7. 超大雑把な地理説明回だよ!
「う~ん、どうしよう」
ダンジョン・ハイスクールの食堂で、おにぎりを小動物が齧るかのようにチマチマと食べているダイヤは、今後の方針について考え事をしていた。
「やぁダイヤ君。何を悩んでいるのですか?」
そこにやってきたのは、望だった。
「(あれ、『英雄』クラスの人と一緒じゃないんだ)」
ナチュラルにダイヤの前の席に座ろうとするが、『英雄』クラスで友達は出来ていないのかとダイヤは少し不安になった。
「(他人のことは言えないか)」
とはいえそれはダイヤも同じ話だ。
それに望は決して人付き合いが苦手という訳では無く、中学時代に『勇者』という肩書に惹かれた訳では無い普通の友人も多くいた。高校でもすぐに友人が出来るだろうに、それをせずにこうしてダイヤに絡みに来たということは、何らかの理由があるのだろう。
「ハーレム入りした女の子について考えているのですか?」
「ぶはっ! もう知ってるの!?」
「その話題で持ちきりですよ」
オリエンテーションを受ける前から教師に決闘を仕掛けて圧倒した新入生。
それだけで注目されているのに、ハーレム入りの女性が現れたとなれば恋愛に興味津々な若者の間で話が広がらない訳が無い。
「てっきり一緒に居るのかと思ってました」
「あ~うん。僕もそうなるかと思ってたんだけどね。彼女の方からしばらくは一歩距離を置くって言い出したんだ」
「そうなのですか? かなり熱烈なアプローチだったと聞いていますので、意外ですね」
「僕もそう思ったけど、ハーレムを作るにはこうした方が良いんだってさ」
「しかもハーレム推奨ですか。奇特ですね」
「望君がそれを言う?」
性転換して愛されたい程に『重い』くせに、ダイヤが願うならとハーレムを全く気にしていない望もまた、未来と似たようなものだった。
「それなら私は彼女と気が合いそうですね」
お互いがダイヤの希望を最優先にしているため、ハーレムメンバー同士で仲良くするようにとダイヤが願えば絶対に仲違いなどしないだろう。
「いつか話をしてみなよ」
「そうします。それで、結局何を悩んでいたのですか?」
ダイヤの雰囲気的に、未来との関係について悩んでいる様子では無かったと判断した望は、改めて冒頭のダイヤの溜息の理由について聞いてみた。
「ああ、うん。これからの予定を考えていたんだ」
「ダイヤ君のことですから、明日のダンジョン探索の準備をするのかと思っていました」
「準備したいのは山々なんだけど、先立つものがね……」
「ああ、そういうことですか」
はっきり言って、ダイヤは貧乏である。
食堂でおにぎり一個を時間をかけて食べているのも、食費を節約しているから。
それだと育ち盛りで栄養が圧倒的に足りていないが、禍々しい色をした特製自作ドリンクで補っている。なお、望は以前試しにそれを飲んでトラウマになっているため、ダイヤの近くにあるその存在を無視している。
「それに明日のダンジョンを攻略するだけなら何も要らないんだよね」
「ダイヤ君ならそうでしょうね」
「ただ、本当は色々と持ち帰りたいから小型のマジックバッグとか欲しいんだけど、買えるわけないし」
「初心者ダンジョンの素材が必要なのですか? 流石にあの素材でお金を稼ぐのは効率が悪いと思いますよ。ダイヤ君ならもう少しレベルが上のダンジョンに挑めるでしょうし、そちらの素材を入手すれば普通に日常生活を送れる程度に稼げると思いますが」
「お金稼ぎならそうなんだけどね。それとは別に必要なんだ」
「へぇ、何に使うのですか?」
「それはね……まだ秘密」
「まだ、ということはいずれ教えてくれるということですよね。楽しみにしてます」
低レベルのダンジョン素材を収集したい理由は、もちろん廃屋クエストで必要だからだ。
クエストをある程度進めて立派な家に改築してからハーレムメンバーを呼び寄せて、あっと驚かせたかった。
「というわけで、これから何をやろうかなって思って。やりたいことが色々とありすぎて迷ってるんだ」
ダンジョン外でお金をかけずに収集可能な
まだ僅かに足りていない素材を収集するか、少し遠出して別の素材を探しに行くか、それとも素材収集ではなくダンジョンについて図書館で勉強するか……
「それなら私と一緒に島を探索しませんか?」
「探索?」
「はい、それに島についての情報共有もしたいと思っていました」
「いいね。うん、じゃあそうしよう」
ということで、二人は島デートをすることになったのだった。
これをデートだと認識しているのは望だけかもしれないが。
ーーーーーーーー
「ねぇねぇ、そこの新入生さん! うちの特製ポーション買ってかない?」
「当クランオリジナルの初級ダンジョン攻略マニュアルありまーす! 初心者にお勧めでーす!」
「ダンジョン装備は性能だけじゃなくて見た目も大事。イケてる装備で気になるあの子のハートも攻略しちゃえ!」
ダンジョン・ハイスクールは島の中央にあり、北側の正面玄関から外に出ると連絡橋に向かって真っすぐと一本の広い道が通っている。その両側には多くの店が立ち並び、商店街が形成されている。
「うわぁ、賑やかだね!」
「入学前に来た時よりも露店がとても増えてます。私達に向けて先輩方がお店を出しているようですね」
学生が店を出し、アイテムや装備品などを売買することが認められていて、それもまた学生の大きな収入源となっていた。まだダンジョンに挑戦していない新入生相手に商売をしても大した実入りにはならないが、ここで『お得意様』になってもらうことで今後に期待する狙いである。
「へいへい、そこのかっけぇのとかわいいの。俺の『ガンコ焼き』食べてかねぇか?」
「僕達のこと?」
そしてダイヤ達もまた他の新入生達と同じように声をかけられた。
「おうよ、自慢のタレと独特の歯ごたえが癖になる自慢の一品だ。一度食べたら……ってお前、あの『精霊使い』か」
どうやらこの『ガンコ焼き』とやらを販売している店主も、ダイヤの『決闘』を観戦していたようだ。
「新入生とは思えない良い踏み込みと連撃だったぜ」
「ありがとうございます」
店主はダイヤのことを最弱の『精霊使い』だからと見下すようなことはしないタイプのようだ。気持ちの良い笑顔で褒められて、ダイヤはとても気分が良かった。
「うし、良いものを見せてもらったお礼に、こいつをプレゼントしよう」
「ええ!? 悪いですよ」
「な~に気にすんな。つーかそもそも全然売れなくてさ。味は自信あるんだが」
「四角いお好み焼きですか。これもダンジョン素材で作ったのですか?」
ダンジョン関係以外の出店は禁止されているため、この食べ物もダンジョン素材を使って作られたのだろうとダイヤは予想した。単純にダンジョン攻略に必要なものだけではなく、効果が無いおしゃれ用のアクセサリーや、食べるだけの料理など、ダンジョン素材を使っているだけのお店もかなり出店されていた。
「おうよ。見た目は柔らかいのに噛むと固い面白い素材が見つかったから、それで試しに作ってみたんだ」
「それは……どうなんでしょうか」
「物は試しに食ってみな。んで気に入ったら今度は買いに来てくれ」
「は、はぁ」
紙で包まれた『ガンコ焼き』を強引に手渡されてしまった。
「ほら、そっちのお友達も持ってけ」
「あ、ありがとうございます」
望もまた『ガンコ焼き』を押し付けられたが、実はそれほど悪い気がしていなかった。例えどんな料理であったとしても、想い人と一緒の食べ歩きが幸せだからである。それに、少し変わった料理を一緒に食べたという体験の共有もまた、望にとって喜ばしいことであった。
「(性転換出来ていたら、もっと幸せだったのに)」
どうせなら正真正銘の恋人同士だったらもっと良かったのにと願ってしまうのは、欲張りだっただろうか。
「うわぁ、微妙」
ガリガリと音を立てて『ガンコ焼き』を口にするダイヤの横顔を見ながら、望もまた頂いたそれを口にするのであった。
「やっぱり島を確認するならここだよね」
商店街を抜けて二人がやってきたのは、島の入り口近くにある『ダンジョン・ハイスクール・アイランド・タワー』。
地上およそ二十階建てくらいの高さのタワーで、最上階の展望室からは島の大半を一望することが出来る。
「こんなに広い島が突然出現したとか、信じられませんね」
「伊豆大島くらい広いんだよね」
「しかも肥沃な大地に、山や森や大河まである」
「あの辺りの畑で収穫するお野菜がとても美味しいんだよね」
島の北東と北西。
商店街の後ろには住宅街があり、更にその先には広大な農地が広がっている。
「ここは野菜だけでなく、肉も魚も美味しくて最高です」
「あの山で牛を飼育しているんだよね」
ダンジョン・ハイスクールの南には小さな湖があり、その更に南には大きな山がある。
山の中腹では牧畜が盛んで、沢山の乳牛や肉牛が育てられている。
「お魚も淡水魚から海水魚まで沢山獲れるから、早く沢山稼いで色々と食べてみたいな」
湖、島の西側に広がる大河、そして島を囲う海。
それぞれ多様な魚介類が住み、獲っても獲っても尽きることが無い。
「ダイヤ君。あまりにも自然が豊かすぎるとは思いませんか?」
「うん、そうだね。でも一方で砂漠もあるから不思議だよね」
「ダンジョン山の向こうにある砂漠ですか。一度見てみたいですね」
島の最も南。
タワーからはダンジョン山と呼ばれる山が邪魔して見えないけれど、山の麓に砂漠が広がっていると言われている。
「僕も見たいけれど、もっと強くならないとなあ」
「砂漠にはダンジョンの外なのに魔物が住んでいる。それって本当のことなのでしょうか」
「嘘をつく必要無いと思うし、本当だと思うよ。それにあの山や湖でも目撃談があるって聞いたよ。それが無ければガンガン探索するんだけどなぁ」
この島には魔物だけではなく、ダンジョン内でしか採取出来ない素材が自生しているとも言われている。その中には廃屋クエストに必要な素材があるかもしれないため、ダイヤとしては是非とも確認しておきたかった。
「もしその話が本当なら、森の中にも出てきそうですね。大丈夫でしょうか」
「もしかして僕があそこに住んでいるって気付いているの?」
「ダイヤ君のことだから、きっとそうするだろうと思ってました」
「僕のことを分かりすぎて怖い」
「愛の力です」
「もっと怖い」
ダイヤも森の中で魔物に遭遇する危険は十分に理解している。
しかしダイヤが住んでいるのは島の東部に位置する『大森林』と呼ばれる森の入り口付近だ。
そもそも危険な場所に学生寮を建てるとは思えず、奥に入らなければ安全だと思っている。
「そうそうダイヤ君。あの山に鉱山があるという話を知っていますか?」
「鉱山? そんなのあるの?」
「はい。この島に来てから調べて気付いたことなのですが、どうやらダンジョンとは別に島内でダンジョン貴金属が産出されているようなのです」
「どうして分かったの?」
「TS薬発見のヒントになるかと思い様々な素材の入手経路を調べていたら、口を滑らした先輩がおりまして」
「ああ……」
島内でダンジョン素材を採取できるという話を聞いていた時に、その人物はその素材の中に『貴金属』を含めていた。その『貴金属』はダンジョン内の鉱山フィールドで獲れるものとされているため、この島のどこかに鉱山があるのでは、そして鉱山と呼ぶからには山にあるのだろうと推測したのだった。
「詳しく確認しようとしたところ、その先輩は焦って隠そうとしました。おそらくこの島には、公開されていない何かがあるらしいです」
「一部の人で素材採取ポイントを独占出来ると思えば公開されないこともあるってことかな。なるほど、面白い情報だね」
特に、様々な素材を必要とするダイヤにとっては価値の高い情報だった。
「それじゃあ僕からも一つ」
それはダイヤがこの島で素材採取のために駆け回った時に気付いたこと。
「この島には精霊がとても多い。多すぎる」
それが何を意味しているのかはまだ分からない。
しかし『精霊使い』としての勘が、見過ごしてはならないと警鐘を鳴らすのであった。
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