中で判断する。

 つまりこのクラスの女子も、仲を深めることでダイヤのターゲットになってしまう可能性がある。


 自分達は範囲外だと勘違いして安心した彼女達は、ダイヤに素の態度で接するようになるだろう。

 そうして心の壁が取り払われ無防備となってしまえば、あっという間に攻略対象となってしまうのかもしれない。

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