36. 流石にこの展開は性格が悪すぎるんじゃないかな

「え?何!?」

「うわわ!気持ち悪!」


 いんの啖呵がビシっと決まっていざボス戦、かと思いきやいきなり周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。抽象画のように歪みに歪み三半規管が混乱し、吐きそうになるのをどうにか耐えていたらいつの間にか周囲は真っ白な何も無い空間になっていた。


「ど、どういうこと!?」

「てっきりいんの偽両親がボスに変わるのかと思ってたのに、消えちゃったね」


 せっかく気合を入れたのに戦闘が始まらなかったことに拍子抜けの気分だ。

 しかしだからと言ってまだ気が抜ける訳では無い。


いん、あれ」

「まさか!」


 何もかもが消えて無くなった白い空間には、ダイヤ達以外、一つだけ異質な物が存在していた。

 それは偽両親が座っていたソファーの前に置かれていたテーブル。


 そのテーブルの中央に、見覚えのある物が置かれていた。


「罠かもしれないから気を付けて」

「う、うん」


 様子を確認しながら恐る恐るそこへと向かうが、何かが起こるような気配は無い。

 テーブルの近くまで辿り着くとその物をはっきりと確認出来て、やはり思っていた通りの物だった。


「おばあちゃん……」


 それはずっと探し求めていた指輪だった。

 祖母から貰い、沼地で失くしたその指輪を追って、二人はイベントダンジョンに突入した。


「(このダンジョンが指輪に籠められた記憶を元に作られているなら、攻略を進めればいつかは見つかるかなとは思ってた。でもこんなので終わりなの?)」


 てっきり入手のためにはボスを倒す必要があるのではと思っていたので拍子抜けだった。

 しかも世界が壊れて周囲が真っ白な空間になる演出は、まるでダンジョンをクリアしてその報酬として指輪を貰えたかのような雰囲気では無いか。


「(いんが両親が偽物だと見破るのがクリア条件だったの?普通に戦ってたらダメだったとか。う~ん、分からない)」


 イベントダンジョンの中にはボスを倒さず特定の条件を満たせばクリア出来るものがあるとは聞いている。となるとこのダンジョンもその手の類の物なのだろうか。


 考えても分からないが、ダイヤの直感がまだ警戒を解いてはならないと言っている。


「と、取っても、良いんだよね」

「気を付けてね」

「う、うん」


 いんもまた、突然それが手に入ることになったことを不審に感じているようだ。

 恐る恐ると言った感じで、ゆっくりとテーブルの上の指輪に手を伸ばす。


 そしていんがその指輪をつまんだ瞬間。


「!!」

「!!」


 その指輪が突然眩しく光り出し、ダイヤ達は目を瞑ってしまう。


「(このパターン何度目なのさ)」


 おそらくは目を開けた時に、世界が様変わりしているのだろう。

 光がおさまり、そんな確信と共にダイヤが目を開けると、予想通り周囲の風景が一変していた。


「山……?にしては平坦すぎるかな」


 岩場や枯れた高い木などの遮蔽物が多く、植物がほとんど見られない様子は高山のような雰囲気であるが、見渡す感じではかなり広い平地である。


「やっぱりまだ続きがあったんだね」

「…………」

いん?」


 話しかけても反応が無いいんの様子を訝しんだダイヤが彼女の方を向くと、イベントダンジョンに最初入った時のように、ある一点を見つめていた。


「今度は何が……人?」


 そこには女性一人と男性三人の大人のパーティーが居た。

 武器や防具を装備しているところから、この場所を探索しているという設定・・なのだろう。


「(どうせまた魔物なんでしょ)」


 先ほどまでのパターンを考えると、その四人が魔物である可能性は高いだろう。


「(でも四匹同時は流石に無理だよ)」


 戦い慣れて来たレッサーデーモンであっても、同時に襲われたら倒すのは難しい。

 しかもそれが四匹同時ともなれば、手も足も出ずにあっという間に敗れてしまうだろう。


 どうしようかと頭を悩ませるダイヤだったが、その耳にいんのつぶやきが飛び込んできた。


「おばあちゃん……」

「え?」


 いんはつまんだ指輪を改めて確認し、そっと指に嵌めてから再び向こうにいる女性に視線をやった。


「あの女の人、若い頃のおばあちゃんだと思う」

「なるほど、今度はいんじゃなくていんのおばあちゃんの記憶が元になった世界なんだ」


 指輪にはいんだけでなく、元の持ち主であるいんの祖母の記憶や想いもたっぷりと染み込んでいるはずだ。だとするとそれをベースにした世界が作られても何ら不思議ではない。


「綺麗な人だね」

「うん」

「将来のいんもあんな感じになるのかな」

「……だといいなぁ」


 暗にいんが綺麗だと褒めているのだが、仮とはいえ祖母に会えたことに意識がもってかれていて気付かず、照れてくれなかったことがダイヤはちょっとだけがっかりだった。


「私のおばあちゃんは、『猪呂いろくない』って言うんだけど、知ってる?」

「聞いたことある。確か当時の最前線で活躍したヴァルキュリアだよね。千の武器を操る最強の女戦士、だなんて言われてたんだっけか」

「その呼び名、恥ずかしいから嫌いって言ってたなぁ」


 『くない』が活躍したのはダイヤ達が生まれる前の話であるが、それでもダイヤの世代の多くが知っている程の有名人だった。


「あれ?おばあちゃんも猪呂いろなの?」

「うん、お父さんは婿入りだったから」

「職業のレア度で選ぶパターンだったんだね」


 今の時代でも女性が男性の元へ嫁ぎ、男性側の名字を女性も名乗るというのは変わらない。

 ただしレア職業に就いている人の方が優れているという考え方も生まれ、よりレアな職業に就いている方が主となるケースも増えて来ていた。

 いんの父親もそれが理由で、自分よりレア職業である猪呂いろ家に婿入りした形になったのだろう。


「おばあちゃんは私が小さい頃に病気で亡くなっちゃったんだけど、それまで沢山の冒険譚を聞かせてくれたの。そのお話がとても格好良くて、おばあちゃんみたいになるんだって憧れて、そんなある日、おばあちゃんが私にこの指輪をプレゼントしてくれた」

「それって装備品だよね」

「うん。私がいつかダンジョンに入る時に使いなさいって。思えばあの時にはもうおばあちゃんは死期を悟っていて、それでプレゼントしてくれたのかも」

「そうだったんだ」


 憧れの祖母の形見だからいんは失くしたと分かった時にあれほどまでに焦ったのだろう。


「(ヴァルキュリアとして強くなるんだって気持ちの支えとなっていたのかもね)」


 ゆえに単なる形見以上に意味のあるもので、絶対に見つけなければと必死に探していた。

 いんにとって祖母はそれほどまでに大切な存在だった。


 その祖母が目の前にいる。

 若い頃の、探索をしている頃の、いんがまさに憧れている姿がそこにある。


「あれは!」

「おばあちゃん!」


 『くない』パーティーの目の前に、突然巨大な魔物が出現した。

 真っ赤な西洋竜。レッドドラゴンだ。


「Aランクの魔物じゃないか!」

「なんてプレッシャーなの!?」


 離れた所で見ているだけなのに、生存本能が逃げろと叫んでしまう。


「大丈夫、アレは実体じゃないよ」

「う、うん」


 迫力はあるけれど、存在感が明らかに薄くて姿が揺らいでいる。

 映像のようなものだろう。


 それでもプレッシャーを感じるとなると、本物はどれほどのものなのだろうか。


「良く見るとおばあちゃんもそうみたい」

「だね」


 そして揺らいでいるのは『くない』パーティーも同じだった。


「(何のためにこんな幻影を見せようとしているのかな)」


 レッサーデーモンのように何かが魔物化して襲ってくるのならば分かりやすいのだが、『くない』パーティーにレッドドラゴンと登場キャラクターが多すぎてどれが敵なのか判断が付きにくい。


 迂闊に近づけず、ひとまず遠くで向こうの状況を見守ることにした。


『ひゅ~、巨大トカゲのおでましだぜ』

『いつ見てもおっかねぇなぁ』

『さっさとぶっ倒しちまおうぜ』


 最強クラスの魔物が相手だというのに、『くない』パーティーの男共は余裕の表情を崩さない。

 チャラい感じで薄ら笑いを浮かべている。


『油断しないの。バフデバフと引きつけお願い』


 『くない』はそんな男共の反応など全く気にせず、真剣な表情で剣を手にレッドドラゴンに向かって駆け出した。


『りょ~』

『いつものね』

『まっかされました~』


 男の一人が大盾を構えてレッドドラゴンの正面に立ち、残りの二人は後ろで詠唱を始める。


『オラオラ、熱いだけの無能なクソトカゲ野郎!俺様が相手だ!』


 大盾の男が挑発スキルでレッドドラゴンの注意を引きつける。


『オールアップ!』


 詠唱していた片方の男が身体能力を向上させるバフを『くない』にかける。


『エクストラディフェンスダウン!』


 もう片方の男が、強敵用の特殊な防御力ダウンのデバフをレッドドラゴンにかける。


 そして『くない』は、手にした武器を投擲しながら猛スピードでレッドドラゴンの周囲を走り回った。


『グルゥオオオオオオオオオオオ!』


 剣を、槍を、斧を、数多の武器を超高速で取り出しては投げ、取り出しては投げ続ける。


 千の墓標サウザンドグレイブ


 『猪呂いろくない』の代名詞とも言える必殺技。

 多種多様な大量の武器を投げつけて圧倒的な物量で魔物を押し潰すオリジナルスキル。


 レッドドラゴンの体表はデバフで柔らかくなっており、投擲された武器が次々と突き刺さる。

 あっという間に、武器による墓標が完成だ。


『討伐、完了』


 最後に巨大な斧を取り出し、ダメージを負って動けなくなったレッドドラゴンの首を斬り落とせば、彼女が言うとおりに討伐完了だ。

 仲間達のサポートがあったとはいえ、ほぼ一人でAランクの魔物を撃破してしまった。


 これがヴァルキュリア。

 これがいんが憧れた『猪呂いろくない』


「凄い……」


 あまりの圧倒劇に目をキラキラとさせながら夢中になるいん

 憧れの祖母が大活躍する姿を間近で見られたのだから当然だろう。


「(確かに凄いけど、Aランクの魔物が本当にあんなに簡単にやられるのかな)」


 だが『憧れ』という補正がないダイヤは、目の前の蹂躙劇があまりにも都合が良すぎるように感じていた。いくら『くない』が凄まじく強いと言っても、Aランクの魔物は単独で撃破できるような相手では無いはずなのだ。


 とはいえ、その違和感が何を意味するのか分からない以上、喜んでいるいんに水を差す気にはなれない。


「やっぱりおばあちゃんは格好良い。私もあんな風になりたいなぁ……」


 まるで恋する乙女かのようにうっとりと若き祖母の活躍に虜になるいん


いん、魅了されてるってことはないよね?」

「え?だ、大丈夫だと思うけど」

「良かったぁ」


 あまりにもうっとりとしすぎていたためダイヤは魅了攻撃を疑ったが、話しかけた感じ普通の反応を返してきたので違うのだろう。


「(じゃあ一体、今の戦いは本当に何の意味があったんだろう)」


 その答えはすぐに分かることになる。

 それも最悪な形で。


 戦い終えた『くない』の元に、仲間の男達が寄って来た。


『おつかれさーん』

『あいかわらずすっげぇな』

『やるぅ』


 男達は『くない』を囲むように立ち、妙に距離が近い。

 いくらパーティーメンバーとはいえ、体が触れそうな程に近づいて話をする必要があるのだろうか。


『さっすが俺達の姫さんだぜ』


 すると男の一人が『くない』の肩を抱いて密着して来たでは無いか。

 『くない』はその手を振り払うことなく、仕方ないなぁと言った感じで軽く溜息を吐いた。


『はぁ……またやるの?』

『良いだろ?あいつ倒したならもう魔物出て来ねーんだしさ』

『そうそう、さっきの『くない』ちゃんが綺麗すぎて我慢できなくなっちまった』

『早くやろうぜ!』

『しょうがないなぁ』


 『くない』がそう許可を出すと、男達は『くない』に激しく群がった。


『ん……ちゅ……ん……あん……もう激しっ』


 唇を重ね、胸を揉まれ、腰を撫でられ、男達の為すがままになっている。


「何……あれ……」


 突然始まった大人の時間に、いんは顔面蒼白だ。

 ダイヤに心を救われる以前のように、今にも崩れ落ちそうな程に震えてしまっている。


 それもそのはず。


 高潔で格好良い憧れの祖母が、実は複数の男を侍らせるような低俗な人間だったのだから。


「(さっきまでのは全部上げて落とすための茶番だったんだね。流石にこの展開は性格が悪すぎるんじゃないかな)」


 結局のところ、このイベントダンジョンはいんの心を攻撃するというコンセプトであることは変わらないということだ。


 いんの過去やヴァルキュリアとして見られることを使って攻めても効果が無くなったため、他の視点で攻撃をしてきた。


 指輪を取り戻し、憧れの祖母のことを思い出させ、その憧れ通りに強い場面を目撃させ、改めて祖母は強く高潔な人間だと意識させてからの、乱交プレイ。


 ダイヤが考える通り、性格が悪すぎる展開であると誰もが思うに違いない。

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