15. ボスを相手に実験しよう!

「でもよぉ、こんだけで強くなれんのかね」

「どういうこと?」


 ノロノロオークを相手に踏み込む練習を続け、三人とも慣れてきたところで朋がポロっと疑問を零した。

 疑問というより不安かもしれないが。


「だって踏み込みっつったって、まともに攻撃が当たるようになっただけだろ。結局俺らってスキルしょぼいし、魔法も使えねーし、弱いことに変わりねーじゃん」


 その通りである。

 踏み込み云々は精霊使いが強くなるための話では無く、ダンジョンで戦う人全般に言えることだ。

 基本スキルしか使えず、か弱い精霊を動かすことしか出来ない精霊使いが強くなるには、別のアプローチが必要だろう。


「魔法はともかく、武術系のスキルなら頑張れば再現出来るじゃん」

「習得するのにどんだけ時間かかると思ってんだよ!」


 武術スキルは人間には実現不可能な動きを具現化する物では無く、あくまでも人間の動きを補助するものだ。例えば、瞬間移動に近い『縮地』なんかは、普通の人間の身体では使えないため、スキルにも存在しない。もし使いたいのであれば、魔法と組み合わせて工夫する必要がある。


 つまり単純に武術スキル単体で考えると、練習すればスキル無しでも使えるということになる。

 もちろんスキルなら失敗しないし体が勝手に動いてくれるという絶大なメリットがあるが。


「じゃあ強い武器を装備するとか?」

「それだってそもそも強くなきゃ手に入らないじゃん」


 高価な素材を手に入れるためには、強い魔物を倒さなければならない。

 つまり元々強くなければ強い装備は手に入れられないのだ。

 あるいは商才でもあれば大して戦わずに稼げるかもしれないが、もちろんそんな能力なんてあるわけがない。


「それがそうでも無いんだよね」


 しかし精霊使いだけは装備を手に入れる別の方法があることをダイヤは知っていた。


「噂で聞いたことがあるんだけどさ。精霊使いがボスを倒した直後に、欲しい装備が出ますようにって強く願うと、出現するらしいよ」

「は?なんだよそのガセ情報」

「どうしてガセって断言できるのさ」

「いやだってそんな……なぁ」


 茂武達も同意してうんうんと頷いている。


「ふ~ん、信じないなら別に良いけど」

「ま、待てって。まさかダイヤ、成功したのか?」

「さぁ」

「教えろって!」


 敢えて思わせぶりな態度をとって興味を惹かせる作戦であった。


「仮に僕が成功したって言っても信じられる?この装備が出て来たんだよって言っても、露店で買ったかもしれなじゃん」

「そ、そりゃそうだけど……」


 朋の心の中では信じられない気持ちの方がまだ大きく、どう判断すれば良いか分からず揺れているようだ。


「う~、あ~、も~」


 云々と唸りながら、何かを必死に考えている。

 そしてしばらくすると『パァン!』と大きな音を立てて自らの両頬を強く叩き気合を入れた。


「うし、決めた! 俺は信じるぜ!」

「え? どうして? 自分で言っててなんだけど、滅茶苦茶胡散臭いと思うんだけど」

「そんなの決まってる。親友ダチの言うことを疑いたくねーからさ!」

「な!」


 あまりの衝撃にダイヤは絶句してしまった。


 親友だなんて言っているけれど、今日初めて話した間柄だ。

 これから友達としてお互いを知り、徐々に仲を深めて絆を紡ぐのが自然な流れだ。


 今はまだ形だけ。

 信頼関係なんて皆無に等しい。


 そう思っていた。

 だがそう思っていたのはダイヤだけだった。


「(気持ち良いくらいに真っすぐなんだね)」


 朋は本気でダイヤのことを親友と思っている。

 その気持ちがとてもくすぐったくて、嬉しくて、ニヤニヤが溢れてしまう。


「どうした?」

「な、なんでもない」


 その姿が恥ずかしくて、つい後ろを向いて隠してしまった。


 ダイヤ、この島に来て初めての敗北である。




 軽く深呼吸したダイヤは、いつもの柔和な笑みに戻って朋の方に向き直った。


「じゃあここのボスで試してみる?」

「おう!」

「おっと忘れるところだった。欲しいアイテムが出ると経験値貰えないらしいからね」

「はぁ!? それは困る!」


 早く経験値を稼いで転職したいのに、沢山経験値を稼げるボスからの収入がゼロというのは看過できない話だった。


「別に良いじゃん。ボスの経験値なんかその辺の雑魚を二、三十体は倒せば元獲れるんだからさ。もっと難易度の高いダンジョンだと雑魚を倒すのも大変だよ。ここのダンジョンなら簡単に取り返せるって」

「そ、そうかな」

「そうそう。ノロノロオークだって簡単に倒せてるじゃん。それともまだ二、三十体倒すの大変そう?」

「そんなことは無いぞ!よし、ならやってやろう!」


 簡単に乗せられてしまうのもまた、ダイヤを信じているからなのか、あるいは単純だからなのか。

 どちらにしろダイヤとしてはこの展開になるように誘導して来たので、やってくれるなら文句は無かった。


「(騙しているようで気が引けるけど、朋にもメリットがある話だから良いよね?)」


 朋にダンジョンに行こうと誘われた時、ダイヤは『精霊使い』の地位を向上させるために、ボスドロップの変化について朋に協力してもらって実験をするつもりだった。強制するつもりはなく、利用するとまでは思っていなかったが、純粋に友達になりたいと言ってくれた朋に対して、裏があった自分の気持ちが汚いものに思えてつい脳内で言い訳をしてしまったのである。


「(いや、やっぱり後で謝らないと)」


 今はボスを倒そうと意気込んでいるので、ここで妙なことを告げて空気を壊したら台無しだ。

 全てが終わった後で自分の気持ちをちゃんと説明することにした。


「いたぞ。ボスだ!」


 ダンジョン『始まりの荒野』。

 そのボスは鋭い角を持つ水牛だ。

 しかしFランクの初心者向けのダンジョンなので、他の魔物と同じで常時デバフがかかっており、水牛は反応が鈍く行動がとても遅い。


 通称、のんびりバッファロー。


「あいつの情報は知ってる?」

「いや、今日はボスと戦う予定なかったからまだ調べてねぇ。一旦外に出て調べた方が良いかな」

「ううん、僕が知ってるから教えるよ」

「助かる!」


 ダイヤの頭の中にはダンジョンに関する膨大な情報が詰め込まれている。

 この島に来る前から沢山調べて勉強した成果だ。


「のんびりバッファローは体表が柔らかくてほとんどの攻撃が通じるよ。でも体力が高いから沢山攻撃する必要があるんだ。向こうの攻撃は鋭い角を使った突進のみ。突進直前に後ろ脚を地面にこするような準備モーションが約十秒あるから、それを見たら離れること。突進はのんびりバッファローの視線の先に向かうから、そのラインから離れれば大丈夫。万が一にでも当たったら即アウトだから、モーションはちゃんとチェックするんだよ」

「つまり相手の攻撃は超避けやすいから、怯えずに踏み込んで攻撃しろってことだな!」

「せいかーい」


 これまでのように怯えてチクチク攻撃していたら、いつになっても戦いが終わらないだろう。

 やがて精神的にも体力的にも疲れ果て、モーションを見逃して突進攻撃を喰らってしまう可能性もありえる。


「んじゃソロでやってみるわ」

「おお、頑張るね」

「当然だろ。ソロの方が経験値多くなるし、だったらソロの方が良い武器でそうじゃん」

「確かに」


 ボスはパーティーで倒すと一人当たりの報酬は人数割り、とまではいかないが、ソロで倒した時の七割から八割程度に減少してしまう。それゆえソロで倒せる相手ならばソロで挑むのが定番となっているが、当然ランクが高いダンジョンボスはパーティー推奨な強さとなっている。


 Fランクダンジョンのボス程度ならばソロで倒した方が美味しいが、微々たる差なのであまり気にしない人もいる。


「いくぜ。おりゃああああ! すらーーーっしゅ!」


 のんびりバッファローに向けて朋が突撃し、左側面を斬り付ける。

 するとボスは避けることもせずにまともに攻撃を喰らってしまうが、その斬り口は浅かった。


「感触は柔らかいのにあんまり深い傷にはならないのか。こりゃあ時間がかかりそうだな、と。スラッシュ!スラッシュ!スラッシュ!」


 相手はのんびりしていて格好の的だ。

 その場に留まりひたすらに剣を振ってダメージを蓄積する。


 するとのんびりバッファローがゆっくりと朋の方に体を向け、後ろ足で地面をこすり始めた。


「おっとあぶねぇ」


 それをしっかりと確認した朋は、ゆっくりと突進コースから離れた。

 準備中も攻撃できそうな隙があるが、慌てて攻撃するようなことはしない。


『ブモオオオオオオオオ!』


 それまでののんびり具合は何だったのか。

 そう思えるくらいの凄まじい勢いでのんびりバッファローが突進し、頭上の角を下方から上方へと突き上げる。


「怖え!」


 これまでの魔物からは感じられなかった魔物の強さ。

 当たってしまったら串刺し即死間違い無し。


 例え安全に避けられると分かっていても恐怖を感じるのは当然の相手。


「勇気を出して!踏み込め!」


 だが朋はビビる心を抑え込み、自らに言い聞かせるかのように叫び、動きを止めたのんびりバッファローに向かっていった。その足は力強く、しっかりと踏み込めていた。


「スラッシュ! スラッシュ! スラッシュ!」


 ここまで来たら後は作業のようなものだ。

 時々やってくる突進攻撃を避け、サイドに回ってひたすら剣で斬り付ける。


 やがてのんびりバッファローはぐらりと傾き、地面に倒れるのであった。


「やった……やったぞ! ソロでボスを倒したぞ!」


 両手を挙げて大喜びする朋。

 気持ちは分かるが、今は他にやるべきことがある。


「朋!アイテムを願わなきゃ!」

「あ、そうだ!」


 ここで純粋に喜びに浸っていたら、普通に経験値を得てしまう。

 慌てて神に祈るかのように両手を合わせて願いだした。


「聖剣を下さい!聖剣を下さい!聖剣を下さい!聖剣を下さい!]

「(Fランクのボス報酬で聖剣とか、無茶じゃない?)」


 あまりにも強欲な願いに不安なダイヤであったが、緑の靄が出現アイテム確定演出し、狙いは成功しそうだ。


「おおおお! マジだったああああ!」


 その様子に狂喜乱舞する朋。

 一方でダイヤは冷静に分析していた。


「(やっぱり『精霊使い』は欲しいと願った報酬が貰えるのかな。今のところ成功したのは僕と朋。望君にお願いしたら失敗したらしいし『精霊使い』限定の効果の可能性はありそう)」


 ダイヤは何故ボス報酬として幼女精霊が出現したのかを考えた。

 そしてその幼女精霊がダイヤに対して『えっちなこと』をしようとしていることから、あの時に『えっちなお姉さん』を願ったことを思い出した。


 そして『願い』を具現化してくれるのでは、という可能性に思い至り、自分以外の人でも同じ現象が起きるのかを調査したかった。真っ先に頼ったのは『勇者』の望であり、強い願いTS薬を込めたが経験値にしかならなかった。次に同じ『精霊使い』に試してもらいたいと考え、今回その絶好の機会がやってきたというわけだ。


「おおおお!剣だ!」


 そしてその試みは成功し、願った武器が出現した。

 経験値と引き換えではあるが、希望通りのボス報酬が出現するというのは破格の効果である。


「(『精霊使い』は経験値を欲しがるから今まで気付かれなかったのかな)」


 最弱の精霊使いは、早く転職をして強い職業に就きたがる。

 そのために必要なのは経験値であり、通常のボス報酬と変わらない。


 奇特なダイヤが妙なことえっちなお姉さんを考えたからこそ発見したことだったのだ。


「(これなら公開できそう)」


 もしも幼女精霊だけが出現する効果であれば他の人にこの情報を公開出来なかったが、欲しい物が手に入るとなれば『精霊使い』への見方は変わるだろう。


 例えば高ランクパーティーに誘われて、ボス戦に参加するだけで良いから、撃破後に欲しいものを願って欲しいなんて要望も生まれるかもしれない。


「(でもまだまだだね)」


 だがダイヤは満足していなかった。

 『精霊使い』そのものが強くなったわけでは無いのだ。


 『精霊使い』が自立して強くなれるようにする。


 ダイヤはそれを目標としていた。


 そんなことを考えていたダイヤの耳に嘆きの叫びが届いてきた。


聖剣セイントソードじゃねーか!確かに聖剣だけど、そうじゃねーよおおおお!」


 セイントソードは、聖属性が付与されただけの普通のロングソードだ。

 この程度の属性付与であれば低価格でやってもらえるため、あまり価値のあるものではない。


「(あはは、Fランクダンジョンの報酬じゃそれが精一杯なんだね)」


 高ランクのダンジョンであれば、願い通りに聖剣が出現するのかもしれない。

 あるいは『精霊使い』のレベルも関わってくるのかもしれない。

 考えることはまだまだ沢山ある。


「(あれ、もしかしてあの子が幼女なのも、もしかしてFランクだから?)」


 ダイヤが要望したえっちなお姉さん。

 それを叶えるには報酬が足りていないため、えっちな幼女になってしまったのではないか。


「(後で考えよう)」


 気にはなるけれど、今は親友を労うべきだと、ダイヤは考えを中断して朋の元へと向かった。


「おめでとう」

「笑うんじゃねーよ!」

「いだいいだい、だから頬をつねらないでよー!」


 この情報を拡散することで精霊使いの価値が跳ね上がる。

 弄られながらそう感じていたダイヤだったが、まったく別の要因でそれが起きてしまうことに気付くはずも無かった。









 ちなみに、本当は実験を手伝ってもらいたくて朋の誘いを受けたとゲロったのだが。


「気にすんな!むしろサンキュー!」


 とても良い笑顔でそう言われて、末永く親友として付き合うことになりそうだなと喜ぶダイヤであった。

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