第68話 カタストロフィの予兆
3月の下旬、スティーブに内示が舞い込んだ。
3月24日付で統合参謀本部災害対策局の災害対策官を命じられたのである。
前任の災害対策官であった少佐が過労で倒れたための穴埋め人事である。
共和連合圏内の300を超える各星系では、頻繁に自然災害が起きている。
無論、それぞれの星系で自衛の災害対策機関はあるのだが、大災害となれば、とても地域或いは惑星規模の専属機関だけでは手に負えないこともあり、そのような婆には他の星系からの応援を求めることになる。
共和連合憲章の第5条に相互扶助の精神が
惑星内の各地域から、あるいは星系内の各宙域から、更に他の星系の各星域から集う支援組織、救援組織を束ね、調整し、効率的に機能させることが大仕事なのである。
そのために統合参謀本部の災害対策局からも人材・機材を派遣して、その調整に当たり、あるいは自ら救援を行うことになるのである。
元来災害対策をつかさどる組織は、共和連合政府の独立した一機関で有ったが、輸送船や輸送機器の確保、投入人員などの確保の面で宙軍及び陸軍がその主要な供出元であったことから、50年ほど前に統合参謀本部に組み込まれたものである。
前任のリッチェス宙軍少佐は、ハルモレス星系主星における大規模な火山活動に伴う派遣で、多数の混成部隊からなる救援組織の調整に
臨時応援要員として残っていた大尉がすぐに送り込まれたものの、状況把握に手間取り、また、大尉と言う階級が支障にもなったことから、現地対策本部では混乱状態が続いていた。
スティーブは、辞令を受け取るとすぐに快速輸送艦でハルモレス星系に送り込まれた。
主星ハルモレスの大陸の一つクラデル大陸は、複数の火山が噴火し、大規模な造山運動の兆候を見せ始めていた。
他の二つの大陸では目立った地殻変動は認められないが、現地の地質学者はマグマの動きが何れも活発になっていることを突き止めていた。
クラデル大陸だけでなくこの二つの大陸にも変動が起きるようであれば、住民約30億人の移転も検討しなければならないのである。
既に大気圏上層にはかなりの量の噴煙が舞い上がっており、ハルモレスの気候そのものが変化し始めていた。
太陽光が噴煙や空気中に放出された水蒸気を含む微粒子に
降灰と大気中の粉塵により、クラデル大陸のおよそ三分の一が日中でも夕暮れ時に近い状態になっている。
既にハルモレス政府の手配でクラデル大陸の半分以上3億人の被災民がナウカ、アレシル二つの大陸の避難所に身を寄せており、余程裕福な者は別な星系へと逃げ始めている。
クラデル大陸に残る被災民は、1億から2億ほどと見られているが、もともと避難がしやすい地域から順次被災民を集めたことから、残っている被災民はかなり広い地域に点在しているために、救援部隊が到達しにくい状況に陥っていた。
いずれの被災民とも通信が途絶し、交通網が寸断されていることから、その所在が掴めず救援及び捜索が非常に難しいのである。
救援捜索に大気圏内航空機はほとんど使えなかった。
当初、送り込んだヘリコプター部隊は一カ月も経たずに機能しなくなった。
噴煙による視界不良に輪をかけて、燃焼機関に細かい粉塵を吸い込んでエンジンが停止してしまう事故が相次いだのである。
エアーカーですら吸気口が目詰まりして長くは飛べない状況にあるし、視界不良により自分の位置を見失うこともしばしばであった。
その代わりに、陸軍の浮上輸送車や無限軌道車が大量に動員されているのだが、視界不良で地割れの中に落ち込んだり、噴石の直撃を受けたりして既に3割が故障し、稼働率は5割を切っていた。
スティーブがハルモレスに到着して、最初にしたことは現地対策本部をクラデル大陸に移すことだった。
これまでは、本部は安全なナウカ大陸に設けられていたのである。
支援ならばそれでもいい。
しかし現地にいてこそできることも有る。
スタッフの半数をナウカ大陸に置いて、陸軍の浮揚移動基地をクラデル大陸カデル平原に移したのである。
浮揚基地を管理する陸軍は、噴石弾が
この地における災害対策官は一人だけであり、現地に派遣される災害対策官が全ての現地組織の統合指揮を
横断的に全組織をまとめて効率的に動かすために、そうした超法規的権限が与えられているのである。
但し、スティーブの指示で浮揚移動基地には、航宙艦に取り付けるシールド装置を急遽取り付けていた。
これにより本部自体が噴石弾で被害を受けることは有り得なくなった。
カデル平原滞在中に現実に一軒家ほどもある大きな噴石弾が移動基地に直撃して、隊員たちの肝を冷やしたが、移動基地は何の被害も受けなかったのである。
さらに、ナウカ大陸に残したスタッフには、小型の高次空間通信装置の設計図を渡し、至急生産するように厳命をした。
そのための必要不可欠な部品でハルモレスでは製造できない品は、艦隊装備技術本部を動かして、優先的に回してもらった。
同研究所のFEX開発室も同部品の製造に大いに貢献した。
ケイ素酸化物から様々な合成素材を産みだす装置の操作方法について室長代理のテレサは熟知していた。
従って、全力運転で必要な部品をテレサと室員が増産してくれたのである。
それまでも比較的入手しやすい亜空間通信装置は、嵩張るために陸軍は使用しておらず、無線による通信のみで対応しているのだが、噴火に伴う無数の空電と空気中を浮遊する微小固形物の影響で通信途絶や通信困難な地域が相次いでいた。
止む無く昔ながらの有線電話まで繰り出していたが、度重なる噴石弾により有線網も寸断されている状況で、捜索又は救援部隊の活動状況が本部でほとんど把握できなかったのである。
このため本来であれば一部隊で済む地域に数部隊が重複したり、本来行かねばならないところへ部隊が到達できないという不具合が頻繁に生じていたのである。
カデル平原の一角に陣取った浮揚移動本部は、そこで浮揚輸送車のシールド装着の改装を始めた。
スティーブは、改装した浮揚輸送車に取り敢えず手持ちの携帯型高次空間通信装置20台を搭載し、本部から直接指示を出した。
全ての通信装置は本部に直結され、通信機搭載全車両が本部と交信でき、必要に応じて他車両とも交信ができるようにされた。
また、宙軍のシャトルを改造し、大気圏内専用の偵察艇とした。
これにも新型シールドを搭載し、同時にシャトルで使われている化学燃料燃焼機関を簡易版ジェイド推進機関に積み替えたのである。
これにより、偵察艇は燃焼のための空気を必要とせず、降灰の中でも長時間行動が可能となった。
スティーブが到着してから三日の間に、対策本部の仕事は一変した。
新型通信機搭載の浮揚輸送車を偵察艇の情報に基づいて、指揮し、被災民の救出を行わせたのである。
その新型通信機搭載車両も日に日に台数が増えていた。
一方で、スティーブは現地の地質学者二名と長時間の会議を持ち、最終的に参謀本部に提言をなした。
今後10年以内に、ハルモレスの大陸全部が大規模な地殻変動に見舞われる可能性が80%を超えると見込まれることから、至急ハルモレス全住民の他星系への移動を検討されたしという内容である。
カスケードにある参謀本部もモーデスにある政府もこの提言には驚いた。
これまでの情報ではその可能性は少ないとされていたからである。
政府お抱えの地質学者は厳密な意味での詳細データを持たずに、概況報告だけで憶断していたが、スティーブは現地で観測を続けている地質学者から詳細なデータを入手して、提言に添えていた。
そのデータを見せられて、政府お抱えの地質学者たちは慌てて詳細な解析に入った。
その結果が出されたのは10日後であった。
地質学者のリーダーは結果を報告した。
「データを詳細に検討した結果、10年以内に大規模な地殻変動に入る可能性は非常に高いと申し上げるしかございません。
その確率が何%になるのかは、現段階では特定できません。
あるいは、現地からの報告にある80%が妥当な数字かもしれませんが、残念なことに我々では特定できないのです。
そうして、更に付け加えるならば、1年以内に他の二か所の大陸でもクラデル大陸と同様の噴火活動が始まってもおかしくない状況に有ると言えます。
このように曖昧な表現になるのは非常に申し訳ないのですが、地質学とは本来百万年単位での変化を見極めるための学問、未だに地震予知や火山噴火の予知ができないのはご承知の通りです。
従って、大規模な地殻変動は明日にも起こり得ますし、10年経っても起きないかも知れないのです。
いずれにせよ、前回我々が判断した予想は外れていたことをお詫びかたがたご報告申し上げます。」
共和連合政府は慌てた。
万が一、残った二大陸でも噴火が始まったならば、惑星住民の逃げ場所がないのである。
30億人もの住民を何処へ避難させるか、またその方法は如何にすべきかという難問を抱え込んだのである。
仮に共和連合星系内で稼働している客船を総動員させても5000隻足らずである。
大型客船は詰め込めば数千人を収容できるが、小型客船ではいくら詰め込んでも500人に満たないものもある。
しかも、隣接する最寄星系のブルシャスまでは3.7光年あるため、一番早い船でも往復で2日乃至3日ほどかかる。
しかも、ブルシャス軌道衛星二つの収容能力から考えて1日に2万人以上の乗下船は難しいと考えなければならない。
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