39. ボス戦:このボス強すぎなんですけど!

「うふふ、これで二対二ね」


 サキュバスはそう言うと、アークデーモンの肩に飛び乗り色っぽく足を組んで座った。


「無理……あれは無理……」

「い、いん、落ち着いて。あんなのがいるはずないんだ」

「そ、そうね……でも……」


 存在感が抜群だ。

 レッドドラゴンのような揺らいだ感じは全くなく、間違いなくそこに存在しているように見える。


 アークデーモンから放たれるプレッシャーはすさまじく、見ているだけなのにあまりの恐怖で気を失ってしまいそう。


 Dランクのダンジョンに居てはならない存在。

 何らかのトリックがあるに違いない。


 そう分かっているのに、恐怖がまともな思考を奪ってしまう。


「(怖がるな。怖がるな。怖がるな。怖がるな)」


 これまで冷静だったダイヤも、流石に恐怖で全身を震わせている。

 現状把握をしようにも頭が回ってくれない。


 このままでは間違いなく死んでしまうだろう。


 少し前までの二人だったならば、の話だが。


いん

「ダイヤ」


 傍に愛しい仲間がいるということがどれほど心強いか。

 きゅっと手を握るだけで見違えたかのように恐怖心が治まってくる。


「(いやいや、いくらなんでもこの程度で治まるだなんて変でしょ。そもそもアークデーモンの威圧を受けて僕達が平気な訳が無い)」


 アークデーモンを初めとして、高ランクの魔物は『威圧』スキルを使ってくることが多い。

 中でもアークデーモンはかなり強い『威圧』スキルを使ってくることで有名であり、何の準備もしていない素人が出会ってしまったら、その瞬間に恐怖により死んでしまうとすら言われている。


 それなのにダイヤ達はまだ生きているどころか、手を握って気持ちを高めただけで思考が復活してしまった。ゆえに目の前の魔物は明らかにアークデーモンの姿をしただけの偽物だ。


 また、アークデーモンが偽物だと判断する理由は他にもある。


「(CランクのサキュバスがBランクの魔物を使役するだなんてあり得ない。やっぱりアレは偽物だし、だとするとサキュバスですら偽物の可能性があるね)」


 そうと分かれば、更に心は落ち着いて来る。


「(でもあんなに動揺しちゃったってことは、軽い威圧スキルを受けちゃってたのかも。無防備だとあんなになっちゃうんだ。怖いなぁ)」


 何が起きるのかと警戒に警戒を重ねていたダイヤがあっさりと混乱してしまった。

 それはスキルによるものに違いない。


 アークデーモン程では無いが、弱めの『威圧』スキルを放つことで本物だと錯覚させようとしたのだ。


「ずいぶんせこい真似するんだね。でももう僕達は立ち直ったよ」

「ちょっと怖かったけど、その程度ならどうってことないよ!」


 恐怖を振り払ったダイヤ達は、堂々とサキュバス達に向かい合う。


「そう。なら私の役目はこれで終わりね」


 サキュバスはアークデーモンから飛び降りた。

 それと同時にアークデーモンが霧散して消えてしまう。


「楽しかったわ。さようなら」


 その言葉をきっかけにサキュバスの姿形がまた変わろうとしている。


 若き祖母の姿、淫乱な下着姿、サキュバス、そして……


『ラアアアアアアアア!』


 出現したのは、真っ白な羽の生えた戦乙女ヴァルキュリア


 ポニーテールの金髪に、謎の機械で目隠しされた整った顔。

 肌の露出が多めの軽鎧に、大きな三又のランス。


 その正体をダイヤ達は知っていた。


「名もなき戦天使」


 Dランクダンジョンに出現する強力な魔物だ。

 Cランク以上のダンジョンに出現する戦天使は様々な特徴があるため名前がつけられているが、Dランクダンジョンに出現する戦天使は大きな特徴がないため名もなき戦天使と呼ばれている。


「私が街の皆を悪魔だと思っていたからレッサーデーモンが襲って来た。お祖母ちゃんをヴァルキュリアとして尊敬していたから、それに近い魔物が選ばれたってことね」

「レッサーデーモンよりも強い魔物だし、展開的にもこいつがボスっぽいね」


 この戦天使を撃破した時、ダンジョンクリアとなり脱出できるに違いない。


いん、いくよ!」

「ええ!」


 ダイヤは無手で、いんはランスを構えて同時に戦天使に突撃した。


『ラアアアアアアアア!』


 耳をつんざくようなとても高いキーの叫びを放ちながら戦天使もまた二人に向かって突撃する。


 真正面からぶつかろうとした三人だが、最初に激突したのはいんと戦天使だった。


「(速い!)」


 形は違えども、お互いにリーチが同じくらいのランスが武器だ。

 適切な距離感でチクチク攻撃し合うのかと思ったら、戦天使はガンガンと踏み込んで突いて来る。


 そのスピードと技のキレがあまりにも洗練されていて、いんは躱すかランスパリィしか出来ないでいた。


「(これが武術の実力者の動き。武器スキルを使いこなすとここまで鮮やかな動きが出来るの?)」


 戦天使が得意とするのは武器を使った攻撃だ。

 そのスキルレベルはいんと同じ七だと言われており数字の上では互角なのだが、そのスキルを存分に使いこなせる戦天使と戦いの素人のいんでは戦い方の練度が全く異なる。


 それは一朝一夕で埋められるものではなく、この場で戦天使を上回るためには別のアプローチが必要だ。

 例えばパートナーの力を借りるなど。


「でええええい!」


 側面に回ったダイヤが、戦天使が突いた瞬間を狙って突っ込んできた。


「かはっ!」


 しかしカウンターで鋭い蹴りを腹部に決められて大きく後退させられてしまう。


「ええい!」


 それならばと蹴りの最中にいんが突こうとするものの、戦天使は蹴りの流れから自然にランスの攻撃へと繋げいんに攻撃する隙を与えない。


「けほっ、こ、今度こそ!」


 再度特攻するダイヤだが、今度はランスを強引に真横に払われ近づけない。

 しかも払った勢いのまま超高速で回転して流れのままにいんに向けて攻撃を仕掛けてくる。


 躍るような流れるような体捌きが、数の差をものともせずに圧倒してくる。


 せめてダイヤが背後から攻撃出来れば、多少は相手の虚をつきやすくなるのだが。


「(僕の動きを確認して背後を取られないように動きながらいんを攻撃してる)」


 必ず視界に二人が収まるようにして行動してくるため、死角から攻撃することがどうしても出来ない。


「このお!五月雨突き!」


 焦れたいんが強引にスキルで相手にダメージを与えようと試みる。


「(いん!ダメ!)」


 しかしそれは悪手だった。

 五月雨突きは高速で複数回の突きを放つ技スキルだが、必ず複数回突き続けなければならないという制約がある。


 戦天使はそれを横に大きく避けていんの真横へと移動した。

 いんは五月雨突きの残りを誰も居ないところに突かざるを得ない。


 無防備ないんの横っ腹に戦天使のランスが突き刺さる。


「なぁ~んてね」


 五月雨突きを行っている最中だったはずのいんが、突きを途中で止めて戦天使の攻撃をギリギリで躱したでは無いか。


 ここで決めると言わんばかりに踏み込んできた戦天使はいんにかなり体を近づけている。近づきすぎてランスを当てることは出来そうに無いが、今のいんはダイヤを見て学んだ柔軟な思考が備わっていた。


「でええええい!」

『ラアアア!』


 ランスから手を離して、全力で戦天使の顔をぶん殴ったのだ。

 渾身の一撃をもろに喰らってしまった戦天使は、流石に慌てたのか大きく飛びのいて距離を取った。


「やるぅ!」

「へへ、どや」

「さっきのは五月雨突きをキャンセルしたの?」

「ううん、最初から五月雨突きなんて使ってないよ」

「なるほどー」


 五月雨突きと叫びながら、普通の高速の突きを放っていた。

 スキルの力を借りたならばレベルが低い場合は複数回の突きが必須であるが、自力で五月雨突きもどきを実現しようとしたのであればその強制力は無くなり途中で止めることも容易だ。


 いんの機転により劣勢の中で見事に一撃を与えてみせた。


『ラアアアアアアアア!』


 しかしこの一撃が戦天使を本気にさせてしまう。


「来るよ!」

「速い!」


 今まで以上のスピードで突撃し、三又の槍を振るってくる。

 しかも今回はそれだけではない。


「(五月雨突き!?さ、捌き切れない!)」


 連撃の中にスキルを織り交ぜて来たのだ。


「かはっ!」


 いんを狙っているかと思いきや、突然ダイヤに飛び掛かりランスの柄で何度も殴打する。


「きゃあ!」


 かと思えばノールックでいんに向けてランスを突き出し近づかせない。


「(痛い……)」


 ギリギリのところで回避できているが何度も何度も攻撃が掠ってしまい、いんは大量のかすり傷を負ってしまう。


「(でもあの時のダイヤの痛みはこんなもんじゃなかった!)」


 レッサーデーモンを初めて撃破した時、ダイヤは死にかける程の大怪我を負っていた。

 それと比べたらかすり傷など傷の内に入らない。


 そう思って気持ちを奮い立たせようとするが、元来の戦闘能力の差はその程度の気合で覆せるものではない。


「(また五月雨突き!)」


 幸いなのが、いんが使えるスキル以外の槍技スキルを使ってこないというところだ。

 そこは何らかの縛りがあるのかもしれないが、そのスキルを使われるだけで圧倒されているため突破口にはなり得ない。


「(このままじゃまずい!)」


 何か工夫して戦天使の行動を阻害させようにも、ダイヤが少しでもおかしな動きをしようとすると襲い掛かってきてしまう。こっそり死角に移動することも出来ず、かといって格闘で懐に入ろうとしてもこれまたより洗練された格闘術で弾き返される。


「(何か、何か出来ることは無いの!?)」


 致命傷を受けていないのが奇跡的な状況だ。

 それでも小さな傷や打撃ダメージは蓄積していて、これまでの疲労も重なって二人とも満身創痍。


 いつ大崩れしてもおかしくない。


『ラアアアアアアアア!』


 戦天使は攻める手を緩めず、ダイヤといんを着実に追い詰めて行く。

 確かな技で二人の攻撃を完封する。


 これがDランクの魔物の実力だった。

 スキルを使い本気で攻めてくるDランクの魔物相手に、戦闘経験が乏しい新人が敵う訳が無い。


 むしろここまで良く耐えていると言っても良いだろう。


 だがそれも時間の問題だ。


「くっ……きゃあっ!」


 戦天使の五月雨突きがいんの右手の甲を激しくえぐり、あまりの痛みでランスを持てず落としてしまった。


『ラアアアアアアアア!』


 戦天使はそのまま一気に追撃とはいかずに、冷静に落ちたランスを蹴飛ばして安全を確保する。

 そして痛みに顔をしかめるいんにトドメを指そうと狙いを定めた。


「オオオオオオオオ!」


 このままではいんが危ない。

 ダイヤは戦天使に向かって駆け出した。


 いんを守りたいという想いに突き動かされただけの無謀な特攻。

 策も何もなく真正面からぶつかったダイヤはランスに貫かれて致命傷を負ってしまうだろう。

 あるいは偶然にもそれを躱せたとしても、格闘術で叩き伏せられる。


 それが分かっていてもダイヤは走った。

 たとえ負けると分かっていてもいんを見殺しにするわけにはいかなかった。


「(せめてポーションで傷を回復させて、予備のランスを手にする時間くらいは稼がないと!)」


 気迫のこもった突撃に反応し、戦天使は攻撃の矛先をダイヤへと変える。

 ダイヤの動きを冷静に観察し、ど真ん中を貫いてやろうと待ち構える。


「(それならこれでどうだ!)」


 小箱から取り出しておいた茶封粘土を投げつけた。

 これで視線を妨害できれば、何かしら仕掛けるチャンスが見つかるかもしれない。


 しかし戦天使は最低限の首の動きだけでそれを避け、その間もダイヤから視線を全く外さない。外してくれない。


「(ダメだ。やられる!)」


 このままだと確実に戦天使のランスに貫かれる。

 しかしここで止まるわけにはいかない。


「(いんを絶対に守るんだ!)」


 たとえ致命傷を受けることが確実だとしても、死ななければ可能性はある。

 そう信じて決死の突撃をする。


 そんなダイヤの決意を嘲笑うかのように、戦天使はダイヤの胸を貫こうとランスを握る手に力を入れた。




『旦那様。お任せください』




 その声が聞こえたのはダイヤだけだった。

 その声が意味することを理解する時間は無かった。


 だがダイヤは不思議とその言葉を心から信じられた。


『ラアアア!?』


 戦天使がいざランスを突き出そうとしても手が動かない。

 背後にいる何者かが両腕を物凄い力で拘束しているため動かせない。


「今です。旦那様」

「オオオオオオオオ!」


 動きを封じられた戦天使の懐に入り込んだダイヤは、全身全霊の力を込めて右拳を振り抜いた。


『カハッ!』


 腹部への一撃がかなり効いたのか、戦天使は思わずランスを取り落としてしまう。


「(まだいける!)」


 絶好のチャンスにダイヤは再度拳に力を込めて連撃をぶち込もうとするのだが。


『ラアアアアアアアア!』

「うわ!」


 突然、戦天使を中心に眩い爆発が起こり、ダイヤは強制的に弾き返されてしまう。

 勢い良く飛ばされたので後方に倒れてしまいそうだったのだが、柔らかな何かに支えられて助かった。


「大丈夫ですか?旦那様」

「う、うん。助かったよ」


 ダイヤを支えてくれたのは、先ほど戦天使を抑えてくれた人物だった。


「気持ち良いなぁ」

「どうぞご堪能下さい」

「そうしたいのは山々なんだけど、今はそういう状況じゃないんだよね」


 名残惜しそうに、ダイヤは双丘の間から後頭部を脱出させる。


「旦那様。ご命令を」


 振り返ったダイヤに向けて彼女は指示を願い出る。

 その姿は言葉通り主人に仕える人物のようだった。


 何故なら彼女はメイド服を着ていたのだから。




 丈が短く露出過多フリル多めのパチモンではあるが。

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