3. 勇者とヴァルキュリア(ハーレム候補ロックオン)
人、人、人。
大量の人が巨大なドーム型施設の中に向かっている。
多くの人が真新しい制服に身を包み、不安と緊張と期待に満ちた顔をしているのが印象的だ。
ダンジョン・ハイスクール。
その入学式。
千人もの新入生が集まるともなれば賑やかになるのは当然のこと。
しかもそれなりの数の在校生が見学に来ていることで、密度が更に高くなっている。
「ふわぁあ」
そんな中をダイヤは眠そうな顔でゆっくりと歩いていた。
「(つい調子に乗って頑張っちゃった)」
廃屋クエスト。
そこで求められる素材の中には、ダンジョンに入らなくても入手できるものが沢山あった。
例えばバケツ一杯の水。
廃屋から北に百メートル程進んだところに渓流が流れており、森の中の足場の悪い道なき道を何度も往復した。持ち帰った水をトイレに持って行くと不思議な光に包まれて必要数のカウントが一減った。
コツコツと作業するのが大好きなダイヤは、つい夢中になって夜遅くまで様々な素材集めに奮闘していたのだった。
「(本当は島の中を探索するつもりだったけど、これはこれで楽しいから良いかな)」
島に来てから入学式までの間、ダイヤはこれから生活することになる島中を巡って何処に何があるのかを自らの目で確認するつもりだった。しかし当初の予定を完全に無視して廃屋クエストに夢中になっていたのだった。ただしそれはそれで、島内での素材収集の知識を得られたので悪くはなかった。
「( さて、気を取り直してハーレムメンバーに入ってくれそうな子を探そうかな )」
可愛い女の子を探し、気に入ったのならば声をかける。
ナンパ男の思考であるのだが、見た目が人畜無害の幼い少年のようにしか見えないため、周囲からは物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回している可愛らしい新入生としか見えていなかった。
「あ、あの、お名前を教えてください!」
「 (あれ、あの人は) 」
女の子の声に反応してそちらを見ると、ダイヤが見知った人物が居た。
それは女の子の方では無く、声をかけられた男子生徒の方だった。
「私は
背が高く、髪はサラサラ、笑顔がまぶしい超イケメン。
女の子が思わず声をかけてしまうのも当然の望だが、異性を惹き付けるもう一つの理由があった。
「聖天冠ってことは、まさか勇者様!?」
「はい、そうです」
勇者。
日本における最高レベルのポテンシャルを秘めた職業で、これまでの勇者は漏れなく大活躍をしていた。そして今の世界では、多くの女性達が強者を求めている。しかも強さだけでなくルックスまでも優れているとなれば、人気が出るのは同然だ。つまりどうなったかと言うと……
「きゃああああ! 勇者様とお話ししちゃったああああ!」
「え、勇者様!?」
「あのお方が!?」
「格好良い……」
近くにいた女性達が騒ぎ出し、望の元へと集まり出してしまったのだ。
それこそ、ダイヤが求めていたハーレムの様相を呈している。
「(あはは、困ってる困ってる)」
ダイヤは望のことを羨ましいと思うことはなく、むしろ望が困っていることを察して同情していた。
とはいえここで彼女たちの邪魔をしてしまったら、女性陣からの印象が悪くなるかもしれない。ハーレムを目指しているダイヤにとって好感度ダウンはいただけない。そのことを理解していてなお、ダイヤは望を助けることにした。
「望君!」
「ダイヤ君!」
「何あの子」
「私達が話してるのに」
何故ならば、そもそもハーレムを作りたいだなどと公言している時点で、好感度なんて下の下であるのだから、今更ちょっとした評判の悪化など気にする必要が無いからだ。ダイヤにとっては、知り合いを助けてあげることの方が大事だった。
「ごめんなさい、知り合いなんです。お話しはまた後でお願いします」
「え~」
「え~」
「え~」
ダイヤのことに気が付いた望は、集まってきた女性陣に断りを入れてダイヤの方にやってきた
「こんにちは。もう会えたね」
「こんにちは。運命のお導きですね。入学初日にダイヤ君に会えるだなんて、最高な気分です」
「あはは、大げさな」
「大げさじゃないです。本気でそう思ってるんですよ」
「そ、そう」
真剣な眼差しを向けられるが、その視線の意味をダイヤは知っている。望との関係は色々な意味で『保留』となっているため、今はまだ何も答える必要はない。そう分かっていても、まだ彼の気持ちをどのように受け止めれば良いか心の整理が出来ていないため、むず痒い感じがしていた。
「ダイヤ君。よければ一緒に行きませんか?」
「うん、いいよ」
望もこれ以上、何かを言うつもりは無い様子で、二人は一緒に会場へと向かうことになった。
「望君は、いつこの島に来たの?」
「ちょうど一週間前ですね。本当はもっと早くに来て
「期待されてると大変だね」
「本当に期待されるべきなのは私ではないと思いますけどね」
「望君より期待されている人なんているのかな~」
「またまた、分かっている癖に」
笑顔で会話をしている様子からすると、二人は友人か、あるいは親友という関係なのだろう。
そして高校入学時点で、そのような関係ということは、入学以前からの知り合いであるということ。
「小学校でも中学校でも、皆が望君のことばかり注目してたじゃないか」
彼らはこれまで同じ学校に通っていたのだった。
しかしだからといって幼馴染という訳ではない。
彼らが同じクラスになり交流を深めたのは中学の時であり、それまではダイヤが一方的に望のことを知っているだけだった。
「それもあの時まで、でしょう。それからは誰かさんも注目されていたと記憶しています」
「何のことかな」
「もう、ダイヤ君はこの話になるといつもそれですね」
その二人が大きく交わった、とある事件。
それ以降、二人はこうして良く会話をする仲になったのだった。
「それはそれとして、望君はやっぱりアレ、本気で目指してるの?」
「もちろんです。ダンジョンの中になら絶対にあるはずですから」
「あるのかなぁ。そんな意味不明なアイテム」
「あります。絶対にあります。私はそう信じてます」
望には大きな目的があってこのダンジョン・ハイスクール・アイランドにやってきた。
勇者として強くなり活躍するためではない。
ある一つのアイテムを見つけるために、やってきたのだ。
「ダイヤ君こそ、ハーレムを本気で目指しているのでしょう?」
「もちろん!」
そしてダイヤもまた目的があってダンジョン・ハイスクール・アイランドにやってきた。
だが望とは違い『ハーレム』以外の目的もあった。
漠然とした理由でこの島にやってきた他の多くの新入生とは違い、良くも悪くも『目的』があることで、二人は間違いなく伸びるだろうと、もしこの場に教師が居たのならば強く感じたであろう。
「汚らわしい」
彼らの耳に、嫌悪感に満ちた女性の声が聞こえた。
ダイヤがハーレムの話をする時によくある話なのだが、この声は際立って不快感を強く表現しており、二人は思わずその声に反応して顔を向けた。
「うわぁ、すごい綺麗な人」
ダイヤが島に来た初日に出会った
周囲を見れば、ダイヤ達以外にも多くの男子生徒が彼女に目を奪われていることを確認出来る。
「あの子は、もしかしたら……」
「望君、彼女のこと知ってるの?」
「はい。今年は
「へぇ……勇者だけじゃないんだ。まさか聖女とか賢者もいたりして」
「いるらしいですよ」
「本当に!?」
最強職と名高いレア職の勇者、聖女、賢者、それらに匹敵する戦乙女。
本当にこれらの職に就いた新入生がいるとしたら、ゴールデン世代と呼ばれてもおかしくない。
「(この先、皆が本当に注目することになるのはダイヤ君ですけどね)」
だが望は確信していた。
この世代は自分達ではなく、ダイヤこそが引っ張って行くことになるのだろうと。
「あの子もハーレムに入ってくれないかな」
「彼女はハーレムを明らかに毛嫌いしているのに、それでも誘うのですか?」
「もちろんだよ」
第一印象が最悪な程度で諦めるのであれば、最初からハーレムなど目指していない。
ダイヤにとって彼女と仲良くなるのは挑戦しがいのある試練であった。
「相変わらずですね」
友として親友の夢を応援したい、というわけではない。
幼い見た目のダイヤが女性と仲良くしたいと背伸びしている感じを微笑ましく思っている、というわけでもない。
歪んでいるけれどまっすぐなダイヤの姿勢を眩しく感じている、というわけでもない。
望の気持ちはたった一つ。
強い強いその気持ちを実現させるために、彼はこの島にやってきたのだ。
その気持ちが抑えきれなくなった望は、ダイヤの耳元へと口を近づけ、甘い声で囁いた。
「絶対に
「ぴゃあ!」
今代の勇者、聖天冠 望。
彼の望みは、ダイヤに身も心も愛されること。
そのために男であることを捨て、本物の女になりたいと心から願っていたのだった。
歪んだ勇者に耳元で囁かれたダイヤが可愛らしい叫びを挙げてしまったのは、驚いたりくすぐったかったりしたからだけではなく、そんな彼の想いを強制的に伝えられてしまったからなのかもしれない。
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