17. きっとこれが恋のラビリンス(違

「へいへいへーい」


 真っ暗な夜の森に、不気味な掛け声と小気味良い斧の音が鳴り響く。

 もちろんダイヤが木々を伐採しているのである。


「採り放題だね。でも大量に必要だからどんどん採るよ!」


 木造住宅の修繕だからか、木材は廃屋クエストの至る所で必要とされている。

 それに安くて丈夫な装備の素材にも良く使われるため、沢山売ればちょっとした小遣い程度にはなる。

 生活費の足しにするためにも、可能な限り収集したいところだ。


「おっと、また魔物かな」

『グルルルゥ』


 音が響くからか、伐採していると魔物がやってきてしまう。

 今回はコボルトとダンシングリーフが二体同時にやってきた。


 ダンシングリーフは躍るように宙を舞う三枚の大きな葉っぱで、葉の周囲が鋭く尖っていて斬り付けてくる。葉っぱなので防御力は皆無に等しいが、不規則な動きで踊っているため攻撃を当てにくい。


「まずは葉っぱからっと」


 しかしダイヤにとっては倒しやすい美味しい敵でしかなかった。

 確かに不規則な動きをしているが、それほど早い訳では無いのでタイミングを見て攻撃をすれば割と簡単に当てられるからだ。ポイントはやはり『踏み込み』。至近距離で攻撃すればダンスしていようが当てやすい。


「ほっ、ほっ、ほっと」


 三枚のダンシングリーフに素早く近づき、拳を貫通させてあっさりと撃破する。

 その流れでコボルトも攻撃を誘いつつのカウンターで撃破した。


「いやぁ、入れ食い状態で最高のダンジョンだよ」


 木々を伐採すれば木材アイテムが手に入る。

 伐採中は音につられて魔物がやってくる。

 魔物を倒せば小魔石が手に入る。


 欲しいアイテムがどんどん手に入る美味しすぎる狩場だった。


「う~ん、でも今日はこのくらいにしておくかな。他の素材の場所も確認しておきたいし」


 このまま小箱アイテムボックスが一杯になるまで採り狩り続けても良いのだが、今日は初日ということでまだこのダンジョンの探索をほとんどしていない。ここでは他にもう一つ収集したいアイテムがあるので、それがあると思われる場所を探しておくことにしたようだ。


「ええと……ここを左で……次はまっすぐで……」


 ダンジョンはフィールド型が多く、洞窟探検迷路型のものは数少ない。

 『仄めき月光花ラビリンス』もまたフィールド型なのだが、ボスに辿り着くには特定のルートを通らなければならないというギミックがあった。


「そして月光花が光ってるから、そこを反対方向、と」


 その月光花こそがボスに至る道を示すもの。

 わずかに差し込む月灯りによりほんのり光る月光花。

 その灯りに導かれて進んだ先にボスがいる。


 だがダイヤは敢えて逆方向へと足を運んだ。

 そもそもダイヤが探しているのはボスではないからだ。


「あ、あの先かな?」


 森が途切れ、開けている場所が遠目に見える。

 そここそが、ダイヤが欲しい素材を収集できる場所だった。


「あれ?先客がいる」


 森を抜けると目の前には二十五メートルプール程の大きさの泥の沼地。

 開けたその場所は月灯りに照らされて、昼間のようにしっかりと周囲を確認することが出来る。


 その沼地の手前に複数の女子が泥上の魔物を前に武器を持って立っていた。


猪呂いろさんだ。他の人は英雄科のクラスメイトかな」


 見たことがある人がチラホラいるのと、魔物と共闘している様子からそう想像したのだろう。


「皆、油断しないで!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」


 声をかけたのはいん

 ダンジョンの入り口では持っていなかった、先端が円錐状に尖った大きな槍を手にしている。

 ヴァルキュリアという英雄科の中でも屈指の強職業についているため、リーダーを担当しているのかもしれない。


 彼女達が相対している魔物はマッドフロッグ。

 体が泥で出来た蛙型魔物だ。

 彼女達の腰くらいまでの高さがあり、普通の蛙よりも遥かに大きい。


「エル、弓で攻撃して!」

「わ、分かった!」


 いんからエルと呼ばれた小さな二つのおさげが特徴的な女子が、小さ目の弓を構えて魔物に狙いを定めた。


「シュート!」


 スキル『シュート』。

 弓や投擲攻撃を補助するスキルであり、このスキルのおかげで素人でも弓を扱えることが出来る。


「あ!」


 だがそもそも命中させることが難しいのが弓だ。

 スキルレベルが低くてはたとえ相手が止まっていても当てるのは難しい。


「ドンマイ!」

「気にしない気にしない!」


 エルの仲間達が失敗した彼女を元気づける。

 それぞれ短剣と杖を持っているところ、バランスを考えてこの四人でパーティーを組んだのだろうか。


「よ~し、次こそ……」

「エル!」


 弓使いの少女が再び弓を構えようとした時、それまでじっと彼女達を見ているだけだったマッドフロッグが、少女に向けて口から勢いよく泥を飛ばしてきた。

 それにいち早く反応したいんが、弓少女の前に移動して盾となった。


「うっ……」


 泥はいんの胸元に直撃し、痛みで顔をしかめてしまう。


狼呂いろさん!」

狼呂いろ!」

「ご、ごめんなさい!私、私……」

「気にしないの!」


 仲間がダメージを負ってしまったことにパニックになりかけた少女達をいんは一喝する。


「このおおおおおおおお!」


 そして自分は大丈夫だとアピールするかのように、ランスを手に勢い良く泥の沼地に足を踏み入れた。


「五月雨突き!」


 無数の突きの連撃。

 スラッシュ、シュート、スラストなどの基本的な動作を補助するスキルとは違い、れっきとした『技』。

 足首まで泥に浸かりながらも技のキレは抜群で、腰が引けているようなことも無い。


『ぐぎゃぎゃぎゃ!』


 マッドフロッグは全身を貫かれ、あっさりと絶命するのであった。


「ふぅ、お疲れ、皆」

「お疲れ、じゃねーよ。大丈夫なのか!?」


 男勝りな雰囲気の短剣使いのショートカット少女が心配そうに声をかけた。

 いんは沼地から出て彼女の方へ向かいながら笑顔を向ける。


「平気よ。このくらいで痛がってたらダンジョン探索なんてやってられないわ」


 実際、マッドフロッグの泥吐き攻撃は牽制の意味合いがあり、それほど痛いものではない。

 だがそれは実際に攻撃を喰らってみないと分からないことであり、少女達三人はいんが虚勢を張っているだけでないかと不安に思っているようだ。


「あの、回復しましょうか?」

「だから要らないって」


 大人しそうな杖使いの少女は、回復魔法が使えるのだろうか。

 貴重な回復魔法の使い手は引く手数多であり、将来が保証されていると言っても過言ではない。


「猪呂さん……」


 そして凹んでいるのが弓使いの少女。

 敵を倒せなかったどころか、相手の攻撃を避けることも出来ず、いんに庇われて彼女が傷ついてしまったことを申し訳なく思っている。


「だから気にしないの。凹んでいる暇があったら、たくさん練習して、今度はちゃんと倒せるようになるのよ」

「は、はい!」


 少女の眼にやる気が満ちたのが誰が見ても明らかだった。

 彼女は弓使いとして伸びるかもしれない。


「(へぇ、良いチームワークじゃん)」


 そんな彼女達の様子をダイヤは離れた所で観察していた。


「(邪魔しちゃ悪いよね。今日は止めておこう)」


 そしてその場を離れようとしたのだが。


「誰!?」


 運悪くいんに見つかってしまったのだった。


「あんたは!」


 朗らかな雰囲気から一転、彼女達の顔が歪み険悪なムードが漂ってしまう。


「つけてきたのね!最低!」

「誤解だよ。偶然ここに来たんだって」

「嘘!」

「嘘じゃないって。ほら、そこの沼地で茶封粘土を獲りに来たんだよ」

「そんなこと言って油断させて、人気ひとけの無いところで女子を襲うつもりだったんでしょ!」

「うわぁ、僕の印象悪すぎぃ」


 これまでハーレム志向を嫌悪されたことはあれど、見た目のほのぼのとした感じから悪人のように扱われたことは無かった。ここまで露骨に犯罪者扱いされるのはある意味新鮮だった。


「最低」

「女の敵!死ね!」

「…………(ぷるぷる)」


 いんに毒されているのか、彼女の仲間達も似たり寄ったりの反応をダイヤに返してくる。


「(でも仕方ないか。彼女達にとって僕は女子を狙う力のある男性だもんね)」


 教師をボコボコに殴って倒すほどに力がある男子が、女子に欲情している。

 そんな相手とダンジョンの片隅で会ってしまったら、女子としては怖くてたまらないだろう。


 もちろん本当にそんなことを起こしてしまったら、退学どころではない人生終了レベルの『お仕置き』が待っているので手を出す人はほぼ居ないのだが、理屈で分かっていても感情はついてこない。


「皆、行くよ」


 ダイヤがどうしようかと悩んでいたら、いん達はその場を離れようとした。

 今は彼女達を刺激するのは得策でないと考えたダイヤはそのまま見送ろうと思ったのだが、あることに気が付いた。


「あの、アレは拾わなくて良いの?」


 マッドフロッグを倒したドロップアイテム、茶封粘土。

 茶封粘土はこの沼地の底で低確率で見つかるか、マッドフロッグのドロップアイテムのどちらかで入手できる。彼女達はそれを取りに来たのではないかとダイヤは考えたのだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 四人は沈黙し、ダイヤを牽制しながら視線を交わし合う。

 すぐに否定しなかったあたり、ダイヤの予想は正しかったのだろう。


「ユウ、皆をお願い」

「ああ」


 いんはダイヤの牽制役を短剣使いユウに任せ、沼地の方へと向かった。

 そして沼に少しだけ足を踏み入れると、手にした長いランスでドロップアイテムを手元に引き寄せようとする。

 その様子は明らかに腰が引けていて、顔も何かを嫌がっているかの様子だった。


「(ああ、そういうことか。汚れるのが嫌なんだね)」


 マッドフロッグ相手なら弓なんて使わなくても倒せるのにとダイヤは思っていたのだが、それは泥に入らずに敵を倒すためだったのだ。いんが沼地に足を踏み入れたのも、攻撃を受けてしまったことで仲間を心配させないために勇気を出したからであって、本当は入りたくなかった。今現在足首まで浸かっているのは、先ほど入った時にすでにぐちゃぐちゃになっていたから諦めたのだろう。まだ泥で汚れていないところまで汚したくなくて、へっぴり腰でアイテムを獲ろうとしているのだ。


「(あはは、すごい可愛いや)」


 ダンジョンに挑むなら汚れなんて気にしていられない。

 いずれはそのことに気付き慣れるのだが、今はまだ彼女も初心者ということで耐えられないのだろう。

 いずれは消えてしまういんのぴゅあぴゅあな側面を見れたことがダイヤにとっては役得だった。


「さてと」

「!?」


 ダイヤが言葉を発し、歩き始めたことで短剣使いの少女が警戒を強めた。


「動くな!」

「ごめんね。それは出来ないかな」

猪呂いろ!そっち行くぞ!」

「!!」

「大丈夫だって、そんな物騒な槍があるのに僕がどうこう出来るわけないでしょ」


 そう釈明しながら、ダイヤはいんの方向、正確には沼地に向かって進んでゆく。

 いんはアイテムを獲るのを諦め、ランスの切っ先をダイヤに向けた。


 ダイヤはそのことを全く気にせずいんに近づき、そして、その横を通り過ぎた。


「え?」


 つまりそれは沼地の奥へと足を踏み入れたということ。

 足首どころかふくらはぎの辺りまで泥に浸かってしまう。


「(ここはこれ以上は深くならないんだけど、これだけでもかなり動きにくいなぁ)」


 まともに移動するのが難しく、この状態で魔物に襲われたら危険だろう。

 欲を出して深いところで素材を探していたら魔物に襲われる。

 典型的なトラップの一種である。


 それでもダイヤはやはり気にせず進み、沼の上に横たわる茶封粘土を拾い上げた。

 そして反転すると今度こそいんの前まで進み、茶封粘土を自分の服で拭いて泥を落としてから彼女に差し出した。


「はい、どうぞ」

「…………」


 いんは警戒しながらダイヤと茶封粘土を交互に見ている。

 ダイヤの真意を測っているのだろう。


 とてつもない緊張感で考えを巡らせるいんと、のほほんとした笑顔を崩さず彼女の反応を待つダイヤ。異質な空気に、いんの仲間達も何も言えないでいた。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 いんはおそるおそる茶封粘土を受け取った。


「あ、ありがとう……」


 そして蚊の鳴くような声でお礼を言うのであった。


「(やっぱり猪呂さんは思った通りに素敵な女性だ)」


 余計なことはするな。

 毛嫌いしている相手からの施しなど受けたくもない。

 お前が触った物など受け取れるか。


 ダイヤはそう言われてもおかしくない程の嫌われっぷりだった。


 だがそれでも彼女は素直に受け取った。

 それは彼女がダイヤの厚意を素直に認めたから。

 服で素材の汚れを落として彼女が気持ち悪がらないようにと気を使ってくれたダイヤの心遣いに気付いていたから。


 彼女が考えていたのは、ダイヤの行動の真意では無かった。

 罵倒した相手に素直に感謝を言うのが気まずく、かといってここで受け取らないのも失礼だからと悩んでいたのだった。


 どれだけ嫌いな相手であっても、相手の厚意を認め、受け入れ、お礼を言える。

 それは簡単に出来ることではない。

 その人としての在り方がダイヤにとってとても好ましかった。


 そしてハーレムに入って欲しいとより強く願うのであった。


 そんな邪なオーラを察したのか偶然なのか、いんは元のようにキッと表情をきつくした。


「今回は感謝しておくけど、もう二度と私達に関わらないで!」


 そうしてダイヤに背を向け、今度こそ仲間達と一緒にこの場から去るのであった。


「何あれ可愛すぎでしょ~~~~!」


 その場に残されたダイヤは、照れ隠しかのように取り繕って怒るいんのことを想い、泥塗れの姿で悶えるのであった。

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