4. 仕事しないやつはクビ!

「うわぁ、すごい人だね」


 入学式の会場は小さなスタジアムのような建物で、フィールドを囲うように沢山の観客席が設けられていた。新入生はフィールドに並べられた椅子の上に座り、観客席には在校生が座ることになっている。在校生の出席は必須では無く、例年は半分程度空席になるのだが、今年は八割程度の座席が埋まっていた。


「きっと皆、望君を見に来たんだよ」

「いやいや、ダイヤ君を見に来たのですよ」

「精霊使いを見に来るような奇特な人がこんなにいるわけないでしょ~」

「近いうちにそうなりますよ」

「じゃあ今日はやっぱり勇者様を見に来たんでしょ」

「勇者様は止めて下さいよぉ……」

「あはは」


 などと隣同士の席に座って談笑しているが、ダイヤの言うとおりに在校生は本当に勇者を見に来ていた。戦闘も何も無いただのイベントであるにも関わらず顔を見たいと思う人がいる程度には注目の的だった。あるいは同世代にレアで強力な職業に就いている新入生が参加しているため、彼らをまとめて見ておきたいという意図もあったのかもしれない。


 更には別の理由も考えられる。


「それとも皆、ただ行事に参加したいだけなのかな」

「授業は基本的に選択式で在校中は自分のペースで自由にダンジョンに挑戦できる。でもそれだと個人やパーティーに閉じた範囲での活動になってしまう。せっかく学校に通っているのに生徒同士の交流が少なく、高校生らしい体験が出来ないのは人生の大半を損している、でしたよね」

「初代校長のセリフだね。そのおかげで学園祭とか体育祭とか沢山イベントがあるんでしょ。楽しみ」


 ダンジョン・ハイスクール・アイランド。

 そこに存在する高校といえばもちろん『ダンジョン・高校ハイスクール』。


 ダンジョンが出現してから七十年。

 今では日本のほぼ全ての高校でダンジョン探索に関するカリキュラムが存在し、その中でもダンジョン探索に特化した高校がある。そのほとんどが『専門学校』として扱われているが、ここは『高校』と明確に宣言している。その理由が、普通の高校で味わえるイベントの大半を網羅しているからである。

 その上でダンジョン高校ならではのイベントもあり、ダンジョン攻略と高校生活を同時に味わえることで人気の高校となっていた。


「ダイヤ君はダンジョン最優先ではないのですね」

「もちろんだよ。やりたいことや楽しそうなことをぜーんぶやるって決めてるんだ。それに女の子と仲良くなるには青春イベントも必須だからね」

「ふふ、望君らしいですね」


 ダンジョン探索という面だけでもとても優れた施設が沢山あるここのダンジョン・ハイスクールでは、高校イベントなどそっちのけでダンジョンに挑み続ける生徒もそれなりにいる。ダイヤの将来の目的を知っている望としては、ダンジョン優先タイプなのかと思ったが、どうやらダイヤはハーレムを含めた楽しいこと全部盛りタイプだったようだ。


「お、そろそろ始まるかな」

「楽しみですね」


 ダイヤも望も全く分かっていなかった。

 ダンジョン・ハイスクールが一般的な高校イベントを体験してもらおうと考えているということは、入学式もまたそうであるということに。それはつまり、定番ネタも仕込まれているということに。


「(な、長い) 」

「(中学の校長先生の話も聞いていて眠かったですが、まさか高校でも同じ目に遭うだなんて)」


 校長の長~い話を聞き、眠気と戦い舟を漕ぐ新入生が多発するのが、ダンジョン・ハイスクール入学式の名物イベントだった。


ーーーーーーーー


「ここが僕の教室か」


 入学式を終えて、各自が指定された教室へと移動した。

 ダイヤが向かったのは『精霊使い』が集められた教室だ。


 一年生は入学時点の職業に応じたクラス分けが為されている。

 日本では中学を卒業するとダンジョンに挑めるルールになっているが、最初は教師やベテランの指導を受けなければならないと法律で定められている。

 だが強い職業に就いている者と弱い職業に就いている者を一緒のクラスにしてしまうと、指導がとてもやりにくい。普通の高校ならばまとめて授業をするところだが、ダンジョンに関する点については効率よく指導するのがここでのやり方であった。


 ダイヤは教室に入ると開口一番元気に挨拶した。


「おはよう! 僕は貴石ダイヤ。これからよろしくね!」


 最初に自己紹介の時間があるかもしれないと思い、簡単に名前だけを伝えた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 教室にはすでに十一人の新入生が居たけれど、誰も挨拶を返してはくれなかった。


「(く、暗い……)」


 それどころか、教室に入るのを思わず躊躇ってしまいそうな程に空気が重かった。


「絶対に這い上がってやる」

「少しでも良い職業に就かないと」

「早く転職しないと置いていかれちゃう」


 顔色の悪い新入生たちが、ブツブツと何かを呟いている。

 そのあまりにも陰気な雰囲気は、いつも笑顔でニコニコしているダイヤとは正反対だ。


「(友達、出来るかな……)」


 せっかく高校に通うのだから、ハーレム云々は別としても、沢山友人を作りたかった。

 しかし自分の壁に閉じこもって他者を寄せ付けないオーラを発している彼らと仲良くなるには時間がかかりそうだ。


 ダイヤは持ち前の明るさでぐいぐい押して強引に仲良くなるタイプではない。

 出来なくはないが、それをやる価値を見出せないのならやらないというタイプだ。


 例えば好みの女の子をハーレムに誘う場合などは積極的に攻めるだろう。


「(可愛い娘もいるけれど、ピンと来る娘はいないかな)」


 どうやらダイヤは可愛い娘を見つけたらひたすら声をかけるのではなく、その中で琴線に触れた相手のみハーレムに加えたいと思っている様子だ。残念ながらこの『精霊使い』教室にはダイヤのお眼鏡にかなう女子生徒はいなかったらしい。


「(でもあの条件を達成するためには、皆にも活躍してもらわないと。ううん、あの条件抜きにしても、こんなに辛気臭いのはダメだ。未来に希望を持てるようにしてあげるように頑張らなくちゃ)」


 躑躅つつじとの約束の一つ『精霊使いの可能性を示す』こと。

 それには自分以外の『精霊使い』も結果を残す必要がある。


 つまりこの教室内の少なくとも何人かに、『精霊使い』のまま活躍してもらわなければならないのだ。


 とりあえず空いている席に座ったダイヤは、今後の方針について頭を巡らせる。

 そうしていると、いつの間にか新入生が全員揃っていた。

 どうやら今年の精霊使いは全部で十八人らしい。


 今後の予定だが、担任教師がやってきてオリエンテーションで高校生活についてなど色々と教えてくれることになっている。


「先生遅くね?」

「チッ、早く来いよ」

「まさか見捨てられたんじゃ」


 しかしその教師が中々やってこない。

 ただでさえネガティブな雰囲気の教室内が更に暗くなり、異様な雰囲気のざわめきが生まれてしまう。その結果、考えに耽っていたダイヤの思考が現実に引き戻された。


「(先生がまだ来ない? 嫌な予感がする)」


 そのダイヤの嫌な予感は大正解だった。


 更にしばらく待つと、ようやく教室の扉が開かれた。

 新入生から注目されたその男性教師は、無精ひげが目立ち、小太りで、だるそうな表情で、眠そうで、全く覇気が感じられない。しかも遅くなったことを全く悪びれる様子もなく、黒板に『自習』とだけ書くと、近くから椅子を持ってきて座り、教壇前の机に突っ伏して寝ようとしてしまった。


 あまりの展開に茫然とする教室内。

 だが状況を理解した新入生たちは流石に怒り出す。


「自習って何ですか! オリエンテーションやってくださいよ!」

「俺達何をやれば良いのですか!」

「ちゃんと仕事してください!」


 一人が切り出すと、他の生徒達も釣られるように厳しい言葉を放ち出す。

 しかしその教師は全く意に介せずに、伏せた顔をあげようともしない。


「(やっぱりこの人が来ちゃったか……)」


 ダイヤは島に来るにあたって、教職員の情報を調べ上げた。

 その中で、この人物にだけは担任になって欲しくないと思っていた人物がいたのだが、見事にその人物が割り当たってしまった。


「(楽伍らくご教師。ランクE。ダンジョン・ハイスクールの元生徒。ダンジョン探索で生計を立てるには実力不足で、卒業後の進路が見つからないところをダンジョン・ハイスクールが救済の手を差し伸べてくれたけれど、勤務態度は極めて不真面目。隠し能力があるわけでもなく、単なるダメ人間でクビ間近。きっとこれが最後のチャンスとして仕事を割り振られたんだろうなぁ)」


 しかしそのチャンスを棒に振ろうとしている。

 根っからのダメ人間であり、間違いなくクビになるだろう。


「(でもそれだと遅いんだよね)」


 新入生達が抗議し、教師達がその話を聞いて検討し、クビを宣告し、担任が入れ替わる。

 そこに至るまでに数日はかかるだろう。


 たった数日、されど数日。


 高校生にとっての一日は決して無駄にして良い時間ではない。

 それにダイヤには一年以内に成果を出さなければならないという縛りもある。


 正当な手段で担任が変わるのを待つには、あまりにも時間が惜しい。


「チッ、うっせーな。自習だって言ってんだろ。役立たずの『精霊使い』なんか、どうせ落ちこぼれのまま終わるんだ。諦めろ諦めろ。つーか、さっさと辞めちまえ」


 ようやく顔をあげたと思ったら、煽って新入生の神経を逆なでる始末。

 どうやら楽伍教師は『精霊使い』を見下している上に、自分の仕事が無くなるようにと全員が高校を辞めて欲しいとすら思っている様子。


「ふざけるな!」

「それでも先生か!」

「侮辱しやがって!」


 その言葉に更に激怒する新入生だが、男も更に追加で煽る。


「悔しかったらご自慢の『精霊使い』様の力でなんとかしてみせろよ。ダンジョンは実力が全て。俺に言うことを聞かせたいなら、力づくでやってみな」

「ぐっ……」

「くそぅ……」

「ひどい……」


 『精霊使い』は最弱の職業と言われている。

 この教室のほとんどの生徒が、そのせいでこれまで虐げられるか、それに匹敵する扱いをされていた。一方で、自分自身が弱いということも、しっかりと自覚している。それゆえにネガディブ思考で満ちているのだ。

 その『弱さ』こそが生徒達が最も目を背けたい言葉であり、それをまるで凶器を振るうかの如く言われてしまえば、何も言い返すことが出来なかった。


 ただ一人を除いて。


「ああ? なんだてめぇ」


 ダイヤはすっと立ち上がり、楽伍教師の元へと向かった。




「楽伍先生、あなたに決闘を申し込みます」

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