46. (意訳) べ、別にあんたのこと見直したわけじゃないんだからね!
「ホントどうしよっかな~」
ダンジョン・ハイスクール一年、
高校一年生にしては多少発育が物足りない少女は、可愛らしいナイトウェアに身を包み寮の自室のベッドの上でゴロゴロ転がっていた。
「『精霊使い』の隠された可能性だなんていきなり言われても困っちゃうよ……」
彼女はダイヤのクラスメイトであり『精霊使い』。
ダイヤの配信により人生が劇的に変わりそうな予感を抱いた一人である。
「普通に楽しく遊べればそれで良いのに」
ダンジョンを探索する理由は人それぞれだ。
名誉を求める者。
金銭を求める者。
知識を求める者。
戦いを求める者。
しかし誰もが明確な理由があって探索したいわけでは無い。
死の危険が少ない低レベルのダンジョンで、友達と一緒にワイワイ楽しみたい。
いわゆるエンジョイ勢も一定数存在し、桃花はそういったタイプの人間だった。
精霊使いは弱い職業であると馬鹿にされがちであるが、エンジョイ勢ならばその弱さすら楽しめる。
転職で弱い職業にしか就けなかったとしても、少し戦えればそれだけで十分だ。
むしろ変に強い職業になって期待なんかされようものなら面倒なことこの上ない。
桃花はゴロゴロと転がるのを止めて、スマDの画面をチラっと見た。
『先輩からパーティーに誘われちゃった』
『トップクランの人が声かけて来た!』
『寮の先輩がやたらと優しくしてくれるようになってちょっと怖い』
クラスメイトの女性陣によるSNSグループでは、どんなアプローチがあったのかという投稿が山のようになされている。そこには自分が経験したものも沢山載っていた。
「はぁ~、協力しなきゃダメなのかな……」
このままではガチ勢に半強制的に吸収される未来しか見えない。
エンジョイしたいだけなのに、危険な場所に連れてかれるなんてまっぴらごめんだ。
「皆はやっぱり頑張っちゃうのかな」
これまで精霊使いだからと馬鹿にされてきたからこそ、見返してやりたいと思う人は多い。
クラスメイト達も反撃のチャンスだと言わんばかりに舞い上がっている人の方が多数だ。
そんな空気の中で自分は頑張りたくないだなどと言える訳が無い。
特に女子は協調性を重視する。
しばらくは今のクラスで行事などをこなすと言うのに、余計なことを言ってしまいハブられるだなんてのは辛すぎる。
『ところでさ。皆は『精霊使い』のまま頑張るの?』
「え?」
将来について悩んでいたら、聞きたいことをクラスメイトが切り出してくれた。
投稿主はクラスカーストの上位者であり、これまでの発言では『精霊使い』のままか転職するかで悩んでいた。これならどっちの意見の人も話しやすいだろう。
『分かんな~い』
『悩ましいよね』
『マジで精霊使いが強いか分からないもん』
「あれ?みんなも悩んでたんだ」
てっきり大喜びで精霊使いとして大手クランに入ったりして頑張るのかと思っていたのに、予想外に慎重だった。
『いくら人気でもアイテム拾い役なんてなんか惨めだし』
『それでお金稼げるならさっさと稼いで引退もありかもだけどね』
『せめて強くなれるならなー』
『あの変態も結局まともに戦ってなかったしね』
今のままでは精霊使いは弱いままで、狙ったアイテムを拾えるだけの便利役だ。
スキルポーションを使えばスキルを覚えられるのかもしれないが、それだってどれだけ強くなれるかは分からないし、そもそも貴重なスキルポーションを入手出来るかどうかも分からない。
ちやほやされるのは楽しいが、将来を見据えると喜んで『精霊使い』の道を選ぶわけにはいかないというのが彼女達の考えだった。
「みんな真面目に考えてたんだ……」
何気に失礼な言葉だが、まだ入学して少ししか経っておらず、クラスで話をしている限りではそういう真面目な人となりは中々見えてこないので仕方ないのかもしれない。
『でもさ、あのメイド服の女性も『精霊』だって噂があるじゃん』
『あんなに強い人が仲間になってくれるなら最強だよね』
未だ精霊幼女、もとい『えっちなお姉さん』の正体については正確な情報が出て来ていない。
ダイヤが意図的に隠しているのではなく、説明する前に島を出て
配信でダイヤの身体の中に出たり入ったりしていることから、『精霊』ではないかと推測が為されているだけである。
『私は可愛いワンちゃんが良い!』
『ありえない。ネコ一択』
『おっと戦争ワン?』
『受けて立つニャン』
「私はフェレットが良いなぁ」
可愛い動物精霊と一緒に暮らし、ダンジョンを無理なく散歩する毎日。
なんて素敵なエンジョイ生活では無いかと桃花は『精霊使い』側の未来にぐっと心が寄せられた。
しかしそんなほんわかとした流れをぶった切るようにある少女が投稿したことで雰囲気が一変する。
『転職一択。剣王になるのが夢だったから』
『
『自己紹介の時からそう断言してたもんね』
実家が剣術道場ということもあり、幼い頃から剣の達人に憧れていた少女。
高一女子としては非常に背が高くスレンダーで、顔立ちも凛々しく整っておりモデルのようだと同性からも評判だ。
『今は精霊使いだけど、転職して必ず剣王になります』
自信満々に自己紹介したその姿はとてもインパクトがあり、誰もが彼女のことを一目置いていた。
何故かダイヤだけは琴線に触れず興味が無さそうだが。
そんな彼女が堂々と夢を語ったことが、クラスメイト達の気持ちに火をつけた。
『私もやっぱり転職かな。戦闘職で活躍するの夢だったし』
『だね、せっかく毎日練習したのに今更諦めるのは嫌だもん』
『夢は変えられない』
各々が就きたい職業がある。
その職業になるために、無駄かもしれないと思いつつも必要なスキルの練習をずっと続けて来た。
いくら『精霊使い』に可能性が見出せたとしても、簡単にその夢を変えることなど出来やしない。
チヤホヤされていることで揺らいでいるように見えて、彼女達の心の内は大きく変わっていなかった。
「みんなすごいなぁ」
クラスメイトのように強い気持ちなど持っていない桃花は、自分だけが取り残されたようでどことなく寂しさを感じていた。
とはいえ今から新たな夢を持つだなんて気持ちにもなれやしない。
『でもさ、正直なところ精霊使いのドロップ操作っておいしすぎだよね』
『そうなの!それ諦めるの超勿体ない!』
『どうして転職してスキルを引き継げないのよー!』
夢を諦められないのと同様に、便利なスキルもまた諦められない。
これは精霊使いだけの話ではなく、転職する全ての人が抱えるジレンマだ。
「じゃあ私が精霊使いのまま頑張って皆に協力すれば喜んで貰えるかも!」
クラスメイトは夢を叶えられ、欲しいアイテムも入手し放題で大満足だろう。
しかしそれには大きな問題があることをすぐに気付いてしまった。
「それじゃあ先輩達に協力してアイテム拾うのと同じだよね……」
果たしてそれは対等な関係と言えるのだろうか。
そしてそれは自分にとって楽しいことになるのだろうか。
それにしばらくしてクラスメイト達が強くなったら、危険なところに連れてかれることになるだろう。
そう考えるといくらクラスメイトのためとはいえ、精霊使いのままで協力したいとは思えなかった。
ならば精霊使いはダイヤを除いて全員が転職してしまうのか。
果たして本当にそれで良いのだろうか。
その答えを知っている、あるいは教えてくれそうな人に桃花は心当たりがあった。
それを皆に伝えた所で良い反応が返って来ないことは分かってはいたが、皆が本当はどう思っているのかを知りたくて、桃花は意を決して投稿する。
『貴石君にアドバイス貰うのはどうかな?』
精霊使いの未来を切り拓いた本人に意見を貰えば、自分達がこれからどうすべきかの指針が立てられるのではないか。そう考えるのは自然なことだろう。だが誰もそれを言い出さなかったのには理由がある。
『桃ちゃんダメ!あいつに近づいたら孕まされるよ!』
『そうそう!あんな歩くセクハラ野郎なんかと関わっちゃダメ!』
『女の敵は排除だ排除!』
それはもちろん彼女達がハーレムを公言するダイヤのことを嫌悪しているから。
しかもダイヤは配信で同世代の女性を見事に堕とし、見られているのが分かっていてちゅっちゅして見せた。
複数の女性と同じことをすると想像すると、どうしても気持ち悪くなってしまうのだ。
「あはは、やっぱりこうなっちゃったか」
予想通りの反応が返ってきたことに桃花は苦笑する。
とはいえここで同意するだけならば話を切り出した意味が無い。
彼女達が本心では夢を選んでいることを教えてくれたように、桃花も少しだけ本心を曝け出してみることにした。
『私もそう思ってたんだけど、よくよく考えてみると貴石君にはそんなに悪い印象が無いんだよね。相談したら真面目に答えてくれる気がするの』
確かにダイヤは女好きの最低な男かもしれない。
桃花もハーレムになど入りたくはない。
だがそれ以外の点ではどうだろうか。
命を懸けて好きな女を守り、彼女の心と真剣に向き合い、尽くす姿は理想の男性像ではなかろうか。
クラスの男子にダンジョンでの心構えを教えたことで慕われていることも知っている。
真摯に授業に参加し、ダンジョン攻略を真面目に考え、日々を真剣に生きている。
それにそもそも女好きとかいうわりに、ジロジロと不躾な視線で見てくることが全くない。
勇敢で心優しい優等生。
それが桃花のダイヤ評だった。
「あれ?誰も何も言わなくなっちゃった」
これまで流れるように続いていた会話が、桃花の言葉を最後にピタっと止まってしまった。
スマDが壊れてしまったのかなと不安になった桃花だったが、数分待つと次のメッセージが投稿された。
『悔しいけど同意』
『キモいけど同意』
『嫌だけど同意』
どうやら誰もが桃花と似たような気持ちを抱いていたけれど、それを素直に認めるのが嫌なようだ。
『あいつ教室でわざと私達に聞こえるように男子達とダンジョン攻略のコツを話してたし』
『あったあった。妙に説明口調な奴でしょ』
『あたしたちに話かけても逃げられると思ったから敢えてそうしたんでしょ。バレバレだっての』
『それにハーレムハーレム言うくせに、こっちに全く興味無さそうなのも腹立つんだよね』
『私達にそんなに魅力が無いのかよ!』
『授業だって受ける意味ないのにあんなに真剣に受けちゃって』
『そういえば早朝にあいつがランニングしてるの見たことある』
『うぇ!?マジで!?』
『というかなんで早朝に起きてるのさ』
『目が覚めちゃったから散歩してただけだよ』
嫌いということは意識しているということでもある。
彼女達は知らず知らずのうちにダイヤの動向を気にしてしまい、良いところに気付いてしまっていた。
とはいえハーレム好きという極大欠点がある以上、素直にダイヤを認める訳には行かない。
それゆえ彼女達はダイヤの美点について見て見ぬふりをしていたのだった。
心のどこかでそのことを申し訳なく思っていたのだろう。
桃花によってダイヤの良いとこネタが解禁されたら、彼女達はこれまで内に秘めていたものを一気に垂れ流し始めたのだった。
『実は黙ってたんだけど、この前一人でダンジョンに入ってたら魔物に襲われてピンチになっちゃってさ。もうダメだと思ったら魔物が居なくなってたんだ』
『まさか』
『慌てて周囲を探したら遠くに走り去るあいつの後ろ姿があったよ』
『こっそり助けたってこと!?』
『あざと~い』
「でも皆、そういうの好きだよね。それにしても、剣さんでもそういうことがあるんだ」
格好良い剣術少女にも案外弱いところがあるんだなと桃花は少し驚いた。
剣術道場でどれだけ稽古しようとも、魔物との戦闘は全くの別物だ。
Fランクのどこか間の抜けた魔物が相手であっても怖いことには変わりなく、藍子は震えてしまっていたのだろう。
『あんな奴とはいえ助けてくれたから後日お礼を言いに行ったんだけど、あいつなんて言ったと思う?』
『お礼にやらせてくれ?』
『脱げ、とか』
『普通にハーレムに入ってとか?』
『剣さんが無事で良かった、だとさ。どんなハレンチなことを要求されるかと怖がってたのが馬鹿みたいだった』
普通の答えなのに安心されるとか、ダイヤのハーレム宣言はそれほどまでに女子達に不快感を与えていた。そんな相手にでも律儀にお礼に向かったところ、藍子が良い子なのか、礼儀を弁えているからなのか。
『しかも魔物の倒し方について真面目に教えてくれた。その間に不埒な視線は一切なしだ』
『いが~い』
『真面目に思わせて油断させる作戦だったりして』
『ありそう』
どうにかして裏があると決めつけようとするが、流石にそれが深読みだということを彼女達は分かっていた。分かっていて少しふざけているだけであり、藍子もそれは分かっていた。
だがそれでも藍子は宣言する。
『私はあいつを信じて相談しようと思う』
ダイヤは信頼に値する人間だと。
彼女達のノリに乗っかり一緒に貶めるようなことはもう出来ないと。
「剣さん……」
どうしてだろうか。
藍子のその言葉を桃子は嬉しく思った。
決してダイヤのことを気に入っているわけでは無い。
それは間違いないのに、藍子がダイヤを嫌っていないことが何故か嬉しかった。
どんな男子であれクラスメイトが嫌われていることに良い気がしない。
桃子がそういう心優しい人物だからということに気付いていないのは本人だけだった。
『まぁ相談するくらいならいっか』
『だね、むしろ相談しない理由が無いもん』
『丁度
自分からは言い出せない難しいお年頃。
桃子の切り出しと剣の独白により、精霊使いの少女達はダイヤに将来を相談すると決めたのであった。
もちろんその相談とは男女間の未来では無いということだけは念のために補足しておこう(要らない)。
ちなみに男子達がどうなっているかと言うと。
「良いかお前ら!ダイヤに相談なく勝手に決めるんじゃねーぞ!」
朋の号令により、ダイヤに相談することが速攻で決まっていたのであった。
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