14. 勇気を出した踏み込み

「強くなるか。その心は」

「人の魅力って優しいとか仲間想いとか色々とあるけどさ、僕らは強いのが大前提みたいなものじゃん」


 ダンジョンを探索せず普通の人生を歩むのであれば、強さが無くとも人は惹かれ合う。だが朋も向日葵ひまわりもダンジョン探索を生業とする道を選びたくてこの高校にやってきたのだ。強くなければ生きて行けないのだから、弱い相手などそもそもが論外なのだ。


「それにさ、ベタだけどピンチの時に颯爽と駆け付けて助けるとか最高でしょ。しかも朋はギャップがあるから、あれ、なんで私こんな奴に、案外良い奴じゃん、好き!って流れとか良くない?」

「うおおおおおおお!俺はやるぞおおおおおおお!」


 ダイヤの下手糞な演技に朋は超やる気が出たようだ。


「うし、なら強くなるためにも、さっさとレベル上げて転職しねーとな」

「それだけじゃダメだよ」


 精霊使いのままでは強くなれない。

 その常識に縛られている朋は、何よりも転職が最優先の思考だ。


 だが仮に転職を目指すとしても、強くなる手段をそこに求めてしまっていては強くはなれない。


「いくら強い職業に就けても、ちゃんと戦えないと宝の持ち腐れだよ」

「う゛……じゃあどうしろって言うんだよ」

「僕が戦闘のイロハを教えてあげる」

「マジで!?」


 強い職業だろうが、弱い職業だろうが、戦いの基本がなってなければ成長は遅くすぐに行き詰るだろう。朋がこの先どのような未来を選ぶとしても、最初に戦うことについて学ぶことは必ず役に立つ。そのために学校では『ダンジョン戦闘基礎』という講座が開講されているのだが、内容が基本的すぎるからと思い込み、受講しない学生が結構多かったりする。朋もまた、受講しないタイプの生徒だった。


「ということで、今日は『始まりの荒野』に行こう」

「お、おう!」

「どうしてほっとしてるの?」

「ダイヤのことだからEランクとかDのダンジョンに連れてかれると思ってさ」

「まっさかー」


 どうやらEランクの教師を倒したことで、ダイヤは無茶無謀な挑戦をするタイプだと思われていたようだ。


「そもそも僕らはランク試験まではEランクのダンジョンまでしか入れないし、僕はともかく朋はEランクも入れないでしょ」

「まぁそうなんだが、ダイヤならなんとかしそうだって思ってさ。つーか、やっぱりダイヤはEランクダンジョンに入れるのか」

「入ろうとしたことないから分からないけど、行けるんじゃないかな」

「かー! 精霊科なのに英雄科と同じ扱いとか、やっぱダイヤおかしいわ」

「どや」

「このやろ」

「ぎゃー! ほっぺたつねるなー!」


 ダンジョン・ハイスクールの新入生はGWの手前にランク試験があり、そこで正式なランクが決定する。それまでの間は基本的にFランクのダンジョンにしか入れないのだが、英雄科などの最初から強いことが分かっている職業であれば、教師の判断の元でEランクダンジョンにも入れるルールになっているのだ。ダイヤはEランクの教師を決闘で倒したことで、Eランクダンジョンに入れる可能性がある。


「全く。ふざけてないでダンジョンに行くよ」

「おう!」

「(コクコク)」

「(コクコク)」


 『始まりの荒野』はFランクダンジョンの中でも簡単な部類に入り、初心者ダンジョンの次の攻略候補として良く挙げられる。


「ちらほら人がいるな」


 ぺんぺん草も生えないと言った感じの乾いた荒野には、何人かの新入生の姿が見えた。

 ダイヤ達は彼らの邪魔をしないようにと、離れた方へと進んだ。


「皆、来るよ」


 ダイヤが声掛けをしたタイミングで、目の前に一匹の魔物が出現した。


『ぶおお!』


 豚の魔物、ノロノロオーク。

 あまりにも太りすぎていて、その贅肉のせいでまともに動けない。小さな両刃斧による攻撃は遅くて避けやすいが、もし不注意で当たってしまおうものなら、体重が乗った一撃は容易に新入生の命を刈り取るだろう。


「それじゃあまずは朋達の戦い方を見せてよ」

「おうよ!」


 彼らは三人とも安いロングソードを手に、ノロノロオークと対峙する。

 基本スキルしか使えない同じ職業なのだから差が無くて当然だ。


 三人は朋を先頭に、ジリジリと敵と間合いを測る。


『ぶおお!』


 先に攻撃を仕掛けたのはノロノロオーク。

 どすんどすんと体を揺らし、斧を振りかぶって振り下ろした。


「退避!」


 しかし朋達は大きく後ろに距離を取り、その攻撃を確実に躱す。

 ノロノロオークは振り下ろした斧を持ち上げようとフラフラしている。


「今だ!スラッシュ!」

「スラッシュ!」

「スラスト!」


 三人が入れ替わり立ち代わりスキルを発動し、ロングソードを振り回す。


『ぶお!』


 その切っ先がノロノロオークのでっぷりと太ったお腹を掠めた。


「よし、この良いぞ。この調子だ!」

「(全然良くないんだよなぁ)」


 彼らの戦い方を見て、ダイヤは嘆息してしまった。


「(カウンターからのヒットアンドアウェイで安全策を取るのは良いけど、あれじゃあ一体倒すだけでスタミナ使い切っちゃうよ)」


 それでは一日に倒せる魔物の数は微々たるものであり、成長するのにどれほど時間がかかってしまうのか。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。よ、よし。倒した!」


 実際、ノロノロオークを撃破した彼らは肩で息をして疲弊している。

 今すぐに次の魔物が出現しても逃げるしかないだろう。


「ダイヤ、どうだった?」


 しかし彼らは魔物を倒した達成感で満足そうだ。

 ここでダメ出しをしまくるのと、褒めて伸ばすのと、どちらが彼らの為になるのだろうか。


「ちゃんと安全を考えた良い戦い方だったと思うよ」

「だろ!」


 どうやらダイヤは褒める方を選択したようだ。


「ただ、その戦い方だと疲れちゃうよね」

「ま、まぁな。でも戦いってそういうものだろ?」

「正しいけど間違ってるかな」

「なんじゃそりゃ?哲学か?」

「違う違う。安全は大事だけど、大事にしすぎるのもダメってこと」


 ダイヤは周囲を確認すると、彼らを引き連れて少し歩いた。


『ぶおお!』


 するとまたノロノロオークが出現した。


「ノロノロオークは攻撃が遅いから、相手が攻撃を始めてから逃げても間に合うんだ。だからしっかりと相手の動きを見て……はっ!」


 ダイヤはノロノロオークの懐に鋭く踏み込み、張ったお腹を全力で殴りつけた。


『ぶお!』


 そうして何度か連打しているとノロノロオークがフラフラと斧を構え出したので、ゆっくりと後方に退避する。敵が斧を振った時にはダイヤはかなり離れた所に移動しており当たるはずもない。

 そうして敵の攻撃が空振った直後にまた素早く踏み込み、全力で殴りつけて撃破したのだった。


「す、すげぇ……」


 流れるような動作であっさりと魔物を撃破したダイヤの様子に、朋達は素直に感嘆している様子だ。『決闘』の時のように怯えられることは無さそうで、ダイヤは少しだけほっとした。


「凄いも何も、朋だって同じこと出来るよ」

「いやいや、無理だって」

「そんなことない。だって僕って難しい動きしてないよね」

「そりゃあ……あれ、確かに」


 ヒットアンドアウェイをしているのは朋と全く同じだ。

 では一体朋と何が違うというのか。


「安全だと分かっているのなら、勇気を出して踏み込むこと」

「勇気を出して踏み込む……」

「へっぴり腰で怯えながら戦っても、時間はかかるし疲れるしで良いこと無いよ」


 その『踏み込み』こそがダイヤの真骨頂だ。

 だがそれにはダイヤが言うとおりに勇気が必要となる。


「でもよぉ……」


 まだダンジョンに挑みたての朋にとっては、まだそのレベルの勇気は抱けないらしい。

 そもそも、現時点でへっぴり腰とはいえ戦えているだけでも及第点なのだ。


 そんな朋にダイヤは発破をかけた。


「夏野さんに良いとこ見せたいんでしょ」

「!!」

「勇気を出そうよ。強さってのはその先にしか無いんだから」

「…………おう!」


 気になる女の子の名前を出せば勇気が湧いてくる。それは朋に限らず男子の性なのかもしれない。

 そんな朋を笑顔で見守りながらダイヤは想う。


「(その勇気と踏み込みが、将来ピンチを救ってくれるはずだよ)」


 この先ダンジョン探索を続けていけば、強敵と出会い、命のやりとりを強いられる場面に遭遇するかもしれない。その時に踏み込む勇気が無ければ、戦いにすらならず蹂躙されるだけだろう。ダイヤのアドバイスはせっかく出来た親友の今後を思ってのものでもあった。


「よし、やってみるぜ!」


 さっそく朋は、教えられたことを実践するためにノロノロオークと再度対峙した。


「勇気だ。勇気を出せ。あんな奴ただの遅い豚だ。冷静に対処すれば絶対に当たらない。それなのにビビってチマチマ攻撃するだなんて情けないことはするな。俺は強くなる。絶対に強くなるんだ」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、恐怖心を抑え込み心を奮い立たせる。


「おおおおおおおお! スラーッシュ!」


 意を決した突撃は、明らかに先ほどまでとは違い踏み込みが深い。

 ロングソードの適切な間合いに入れた朋の一撃は、ノロノロオークの腹部を深く斬り裂いた。


『ぶお!』

「スラッシュ!スラスト!スラッシュ!」


 ノロノロオークが怯んでいる間に連撃を繰り広げる。


『ぶおおおおお!』


 するとノロノロオークが攻撃を仕掛けてくる前に撃破することが出来た。


「や、やった。やったぞ! 俺一人で、しかもこんなにあっさりと……!」

「おめでとう。凄い良かったよ」

「あ……ダイヤああああああああ!」

「ぎゃああああ!なんでつねるのさ!」


 感極まって抱き着こうとしたのだが、直前で恥ずかしくなって弄ってしまう朋であった。

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