35. こんな偽物の世界、さっさと終わらせましょう
「あいたた……」
レッサーデーモン(紺)を撃破した直後、ダイヤはレーザービームを殴った反動で机から落ちて尻餅をついていた。
痛むお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がると、
「やったね、
「…………」
そう労いの言葉をかけたけれど、
ハイタッチをするような雰囲気でも無い。
「(仲が良い友達が相手だったから素直に喜べないのかな)」
「…………」
「…………」
「…………」
「(ま、まさかこれって)」
ダイヤの前まで来た
そのポーズで思いつくのは、戦闘中にダイヤがやってしまったアレのこと。
「(やり直しを要求されちゃってるの!?)」
「(でもこの雰囲気は……ありなのかな)」
誰もいない教室に二人きり。
学園モノの定番シチュエーションだ。
ダンジョンの中とはいえ、
「夕陽!?」
「夕陽!?」
二人とも今のシチュエーションについて考えていたのだろう。
窓の外の様子が様変わりしていることに気付いて同時に驚き、キスをするような雰囲気では無くなってしまった。
「これってやっぱり彼女を倒したから?」
「だと思うわ」
つまりイベントポイントでイベントをクリアし、次のステップに進むことが出来たと言うことなのだろう。
「というか今更ながら気づいたのだけれど、知っている街だから太陽の位置でさっきまで朝だったって気付けたはずだわ」
「確かに。僕も気付かなかったや」
「こんな単純なことに気付かないだなんて、私達もまだまだね」
「勉強することが一杯だ」
ダンジョンを探索するには、些細な情報すら見逃してはならない。
それは鉄則で、常に周囲を観察し続けることが大事になる。
少し考えれば朝かどうか分かるところで判断を曖昧にしてしまったのは、やはり経験不足によるものだろう。二人ともまだ新人でダンジョンに不慣れなところがあるということだ。
「さっきまでは朝で、学校に来たらイベントがあったってことは」
「今度は帰宅しろってことよね」
「じゃあ
「そ、そうね……」
「わーい、
「うううう、恥ずかしいわ」
「この変わりよう」
ちょっと前までは断固拒否する態度だったのに、照れながらもウェルカムな雰囲気になっている。
堕ちてくれたことは嬉しいけれど、あまりの変化にまだ少しついていけないダイヤであった。
それと同時に安心もしていた。
帰宅するということは、間違いなく次の敵は家族だろう。
「さて、行こうか」
「ええ」
二人は学校を出て再び街へと繰り出した。
街の中には魔物が増えていた。
しかも今度はレッサーデーモン(赤黒)やレッサーデーモン(紺)に変化するでは無いか。
「アイテム落とさないから極力戦闘は回避の方向で」
「分かったわ」
体力をなるべく温存しつつボスまで辿り着くことを優先した。
ひたすら遠回りをし、エンカウントを極力減らした結果、二度の戦闘だけで家に戻ってくることが出来た。
「…………」
流石にここまで来ると、
ダイヤは隣に立ちキュッと手を握った。
「ありがとう。でも大丈夫。どんな魔物が出てくるのかって不安だっただけだから」
「うん、そうだね」
学校でのイベントポイントでのことを考えると、この先に出現する魔物はまた未知の相手である可能性が高い。
「よし、行くわ」
自宅の敷地内に足を踏み入れると、今度はワープしない。
学校で正しく攻略フラグを立てられたということだ。
「ただいま」
そう言いながら
学校で校舎に土足であがるのもそうだが、自宅の場合はもっと抵抗感があるなと、冷静にそんなことを考えていた。
「二階よ」
家族が主に過ごすリビングは二階にある。
入口近くの狭い階段を登ると、LDKの間取りで右手にダイニングキッチンが、左手にリビングがある。
そしてそのリビングのソファーに、
「ただいま」
「…………」
「…………」
改めて
それどころか、露骨に怒っているかのような不快な表情を浮かべている。
「俺に何か言うべきことがあるんじゃないか」
先に口を開いたのは父親だった。
「…………」
質問をしてきた父親に対し、
ただ無表情で父親を見つめている。
「その男は何だと言ってるんだ!」
そんな
「ヴァルキュリアの誇りを忘れたのか!あんなにも教えてやったのに忘れたのか!恥を知れ!」
ヴァルキュリアとして強く、気高く、活躍しろ。
それは確かに
その教えを破り、男を自宅に連れ込むだなんて軟弱なヴァルキュリアに育てたつもりはない。
そう怒っているのだろう。
一方で母親は全く別の反応をする。
「やっぱりあなたは私の娘なのね」
自分と同じようにダンジョン探索よりも男を選んだのだという意味に違いない。
その顔は侮蔑に満ちているようで、同時に自虐に満ちているような不思議な表情だった。
「ヴァルキュリアだなんて言ってもそんなものよ。好きにしたら?」
そして興味が無さそうな顔になりスマホを弄り出す。
「お前はヴァルキュリアとして結果を残さなければならないんだ!」
「…………」
激怒する父親と、無関心な母親。
あまりに酷い対応なのだが、ダイヤが
その理由は、隣に立つ
冷静で落ち着いているいつもの
「なんだろうね、これ」
「
怖がることも無く、怯えることも無く、俯くことも無く、目の前の両親もどきを冷めた目で見ている。その目は無関心な他人に向けるものに近かった。
「私は怖かった。ここに来るのが怖かった」
だから最初、自宅を見て身動きが取れなくなっていた。
「パパとママが私を責めてくるかと思うと怖かった。だってそれは私がパパとママの気持ちがそうだって思っているってことだから」
この世界は
だとすると、もしここで父親や母親が
「怒られることよりも、責められることよりも、私がそう思っていることを突き付けられるのが怖かった」
無意識に隠そうとしていた内面が暴かれてしまうのが怖かった。
両親に対する印象が本当はとても悪いものだったと明らかにされるのが怖かった。
「だって私はパパもママも大好きだから」
たとえ父親がヴァルキュリアについての在り方を教育してこようとも、自分自身のことに触れられると激怒しようとも、母親が
それでも
「大好きなパパとママを、心の底では怖がって怯えていただなんて言われたらどうしようって思った」
だが今、目の前で父親と母親は
それなのにどうして冷静でいられるのか。
「でもこうして実際にその姿を見たら、なんか馬鹿馬鹿しく思えちゃった」
「貴方達は私の記憶が生み出したものじゃない。偽物よ」
これまでは確かに
しかし
お前達はこれまでとは違う存在だと。
「だって違和感しか無いんだもの。私がパパやママを自分勝手な想いを娘にぶつける人だと思ってた?パパもママもヴァルキュリアとしての私しか見ていなかった?あまりにもあり得なさすぎて、怒る気にもなれないわ」
目の前の両親の姿が本当に
しかし全く何も感じることは無く、姿形が似ているだけの別人にしか思えなかった。
これが街行く人々からの精神攻撃で心が崩れかけている
しかし今の
その状況で偽の両親に責められようとも、茶番にしか思えなかったのだ。
「
ヴァルキュリアへの拘りを抱える両親ではあるけれど、
それを理解している今の
「ダイヤ」
「なぁに?」
「こんな偽物の世界、さっさと終わらせましょう」
そして二人で一緒に本当の世界に戻るのだ。
父と母が愛してくれている
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