間章一

43. どっちが先か勝負ね

 それはダイヤ達がイベントダンジョンでボスを撃破した直後のこと。


 ダイヤの親友、聖天冠せいてんかん のぞむは学校の食堂で配信を見ていた。

 手元にはアイスコーヒーが置かれているものの全く手をつけておらず、氷が融けて薄まってしまっていた。


「ふぅ」


 ダイヤがどうにかダンジョンをクリアし、無事に帰って来れると分かったからか、ようやく少しだけ気が抜けたようだ。

 そのタイミングを見計らっていたのか偶然なのか、背後から声をかけられた。


「は~い。こんにちは。隣良い?」

「え?」


 振り返るとそこには二年生の女生徒が立っていた。


「まだしばらく配信を見ていますが、それでも構わないのでしたらどうぞ」

「んじゃ遠慮なく~」


 望は直ぐに画面に視線を戻し、その女生徒は遠慮なく彼の隣の席に座った。


「それ見たままでも良いから、話しかけても良い?」

「ええ、どうぞ」


 今はダイヤがいんにハーレム入りしてくれるのかと聞いて泣かせているところだ。

 興味はあるがリアルタイムで絶対に確認しなければならないような場面でも無い。

 ながら見でも問題は無いだろう。


「あははは、貴石君ったらひっどいんだ~」


 女生徒は横から画面を覗き見し、いんを泣かせてしまったダイヤのことをおかしそうに笑っている。


「そうですか?しっかりと確認するところがダイヤ君の優しさだと思いますが」


 美人に惚れられたら後先考えずに関係を深めたくなってしまうのが男のさがだ。

 しかしダイヤは目の先の欲望をぐっと堪え、自分がハーレム志望であることを思い出させてあげた。


 それはいんが後で思い出してショックを受けないようにするため。

 特に今のいんは恋の盲目状態異常にかかっていて、引き返せないところまで一気に関係を進めてしまいそうな雰囲気がある。


 ゆえに先に異常を解除させてあげるのがダイヤなりの優しさだと望は理解していた。


「ふ~ん、聖天冠せいてんかん君は冷静なんだね」

「どういう意味でしょうか?」

「だって君、貴石君のことが好きなんでしょ?」


 今の望はまだ男の姿であり、そのような態度を周囲に分かるように表現したことは無い。

 それならどうして彼の想いを知っているのだろうか。


「…………よくご存じで。鳳凰院家の力ですか?」


 望の言葉に女生徒、鳳凰院躑躅つつじは笑顔のまま冷徹なオーラを纏い、思わず望は画面から視線を外して彼女の方を見てしまった。


「へぇ、私のこと知ってるんだ」

「申し訳ありません。怒らせる意図は全くありませんでした」


 心から申し訳ないという気持ちで一杯で素直に謝罪する望。

 するとすぐに、躑躅つつじの雰囲気がいつも通りの朗らかな感じに戻った。


「ううん、今のは私が悪かったから気にしないで。むしろごめんね」

「……もしかして試されてましたか?」

「そんなことまで分かっちゃうんだ。さっすが勇者君。なんてね、それは関係ないか」


 ケラケラと笑う躑躅つつじとは対照的に望は渋い顔だ。


「鳳凰院先輩とは仲良くしたいので、やっちゃったかと思ってドキドキしちゃいましたよ」

「私と仲良く?どうして?」

「将来的にハーレム仲間になるからです」


 ダイヤが望んでいるのは誰も不幸にならないハーレムだ。

 女性陣同士も仲が良く、全員で家族となるようなそんな形。


 だからダイヤのハーレムに入りたい望は、ハーレム候補の女性と仲良くなりたかった。


「もしかして私のこと、貴石君から聞いたの?」

「いえ、ダイヤ君を見ていれば誰が好きなのか分かりますから」

「うわぁ、愛が重いねー」


 別に重くなんてない。

 ただ四六時中ダイヤのことを考えているだけだ。


 なんてことを考えている望は確かに重いだろう。

 そもそも性転換してまでダイヤと結ばれようと考えている時点で激重だが。


「それだけ好きなのに、独り占めしたいって思わないの?」

「思いません。ダイヤ君の幸せが私の幸せですから」

「そう言いながらも本心では猪呂いろちゃんに嫉妬している勇者君であった、とかは?」

「はは、そりゃあ嫉妬してますよ。彼女は女性で、ダイヤ君とすぐにでも愛を育めるのですから」

「わぁお、嫉妬ポイントそこなのかー」


 イチャイチャしていること自体は気になることですらなく、むしろダイヤが幸せならば喜ばしいことだ。しかし自分自身がダイヤと愛し合い、彼を幸せに出来ないことが辛かった。


「ならさ、どうしてそんなに冷静なの?それほどまでに好きな人がピンチだったら、もっと心配で居ても立っても居られないって感じにならない?実は少し前から君のこと見てたんだけど、落ち着いてたよね」


 激重な愛情を注いでいる相手が死にかけているのだ、心配でどうにかなってしまってもおかしくない。しかし躑躅つつじが見る感じ、望はずっと静かに画面を見続けていた。


「そりゃあ心配でしたよ。心臓がはち切れそうな程にドキドキしてましたし、無事に帰ってきて欲しいって強く願ってました。でもそれと同時に信じてました」

「だから不安で焦ったりしなかったってこと?」

「そうですね。ダイヤ君なら絶対に大丈夫だって分かっていますので」

「ふ~ん、そこまで信じられるとか、君達の間に何があったのか気になって来ちゃった」


 単なる友人以上の何かが望とダイヤの間にはある。

 実はその理由も躑躅つつじにはおよそ察しがついていた。


「何を言っているのですか。どうせそこまで調査済みなのでしょう?」

「まぁね。君も私も猪呂いろちゃんも、似た者同士ってことくらいは知ってるかな」

「ということは鳳凰院先輩も……」


 いんと似たような悩みを抱えていると言うことなのだろう。


「それはまだひ・み・つ。しばらくはダイヤ君の助けを待つお姫様になってるつもりだから」

「それなら私は何も聞かない方が良いですね」

「うんうん。分かっててくれてお姉さん嬉しいよ~」


 真面目な望と軽い躑躅つつじだが、相性は悪くないのかもしれない。

 お互い相手のペースに合わせずとも普通に会話が出来ていた。


「それで、結局私に何の用だったのでしょうか?」


 ダイヤがダンジョンから脱出したので、配信画面を閉じて望は改めて躑躅つつじに向き合った。


「貴石君のハーレム候補仲間として挨拶に来たのと、君がどんな感じの子なのか話して確認しようかなって思っただけだよ」

「ダイヤ君の情報を入手するためでは無かったのですか?」

「あはは、やっぱりバレてた?本当はそのつもりだったんだけど、別に良いかなって思っちゃった」

「そうなんですか?」

「うん。そんなことしなくてもダイヤ君は勝手に色々と騒ぎを起こして情報を拡散してくれそうだし、ここでネタバレされるより素直に彼のやらかしを待ってた方が楽しいかなって」


 やらかしとか言われてるぞ、ダイヤ。


「ですがそれでは鳳凰院家が納得しないのでは?」

「あはは、そっちは何とかするよ」

「……先輩、もしかしてダイヤ君にもう惚れてます?」

「もち。あんなに面白い子、惚れない方がおかしいでしょ」

「私もそう思います」

「ちょっ、同意のイントネーションが強すぎる!」


 ただし、本気で惚れているのか冗談で言っているのかは、彼女の口調からはまだ分からない。

 確実なのは躑躅つつじがダイヤに何かを期待しているということ。


「それじゃあ私と勇者君、どっちが先に貴石君のパートナーになれるか勝負だね」

「どうして勝負する必要があるのですか?」

「そっちの方が面白いじゃん。やっぱり何事も楽しまなくっちゃ」

「先輩はダイヤ君と気が合いそうですね」

「そうなのよ。本当はもっとお話ししたいんだけど、そういうわけにもいかなくてね。しょぼーん」


 躑躅つつじの態度はどうにも演技臭く、本心を話しているようには見えない。

 そう思わせておいて案外本心を話している可能性もある。


 しかし望にとってはそんなことはどうでも良かった。


「(鳳凰院先輩の狙いがなんであれ、ダイヤ君に堕とされるのは決定事項ですからね)」


 ダイヤがハーレムに入れたいと思っている相手なのだ。

 それすなわちハーレムにもう入ったようなものだ。


 そうなるだけの魅力がダイヤにあるのだと、望は信じていた。

 同級生の為に命を懸けて簡単に堕として見せたように。


 ただ、望とて勝負を持ち掛けられて何も感じない程枯れては居ない。

 相手の狙いが何であれ、ダイヤのために行動するというのは彼にとって最高の喜びなのだ。


「せっかく勝負を挑んで下さったことですし、私も今まで以上に頑張ることとします」

「おお、やる気出ちゃった?」

「元々やる気しかありませんでしたよ。それがより燃えただけです。発破をかけて下さりありがとうございました」

「あちゃ~敵に塩を送っちゃったか~」


 全く悔しく無さそうに躑躅つつじは朗らかに笑う。

 一方で望は全く燃えているように見せずに穏やかに笑う。


 果たしてこの二人がダイヤのハーレム仲間として共に歩む日が本当に来るのだろうか。

 そしてそれはいつのことになるのだろうか。


 全てはダイヤの努力と、TS薬の発見にかかっている。

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