座敷童子の敷戸さん
マネキ・猫二郎
【一】邂逅ッ! 座敷童子の敷戸さん
仕事を終えアパートに帰宅したのは午後九時。その喜びを噛み締める気力などなく、電気も付けずに寝床へ向かい、畳んだままの敷布団に寝っ転がる。風呂は明日の朝で良いだろう。目を瞑り、思考が徐々にぼやけてゆく心地良さに身を任せていた。
しかし、心のどこかでそれを望まない自分がいた。「目を覚ませ。そのまま寝てしまってはすぐに朝が来る! 憂鬱な朝だ!」と。
身体を休めたい自分と明日を延期したい自分との拮抗した戦いの末、かろうじて明日を延期したい方が勝った。
目覚ましにまず部屋の電気を付けることにする。
長時間のデスクワークと怠けた休日により、ろくな運動をしない生活を送ってきた俺の腰は錆びついてミシミシと痛む。社会の重圧のせいか頭も重く感じる。そんな身体を無理矢理起こした時だった。
洋室のテレビが独りでに点く。誤作動か霊障か、どちらにせよ気味が悪くなった俺は足早に電気スイッチへ向かい、テレビを背にした状態でそれを押した──
──途端、背後から若い女性の声が聞こえる。もちろん俺は一人暮らしだから、その異常事態に一瞬は身体を震わせた。
しかしまぁ、何を言っているのやらと思えば気の抜けるような内容で、恐怖が完全に無くなった訳では無いが心に油断は生まれた。
その内容は、
「アマプラ、見れないんですけど」
他人ん家のテレビに対する悪態である。
振り返ると、テーブルに着いて不満げな顔でテレビを睨む高校生くらいの女子がいた。言葉遣いや態度からはイマドキとやらを感じる。が、浴衣の上に赤いちゃんちゃんこを羽織り、おカッパ頭というのはいつかどこかで見たような妖怪の姿を彷彿させる。
「おい」
声をかけると、彼女はコチラを向いてすっとぼけた声色で、
「あ、おはおめ〜」と、俺にはチンプンカンプンな言葉を放つ。
「は?」
「お初にお目にかかりますの略だよ」
「あぁ、なーる」
「下ネタ?」
「なるほどって意味だよ…」
「あ、なる」
「それはどっちだ」
「どっちも何も、なるほどって意味だよ?」
してやられたァ!
勝ち誇ったような笑み。思えばこんなしょーもない事どうでもいいはずなのだが、コイツには人を奮い立たせる才能があるらしい。最も奮い立つのは怒りである。
彼女のせいで、恐怖は見事に怒りへと変わってゆく。一人で休める限られた時間を邪魔されたんだ。警察を呼ぶのも億劫で、俺は彼女を脅して追い出すことにした。
「…それよりお前、これ不法侵入だぞ。警察沙汰が嫌なら今すぐ出ていけ。見逃してやる」
「ちょい待ちウェイト! ワタシを追い出せば、アンタ後悔するよ?」
「どういうことだよ」
「まあ目ん玉ディグって見とけ」
はぁ? そう言おうとした時だった──彼女は宙に浮き、高笑いを部屋中に振りまくようにして飛び回る。ひらひらと舞う浴衣の美しいこと。胡蝶も見蕩れるその妖艶な空気。気づけば部屋は、妖しげでヒンヤリ冷たい煙に巻かれていた。
「私は座敷童子の敷戸、アンタを幸せにするかもしれない妖怪だよん」
非現実的ノンフィクションに目を丸くさせられる。
「しかーし、ここが大事なインポータン! 私が『おもんないわこの家』って思っちまったらアンタは一巻の終わり。聞いたことあるでしょ? 座敷童子が出ていった家は、それから不幸に見舞われ続ける…って」
「あ、あぁ」
「だから、私の役目はアナタを幸せにすること。アナタの役目は私を楽しませること。オケ?」
驚きは消えない。しかしそれは良い刺激で、つまらない人生という果てしない荒野に、花畑が咲いたかのようであった。
いつの間にか俺は彼女の確認に頷いていた。
【一】邂逅ッ! 座敷童子の敷戸さん
〜完〜
座敷童子の敷戸さん マネキ・猫二郎 @ave_gokigenyo
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