2. 廃屋と精霊クエスト
「はぁ……偶にいるのよね。自分の城が欲しいとか、極端に節約して遊びにお金を使いたいとか、連れ込み宿にしたいとか、若さゆえの欲望に突き動かされた無謀な子が。そして誰もが現実を知って諦める。貴方もどうせすぐに別の部屋を希望することになるのだから、止めた方が良いわよ。今ならまだ安い部屋が少しだけ空いているから。お金無いんでしょう。もし向こうに行って諦めて戻ってきたら、多分もう高い部屋しか空いてないわよ。借金して稼いで払えば良いとかって思っているのかしら。そういう考えの子に限って空回りして全然強くなれなくて利子を返すだけで必死になってまともに学生生活を送ることが出来なくなるのよ。そもそも貴方達はまだ子供で学生なんだから分不相応な高望みはしないで堅実に……」
「(話長っ!)」
ダンジョン・ハイスクール・アイランドに降り立ったダイヤだが、新入生受付でおばちゃんに説教のような愚痴のような親切のような良く分からない長話を延々と聞かされていた。おばちゃんであっても異性は大事に、がモットーのダイヤではあったが、流石に辟易としているようで、話が途切れた一瞬を狙って慌ててその場を逃げ出した。
「ごめんなさいおばちゃん。また今度ゆっくりお話を聞くからね」
本来ダイヤはおばちゃんのマシンガントークを聞いてあげることに抵抗感が無いタイプなのであるが、おばちゃんが言うとおりにこれから向かう先が期待に添える場所で無かった場合のことを考えると時間が惜しかった。
次にちゃんとおばちゃんの話を聞いてあげられるのはいつになるかと本気で考えながら向かう先は、学校の東にある巨大な学生寮。ではなく、その先にある森の中。
千人以上も住むことが出来る広大な敷地をスルーしたダイヤは、全く躊躇することなく薄暗い森の中へと足を踏み入れて行く。
足場は悪く、獣道よりかは多少歩きやすい程度であり、辛うじて道かどうか判別できる程度のもの。
「ふんふんふ~ん」
ヘビなどの危険な生物がいるかもしれないと言うのに、ダイヤは鼻歌交じりで楽し気にドンドンと奥へと進む。
そうしておよそ一キロ程度歩くと、森の入り口は既に視認出来なくなっていた。
「あった!」
その代わりに、目的である一軒の建物を発見した。
茅葺屋根で作られた古き日本の木造平屋。
ちょっとした豪邸かと思えるくらいの大きさがあるのだが、その姿を見て住みたいと思える人は皆無だろう。
「うわぁ、聞いていた通り、すっごいボロボロ」
何故ならその建物は朽ちかけていたからだ。
屋根の一部が崩壊して地面に落ちてしまっている。
壁にはいくつも穴が開き、腐っている個所も多そうだ。
森の中の雑草は家の中まで侵入している。
そして何より目立つのが、天井を突き破って伸びている大木だ。
「勿体ないなあ。昔はちゃんとした家だったはずなのに」
ここはダンジョン・ハイスクール創設時に、当時の校長が趣味で作った和風学生寮。森の中に佇む一軒家で青春を謳歌しよう、というコンセプトだったらしいが、高校から離れすぎていたり設備が古すぎて不便だったり害虫対策がめんどうだったりと人気が無く、住む人が全然おらず、それならメンテも不要だろうと判断されて朽ちていった。
しかし登録上はまだ学生寮という扱いであるため、何年かに一度は物好きがここに住もうとするのだが、建物の修繕を一人でするには朽ち果てすぎていて困難であり、頑張ろうにも時間がかかりすぎて学生の本分を疎かにする必要があるとのことで、結局は使われることは無かったのである。
ダイヤもまた、その物好きの一人である。
DIYが得意というわけではない。
自然が大好きというわけでもない。
それでは何故ダイヤがこの場所に住もうと思っているのか。
「ここが僕らの愛の巣になるんだ!」
外界と隔離された森の中の一軒家で、ハーレムメンバーと一緒にイチャコラするのが目的だった。ここならば、
仮に運良くハーレムメンバーが出来たとして、このような廃屋になど来てはくれないと思うのだが、ダイヤはその点についてどう考えているのだろうか。
「とりあえず中を見てみよう」
玄関らしきところから中に入ると、案外原型を留めているところが多かった。
床を突き破って雑草が見えている部分を避けるようにして、一歩踏み出す。
「うわ、危ない!」
すると腐っていたのか、床板を踏み抜いてしまった。
「かなり気を付けないと……」
島に来ていきなり大怪我をするだなんて馬鹿らしい。
ダイヤは足元を丁寧に確認しながら廃屋探索を開始した。
「ここは割と無事なのかな」
居間にあたる広めの部屋は大木が貫通していて使えそうになかったが、そこより二つ隣の別の部屋は床板が丈夫であり、天井も崩れていなかった。学生寮だからなのか部屋数が多く、その中にはここと同じようにギリギリで部屋と呼べる場所があるのかもしれない。
「とりあえずここを寝床にしよう」
ダイヤはポケットから真っ白な小さな小箱を取り出すと蓋を開けた。すると中からオレンジ色の何かが勢い良く飛び出した。明らかに小箱に入りきらない巨大な物体。それは小型のテントだった。
「うわぁ、これが魔道具なんだ」
このテントはダンジョンを泊まりで攻略する人のために学校側が貸し出しているものであり、乗用車程度の大きさのものを格納できるマジックボックスの中に入れられていた。
ダイヤはそれを事務センターで借りてきたのだった。
この廃屋に住む気満々である。
このテントには中に害虫が入ってこない補助魔法がかけられており、この廃屋の中でもぐっすり眠ることが出来るだろう。もちろん、物理的な補助はかけられていないため、屋根が落ちてきたりしたらアウトであるが。
「よし、これでOK、次は何をやろうかな」
テントを寝室に設置したダイヤは、寝る場所を確保できたことで満足し、住処を変える選択はしないらしい。この場所を拠点として、どのように生活をすべきかを考え始めた。
「取り急ぎ水が必要かな。町まで水をたくさん買いに行くのは大変だし、井戸でもあれば良いのだけれど。それにお風呂、ううん、それよりトイレをどうにかしなきゃ。近くの学生寮を借りるのも手だけれど、催してから一キロも離れたところまで歩くのもなぁ。そもそもここって六十年かそこらで朽ち果てすぎじゃない? 誰も住まないとこんなになっちゃうものなのかな。でも中心のあの大木は……あれ、今のは?」
入り口を開けたままのテントの中で座りながら色々と考え事をしていたら、視界の端に赤くて小さい何かが揺れたことに気が付いた。場所は外に面している廊下。
何かの見間違えかとも思ったけれど、ダイヤは無性に気になりそれが視界から消えた場所へと向かった。
「何か……いる……」
廊下の先の方。
良く目を凝らすと、今度はぼんやりと青く光る小さな何かが居た。
それはゆっくりと廊下の先まで進み、突き当りの小部屋の中に壁をすり抜けて入っていった。
「もしかして精霊?」
精霊。
それは辺りを漂うだけの力の無い存在。
精霊使いであれば彼らにお願いすることが出来るが、力の無い彼らに出来ることは命じられた方向に移動するだけ。しかも彼らはちょっとした衝撃ですぐに消えて無くなってしまう余りにもか弱い存在。
精霊使いが最弱と呼ばれている理由は、このか弱き精霊を指定した方向へ動かす能力しかないからだ。
精霊使いであるダイヤは、これまで何度も似たような現象に遭遇しており、先ほどの赤い光や小部屋に入った青い光が精霊であることに気が付いた。正体が分かれば興味は失せるもの。ダイヤも元の部屋に戻ろうかと思ったけれど、なんとなく気になり青い光が吸い込まれた小部屋の扉を開けた。
「ここはトイレ?」
あまりにも朽ち果てていて原型を留めていないが、床を良く見ると人工的に作られた穴らしきものがあった。
「うわぁ、まさかこれって汲み取り式ってやつなのかな。屋敷が無事でもきついや……」
この場所で暮らす難易度の高さを更に分からされ、苦笑する。
「あれ、そういえばさっきの精霊はどこに行ったんだろう」
精霊の姿を確認しようと部屋の中を見回そうとしたその時。
「うわ!」
突然目の前に大量の淡い光が生み出され、驚きで一歩後退してしまった。
「どうして急に……まさか僕が
精霊は存在が曖昧であり、視認しようと強く意識しないとはっきりと視ることが出来ない。
精霊使いであるダイヤが精霊を見ようと意識したため、その場に存在する全ての精霊を視れるようになったのだろう。
「なんて量なんだ」
視界を埋め尽くすほどの量の精霊など見たことが無く、幻想的な風景に見惚れそうになるがすぐに正気に戻った。ここが幻想的な風景とは
「すごいけれど、眩しい」
一つ一つは淡い光でも、集まると結構な光量になる。
陽の光があまり届かない暗い森の中ということもあり、ダイヤは眩しさを感じた。
そして眩しくない姿だったら良かったのに、と思ってしまった。
「え!?」
そのダイヤの無意識の願いを読み取ったのか、精霊の姿が大きく変化し始める。
光は消え、ぼんやりだった輪郭がはっきりとする。
「ま、まさか!」
ダイヤはまた思ってしまった。
この雰囲気は精霊が姿を変えようとしているのではないかと。
そして想像してしまった。
精霊とは本来どのような姿の生き物なのだろうかと。
「可愛い!」
羽が生えた指先サイズの女の子。
ダイヤが夢想した妖精姿の精霊が沢山浮いていたのだった。
しかもダイヤの好みが反映された姿であり、あまりのドストライクっぷりに全部まとめて抱きしめたくなってしまった。だがそれをすると壊れて消えて無くなりそうなため、触ることすら出来ないもどかしさにダイヤは苛まれていた。
「うう、可愛い、愛でたい。でも触れない。見るだけだなんてあんまりだ!」
そんなダイヤを放置し、精霊はトイレ内の一か所に固まっていた。
しばらく興奮していたダイヤだったが、精霊が動かないことを不審に思いその場所を確認する。
「看板?」
朽ちた廃屋には見合わない新品の小さな看板があり、何かが書かれていた。
水 (バケツ):100杯
スライムゼリー:10000個
クチワの木材:10本
陶器 (なんでも):1キログラム
「どういうことだろう。この素材を持ってくるようにってことなのかな」
しかし持ってきたところで何が起きるのか分からない。
集めるにはかなりの労力が必要であり、他にやるべきことが沢山ある現状で手を出し辛い。
「スライムゼリーって確か不人気ダンジョン素材だよね。それを一万個も集めるとか面倒……あれ、スライム?」
ダイヤは何かに気付き、改めて看板を凝視して考え出した。
「木材で壁とかを直し、陶器で便器を作り、水で流し、スライムゼリーで消化する。まさかこれってトイレを直すための素材なのかな。しかも精霊が看板で指示してくれているってことは、素材を用意したら作ってくれるってこと?」
精霊にそのような力があるとは聞いたことが無い。
だが聞いたことが無いというのなら、精霊が妖精の姿を取るということも、不思議な看板を生み出すということも聞いたことが無い。
「まさか!」
慌ててダイヤは家中の再調査を行った。
精霊の姿を探すと、至る所に精霊が住み着いていた。そして同時にトイレにあったのと似たような看板も沢山設置されていた。
「凄い。凄い凄い凄い凄い!」
ダイヤは大興奮ではしゃぎだし、腐った床に足を取られてしまう。
「あははははは、あははははは!」
だがそんなことはどうでも良いとばかりにダイヤは楽しそうに笑っている。
「この看板が想像通りなら、本当にハーレムホームが出来ちゃうかも!」
家を直すために素材を持ってくるのは大変だけれど、DIYをするよりかは遥かに楽だ。
「稼いだお金を家の修復に使わなくて良くなるし、ダンジョン探索中に拾えるアイテムを使って家を直せるなら探索が更に楽しくなりそう!」
どうやらダイヤはダンジョンで沢山稼いで業者にこの家を直してもらうつもりだったらしいが、その必要が無くなりそうだ。お金はアイテムや装備などの購入に必要であり、ハーレムを作るためにも必要であり、節約できるなら越したことはない。
そして何よりも、ダイヤはコツコツと素材を集めて報酬が得られる『収集クエスト』の類が大好きなタイプなのであった。
「楽しくなってきた!」
役目を終えようとしている朽ちかけた廃屋の中で、ダイヤは希望に溢れた未来を夢想し笑うのであった。
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