38. 後であのコスプレしてもらおうっと

「そうと決まったら、あのいかがわしい女をぶっ倒すわよ!」

「おー!」


 完全復活したいんと共に、偽の祖母を倒してやろうと大いに意気込んだ。

 その瞬間。


「あら、物騒ね」

「!?」

「!?」


 後ろから声をかけられ、二人は物凄い勢いで振り返った。


「(ずっと警戒してたのにいつの間に!?)」


 ダイヤはいんを諭しながらも、周囲の様子に注意を払っていた。

 いんを見つめている間も、敵が近づいてきていないかどうかを警戒していた。


「(気配を隠されたら、今の僕じゃ気付かないってこと?)」


 気配を察知する系統のスキルが無く、ダンジョン探索の経験に乏しいダイヤでは、Dランクダンジョンの魔物の気配を完璧に察知することは難しい。


 力の足りなさを痛感したが、今はそれを悔しがっている場合ではない。


 というか、全く別の理由でそんなことを考えている場合では無かった。


「なんて格好してるのよ!」

「わぁお」

「ダイヤ見ちゃダメ!」

「あれが将来のいんかぁ」

「ダメって言ってるでしょ!」

「うふふふ」


 『偽くない』は、なんと真っ黒な下着姿だったのだ。

 自分と似ている女があられもない姿で想い人の前に現れるなど、恥ずかしい以外の何物でもない。


「私が折れないって分かったからってそういう攻め方は卑怯じゃない!?」

「見えないよー」


 ダイヤの両眼を手で隠しながら、いんは真っ赤になって『偽くない』を非難する。


「別にそういうつもりじゃないのよ。それならこうするし」

「脱ぐなー!」


 ブラを持ち上げてその下のふくよかな膨らみを露出する。

 そこが何故か濡れている理由は考えてはならない。


「こっちの方が良かった?」

「コロス!絶対コロス!」


 もう一つの下着を脱ぐ真似をして揶揄ってくる『偽くない』。

 無理やり意識させられたそこを見ると、太ももに何かが垂れていることにいんは気付いてしまった。


「ちょっとダイヤ後ろ向いてて!コロしてくる!」

「分かった!」

「絶対に前を見ないでね!」

「うん、見る!」

「こらあああああああ!」

「うふふ、仲が良いのね」


 敵と遭遇したシリアスな場面のはずなのに締まらないのは、ある意味ダイヤ達っぽいのか。


「でも確かにこれだと謎の光で隠れちゃってほとんど見えないわよね」

「魔物が何気にしてるの!?そのままで平気だよ!」

「ダイヤあああああああああ!」

「いだい!目がああああ!目がああああ!」


 二人がイチャイチャのようなコントのような何かをしている間に、『偽くない』はそれこそ謎の力でコスチュームチェンジをしてしまった・・・・


「な、なな、何よそれええええ!」

「これなら普通の服装でしょ!」

「どこが普通よ!」

「何々!? イイネ!」

「あ、こらダイヤ!」


 いんの拘束から逃れたダイヤは、見た目が変わった『偽くない』の姿を確認し大喜びだ。

 それもそのはず、全身黒のコスチュームは露出度があまりにも高く、ほぼ下着のようなものだったのだから。


「(あとであのコスプレしてもらおうっと)」

「何考えてるの!?」

「えっちなこと」

「だよねー!てい!」

「いだい!殴らないでよ!」


 久しぶりのゲンコツで痛む頭をさすりながら、真面目に相手のことを考え始める。


「サキュバスかぁ」

「Cランクの魔物よね」

「うん」


 顔は変わらずいんに似ているが、コスチュームはサキュバスと呼ばれる魔物のものに間違いない。


「(いんのお祖母ちゃんがボスになるのは、いんを苦しめて来たこのダンジョンのラストにはふさわしいと思う。だからこれがきっと最後の戦い。でも、いくらなんでもCランクの魔物がボスだなんてありえるの?)」


 一つ上のランクの魔物からボスが選ばれるということはありそうなものだが、この世界でのダンジョンのランク差の壁はかなり大きく、そうなるケースは滅多にない。いくらイベントダンジョンという特殊なダンジョンとはいえ、そんなことがあり得るのだろうかと訝しんだ。


「どうかしら、野蛮なことは止めて楽しいことしない?」

「何を馬鹿なことを!」

「どうしよっかなぁ」

「ダイヤ!」

「いだい!冗談だって!」

「そういう場面じゃないでしょ!」

「冗談には冗談で返すくらい心のゆとりを持たなきゃ」


 ダイヤのことを深く知らない人は本気で誘惑されているのではと思ってしまいそうだが、知っている人ならばあり得ないと思うだろう。


「(それに僕は好きでもない人とえっちなことする趣味はないからね)」


 しかもいんを苦しめようとしている相手の誘いに乗ることなどありえない。


「あら本気のつもりだったのだけど」

「どうしよっかなぁ」

「ダイヤ!」


 ありえな……い?

 いや、まぁ、あり得ないということにしておこう。


いんが怒るから止めておくよ」

「残念ねぇ。あなた、上手そうな気がするのに」


 ペロリと唇を舐めながらそういうことを言われると、思わず下半身が反応しそうになってしまう。


「それはいんに味わってもらうことにするから」

「ふぇ!?」


 先ほどまでのダイヤの発言に怒り心頭だったいんが、この一言で違った意味で顔を真っ赤にしてあっさりと機嫌が治りテレテレしてしまう。


「(やっぱりちょろいなー)」


 愛おしい気持ちで心が満たされたダイヤは、そろそろ情報収集をしなければと会話の流れを変化させた。


「それで、あなたがこのダンジョンのボスってことなのかな?」

「ええそうよ」

「随分素直に教えてくれるんだね」

「あら、もしかして疑っているのかしら」


 ダイヤ達を罠に嵌めるために油断させようとしているのではないか。

 これまで性格が悪い精神攻撃ばかりしてきたのだから、そのくらいのことはして来てもおかしくない。


「疑うなって方が無理じゃない?」

「うふふ、そうね。でも本当に本当なのよ。証明なんて出来ないけどね」

「確かにそっか」


 相手の言葉が正しいと分かるのは、相手を倒してダンジョンから脱出できた時だけだ。

 ここでどれだけ言葉を交わそうとしても意味は無いため、ダイヤはこれ以上このことについては突っ込まなかった。


 その代わりに新たに湧いた疑問について考えを巡らせる。


「(そもそもダンジョンで相手にボスかどうか聞くなんて変な話だ。それに確かダンジョンの中で会話する魔物なんて居ないはず。もしかして僕は今、とてつもない重大な相手と向き合っているんじゃないのか?)」


 会話が出来るということは、相手の考えや知識を情報として得られるかもしれないということだ。

 ここでの『相手』とは『魔物』であり、人類が知りたがっていた答えを知っているのではないか。


「どうしてあなた達は僕達を襲ってくるの?」

「どうしてって、そんなの決まってるじゃない。私達がそういう風に作られているからよ」


 ダイヤの質問に、サキュバスは心底不思議そうな顔をしていた。

 どうしてそんな当たり前の質問をするのかと、本気で考えていそうな雰囲気だ。


「作られているって、誰に?」


 魔物を誰が作ったのか。

 それすなわち、このダンジョンというシステムを作った者に直結する質問になる。


 ダイヤが、そしてこの配信を見ている全ての人が息を呑んだ。


「さぁ?」


 しかしそんなドシリアスな雰囲気など我関せずとばかりに、サキュバスはあまりにも軽く知らないと答えたのだった。


「え……あの、知らないの?」

「ええ、全く」

「ダンジョンが何かとか、魔物とは何かとか、そういうのも……」

「知らないわ。私にはここへの侵入者を攻撃することしか頭にない。それ以外は何もない。だから残念ながら貴方が知りたがっていることなんて拷問されようが答えられないわ」


 ゆえに情報収集など意味はない。

 だがそれにしては奇妙なことがある。


「攻撃するだけしか頭にないのに、どうしてこうして話をしてくれるの?」

「ふふふふ、だって何か分かると思って頑張って話しかけているのに何も得られなかっただなんてショックでしょう?」

「性格悪っ!」


 つまりはこのサキュバスは精神的な攻撃をするために、相手をイラつかせたりがっかりさせるような話には乗ってくれるということだ。


「それは私のせいじゃないわよ」

「あなたを作り出した何者かのせいだって言うんでしょ」

「違うわ。その子のせいよ」

「え?私?」


 ダイヤに会話を任せていたいんだが、突然話を振られたことで軽く驚いた。


「私達は貴方達を脅かす存在。ただしここはソレをベースに作られているのよ」


 サキュバスが指さす『ソレ』とはいんが今度こそは失くさないようにと指に装着している指輪のこと。


「ソレにはその子の『自分を精神的に責めて欲しい』という気持ちが込められているから、こんな形で私が作られちゃったのよ」

「ちょっ!言い方!」


 親しい人から責められ、彼らを嫌いになったり、責めて無い人も疑いそうになった自分を罰して欲しいと無意識にいんは願っていた。相手を拒絶するのではなく、相手を責めたくないと考えるいんの優しさが、自分自身へ向けた敵意として指輪に宿ってしまった。


 その敵意とダンジョンの魔物というシステムが融合し、サキュバスのような魔物が生まれてしまったのだろう。


「つまりいんがドMだからあなた達が生まれちゃったのか」

「そういうことね」

「ドMじゃないもん!」

「え、ドMでしょ?」

「ドMよね」

「もおおおおおおおおお!」


 ダイヤが敵と一緒になって揶揄ってくるものだから、思わず牛になってしまう。


「(なるほど、こうやっていんの心を揺さぶるような会話ならしてくれるってことか)」


 羞恥攻撃もれっきとした精神攻撃の一種だ。


「ダイヤ!もうおしゃべりは良いでしょ!どうせ何も答えないわよ!」

「まぁ、そうだね」


 サキュバスは本当に何も知らないようだし、知っていたとしても彼女の在り方からするといんの心を喜ばせるようなことはしないだろう。


 これ以上はいんが弄られ続けるだけで、得られるものは無い。


「あらもう良いのかしら」

いんがそういうから仕方ないかな」

「残念、もっともっといじめたかったのに」


 照れるいんが可愛いのでその手の弄りならもう少し続けて愛でたいところだけれど流石に自重した。


「それでこれからどうするの? 僕達はもうどんな誘惑もメンタル攻撃も効かないんだけど、まだ何かやることあるの?」

「うふふ、そうねぇ」


 サキュバスはダイヤの啖呵を受けても余裕の笑みを崩さない。


「ならこんなのはどうかしら」


 そして指を鳴らすと、サキュバスの後ろに三人の男達が出現した。


「(さっき羨ましいことしてた人達だ)」


 チャラい雰囲気だった男達だが、今は目が虚ろでフラフラと体を揺らしながら立っている。

 あくまでもサキュバスが主で、彼らは操り人形だったということだ。


「そっちは二人、こっちは一人じゃバランスが悪いでしょう?」

「でもそれじゃあ今度はそっちが多すぎじゃないか」

「うふふ、だからこうするの」


 サキュバスは再び指を鳴らした。


 すると男達の身体がぐにゃりと潰れて一つになったでは無いか。

 その体は大きな球体となり、そこから手、足、尻尾、そして顔が生えてくる。


 全身は濃い灰色で体毛は薄く、ぷっくら丸く膨らんだ胴体は脂肪ではなく筋肉の塊のようだ。

 短くぶっとい手足もまた見るからに硬そうな筋肉で覆われている。


 太く長い尻尾はまるで西洋竜ドラゴンの尻尾かのようで、これまた丸い顔は愛嬌など一切感じられない程に醜悪な顔立ちであり、見つめられるだけで恐怖で動けなくなりそうだ。


「アークデーモン……」

「う、うそ……」


 Bランクの魔物、アークデーモン。

 悪魔族の魔物の中でも特に強力な個体であり、Bランクの中でも突出した実力を持つ凶悪な魔物と言われている。

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