9. ダンジョンはドMご用達
「ここがダンジョン……」
「思ってたより綺麗だね」
「空気が澄んでて気持ち良い~」
初心者ダンジョン用の扉をくぐると、その先は遥か彼方まで広がる草原になっていた。
天気が良く青空が広がり、穏やかな風が肌を撫で、地面に寝転がったら気持ち良くて寝てしまいそうな心地良さ。
魔物が住み着くダンジョンはおどろおどろしいイメージがあるが、真逆の雰囲気に精霊科の生徒達は驚き目を奪われていた。
「それではここからは先輩方の指示に従ってくださいね」
おばあちゃん先生は大人であるため、中に入っても何かあった時に助けることが出来ない。
そのためダンジョンの中では上級生に面倒を見てもらい、おばあちゃん先生は入り口で彼らが帰ってくるのを待っていることになっている。
ということは、これからダイヤは
「さぁ、貴石君。冒険の始まりだよ!」
「おー!」
ノリの良い相手にはノリで返す。
ダイヤの得意とする会話術である。
「まずは魔物を探してみよう」
「はい」
初心者ダンジョンに出現する魔物は決まっていて、もちろんダイヤは事前に勉強済だ。
一方で何も調べずにこの日を迎えた新入生は、何を探して良いか分からなかったりする。
予習したか否かで勉強成果が変わってしまう。
まさに『学校』だった。
各々が先輩達に引き連れられて、草原の奥へと向かって行く。
ダイヤはそんな彼らと離れるようにして移動をする。
近づいて行動すると、いざ魔物との戦いのときにお互いに邪魔になってしまう可能性があるからだ。
「あ、いました! エセスライムです!」
「可愛いよね~」
「はい!」
最弱モンスター、エセスライム。
スライムと言えば架空の魔物として有名であるが、その性質は作品によって大きく異なる。
ダンジョンでのスライムは基本的にえげつない性能を持つ魔物なのだが、エセスライムのような狩り易いスライムも少しだけれど存在する。
「丸くは無いんですね」
「そこが良いじゃん」
「わかりますー」
自重を支えきれないのか、体を特定の形で固定することが出来ずに、がたがたぷるぷるな感じで地面に這いつくばっている。
「それじゃあ倒してみます」
「おっと、ちょっと待ってちょ」
「え?」
拳を握って叩き潰してやろうと思ったダイヤだが、
「ふふふ」
「そんな顔も可愛いですね」
「そういうこと言っちゃう系なんだ」
「素直なんで」
「こいつめー!」
「わわ、ほっぺた
イチャイチャしているのは、
ダイヤが攻めても今のところはまだ揶揄われて返されるだけらしい。
「さて、そんなプレイボーイなダイヤ君におしおきです」
「こわーい。そういえばプレイボーイってどういう意味なんでしょうか?」
「さあ?」
おばあちゃん先生などが聞いたらダメージを負う会話かもしれないが、残念ながら二人にとっては古の言葉だ。
「冗談はさておき、ちょっとそこに立って」
「この辺りですか?」
指示されたのはエセスライムの正面だ。
するとエセスライムがプルプルと激しく震えだす。
「あの、先輩?」
「そのまま両手を横に広げて」
相手は最弱とはいえ魔物だ。
その魔物の目の前に立てば、当然攻撃されるであろう。
それなのに両手を広げて立っていろと指示があるということは……
「う゛っ!」
エセスライムが地面から飛び上がり、ダイヤのお腹に直撃した。
予想していたから全身に力を入れていたが、声が出てしまう程度には痛かった。
「どだった?」
「中学生がそこそこ力を入れてパンチしたくらい痛かったです」
「妙に具体的だね。経験あるの?」
「あはは、まっさか~」
「ふ~ん(この子の戦い慣れている雰囲気に関係してそうね)」
ダイヤの反応に思うところがある
「それで、わざわざ攻撃を受けさせた理由は何でしょうか?」
「そりゃあもちろん、攻撃されたら痛いってことを実感してもらうためだよ。魔物と戦うってことは怪我との戦いでもあるからね。早い段階で痛みと
「なるほど~」
これまで生きていく中で、殺されそうになる経験などあるはずがない。
魔物の攻撃による痛み、危害を加えられるという感覚、殺されるかもしれないという恐怖。
これらを乗り越えられず、ドロップアウトしてしまう学生は例年それなりに多い。
例えここでは死なないと分かっていても、痛みや殺気は恐怖を呼び起こし、前に進めなくなる。
ましてや高校を卒業してリアルのダンジョンに入ったのならば、本当の死が待っているのだ。
この先、ダンジョン探索が出来るかどうか。
その篩にかけるために、最も安全な初心者ダンジョンでダメージを受けさせることが恒例となっていた。
「ならもう少し受けましょうか? ばっちこ~い!」
「貴石君ってドM?」
「心外ですね。痛いのは普通に嫌ですよ。ところで、ばっちこ~いってどういう意味でしょうか」
「さあ?」
実際、極々一部ではあるが、嬉々として魔物の攻撃を受ける人がいるとかなんとか。
ただ、痛みに対して耐性があるのはダンジョンを攻略する上でメリットであるのは間違いない。
ドMこそダンジョンに潜れ。
そんな名言が存在する……わけがない。
「でも真面目な話、怖くないの? 例の『決闘』でも全く躊躇しなかったじゃない」
恐怖を感じていない。
それはダンジョン探索において有利に思えるかもしれないが、そうとも限らない。
強敵と戦い、命のやりとりをする中で慣れない恐怖を感じ、一番大事なところで足が竦んでしまうなんて話も無い訳では無いからだ。
「もちろん怖いですよ」
「ほんと~?」
「あはは、疑わないで下さいよ。本当ですって」
「怖がっている人が剣を持った大人に突撃出来るかな~」
茶化して聞いているような雰囲気ではあるが、
この質問の答え次第でダイヤの本質が垣間見えるのではないかという予感があったからだ。
そんな
ダイヤは彼女が欲しかった答えをサラッと口にした。
「本当に怖いですよ。傷つくのも、
危機に対してもし足が竦んでしまったのならば、自らの命が、夢が、未来が失われ、大切な人が傷つくかもしれない。ダイヤはそれが何よりも怖かった。だからそうならないために、躊躇をしない。怖いからこそ躊躇をせずに真っすぐと立ち向かえる。
怖さを知っているから、戦える。
「(全く嫌になっちゃう。その域に達するのに、皆がどれだけ時間をかけていると思ってるのよ)」
ダンジョン探索を生業とする者として、最も大事な感覚をダイヤはすでに抱いていた。
ダンジョン・ハイスクールでの練習は、この感覚を養うことが大きな目標となっている。
少なくともランクCの壁を突破した者達は、全員が身に着けているものだ。
「(この子は入学前から恐怖との向き合い方を習得していた。一体どんな人生を送ってきたのかしら)」
ダイヤの内に秘めたものが気になる
「ところで先輩、話は変わるのですが」
「なぁに?」
「これ、いつまで続ければ良いのでしょうか?」
ダイヤが指で示したのは、延々とダイヤの腹に体当たりを続けるエセスライム。
魔物は彼らが話している間に空気を読んで待ってくれるなんてことはしないのだ。
「いつになったら音を上げるかなぁって思って」
「程よく腹筋を鍛えられるので、まだ続けても良いですよ」
「まさかその服の下はシックスパック!?」
「さあどうでしょう。気になるならベッドの中でお見せしますよ」
「見せて見せて。私は脱がないけれど」
「着衣えっちですか!」
「そう来たか~」
相変わらず性欲には忠実なダイヤであった。
尤も、現時点で同衾することになっても
「んじゃそろそろ倒して先に進もうか。他にもやること色々あるから」
「は~い」
今度こそダイヤは拳を握り、エセスライムへと近づいた。
そして地面に蓋をするかのように上から殴り潰した。
「本当に躊躇しないんだね。手が溶けるかもって思わないの?」
「そうならないって事前に調べてますし、もしそうなるならお腹も溶けてるかなって」
「知っていても普通は気になるものなの!」
「溶けたら先輩が優しく舐めて治してください」
「流石にそれは本気で気持ち悪いよ」
「言ってて僕もそう思いました」
軽快に会話をしながら、ダイヤは地面に散らばったスライムゼリーを拾い始めた。
「あれ?」
「どうしました?」
そのダイヤの様子を見て、
「それ素材として不人気で大したお金にならないのに拾うんだ」
「ええ、必要なので」
「何に……はまぁ詮索しないとして、それより気になるのが三個もドロップすることだよ。何で多いのかな」
「普通は一個らしいですね。僕もびっくりです」
「本当は何か特殊なスキル持ってるんじゃないの?」
「無いです無いです」
「怪しい。絶対に何か隠してる」
「本当に無いですって。僕だって隠しスキルチート無双だったら良いなって何度思ったことか」
「じゃあ何でドロップが多いのよ」
「僕に聞かないでくださいよ」
二人して頭の上に疑問符が浮いている。
ダイヤの調査結果や
たかが不人気素材のドロップ数の違い。
しかしその違いが重要な意味を持つかもしれないのがダンジョンだ。
「後で先生に報告だね」
「分かりました」
ダンジョンの異変と思われる出来事は学校に報告するようにとのルールになっている。
もしその異変を見逃して、死んでも復活するところが復活しなくなったなんてことにでもなったのなら、大惨事になってしまうからだ。
「でもドロップ数が多いのは、僕としては助かります」
「どうして?」
「スライムゼリーが大量に必要だったから」
「そうなんだ。どのくらい?」
「一万」
「は?」
「一万」
「いちまんんん!? 何に使うのよ!」
「秘密です」
「でしょうね! でも流石に気になるのよ! 吐け! 吐きなさーい!」
「わわ、だから頬っぺた抓らないで。ハーレムに入ってくれたらいずれ分かりますから」
「今すぐ教えなさーい!」
「痛いー!」
同じ精霊科の新入生が近くにいたらこう思っただろう。
てめぇらダンジョンの中でイチャイチャしてんじゃねぇ、と。
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