48. 司会のお姉さんいつか胃痛で倒れそう
「これよりダンジョン・ハイスクール五大クラン臨時会議を開催します」
やや大きな会議室。
そこにダンジョン・ハイスクールの五大トップクランの代表者が勢揃いしていた。
「本日はクラン『ジャスティスモーメント』の代表である
円卓から少し離れた所に置かれた椅子に座り司会役を務めるのはイベントクラン『ジャスティスモーメント』の団長である女生徒の詩霧。スマDの色から最上位の五年生であることが分かる。
なお『ジャスティスモーメント』は五大クランの一つではなく、司会役として特別に参加している。五大クランが持ち回りで司会をしようものなら、司会が自分の都合の良いように議論を誘導してしまったり、好き放題やりすぎてまともな進行にならなかったりするため、外部のクランに司会だけお願いする形をとっている。
『ジャスティスモーメント』は学校内で様々なイベントを企画運営、あるいは学校行事の運営を補佐する目的のクランであり、依頼されればこの手の司会なども引き受けてくれるのだ。
「はいはいは~い!」
「
「詩霧ちゃん俺と付き合おうぜ!」
「……会議に関係ない話はご遠慮願います」
「そんなこと言わないでさ。たっぷり気持ち良くしてあげるから!」
赤いメッシュ入りの金髪、大量のピアス、そして入れ墨と高校生らしからぬ風貌の悪楽は、魔物との戦闘を目的とするクラン『悪鬼夜行』の団長。柔らかなソファーに背をもたれ、堂々と足を組んで座っている。隣には副団長ではない大人しそうな三年生の女子を座らせ、背中に手をまわして抱きつつ掌で横乳の感触を楽しんでいた。
『悪鬼夜行』は戦闘力が五大クランの中でも群を抜いているのだが、素行の悪さが目立つ問題クランとしても有名だ。弱い職業の男子を勧誘して囮に使ったり、女子に片っ端から声をかけてクランぐるみで乱交パーティーをしているだなんて噂もあるくらいだ。もちろん本当にそんなことをしていたら学校が黙っていないので噂の範囲にすぎないのだが。
「それでは異論が無いようですので、会議を始めます」
「ちぇっ、相変わらず冷たいなぁ」
悪楽の態度はもう慣れたものとでも言うかのように詩霧は彼のアプローチを華麗にスルーした。会議の度に毎回同じことをやっていればこうもなるだろう。
「今回の臨時会議の議題は、『精霊使い』に対する今後の扱いについてです。各々のクランのスタンスを順に説明しながら議論をして頂ければと思います。まずは……」
「はいはいはーい!」
「『悪鬼夜行』さん、どうぞ」
どうせまた会議とは関係ない話をするのだろうと思った詩霧だが、自然な流れで挙手をしたので今回は無視するわけには行かなかった。
「可愛い女の子だけ勧誘しまーす!」
どうにも反応に困る回答だ。
女の子が目的なのか、そう思わせておいて『精霊使い』そのものも必要としているのか。
チャラい雰囲気が彼の本心を上手く覆い隠していた。
「ほんならあんたんとこは勧誘せぇへんってことでええんやな」
「なんでやねん。たぬきちゃん冗談きついわ~」
「エセ関西弁つかうな」
エセ関西弁はお前だろうと、詩霧に脳内でつっこまれた少女は『明石っくレールガン』の団長、俯角だ。彼女は円卓に普通に座っているのだが、その頭上にはタヌキの耳がぴょこんと生えている。動物耳を生やすのが彼女の今のトレンドのようだ。
「それに冗談やあらへん。今年の新入生は別嬪さんがえらい多いやん。精霊使いの子らに声かけとる暇無いやろ」
別に精霊使いのクラスの女子達が可愛くないという訳では無い。
「俺様、欲しいものは全部手に入れたいタイプなんで」
「ならさっさと詩霧をゲットせな」
「だってさ!たぬきちゃんからも許可が出たことだし、詩霧ちゃん俺と付き合おうぜ!」
「…………」
どうして余計なことを言うのですか、とでも言いたげな視線を俯角に向けた詩霧だが、ここで抗議をしたところで軽く流されるのは分かっていた。今は会議を先に進めることが大事であり、彼女はそのためにここにいる。
「『精霊使い』の取り扱いについて、あなたのクランの真っ当な考えを説明したら
ダイヤも使った秘技、考えるだけ。
もちろん答えがNOなのは決まっているのだが、悪楽はそれでも満足そうに微笑んだ。
「よっしゃ約束だぜ。ちゃんと考えてくれよな」
最初から見込みが無いと分かっていて揶揄っているだけなのか、あるいは勝算があるのか。
理由は分からないが、悪楽は今度こそクランとしての方針を告げたのだった。
「ぶっちゃけ、うちは要らねぇ」
『悪鬼夜行』は『精霊使い』が不要だと断言した。
「ドロップなんて上で戦ってりゃ良いのなんて勝手に揃うしな」
戦闘クランである『悪鬼夜行』は高ランクダンジョンで戦闘を楽しんでいる。そうなると自然とレア度が高いドロップが集まることになり、アイテムに苦労していないのだ。ドロップアイテムを選べる『精霊使い』が存在すればレアアイテムがより手に入り易くはなるが、今のところそこに大きなメリットを感じていない。
「それに弱者をキャリーするなんてうぜぇ真似出来るかよ」
あくまでも戦闘を楽しみたいのに、実力が不釣り合いな弱者を同行させたところで、そいつを守りながら戦わなければならず楽しさが半減以下だ。そういう理由もあり、『悪鬼夜行』は『精霊使い』にメリットを感じていなかった。
「まぁあの綺麗なエロ姉ちゃんが手に入るなら、何が何でも手に入れるがな。今のところは無理なんだろ?」
あの綺麗なエロ姉ちゃん、とはダイヤが召喚したスピのことだ。
スピの情報は島外にいるダイヤと俯角がスマDの通話機能でやりとりして情報を共有し、それを元に俯角とつながりのある島外のクランがフリーの『精霊使い』を
その結果分かったのは、魔物を撃破することで精霊を生み出すことは可能であるが、ダイヤのように人型の精霊や言葉を話す精霊を生み出すことは出来ないということだった。
生成が可能なのはあくまでも動物型でありその戦力はかなりの物ではあるが、他の職業と比較して特に優れているとは言い難い。
「せやな。そこんとこは間違いないから信じてええで」
『明石っくレールガン』を始めとする考察クランは考察することが醍醐味であり、その結果をわざわざ秘匿するようなことは基本的にはしない。むしろ公開することで新たな考えや情報が入手できるかも知れず、喜んで情報を公開することが多い。
今回のダイヤの件などは謎が多いため、公開して世界中で議論すべきだというのが彼らの主な考え方。ゆえに俯角の情報が偽であるとは考えにくかった。
「では『悪鬼夜行』は
「おう」
詩霧が『基本的に』と敢えてつけたのは、『悪鬼夜行』のことを信用していないためだ。
口ではそう言いながらも裏では何をするか分からない。これまで数々の問題行動を起こしてきたクランだからこそ、簡単には信じられなかった。
「次に『ぽてと』様はいかがでしょうか」
「…………」
「…………」
詩霧の視線は悪楽が座っているものとは別のソファーに座っている、非常に似ている二人の男女に向けられていた。
しかし彼らは一心不乱に手を動かしており、詩霧の言葉が聞こえていないかのようだ。
「あの、
「…………」
「…………」
男子の制服を着た生徒は針をせっせと動かし裁縫をし、女子の制服を着た生徒は何らかの木製の素材を
「あ~ダメダメ詩霧ちゃん。そいつら俺様が話しかけても一切反応しない生産バカだから。もっと強引にやらなきゃ。こんな風にさ」
「あんっ」
隣の女子の胸を露骨に揉み始めた悪楽に嫌悪感を抱きながらも、彼の言葉は正しいのだと心の中で嘆息する詩霧。
仕方なく『ぽてと』代表の所まで歩いて向かい、しゃがんで視線を合わせて大声でもう一度問いかけた。
「
流石にそこまでされると無視できなかったのか、彼らの手がピタリと止まった。
「私達は」
「特別干渉しない」
男子から女子へと。
しかし見ていないとどちらが声を発したのか分からない程に似通った声が飛び出した。
「くはー、双子とはいえ相変わらず怖いくらい似すぎだろ。今はどっちが女子なんだ?ああ?」
「悪楽さん、静かにしていてください」
「ちぇっ」
双子の創里兄妹、あるいは創里姉弟。
どちらが上でどちらが下かを彼らは明らかにせず、唯一判明しているのは片方が男で片方が女ということだけ。しかも服装と性別が一致していないことも多く、男子の制服を着ているから男子であるとは限らないのだ。
二人の『違い』について周囲が問い質そうとすると、彼らは決まってこう答える。
私達は二人で一つ。
「創里さん、特別干渉しないとはどのような意味でしょうか」
「他の人と同じで」
「必要な時に協力をお願いする」
その答えを聞いた俯角は一瞬意外に思ったものの、すぐにそれが自然な対応であることに気が付いた。
「(生産クランの『ぽてと』は頑なに生産スキルの持ち主しか入れへんもんな。必要な素材が自由に手に入るから『精霊使い』を欲しがるかと思ったけど、そのルールは破らへんかったか)」
生産クランは物作りを楽しむクランだ。
装備やアイテム、日用品や食料品など、スキルで作れるものは多種多様。
『ぽてと』は生産できるものなら何でも扱うクランであり、クランの中で『アイテム派』『アクセサリー派』などの派閥があり各々が固まって活動している。
生産に必要な素材があれば、自分達で取りにいったり採集クランに依頼するなどしており、『精霊使い』もまた依頼先の一つとしか見ていない様子だ。
「では『ぽてと』さんも『精霊使い』を普通の生徒として扱うということでよろしいでしょうか」
「よろしい」
「です」
これで話は終わったと判断したのか、二人は手元の作業に戻ってしまった。
そんな二人の様子に内心で溜息をしつつ、詩霧は自席に戻って次のクランに声をかけた。
「次は『パーリィーパーリィー』さん、いかがでしょうか」
「…………」
またも反応が無い。
しかし先ほどの創里双子の時とは違い、その理由は明らかだ。
クラン『パーリィーパーリィー』は代表者一人だけが参加しているのだが、その代表者の少女は窓の近くに立ちずっと外を眺めていた。そしてヘッドフォンをつけて奇妙なダンスを踊っている。
詩霧は彼女の元へ向かうと、全くためらうことなくヘッドフォンを取り外した。
自分の番が来たらこうしてくれと事前にお願いされていたからだ。
「ぴゃっち、わっちの番が来たっちょ?」
「はい、お願いします」
振り返った少女の顔には大小の星のシールが貼られ、カラコンを入れているのか左右で瞳の色が異なっている。髪にはカラフルなメッシュが入り、制服は原型を留めて無い程に改良されていてこれまた赤や紫などで派手に彩られている。
「パーリィーはパーリィーにしか興味ないっちょ!」
「……つまり精霊使いには興味が無いということでしょうか?」
「ニューピーポーがパーリィーしたいならウェルカムっちょ!」
「……つまり精霊使いが『パーリィーパーリィー』に加入したいと要望があれば検討するけれど、自分達から積極的に勧誘する気はない、ということでしょうか」
「ザッツ☆ライちょ!」
「詩霧、
別に詩霧とて、好きで彼女の言葉を理解できるようになったわけでは無い。
この会議の進行を何度も経験して苦労させられて苦労させられて苦労させられて苦労させられているうちに、分かるようになってしまっただけのこと。
『パーリィーパーリィー』の団長、
「(あんなんでも対人最強なんやから、人は見かけによらんってマジなんやな)」
『パーリィーパーリィー』は対人クラン。
魔物ではなく人間と戦うことを目的としたクランだ。
もちろんそれは闇雲にケンカを売ったり他人を傷つけるのが好きというわけではなく、主に決闘や学校行事の一つである武闘大会での戦いを目的とする。
こと対人戦において団長の
精霊使いの能力はダンジョン探索には向いているが、対人戦にはほぼ関係無いため興味が無いのだろう。ただし、精霊やスキルポーションの存在により強くなる可能性があるから、そうなったら仲間と認めるか
「では『パーリィーパーリィー』さんも『精霊使い』を普通の生徒として扱うということですね」
「わわっちょ!」
これで五大トップクランのうち、三つが精霊使いを特別扱いしないと宣言した。
残るは二つ。
考察クランの『明石っくレールガン』と攻略クランの『英光の架橋』だ。
「続きはお任せ致します」
まともなコミュニケーションを取るのが難しい面々の対応が終わったので、これで詩霧の出番は終わったようなものだ。会話
「ウチんとこは事前に宣言した通りやで。特別干渉はせぇへん」
「嘘をつけ。情報の宝庫である『精霊使い』を貴様らが放置するなど誰が信じるか」
俯角に噛みついてきたのは『英光の架橋』の副団長だ。団長はこれまでの会話を聞いているのか聞いていないのか、ずっと目を閉じて瞑想をしているかの様子である。
「こんな真っ当なクランを相手にその言い草は酷いわ、
「真っ当?情報のためなら拉致に買収に暴力にと手段を選ばない貴様らが?」
「なんのことか分からへんなぁ。証拠はあるんかい」
「チッ女狐め……いずれ化けの皮を剥がしてやるからな」
「ちゃうちゃう。良く見てや。今のウチはたぬきやで。ぽんぽこ~」
「このっ!」
「やめろ」
俯角に揶揄われて真っ赤になって激怒する『英光の架橋』の副団長、当馬を止めたのは『英光の架橋』の団長だった。ここにきてようやく目を開けて会議に参加する意思をみせた。
「ですが団長!」
「いい加減に慣れろ。時間の無駄だ」
「……かしこまりました」
不承不承と言った感じだが、当馬は引き下がった。
「そんでおたくはどうすんねん。部下の手綱を握れてない
「貴様、団長を馬鹿に!」
「やめろと言っているだろう。一々反応するな」
「……もうしわけございません」
「やーいおーこらーれたー」
「…………」
顔を真っ赤にしてプルプルと震えている当馬とは対照的に、俯角の言葉をなんとも思っていない様子の狩野団長。むしろ当馬の反応を煩わしいとすら思っている雰囲気が感じられた。
「俺達も特別に干渉はしない」
「嘘やな」
「本当だ」
「なわけあるかい。こん中で『精霊使い』がいっちゃん欲しいのはあんたらやないかい」
狙ったアイテムの入手が可能で、スキルポーションで強化を図れ、強い動物精霊を生み出して戦力とすることが出来る。
真っ当にダンジョンの攻略を目的とするのであれば、あまりにも欲しい人材だろう。
実際、ダイヤによって『精霊使い』の情報が公開された瞬間から『英光の架橋』はかなり強引に『精霊使い』にアプローチして仲間に引き入れようと説得をしかけていた。『明石っくレールガン』が止めなければ、四月は新入生の勧誘禁止という学校のルールを破り、何人かの『精霊使い』が『英光の架橋』への加入を確約させられ、既に馬車馬のように働かされていたに違いない。
なお『明石っくレールガン』が彼らを止めたのは、ダイヤと友好な関係を築くのが先決だと俯角が判断したためである。
「別に『精霊使い』は新入生だけとは限らない」
「へぇ、つまりなんや。あんたらクランメンバーを『精霊使い』に転職させるつもりかい。えぐいことするわ」
「勘違いするのは勝手だが、彼らは自分から名乗り出たのだ。お前達が考察するように、俺達もダンジョン攻略について考察をしているのでな」
「ほーん、自分からねぇ」
『英光の架橋』が『精霊使い』を欲しているのは今も変わらない。だがそれで『明石っくレールガン』を始め多くのクランを敵に回すとなると割に合わず、今後のクラン運営やダンジョン攻略に支障が出るだろう。例えば攻略に必須なアイテムを誰も売ってくれなくなる、なんてこともあり得るのだ。
そこで考えたのが、『精霊使い』への転職。これなら新入生を使わずとも自由に『精霊使い』を活用することが可能である。
ただし、俯角の懸念の通り、本当に自発的に転職を申し出た人がいたのかどうかは不明だが。
「まぁあんたらがそれでええならええわ」
俯角とて
話が終わったことを察した詩霧がまとめに入った。
「それでは皆様は『精霊使い』に対して過度な干渉はせず、他の生徒と同様に扱うということでよろしいでしょうか。反対があればお声をあげてください」
もちろん異論などあるはずもなく、これにて五大クランの臨時会議は終了となる。
かくして五大クランは『精霊使い』を特別扱いしないことが公式に発表された。
これにより他のクランは『精霊使い』に手を出しにくくなった。
他のクランの動向を縛るような発表では無いが、トップクランが我慢しているのに他のクランが手を出したらトップクランに怒られるのではないかと無意識に考えてしまうからだ。
とはいえそれはあくまでも一般的なクランの話。
確かに五大クランは何もしないと宣言した。
だが五大クランと
「あんたんとこ、本当に『精霊使い』をスルーするつもりなん?」
会議が終わり全員が会議室を出ようとする中、俯角は去り行く狩野に質問をした。
すると狩野は律儀にも足を止め、俯角に向き合って答えを返した。
「過度な干渉はしないだけだ。明日からの
ダイヤ達がダンジョン・ハイスクールに入学してからそろそろ一か月。
四月の最終平日、ゴールデンウイークが始まるより前に、新入生の初期ランクが決定する。
そのランクを決める要素となるのは二つ。
一つは四月の各生徒の探索状況。
そしてもう一つはランク決めの直前に実施される『オリエンテーション
全校生徒から審査される場とも言われるその合宿が、明日から始まるのであった。
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