8. ダンジョンについて勉強しよう! (また説明回なの!?)

「これから初心者ダンジョンに挑戦してもらうわ」


 精霊科の生徒達がおばあちゃん先生に連れられてやってきたのは、高校の中央部に位置するダンジョン転送施設。施設の中には複数の両開きの扉が置かれており、その先がダンジョンに繋がっている。


「ダンジョンでは皆さんの先輩方が指導してくださいます。しっかりと話を聞いて、気を付けて進むのよ」


 ダンジョン転送施設では、複数の上級生が待っていた。

 おばあちゃん先生自身がダンジョン内で指導しないのは、彼女がダンジョン探索出来るほどの体力が残されていないこともあるが、そもそも一人で全員の指導をするのが難しいからだ。


 そのため指導役を上級生が担当することになっていた。


「(これまたやる気の無さそうな人が多いなぁ。いくら精霊使いが相手とは言え、報酬を貰えるんだからちゃんとやってよね)」


 しかしその上級生は、楽伍教師程ではなかったが、新入生など全く興味が無い様子で手元のスマホを弄っていた。


 ダイヤの事前調査によると、下級生の指導は強制では無いが、引き受けるとちょっと珍しいアイテムなどの報酬が貰えるらしく、希望者は多いらしい。また、その報酬とは関係なく有望な新入生に粉をかけるという意味でも人気の仕事であり、英雄クラスの指導担当は希望者が殺到しているらしい。


「(それと上級生なのに僕にビビるのはどうかと思うよ)」


 使えない最弱職などにかける粉など無い彼らは、指導報酬だけが目当てなので新入生と積極的に関わろうとする姿勢を見せない。

 ただし、ダイヤにだけは彼らの反応は異なり、『容赦なく教師をボコボコにした』という噂話が広まっているからか、現時点では明らかに上級生の方が強いにも関わらず、ダイヤの視線に気づくとビクっと体を震わせるのであった。


「(期待しないで好きにやらせてもらおうかな)」


 この様子だとまともな指導なんて受けられないと考えたダイヤは、さっさと指導攻略を終わらせてしまうことにした。

 しかし予想外の展開により、その考えは変えることになってしまうのだが。


「ごめんごめ~ん、遅れちゃった!」


 指導役の先輩が、一人遅れてやって来た。


「え? 鳳凰院先輩?」

「やっほ~」


 なんとその人物は、島に来るバスの中で出会い、約束を結んだ相手、鳳凰院躑躅つつじであった。


「貴石君は私が指導するからね!」

「それは嬉しいですけど、良いのですか? 先輩って二年生のエースですよね。英雄クラスの担当をするものと思ってました」

「私は君の方が興味があるの。それとも私じゃ不満?」

「大・歓・迎・です!」

「よろしい」


 明るく可愛く話が合う躑躅つつじが指導してくれると知り、つまらないと思っていた授業が一気に楽しみになってきた。


「全員揃ったところで、改めてダンジョンについて説明するわね」


 しかしその前に、おばあちゃん先生による授業を受けなければならないのであった。


「ダンジョン。それが何故存在しているのか、どういうものなのか、まだ全く解明されていないわ。分かっているのは、中に魔物が住み着いていること、魔物を倒すと私達の『職業』が強化されて未知のアイテムをドロップすること、ダンジョンごとに草原・森林・海岸・砂漠・洞窟など様々なフィールドで構成されていてこれまた未知の素材を収集できること、ダンジョンにはボスが居て一人一回まで倒せること、ボスを撃破すると豪華な報酬を得られること、ダンジョンは世界中に複数の入り口があること。他にもあるけれど主なところはこのくらいかしら」


 つまりダンジョンとは、地球には存在しない魔物と戦いアイテムを収集する場である。


「そこで問題です。ダンジョンを放置しても魔物が出てくるなど、私達の生活に問題が起きる訳ではありません。それなのにどうして攻略する必要があるのかしら」

「はい!」

「貴石さん」

「地球のエネルギーが使えなくなってきたからです」

「正解よ。電気の発電効率は百年前の十分の一になっていて、今もなお発電しにくくなっているの。ガソリンも性質そのものは変化していないのに、車などのエネルギーとして使おうとすると何故か上手く変化してくれない。多くの人が調査しているけれど原因は未だ不明」


 しかしダンジョン関係を除いて他の物理法則は全く変わっていない。

 何故ピンポイントでエネルギーだけ変化が起きたのだろうか。

 

 まるで他の物で代替しろとでも何者かが言っているかのようだ。


「そこで私達が目を付けたのがダンジョン産の素材よ。特に魔石からは良質なエネルギーが収集出来て、すでに日常生活のあらゆる場所で使われているわ。例えばこの島のエネルギーは100%がダンジョン産なの」

「(へぇ、100%ってのは知らなかったな。電線が見当たらないのも地下に埋めてあるんじゃなくて、そもそも使ってないのかも。普通に学生寮に住んでたらダンジョン科学をもっと実感出来たかもしれないのに、ちょっと残念)」


 科学の科の字も感じられない廃屋に住んでいては、エネルギーがどうとか言われても実感など出来る筈もないだろう。


「私達はエネルギーを得るためにダンジョンに入らなければならない。でもダンジョンの中には魔物が住んでいる。そこで私達の出番よ」

「魔物を倒して素材を収集する人が必要ってことですね」

「ええ、そうよ。本来ならば各国の軍隊などがその役割をするのでしょうけれど、人口が激減・・・・・した今の世の中では、私達自身で社会を支えなければならない」


 そうしなければ人類は滅んでしまう。

 そこまで大げさでなくとも、少なくともこれまでの便利な社会を継続するには人手が明らかに足りず、誰もがあくせく働かなければならない。たとえ楽伍教師のような人間でも必要とされるほどに、人類は追い込まれている。


「ダンジョンの基本的な話はここまでにして、次はここと外のダンジョンの違いについて説明するわね」


 一口にダンジョンと言っても様々な種類がある。

 また、ダンジョン・ハイスクール・アイランドに存在するダンジョンと、島の外に存在するダンジョンとでは、根本的に大きな違いがあった。


「ここのダンジョンは外のダンジョンを模したもの。そしてこの中で死んでも入り口で復活する」


 逆に外のダンジョンでは死んだらそれまでだ。


「そして学生しか攻略することが出来ず、大人も入れるけれど魔物と戦ったり素材を収集することは出来ない。その性質から『教育ダンジョン』だなんて呼ばれることもあるわね」


 つまり若い間にここで練習をして、大人になったら外のダンジョンを攻略しに行きなさい、ということなのだろう。この島が突如出現したことも含め、明らかに何者かの意思が感じられるのであるが、誰が何を目的としてこのような島を用意したのか判明していなかった。


「皆さんにとってはとても便利なダンジョンだけれど、注意してほしいことがあるの」


 これまで穏やかな雰囲気で説明をしてくれたおばあちゃん先生が、初めて真剣な声色になった。

 それだけ重要なことを言うのだろうと、生徒達は気を引き締めて身構えた。


「死んでも蘇るからと言って、命を粗末にしてはダメよ」


 それは『死』に対する警告であった。


「死ぬことに慣れてしまったら、本物のダンジョンに挑む時に命を軽んじる行動に出てしまい、若くして命を落とした人を何人も知っているわ」


 命の保証がされたダンジョンで練習をしていた時と同じ感覚で挑んでしまったが故の事故。

 それが多発しているため、必ず注意喚起するのが社会のルールとなっていた。


 しかしおばあちゃん先生が懸念しているのはそれだけではなかった。


「それに、ダンジョンについて私達は何も分かっていないわ。これまで死んでも大丈夫だったからと言って、これからも平気とは限らない。貴方達が死ぬタイミングでダンジョンがルールを変えるかもしれない」


 ダンジョンのルールは変わらない。

 生徒達はそう思い込んでおり、ここでのダンジョンは安全なのだと信じ切っていた。


 しかし何事にも絶対は無いのだと言われると、途端にダンジョンに対する恐怖心が増大する。


「(当然だよね)」


 なお、ダイヤだけはおばあちゃん先生が忠告する必要もなくそのことを理解していたため平然としていた。


「(やっぱり惜しいなぁ。あの子がもっと強い職業で、ハーレムなんか目指してなかったら全力で支援するのに)」


 そしてそんなダイヤを眺めてもやもやした気持ちを抱えてしまう躑躅つつじであった。

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