第67話 宙航クルーザー

 9月にケィティは、男の子を産んでいた。

 スティーブとケィティは、相談して、その子の名を「トーマス」と名付けた。


 12月、初曾孫、初孫、初甥子を見るために、クレッセンド一家がやって来たのはトーマスが生後三か月になった頃である。

 クレッセンド一家は、スティーブとケィティのお屋敷に10日間宿泊して、ハーベイに戻って行った。


 ジュリエットとサイモンの仲は順調なようである。

 ジュリエットは、あと一年で大学卒業であるが、卒業と同時にサイモンとの結婚を考えているらしい。


 サイモンは大学院を修了し、ディビッドの会社に就職することが決まっている。

 ディビッドはサイモンにほれ込み、いずれは会社をサイモンに譲るつもりでいるという。


 庭の一角の作業場では、次第にクルーザーが形を成してきていた。

 全長30ヤール、最大幅14ヤール、高さ5ヤールほどのクルーザーは軌道衛星と地上を結ぶシャトルよりも小型である。


 しかしながら全くの新機軸で作り上げられる小型の宇宙船であるものの、遷移機能は有していない。

 その代わり、慣性質量補正装置と半空間を利用した推進装置を保有するために、光速の制限に左右されず大きな速度を出すことが可能である。


 理論上の最大速度は毎時1万光年を出すことが可能である。

 しかしながら、実際の運用ではそこまでは考えていない。


 個人所有のクルーザーであるから武装は無いもの、隕石等のデブリ対策のため歪曲重層シールドよりもはるかに強力なシールドを持っている。

 スティーブは、この新たなシールド発生装置を「3Mバリアー」と名付けていた。


 また、半空間で必要なセンサーもあり、半空間を航宙中に実空間をモニターできるようになっているのである。

 作業場にはこのクルーザーを生み出すための様々な機器が備えられている。


 全て手作りの機器であり、スティーブの設計図に従って、ミレムショルが組み立てた機器であった。

 それらの機器を使って部品を造り、外殻を造り、推進機関を造りだしたのである。


 翌年の2月にクルーザーは完成した。

 スティーブは、休暇を願い出て、2週間のクルージングに出かけることにした。


 乗員は5人、スティーブ、ケィティ、トーマス、レナそれにミレムショルである。

 船内はさほど広くはないが、4つのツイン寝室があり、LDKもある。


 大型トレーラーに載せられたクルーザーは、民間シャトル発着場に移送された。

 個人や企業が持つ星系内移動用のクルーザーというのは、数はそう多くは無いが、衛星よりも地上で保管している者が多く、そのためにシャトル発着場の近傍に格納庫がっ設置されているので、そこを借りて保管することにした。


 クルーザーの名前は、息子の名をとってトーマス二世号としている。

 クルージングの出発は、2月の10日、エア・リムジンで移動し、クルーザーに荷物を運び入れて、全員が乗り込んだ上で格納庫から自力でシャトル基地の離発着場に出た。


 既に3回、ミレムショルと共にテスト飛行は行っている。

 テスト航宙の際に管制官はシャトルと誤解していたが、敢えて誤解を正さずに、離床し、衛星軌道を三周し、戻って来るだけの周回テストを繰り返していた。


 周回軌道で試せるような機能は、一応全て確認済みであり、問題は生じていない。

 離床許可を申請し、管制官の指示に従い離床する。


 普通のシャトルは滑走路を使うので、一応同じように滑走路を使って離陸するけれど、実のところこのクルーザーは滑走路が不要である。

 それでも一応の管制コースに乗って離床することが周囲の混乱を招かずに済む一番の方法だろう。


 一旦、衛星軌道に乗ってしまうと、地上管制の手を離れ、航宙管制に委ねることになる。

 恒星間のルートは混雑しているが、惑星間ルートはさほどでもない。


 但し、そこから先は余り多くはない惑星間クルーザーが我が物顔でいるから注意も必要なのだが、トーマス二世号はさっさと半空間の秤動びんどうゾーンに入って、姿を隠してしまう。

 いきなりセンサーから消えてしまうので驚くクルーザーもあったかもしれないが、そこは無視する。


 軍用のセンサーならばともかく、民生用のセンサーは結構偽像も拾ってしまうためにセンサー映像にノイズが入ることも不思議ではないから、余程注視をしていない限り、衝突防止装置等の安全装置が働いているために、普通のパイロット等はそのような些細な事柄は見過ごしてしまうものなのだ。

 いずれにしろ、トーマス二世号は、半空間で加速し、一気に隣の惑星の周回軌道から離れてしまったのである。


 11日、訪れた第5惑星は、元々鉱物資源の採掘惑星であったが、有用な鉱物はほぼ取り尽くしてしまい、現在は零細な鉱山がいくつか稼働しているに過ぎない。

 しかしながらそうした昔の栄華は軌道上に残っている。


 実際に稼働している鉱山は2つしかないのだが、衛星が12基もある。

 衛星は、時代時代を反映して様々な形をしているのが実に面白い。


 円筒形が基本なのだが、環状構造のもの、積み木のような直方体の組み合わせでできた衛星もある。

 スティーブ達の一行が船から降りるようなことはしない。


 12日、第6惑星は荒涼とした空気のない世界である。

 小惑星の衝突痕があばたのように無数の凹凸面を見せている。


 この惑星は酸化ケイ素が主体であり、重金属は核部分にしか存在しない。

 従って、鉱山会社はここでの採掘活動は一切行っていない。


 将来、地殻を30ギムヤールほども掘る技術が開発されれば、あるいは開発がなされるかもしれないが、初期投資に巨額の費用が掛かるので、どこの企業も手を付けてはいないのである。

 もっとも、スティーブの開発した元素変換装置では酸化ケイ素もその原材料になるから、いずれ酸化ケイ素を採掘するようになるかもしれない。


 13日、第7惑星はガス状惑星である。

 大きな円環を持っており、ハーベイとは異なる畏怖感を与える。


 18日、第8惑星に行く前に小惑星帯が存在する。

 色々な形の小惑星が浮かんでいる景色は壮観であるが、一方でここまで来ると、カスケードの太陽光もいささか頼りなく、可視光だけでは小惑星が中々捉えにくくなる。


 そこでスペクトル帯域を広げてスクリーンに映し出すと非常に綺麗な絵模様になるのである。

 19日、第8惑星もガス惑星であるのだが、惑星のほとんどが凍りついている世界だ。


 スペクトル帯域を広げると緯度により少しずつ色合いが異なることに気づく。

 20日、第9惑星と第10惑星は小型惑星で完璧に氷の世界である。


 凹凸は多少あるものの隕石によってできた破孔であるとわかる。

 21日、その先のカイパーベルトは氷塊の巣である。


 大小さまざまな氷塊がかなり広い範囲で薄く分布し、ほとんど静止しているものもあれば、うごめいているものもある。

 その中の特に大型のもので、はほぼ静止している他の天体に衝突して運動エネルギーのやり取りをすることがある。


 そうして、その軌道変化が彗星になることもあるし、小隕石となって地上に降り注ぐことも有る。

 300年ほど前からこのカスケード星系のカイパーベルトは監視対象になっており、カスケードに異常接近軌道をとる小隕石は運動エネルギーが小さいうちに軌道を変えるようにしているのである。


 そうした内惑星監視機構をIPSOと称しており、惑星政府機構の一つに組み込まれている。

 カイパーベルトまで来ると内惑星で見るべきものはない。


 第1惑星と第2惑星は大気のない灼熱しゃくねつ地獄であり、第三惑星は厚い雲に覆われて何も見えない。

 22日、トーマス二世号は、そのまま星系外に出て隣の無人恒星系へと足を延ばした。


 一番近い恒星系は、準星と赤色巨星を中心として、惑星がいくつかあるが、いずれも生命を育む環境にはない。

 一つには準星と赤色巨星が非常に不規則な運動をしていることと、赤色巨星の高温ガスが準星に徐々に引きずり込まれているために、かなり激しい放射線を周囲にまき散らしているからである。


 この恒星系の一番外れの惑星でさえ表面温度は500度を超えている。

 時折起きるフレアーが惑星を地獄に変えているのである。


 それでも惑星ごとの差異はいくらかあり、大いなる自然の力を垣間見ることができるのだ。

 トーマス二世号は、半空間に入っているために実世界のエネルギー放射の影響を一切受けない。


 従って、フレアーが時折噴き上がっても何も影響はなかった。

 幼いトーマスは、スクリーンに映る膨大なエネルギーの奔流ほんりゅうを見つめて喜んでいた。


 23日、トーマス二世号はカスケードの周回軌道に戻っていた。

 ここで半日過ごし、夕刻には民間シャトルCUTに降りる予定である。


 軌道上から見るカスケードは、昼の部分は青い球体であり、夜は暗闇の中に都市の光芒が至る所に宝石のようにきらめいている。

 3周回ってトーマス二世号は、地上管制と連絡を取って、着陸態勢に入った。


 2月23日午後4時41分、トーマス二世号は無事に滑走路に降り立った。

 借りている格納庫に入れた時間は、午後5時半を少し回っていた。


 それから5人でCUT内のレストランに入り、夕食を食べてから帰宅したのである。

 これで、必要があればいつでもトーマス二世号を私的な航宙旅行に使えることになる。


 但し、スティーブは、ミレムショルに同じ機体をもう一機建造するように頼んだのである。

 ほぼトーマス二世号と同じ設計であるが、新たな船は別の機器を搭載することになった。


 新型推進機関はそのままに、二つの寝室を潰して、機関区画を広げ、レブラン駆動機関と未知の機器も搭載することになる。

 その一機は、当面、敷地内に置いておくつもりだと告げた。


 ミレムショルは、翌日からまた作業場で長い時間を過ごすようになった。


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 8月29日より、「仇討の娘」という時代小説の投稿を始めました。

 宜しければ、ご一読ください。


  By @Sakura-shougen


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