ダンジョン・ハイスクール・アイランド
マノイ
プロローグ
1. ダンジョン・ハイスクール・アイランドへようこそ!
「うわぁ、綺麗……」
六十年ほど前のこと。
神奈川県三浦半島沖。
陸地からおよそ十キロメートルほど離れた所に、突如一つの大きな島が出現した。
しかも陸地からその島に向かう海底が大きく変化し、まるで橋でも作れと言わんばかりの水深が浅い一本の道が出来たのだった。
人々は巨大な橋を作り、鉄道を通し、車の通行を可能とした。
その島へ向かうバスの中で、見た目がやや幼い少年が、太陽の光を浴びてキラキラと煌めく青い海に目を奪われていた。
すると、少年の呟きが聞こえたのか、一人の少女が彼に興味を抱き、彼の隣の空席へと移動してきた。
「ねぇあなた。新入生?」
「え?」
突然のことに驚いたのは、わざわざ席を移動してきて話しかけられたからだけではない。
流行りのナチュラルボブにブレザーの制服という、年頃の少女としては至ってあり触れた装い。
休日だからか淡い化粧をしているようだけれど、目を凝らして確認しないと分からないレベルのものだ。
極端な身長でもなく、豊満なアレを持っているわけでもない。
人ごみの中では埋没してしまいそうな普通な彼女だが、アニメ声の可愛い系美少女という大きな特徴があり、少年は外の景色以上に目を奪われてしまったのだった。
しかし動揺したのは束の間のこと。
少年は少しだけ頬を染めながらも自然に応対を始めた。
「そ、そうです」
「やっぱりそうなんだ!」
「良く分かりましたね。僕、見た目がこんなに幼いのに」
「それ自分で言っちゃう系なんだ」
「慣れてますから」
少年の体躯はやや小柄でかなりの童顔であるため、これから高校一年生になるにも関わらず小学生に間違われることも多い。そのことについてはもう諦めているためなんとも思わないが、逆に間違われなかったことに少し驚いた。
「それで、どうして僕が新入生だって分かったのですか?」
「雰囲気、かな」
「雰囲気?」
「君、結構鍛えてるでしょ。その力強さは小学生じゃ出せないよ」
まだ春先で肌寒い日々が続く中、少年は体型が隠れるくらいの服を着込んでいたのだがどうして分かったのだろうか。
そして相手の力量を見るだけで『分かる』というのならば、この少女はかなりの実力者なのかもしれない。
「日頃からかなり運動してるだけですよ」
「くすくす、『かなり』だって。そこは謙遜しないんだね」
「僕は自分が努力出来ていることを誇りに思っていますから」
「堂々とそう言える人って中々居ないよ?」
「どや」
「くすくす」
これで努力が足りているだろうか、という自身への不安。
その程度で努力していると言えるなんておかしい、という他者からの評価に対する不安。
本気で努力している人ほど、これらの不安により、自身が本当に努力できているのか自信を持てないことがある。しかし少年はそんな不安など全く無い様子で堂々と自分の努力を誇っている。
ただの自信過剰なのか、あるいは努力に対して結果が出ているからなのか。
どちらにしろ少女の楽し気な反応からすると、少年の答えは正解だったのだろう。
口に手をあてて笑う彼女の様子を見ていた少年は、彼女の手首にブレスレットが巻かれていることに気が付いた。
「お姉さんは僕の一つ上ですか」
「うん、そうだよ。君の一つ上の先輩」
少年の視線に気が付いた少女は、見やすいようにブレスレットを少年の目の前に掲げてくれた。
そのブレスレットは生徒に配られているもので、色で何年生かを識別することが出来る。
少女のブレスレットの色は淡い緑で、二年生のものだった。
お互いの学年が分かった流れで、少年はここで自己紹介をすることにした。
「僕は
「私は
「あはは」
「くすくす」
少年がプチ自虐紹介をしてみたら、少女も同じくプチ自虐紹介を返してくれて二人して笑い合う。とても良い雰囲気だ。
「確かにひらがなの方が可愛らしい雰囲気ですね」
「あれ、つつじって漢字でどう書くか分かるの?」
「はい、足偏の文字ですよね」
「へぇ、頭も良いんだ」
「勉強しましたから」
「くすくす、否定しないんだね」
頭が良いこと、そして頭以外も良いことを謙遜も否定もしなかった少年の様子が、少女にとってはとてもおかしかった。虫も殺せ無さそうな柔和な見た目の少年が、堂々としているギャップがツボに入ったのだろう。
バスの中での突然の出会い。
それも何故か少女の方から寄って来て、人懐っこい笑顔でダイヤに関わろうとしてくる。
お互いに笑い合い、打ち解け合い、雰囲気はとても良い感じ。
しかしそれは、ここまでのことだった。
「鳳凰院先輩」
「なぁに?」
ダイヤがここでとんでもないことを言い放ってしまったため、雰囲気が激変してしまったのだ。
「僕のハーレムメンバーになってくれませんか?」
少女の笑顔が凍り付き、見る見るうちに険しいものへと変わってゆく。
彼らの会話を微笑ましく聞いていた他の乗客も、嫌悪感に満ちたものとなって行く。
「自分が何を言っているのか分かってるの?」
「もちろんです。先輩はとても可愛くて話をしていて楽しくて、是非ハーレムに入ってもらいたいです!」
「君はそういうタイプの人だったの。見込み違いだったかな」
先ほどまでの朗らかな雰囲気とは打って変わった冷徹な声。
まるで別人かと思えるほどの変貌ぶりだ。
しかし少年は全く動じずに笑みを崩さない。
しかもその笑みはハーレムなどと言っているにも関わらず嫌らしい感じが全くなく、ピュアな雰囲気のままだった。
すぐにでもこの席を離れようと思っていた少女だが、その違和感に興味を抱き会話を続けることにした。
「君の職業を聞いても良い?」
「精霊使いです」
「え!?」
その言葉に、少女は思わず素で驚いてしまった。
『精霊使い』は最弱と言われている職業であるからだ。
ハーレムを作るのならば、ハーレムメンバーを養える程の財力が必要だ。
今の世の中でそれだけの稼ぎを得るためには強い職業に就くことが必須である。
しかしダイヤの職業は強さとは程遠い『精霊使い』。
最弱の職業である少年がハーレムを目指すだなどと宣言したら、鼻で笑われてもおかしくない。
果たして少年はその現実に気付いていないのか、気付いていてそれでもハーレムを作れる自信があるのか。
だがダイヤがある程度の学も実力もある人物だとすでに察している。それなのにどうしてこのような愚かな宣言が出来るのだろうか。
「もう一度聞くけれど、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「もちろんです!」
「日頃から鍛えているから転職して良い職業に就けるとでも思っているの?」
弱い職業に就いている者が強くなりたいのならば転職するしかない。しかし転職時に強い職業に就けるとは限らない。しかも転職するには弱い職業のままである程度鍛えなければならないため、他者と比べてスタートラインが遅くなる。
元々強力な職業に就いている子供が増長するなら分かるが、強くなれるかどうかも分からない子供が現実を理解できる年齢になっているにも関わらず無謀すぎる夢を抱く理由が
「いえ、『精霊使い』のままで頑張るつもりです」
「ええええ!?」
最弱の職業のまま強くなる。
しかも本人は自信たっぷりだ。
理由は分からない。
信用も出来ない。
ハーレムを目指すだなんて男性を良いとも思えない。
でも
それにどうしてか謎の予感があった。
彼ならば自分を助けてくれるのではないか。
「あははははは!」
ダイヤの荒唐無稽な話に、
「
そんな
「ごめんごめん。あ~面白い。そっか。『精霊使い』のまま強くなって私をハーレムに入れてくれるんだ」
「はい!」
相変わらず自信満々のダイヤに向かって、
「いいよ」
「本当ですか!?」
「ただし条件がある」
「条件?」
ダイヤにはハーレム以外の夢があった。
だがその夢は遥か遠く、そこに至るまでの道筋は膨大だ。
そのため、これから
「一つ、一年以内にCランクになること」
「一つ、一年以内に『精霊使い』の可能性を世界に示すこと』
「一つ、私が惚れるような良い男になること。これは一年縛り無しね」
ダイヤがこれから通う学校ではランク制度が設けられている。
多くの学生はDランクで卒業し、Cランクになることが大きな壁となっている。
それにも関わらずたった一年でCランクになれと言う。
しかもこれまで多くの学者が調査して何の成果も得られなかった『精霊使い』の可能性を見つけろと言う。
どう考えてもクリアさせる気が無い無理難題だ。
「はい、わかりました!」
だがダイヤは困ることもなく、むしろ大喜びでその条件を受け入れた。
「達成できると思ってるの?」
「相当難しいと思います」
しかもその難易度を理解している。
「でもこのくらい出来なきゃ、No.1 ダンジョン踏破だなんて夢のまた夢ですから」
No.1 ダンジョン。
世界最高難易度のダンジョンで、未だかつて踏み入れた者すらいない。
そのダンジョンを攻略したいと誰もが夢見て、誰もがその挑戦権すら得られずに挫折する。
その夢をダイヤは本気で叶えようとしている。
そしてその夢の途中で
ほんわかした笑顔の中に、
最弱の職業のままで、世界中の誰もが達成できない偉業を目指し、本気で努力するなど、『ダンジョン』を知れば知るほど正気の沙汰ではない。
だがダイヤならば、あるいは。
「あははははは!ほんっとうに君って子は、笑わせてくれるね」
「そう?」
「うん、正直なところ、君の真っすぐなところがとても眩しくて清々しいよ。今の段階で三つ目の条件をクリアしてるって思えるくらいにはね」
「本当ですか!?」
「今は、だけどね」
ダンジョンに挑み、その性質を知って果たして今のままのダイヤで要られるのか。
ダンジョンは良くも悪くも人を変える。
願わくばダイヤが今のままのダイヤであり続け、そして条件を突破してくれますように。
望みはほぼ零だと分かっていつつも、心のどこかでダイヤに縋っていることに
「おっと、もう着くね」
話をしていたら、バスが目的地である島の入り口に着いたようだ。
他の乗客が降りるのを確認してから二人はバスを降りようとする。
先に降りたのは
運賃を支払ってから後に続いて降りたダイヤが目にしたのは、少し離れた所で両手を広げてダイヤに向かって立つ
「ダンジョン・ハイスクール・アイランドへようこそ!」
貴石ダイヤ。
彼の奇跡の物語の始まりである。
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