第一章メインクエスト『高潔と、低俗と』
16. Eランクダンジョンであの子とばったり
ダンジョン入り口施設に設置されている無料のカフェスペースにて、ダイヤはコーラを飲みながら素材について考えを巡らせていた。
「やっぱりこれ以上直すならEランクダンジョンに入らなきゃダメっぽいね」
ダンジョン・ハイスクールに入学してからおよそ二週間。
大量の廃屋クエストの中でFランクダンジョンの素材だけで修復できたのは、トイレと玄関と廊下だけだった。
移動は便利になったけれど、まともな生活をするには何もかもが足りていない。せめて寝室の修復とお風呂の修復を優先したいのだけれど、いずれもEランクダンジョンの素材が必要ということでクエストを進められずにいた。
「大半のところで必要なのが『小魔石』と『レックスベールの木材』だけど、『小魔石』はEランクダンジョンの雑魚からランダムにドロップするから、僕ならすぐに集められるはず」
精霊使いは願ったドロップを確定で出現させることが出来る。
経験値など不要だからアイテムが欲しいと願えばどんどん集まるだろう。
「問題は木材の方だね。トイレと廊下は『クチワの木材』だけで直ったけど、他の部屋は『レックスベールの木材』が必要。そして『レックスベールの木材』はEランクダンジョンの中に生えているからそれを伐採しなきゃダメ。『クチワの木材』と違って魔物からのドロップじゃないけど、どっちが楽なのかなぁ」
精霊使いの願いによる確定複数ドロップと、戦わず伐採してのゲット。
伐採の労力や魔物の出現頻度など、どちらが良いかは条件によって異なるので現時点では何とも言えないだろう。
「『レックスベールの木材』を収集するなら何処が良いかな……」
ダイヤは脳内のメモ帳をパラパラとめくり、ダンジョンの情報を検索する。
「あ、良いとこ見つけた。ここなら茶封粘土も手に入るじゃん」
次段階のトイレ修復に必要な『茶封粘土』。こちらも木材程では無いが、何か所かで求められているため、木材と一緒に収集できるなら便利である。
「よし、今日からは木材と粘土集めだ!」
そうしてダイヤは目的のダンジョンへと向かった。
ダンジョンへの入り口はランクごとに固まって分かれていて、それぞれのランクの近くに係員が立っている。どのダンジョンに入るのかは基本的に自由なのだが、新入生に限っては高難易度のダンジョンに入れないように制限がかけられており、入ろうすると係員に止められてしまう。
「君、新入生だよね」
案の定、ダイヤも係員に呼び止められてしまった。
「はい、貴石ダイヤです。Eランクダンジョンに入りたいのですが、ダメでしょうか」
「貴石……ああ、あの『決闘』の子か。君なら良いだろう。だが彼を倒したからと言って実力を過信してはダメだぞ」
「分かってます。ありがとうございます」
おそらく大丈夫だろうと思っていたが、いざ許可が出るまではドキドキだった。
安心したダイヤは係員に会釈をして目的のダンジョンの扉を潜る。
『仄めき月光花ラビリンス』
Eランクダンジョンの中ではやや簡単な部類に入るダンジョンだ。
「うわぁ、暗いなぁ」
入口こそ明るく整えられているものの、一歩足を踏み出すと真っ暗だ。
夜の森フィールド。
わずかに月灯りが差し込んでいるが、探索するには不十分だ。
必要なのは灯りを生み出す魔法。
例えば、ダイヤの近くでこれから森に入ろうとしている女性が使おうとしている魔法。
「トーチ」
共通基本スキルの一つであり、暗いダンジョンを探索するには必須の魔法である。
「あれ、
「げ」
「そんな嫌そうな顔しなくても良いのに」
トーチの灯りに照らされた女性の姿を見ると、それは英雄クラスのヴァルキュリア、
「近寄らないでくれる」
「嫌です」
「あんた……!」
にっこりと笑顔で
気になる女子とお近づきになれるチャンスとあれば、ぐいぐい行くのだ。
それはたとえ相手に嫌われていても、だ。
「
「100%あり得ないわ」
「そんな照れなくても」
「照れ……!ああ、そういうこと。そうやって揺さぶるのがあんたのやり方なのね。残念だけど私には効かないわよ」
「そこはほら、他の皆みたいに僕の頬を
「…………引きちぎるわよ」
「今、少しやってみたいって思ったでしょ」
「ぐっ……」
ダイヤを拒絶しようとするものの、すでに翻弄されつつある
「そ、そもそも何であんたがここにいるのよ!ここはEランクダンジョンなのよ!」
「そりゃあ僕が強いから?」
「あんた本当にムカつくわね。そんなんじゃ死ぬわよ」
「心配してくれてるの?」
「ば……ああもう知らない!勝手にしな!」
弄りすぎたのか、これ以上は話などしないと言わんばかりに
「あれ、あそこに何かあるのかな?」
ダイヤは
森の中の探索だからか、あるいは男性からの視線をシャットアウトするためか、
「おまじないか何かかな」
その仕草が癖なのかなとなんとなく気になったダイヤだが、すぐに忘れて自分の探索に集中することにした。本当は彼女を追って仲を深めたいところだけれど、初挑戦のダンジョン、しかもこれまでとは難易度が違うEランクダンジョンで攻略以外のことに手を出す余裕などなかったのである。
「トーチ」
ダイヤもまたトーチの魔法を使った。
その光は
スキルレベルの差によるものだろう。
「う~ん、少し明るすぎるかな。もう少し光量を落とそう」
しかしダイヤはただでさえ乏しい光を更に弱くした。
廃屋に住んでいることから暗い森の探索に慣れているダイヤにとって、普段よりも明るいのは逆に見にくくなってしまうからだった。
「まずは入り口付近で魔物と戦ってみよう」
Eランクダンジョンの魔物がどの程度の強さなのか。
調べてはあるけれど、それを肌で実感し、やっていけるのかを確認する。
森に足を踏み入れ、少し歩くと、目の前に魔物が出現した気配を感じた。
「コボルトか」
二足歩行の狼のような風貌で表現されることも多いコボルトだが、本来は醜い妖精や精霊を指す。
ただし精霊と言っても『精霊使い』が指示できるような相手では無く、あくまでも魔物であり、名前だけ借りているような感じだ。
ダンジョンでのコボルトは、ダイヤと同じくらいの背丈で、細身でありながら筋肉質の二足歩行の生物。手には様々な武器を持っていて、今回のコボルトは小さな片刃斧を持っている。そして最大の特徴なのが、肌の色だ。
「この森の中で黒とか、トーチ使えって言ってるようなものだよね」
コボルトは特定の肌の色をもたず、周囲の風景に同化するように変化するのだ。
夜の森の中、真っ暗なコボルトはトーチを使わないと非常に見え辛い。
『ぐるるるぅ』
獣が唸っているかのような低い声でダイヤを威嚇し、斧を振り上げたまま間合いを測っている。
「(こっちからいけないのは面倒だなぁ)」
これまでのように先手必勝で突撃しようにも、相手は斧を振り下ろしてカウンター攻撃をしてくるだろう。Fランクダンジョンと違い、悠長に攻撃をする隙など与えてくれない。容赦なく迎撃されてジ・エンドになってしまう。
ゆえにダイヤは相手が攻撃を仕掛けてくるのを待った。
しかしコボルトは中々攻めて来てくれない。
「(仕方ない、やるか)」
焦れたダイヤはコボルトに攻撃を仕掛けようと力強く踏み込んだ。
その瞬間、コボルトが醜く嗤った。
コボルトは相手が焦って手を出してくるのを待っていたのだ。
ダンジョンでは焦りは禁物。
常に冷静に着実に相手の行動を見極めて対処しなければ致命的な結果を生み出してしまう。
特にコボルトはFランクダンジョンで戦い慣れた者を『まぁ大丈夫か』と油断させて致命傷を負わせる相手として有名だった。
このままではダイヤはコボルトの斧攻撃を喰らって大怪我を負ってしまうだろう。
本当にダイヤが焦って攻撃を仕掛けたのなら、の話だが。
「よっと」
『!?』
ダイヤは大きく踏み込み相手の攻撃の間合いに入ると、すぐにバックステップをしたのだ。
チャンスだと振り下ろされた斧は空を切り地面に突き刺さる。
膠着状態を破るために、敢えて相手に攻撃をさせるべく踏み込んだのだ。
「はぁっ!」
『ぶべ!』
無防備になったコボルトにダイヤの拳が突き刺さる。
衝撃でふらつき、斧を手放してしまったコボルトに勝機は無かった。
「うりゃうりゃうりゃうりゃ~!」
『ぶ!べ!ら!ぎゃ!』
激しい連打を喰らったコボルトは消えて無くなったのであった。
「おお、魔石だ」
コロンと地面に落ちたのは二つの小さな石。
それぞれ小魔石 (土)と小魔石 (水)。
「しかも僕が願った通りの属性が出るとか、これもうチートになりかけてるよね」
元々どの属性の魔石が出現するのかはランダムだ。
大量に属性が存在するのに狙った属性が選ばれると言うのはあまりにも便利。
魔石はエネルギーの元となるため需要が高く、いくらあっても困らない。
不足しがちで高価に買い取ってくれる属性の魔石を中心に集めれば、容易に金策出来るだろう。
もちろんそれは小さくない魔石を収集できるようになってから、の話だが。
残念ながら小魔石では子供のお小遣い程度の稼ぎにしかならないのだ。
「流石にEランクの魔物は手ごわいね。注意して進もう」
あっさり撃破出来たが、それはコボルトの倒し方を知っていたからだ。
それに知っていたとしてもミスをする可能性だってある。
FランクダンジョンとEランクダンジョンとでの魔物の違いは、
つまりはここから本当の殺し合いが始まるのだ。
Fランクダンジョンで初心者がダンジョン探索を練習し、Eランクダンジョンから本格的な命を懸けた探索が開始される。Eランクダンジョンに突入したばかりの生徒は、そのあまりの雰囲気の違いに恐れ戦くものだが、ダイヤからはそんな様子は全く感じられず、素材を求めて奥へと入るのであった。
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