5. 決闘 (僕が一方的に凹るだけ)

「おいおい、精霊科の新入生がいきなり決闘するらしいぞ!」

「マジかよ。バカじゃねーの」

「いや、案外悪くない。いくら職業に差があるとはいえ、入学時点では大きな差は無い。今なら勝つ見込みが十分にあるはずだ」

「実際、精霊科を侮辱した他科の新入生が決闘で返り討ちになったケースが何回かあるしな」

「ほーん、んじゃそいつ、それ知ってて決闘挑んだのか」

「それが違うんだって。なんとそいつ、教師に挑戦状叩きつけたんだってさ!」

「はぁ!?」

「教師!?」

「ここの教師って、Eランク以上しかいないんだろ!?」

「新入生が勝てるわけないだろ!?」

「バカだったか……」


 突然の決闘騒ぎ。

 しかも最弱の職に就く新入生が教師に楯突いたと知れば、盛り上がらない訳が無い。


 ある人は新入生を笑いものにするために。

 ある人は純粋な興味本位で。

 ある人は全く期待していないが念のため。


 そして極一部の人は、決まりきった結末を確認するために決闘場へと集まって行く。


「いきなり決闘とか、流石ダイヤ君ですね」


 決闘システムの勉強になるからと、例外的にオリエンテーションが延期となり、新入生はほぼ全員が決闘場へと向かった。そしてその場で教師から決闘システムについてのレクチャーが行われている。


 新入生の中で優秀な職に就いている者が集まる望のクラス、通称『英雄』クラスもまた闘技場の観戦席に集まっていた。


「君達にとって『決闘』はとても身近なものになるだろう。これを機にシステムを必ず覚えておくように」


 彼らの担任教師は学園屈指の実力者である若い男性、狩須磨かりすま 京司きょうし

 ランクAの実力者で、教師をする傍らでダンジョン探索も行っている世界的有名人だ。

 その爽やかなルックスに女性ファンが多く、望がまっとうに・・・・・成長すると彼のような姿になるのかもしれない。


「狩須磨先生、どうして『決闘』が私達にとって身近なのでしょうか」


 生徒の一人がさっそく質問を投げかけ、その積極的な姿勢に狩須磨は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「それは君たちが高ランクになる可能性が高いからです」

「高ランクになると『決闘』する機会が増えるのでしょうか」

「そうです。教師を含め、『決闘』は下位のランクから挑まれたら断ることが出来ません。つまり貴方達は将来的に挑まれる可能性が高いということになります」


 そしてその逆に、上位のランクから下位のランクに『決闘』を挑む時は、下位ランクがそれを受け入れるかどうかを選択できる。そうでなければ一方的な蹂躙になってしまうからだ。


「うわぁ。面倒臭そう。毎日『決闘』を申し込まれるなんてこともあるってことですよね」

「いや、それは無いです。下位ランクからの『決闘』を必ず受けなければならないのは、基本的に月1回。つまり、一度受けてさえしまえば一か月間は拒否出来ます」


 これもまた、下位ランクからの嫌がらせで負けると分かっていて敢えて大量の決闘を申し込んで相手の生活を邪魔することを防ぐためのシステムだ。


「先生、そもそも『決闘』ってなんのために行われるのでしょうか。力試しなら模擬戦をすれば良いじゃないですか」

「それなら逆に聞きましょう。もし君たちが下位のランクの生徒から模擬戦を申し込まれた場合に、その挑戦を喜んで受けるかな」

「それは……」

「相手が下位ランクであっても自分にとって苦手な職業についているから試してみたいなど、特殊なケースはあるかもしれないけれど、多くの場合は実力が劣る者と戦っても得られるものは少ない。模擬戦を受け入れるメリットは無いです」

「でも下位ランクの人にとっては上位との戦いは良い訓練になるから、是非戦いたいと言うことですか」

「その通りです」


 上位の人にとっては傍迷惑な話かもしれないが、ここは学校だ。

 生徒達が協力して強くなることを推奨する場であり、下位ランクの生徒達が強くなる機会があるならば提供したい。だがだからと言って上位ランクの生徒の時間を奪いすぎる訳にもいかない。その結果、考えられたのがこの『決闘』システムなのだ。


「でも月に一度でも、面倒な気がしますね」

「下位ランクの生徒と戦うのにメリットってあるのかしら」

「そもそも俺達は魔物と戦うのが目的なのに人と戦ってもなぁ」

「弱い魔物相手に戦った方がよっぽど訓練になるかも」


 挑まれる立場である彼らは、どうやら『決闘』システムがお気に召さない様子だ。

 しかしそんな彼らをやる気にさせる『エサ』もちゃんと用意されていた。


「『決闘』は相手から報酬を得ることが出来ます。ですからそう悪い話ではありませんよ」

「報酬ですか?」

「ええ、例えば相手が持っているアイテムを譲って欲しいとか、ランクの低いアイテムを大量に欲しいので収集を手伝ってもらいたいとか、他にもダンジョン内でのトラブルや恋愛ごとのトラブル解決なんかに使われたりもしますね」

「それなら受ける価値はあるのかも」

「でも少し怖いかな。万が一にでも負けちゃったら、何を要望されるか分かったものじゃないし」


 怖がっているのは女子生徒であり、男性から性的な要求を受けてしまうのではないかと考えているらしい。


「その点もご安心を。学生としてふさわしくない要望や、お互いの要望があまりにも釣り合っていない場合など、不適切な要望の場合は『決闘』が成立しませんから」

「なんだ、良かった」

「でも先生。そもそも『決闘』が成立するかどうかって、誰が判断するんですか?」

「『決闘委員会』という組織です。『決闘』の成立から要望の実現まで、すべてを厳しくチェックしますからご安心を。なお、私も『決闘委員会』に所属してますから、負け逃げなんてしないでくださいね」


 狩須磨の笑顔に少しだけ殺気が籠められ、生徒達は絶対に不正をしてはならないと心に刻み込まれてしまった。そもそも学園最強レベルのランクA教師が参加している組織に管理されているとなれば、不正など出来る筈が無いのだが。


「そうそう、聞き分けのない生徒には私から『決闘』を申し込むかもしれませんが、その時は逃げないでくださいね。おっと、もちろん皆さんから申し込んでくれても構いませんよ」


 強い職業に就いているということは増長する可能性があるということでもある。

 そのため狩須磨は今のうちにクギを指すことにしたのだった。


「せ、先生に挑んだりなんかしませんよ。というか、そもそも教師に挑めるなんてびっくりです」

「学校側に要望を通すために挑む人が結構いますよ。私達としても『決闘』は皆さんの成長機会と捉えてますから、積極的に挑んでいただきたいと考えています。ですので基本的には挑まれたら断りません」


 貴重なアイテムを貸し出してもらいたい、人気のダンジョンに入る手続きを優先してやってもらいたい、というダンジョン探索に関係するものから、好きな料理を学食で出してもらいたい、読みたい雑誌を仕入れてもらいたいなどの日常的な要望まで、様々な理由で教師に『決闘』を挑む生徒が実は多かった。


「そういえば『決闘』でのケガは治して貰えるのでしょうか」

「決闘場は特殊なフィールドで覆われているため、決闘が終了したら全快します。例え死んでも復活するから安心してください」

「あ、あはは……」


 質問した生徒は苦笑いしているが、『決闘』で死んでしまうことなど日常茶飯事だ。

 特に学生同士のトラブルを発端とした『決闘』では、醜い争いになることも多い。


 とここまで話して、ひとまず『決闘』についての質問はここで一区切りついたらしい。


「そういえば、今日の『決闘』は何を賭けているのかな」

「どうせ卑猥なことよ」


 そう断言したのは、戦乙女ヴァルキュリアの女生徒、猪呂いろ いん


猪呂いろさん。そういうのは無理だって先生が言ってたじゃない」

「それに相手は男性教師だよ」

「ふん。なら無様に負けるところを見せて同情を惹こうって魂胆ね。良いこと、見た目に惑わされちゃダメ。あんな女の敵なんかに絶対に心を許したらダメよ!」

「うわぁ辛辣。猪呂いろさんって、『決闘』を挑んだ生徒のこと知ってるの?」

「あんなに可愛いのになぁ」

「知るはずないでしょう! 知りたくもないわ! あんなハーレ……」

「まぁまぁ|猪呂いろさん、落ち着いて」

「あんたは!」


 ハーレムを求めるダイヤのことを心底毛嫌いしているようで不愉快さを隠そうともしない猪呂いろだが、このままではダイヤの評判が地に落ちる一方なので望はストップをかけた。本人は全く気にしないだろうが、好きな人物が悪く言われるのをどうしても我慢できなかったのだろう。


「どうせあんたもあいつと同じなんでしょ。これだから男は!」

「だから落ち着いてください。その理屈だと先生も汚らわしいことになってしまいますよ」

「うっ…………」


 まるで全ての男を敵視する勢いだが、その理屈だと丁寧に教えてくれている狩須磨教師すらも敵ということになってしまう。ここまで懇切丁寧に教えてくれて、これからも教えを乞うことになるであろう相手のことを決めつけで侮辱するのは流石に失礼が過ぎる。


「ごめんなさい。私が悪かったわ」


 そのことに気が付いた彼女は冷静になり、素直に非を認めて謝罪した。

 猛烈な嫌悪感を露わにしていたにも関わらず、すぐに反省出来るところは人として見習うべき点だと望は感じた。それと同時に、彼女をハーレムメンバーに加えたいと考えたダイヤの人を見る目が相変わらず優れているのだなとも実感したのであった。


「でも貴方には……ええと……」

「望です。聖天冠 望」

「聖天冠君には悪いけれど、あの子は勝てないわよ。私情を抜きにしても、精霊使いが上位ランクの相手になるとは思えないわ」


 それが一般的な考え方であり、概ね間違いないだろう。

 ただ何事にも『例外』があるのだが。


「勝ちます。絶対に」

「どうしてそう思うのかしら?」


 入学式の時の様子から、望とダイヤが既知の仲であることをいんは理解していた。

 となると、望はダイヤが勝つと確信できるほどの何らかの情報を掴んでいるに違いない。

 ダイヤに対する不快感よりも興味の方が勝り、いんは素直に問いかけてみたが、その答えは予想外のものだった。




「彼にボコボコにされたことがあるからです」




ーーーーーーーー


「クソガキが、覚悟は出来てんだろうな」


 ほぼすべての新入生、そして興味本位でやってきた在校生。

 二千人を越える観客という、弱者による『決闘』ではありえない程の大観客に見守られ、ダイヤは闘技場の中心で楽伍教師と向かい合っていた。


「チッ、ヘラヘラしやがって」


 緊張してもおかしくない状況にも関わらず、ダイヤはいつもの柔和な笑みを崩さない。

 その姿が舐められているように感じて楽伍教師は苛立っていた。


「簡単には終わらせねぇ。徹底的に嬲ってやるから覚悟しな!」


 敢えて恐怖を煽るような物言いをしてみたが、やはりダイヤの様子は全く変わらない。

 言い返すことも怯えることもなく自然体のままだ。


「クソガキ、分かってるのか!? ここで負けたらてめぇは俺のパシりになるんだぞ! 精霊使いから転職するための時間が激減するんだぞ!」

「大丈夫です。貴方が居なくなれば僕達はまともに授業を受けられるようになりますから」

「てめぇ!」


 この『決闘』におけるダイヤからの要望は『担任を即座に交代すること』。

 そして楽伍教師からの要望は『今後教師自分の手伝いをすること』。


 ダイヤからの要望の方が厳しいが、それは楽伍教師の普段の態度を鑑みて特例で認められた。


 この勝負、本当に怖がるべきなのは実は楽伍教師だった。


 生徒から担任を拒否され『決闘』をつきつけられるような教師。

 しかも、もし最弱の『精霊使い』に負けるとなると、実力面でも精神面でもあらゆる意味で教えられる相手が居なくなる。学校側が楽伍教師を完全に見切り、クビを宣告することになるだろう。


 そんなことすら分かっていない楽伍教師だが、流石に『精霊使い』に負けることはプライドが許さない。


 大人なのにランクE、落ちこぼれ、世間の尺度で測れば間違いなく弱者の部類に含まれる楽伍だが、それでも『精霊使い』よりは上だという自負がある。敗北したら恥だと強く思う心もある。嬲るだなんて言っておきながらも、この『決闘』は本気で立ち向かうだろう。


「おら、さっさと武器を持てや」


 楽伍の職業は『剣士ソードマン

 剣を扱う基本職の一つだ。


 子供相手に大人が剣を手に襲ってくる。

 まだ戦闘経験が全くない子供が耐えられる恐怖ではない。


 通常の子供ならば、の話だが。


「(スラッシュで足を潰して動けなくしてから『教育』してやるからな)」


 全ての職業が使える基本スキルの一つ、スラッシュ。

 剣を使った斬撃攻撃をスムーズに行えるようになるだけのスキルだが、剣を持ったことが無い素人でも剣を扱えるようになるという意味では貴重なスキルである。


 ましてや楽伍は腐っても剣士。

 剣を扱うために必要な複数のスキルを持っており、駆け出し精霊使いのダイヤは圧倒的に不利だ。


 ダンジョン出現以前、武器を持つ暴漢に襲われた時の最適な対処方法は、逃げることだ。

 たとえどれだけ腕に覚えがあろうとも、屈強な人間だろうともそれは変わらない。


 素人が武器を持っているだけでそうなのだから、使い慣れている武器を相手が持っていたらより危険とことは言うまでもない。


「おいおい、まさか無手で挑む気か?」


 ダイヤは何の武器も選ばなかった。

 素人が慣れない武器を扱うと逆に危険という話もあるが、だからといって何も持たずに剣を持った相手に勝てるとは思えない。


 しかしダイヤはあくまでも余裕たっぷりで、右足を半歩だけ前に出し、右手を握り腰のあたりで構えた。


 ランクEの落伍者とほぼ一般人の精霊使い。

 勝負にならないと思われている『決闘』が始まる。


 審判役は『決闘管理委員会』の教師の男性だった。


「最後に確認します。楽伍教師が勝利した場合、貴石君はこの先一年間、彼の手伝いをする。貴石君が勝利した場合、楽伍教師は即座に担任を辞する。この条件でよろしいですか?」

「ああ」

「はい」


 審判が二人から距離を取ると、会場内のざわつきが収まった。

 たとえ結果が見えているような勝負であっても『決闘』開始のタイミングでは何も発しないのがマナーとなっていたからだ。


 多くの人に注目される中、審判が始まりの合図をする。


「それでは、はじめ!」


 その瞬間、楽伍はすぐに行動を起こした。

 わざわざ『決闘』を挑んでくるからには何か勝算があるのだろうと考える頭はあったようだ。相手が何かをする前に、予定通り足を封じて甚振いたぶるつもりなのだろう。


「スラッ……ぬふっ!」


 スラッシュを発動しようとしたが、腹部に猛烈な痛みを感じてキャンセルされてしまった。


 息が出来ず、猛烈な吐き気が襲い、思わず体をくの字にしてしまう。


「かはっ!」


 すると今度はアゴに猛烈な痛みを感じ、意識が朦朧とし始める。


 なんてことはない。

 ダイヤが開始直後に突撃して腹パンをし、体を捻って左拳でアゴを狙ったフックをお見舞いしただけのこと。


 急所に二撃を入れたことで勝負は決まったようなものだが、ダイヤは攻撃の手をまだ緩めない。


「はっ!はっ!はっ!」


 楽伍の顔に、腹に、肩に、胸に、リズムよく拳を打ち付ける。


「ま、までっ、やべでっ……」


 楽伍が何かを言おうとしているが聞く耳を持たず、ひたすらにダメージを積み重ねる。


 ダンジョンでは魔物を確実に倒したころしたと分かる時まで油断してはならない。

 ダイヤの徹底的な蹂躙劇は決して間違いではない。


 だがダイヤは初の対人戦闘で、容赦なく人を殴っている。

 それこそ殴り殺してしまうかもしれないにもかかわらず躊躇していない様子に、観客は恐怖を感じていた。


 そしてそれは戦乙女ヴァルキュリアと呼ばれた少女も同様だった。


「何よあれ……」

「流石ダイヤ君ですね」


 一方で、ダイヤのことを良く知っている望は平然としていた。


「どうして剣を持った相手にあんなにも躊躇なく飛び込めるの? どうしてあんなにも躊躇わずに人を攻撃できるの? 狂っているとしか思えないわ」

「違いますよ」

「違わないわよ!」


 ダイヤに対して底知れぬ恐怖を抱いてしまい、それを振り払うためなのか、いんは激昂して望の言葉を否定しようとする。

 しかし望は激情をその身に受けても、冷静であり続けた。

 他者の強い感情を真正面から受けても動じない望もまた特異なのであるが、ダイヤに注目している会場の誰もがそのことに気付かなかった。


「ダイヤ君は分かっているのですよ」

「何を?」

「彼にとって何が大事なのかを。そしてその大事なものを守るために何をすべきなのかを」

「……意味が分からないわ」


 いずれ分かる時が来るだろう。

 楽伍教師を一方的に撃破したダイヤの姿を見ながら、望はなんとなくそう感じたのであった。




 今年度の新入生による最初の『決闘』は、挑戦者が勝利した。

 これにより通称『精霊科』と呼ばれるクラスの担任はこの日のうちに変更され、ダイヤは無事にオリエンテーションを受けられるようになったのであった。


 そしてダイヤという存在が学校内で周知されるようになるのであった。

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