45. 絶対に追いついてみせるから待ってろよ!
Eランクダンジョン、仄暗き水路。
水棲の魔物が生息する広大な水路は、空が開けているにも関わらずどことなく薄暗い。
ここで一年生の三人の少女が狩りに勤しんでいた。
「ユ、ユウ!魚!」
「分かった!」
水中に魚影を確認した杖使いの少女が大声で魔物の発見を告げると、短剣使いの少女は武器を逆手に構えて迎撃態勢を取る。
彼女達の前方を泳いでいる魚は、やがて短剣使いの少女に狙いを定めて勢い良く飛び出した。
「シッ!」
鋭い牙で噛みつかんとする
だがまだ油断は出来ない。
「ね、ねらい!奥!」
「う、うん!」
水路の奥に
とはいえまだ遠いところにいるため、今度は弓使いの少女の出番だ。
「集中!シュート!」
集中スキルで命中率を上昇させて弓を放つ。
「っ!もう一度!」
だが初撃は上部の触手を僅かに掠めただけでほとんどダメージを与えられず、すぐさま第二射を準備する。
「集中!」
今度は集中スキルを使った後も、時間をかけて狙いを定める。
「(近づいてきたらユウちゃんが倒してくれる。だから焦らないでしっかり狙わなきゃ)」
外したところで問題は無いと言い聞かせ、緊張感を和らげさせて少しでも手の震えを抑えようと努力する。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸をして余計な考えを頭から追い出し、ローパー下部の弱点を射抜くことだけを考える。
「シュート!」
狙いすました一撃は急所のやや右に直撃した。
少しずれていたため撃破には至らなかったが、大ダメージを負ったローパーの動きは見るからに遅くなり、蠢いていた触手もだらんと力無く垂れ下がっている。
「良くやった!」
後はトドメを刺すだけだ。
短剣少女がバシャバシャと水を立てて走りローパーの元へ向かい、短剣を突き刺すと魔物は霧散して消え去った。
「ねらい、やったな!」
「う、うん。ユウちゃんこそバトルフィッシュを倒すの格好良かったよ!」
お互いに戦果をたたえ合う戦闘組。
一方で、魔物の出現を声掛けしただけの少女は、一緒に喜ぶような気持ちになれなかったらしい。
「…………二人ともすごい」
自分は声をかけただけで戦っていないことが気になっているのだ。
しかし彼女は今のところ回復役であり戦闘職では無いのだから仕方ない。
「何言ってんだ。なこだってちゃんと声出てたぞ」
「うんうん。なこちゃんの声、ちゃんと聞こえてたよ」
ゆえに出来ることは無いかと考えたのが前衛職に声をかけてサポートすることなのだが、いかんせん彼女は気が弱く口下手タイプなので、はっきりと声を出して意思を伝えることが難しい。
今後、回復やバフなどをかける時にも声出しは重要なので、せめて戦闘中くらいは声を出そうと練習中なのだ。
「皆、まだいけるか?」
「うん」
「……うん」
彼女達は長時間ここで戦い続けているが、休憩しようと言い出す人は居ない。
中心となっている短剣使いの少女、トレジャーハンタークイーンの
「次は絶対に一発で当てるからね!」
そう意気込んで弓を構えるのは弓聖の
リラックスしている状態であれば百発百中の命中率を誇るが、極度のあがり症のため緊張で手が震えて狙いが甘くなってしまう。今はやる気の影響で緊張が大分和らぎ、そこそこの命中率になっている。
「ま、まって」
意気込むねらいにストップをかけたのは杖使いの少女、ミラクルメイカーの
「今のでレベルが上がって攻撃スキルを新しく覚えたから試してみたいの……」
「おお、マジか!?」
「奈子ちゃんの新スキル見たい!」
ということで、次の魔物は奈子が相手をするらしい。
「うう……大丈夫かなぁ……」
「平気平気、私らが居るからさ!」
「そうそう。私なんか何回失敗したことか。練習あるのみだよ!」
不安に震える奈子だが、仲間達に元気づけられたことで勇気が出たのか、意を決して杖を構えた。
「あそこにまたローパーがいるぜ」
「ウネウネ……気持ち悪い……」
「それは私も奈子ちゃんと同じ気持ち」
「アレが良いだなんて言うのは腐った男だけだ」
「触手プレイ……最低……」
仄暗き水路はローパーのせいで非常に人気が低いダンジョンとなっている。
全てはローパーに対する人間、特に男のエロ願望のせいで、ローパーは女性にやらしいことをする魔物だという印象が一般的になってしまっているからだ。もちろん、ここのダンジョンのローパーはそんなことはせずに、普通に殺そうとしてくる。
しかし一度固まってしまった印象を変えるのは難しい。
それは男女混合パーティーでローパーのいるダンジョンに入るとセクハラ扱いされてしまうほど。
仮に女性だけのパーティーだとしても、ぬるぬるぐちょぐちょにされてしまう印象と、見た目の気持ち悪さから戦おうとする人はまずいない。極一部の物好きを除いて。
「あのエロ野郎とか絶対エロ目的で猪呂をここに連れてくるに違いない!」
「さ、流石にそれは無いんじゃないかなぁ」
「触手プレイ……最低……」
何もしていないのに勝手に評価が下がってしまったダイヤであった。
「そろそろやってみる……」
話をしているとローパーが彼女達に気付いたようで動き出した。
まだ遠くにいる間に倒してしまおうと、奈子は構えた手を高く掲げてスキルを発動した。
「奇跡を行使する」
その姿からは気弱な感じが消え、強くはっきりとした口調で詠唱を開始する。
「神の御霊の元に顕現せしは、全てを溶かし尽くす灼熱の業火!」
「…………」
「…………」
短い詠唱と共に杖をローパーに向けると、灼熱の業火がローパーを焼き尽く…………さなかった。
彼女の声が虚しく響くだけで、何も起こらなかったのだ。
「もうやだ……」
中二っぽく詠唱をしたにも関わらず何も起きないなど、恥ずかしいことこの上ない。
真っ赤になって座り込んでしまった。
「ド、ドンマイ!気にすんな!そういうこともあるある!」
「そ、そうだよ!そもそもそういう職業なんだから仕方ないって!」
「うう……消えてなくなりたい……」
慌てて仲間達がフォローするが、傷ついた奈子の精神は簡単には回復されない。
とはいえ、実はねらいが言う通りでこれは失敗では無く仕方ないことでもある。
ミラクルメイカーは、その名の通り奇跡を創造する。
人々を癒し、力を与え、不浄なる物を滅する各種奇跡は、魔法とは違うカテゴリに属している。
ゆえに、魔法を禁止されても使用出来たり、魔法のバフと奇跡のバフを重複させることが出来るなどのメリットがある。奇跡を封じる方法は今のところ見つかっていないため、厄介なギミックが多い高難易度ダンジョンでは重宝される職業だ。
ただし奇跡はいつでも確実に発動できるというわけではなく、確率で失敗してしまうのだ。
更には詠唱が必須という恥ずかしいデメリットが存在する。
しかもその詠唱は自分で考えなければならないのだから、特に未発動時の恥ずかしさは格別のものだろう。
「立ち上がるんだ、奈子!私達は強くなるって誓っただろ!」
「そうだよ、奈子ちゃん。頑張ろうよ!」
「……じゃあ二人も詠唱しながら戦ってみよ?」
「ちょっとあいつ倒してくる」
「あ、私も手伝うよー」
「ぐすん……」
奈子の言葉を何も聞いてないかのようにスルーしてローパーを退治しに向かう勇とねらい。
流石に彼女達も自作詠唱を公開するのは恥ずかしいと思っているらしい。
しかもそれは奈子が恥ずかしいことをやっていると彼女達が思っているということでもある。
「マジごめんって」
「私が悪かったよー」
「ぐすん……」
いじけてしまった奈子の機嫌を治すのに小一時間かかってしまうことになるが、ここまで戦いの連続で気付かない間に疲れが溜まっていたので良い休憩になっただろう。
「……もう平気。いこ」
「お、おう。そうだな」
「が、頑張ろうね!」
どれだけ声をかけてもふてくされたままだった奈子が突然あっさりと機嫌を治したことで、勇とねらいは戸惑っていた。もしかしたら強制的に休憩させるために奈子は敢えて不機嫌なフリをしていたのかもしれない。
「よ~し!それじゃあ先に進むか!」
「うん。絶対強くなろうね!」
「……が、がんばる」
高いモチベーションでダンジョン探索に挑む三人。
その理由は一人の『友』のためだった。
「待ってろよ猪呂!絶対に追いついてみせるからな!」
自分達はヴァルキュリアである
友達になりたいだけなのだ。
それなのに例の配信で
だがそうでは無いと口で伝えるだけではダメだ。
何故なら彼女達は弱く、
ゆえに強くなる。
強くなり助けられる関係から卒業し、
それが三人が選んだ探索仲間としての友達の在り方だった。
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