第66話 バルゴス その五
その上に共和連合艦隊が助太刀にくれば、圧倒的に帝国軍が不利である。
まして共和連合圏との従来の境界付近に敵艦隊が大規模に集まっているとしたなら正しく帝国の危機になる。
通告期限の2時間前になって、皇帝が決断した。
「帝国艦隊は、バルゴス宙域から速やかに撤退せよ。
更にその旨を、大使館及び未知の共和連合艦に通告せよ。」
ハーデス帝国艦隊は、猶予2時間前の通告がなされた直後に姿なき艦に向かって、撤退の通告を行い
その様子をセンサーで確認しつつ、12隻の艦隊は徐々に付近星系の現状を調査し始めた。
バルゴスの領域は甚大な被害を
国王を敬愛する臣民が大多数生き残っていたからである。
侵攻を受けた星系の主星都は大きな被害を蒙ったが、周辺地域は無事だった。
そうして何より王都のバルゴランが無傷であった。
バルゴスの輸送船が、王都及びその周辺の星系から被害を受けた星系へと物資輸送を開始したのはその二日後のことであった。
輸送艦XM03号は、レナ姫とその一行を軌道衛星に送り届けた。
王命を受けた王立宙軍のシャトルがレナ姫と一緒にナターシャ次官及びスティーブを地上へと運んだのは、共和連合歴3月24日のことであり、レナ姫がバルゴランを離れて38日目のことであった。
特使の大任を果たしたレナ姫の一行と。共和連合特使のナターシャ次官それにスティーブ少佐は、バルゴラン市民から熱烈な歓迎を受けた。
地上走行車3台に分乗した一行はシャトル基地から、王宮への道を辿ったが、その沿道は人だかりで埋まっている。
王宮への目抜き通りに入ると、周辺のビル群からは色とりどりの花びらが無数に撒かれ、沿道ばかりでなく、ビルの窓という窓に人だかりがしていた。
ナターシャも国務省に入って20年近くになるが、このような歓迎を受けたのは初めてのことだった。
王宮の謁見の間で、レナ姫が帰還の報告を済ませると、王座から国王と王妃が降りてきて、レナ姫を抱擁して
スティーブはその通訳をなした。
時ならぬ歓迎式典が場所を変えてすぐに始まったが、国王からは最初に心からの感謝の意を述べたが、同時に歓迎の宴が簡素なものになることについてのお詫びの言葉が有った。
蓄えてある食料のほとんどを被災した星系に届けるために王宮の食事は可能な限り切り詰めており、遠来の客人にさほどの歓待ができないという理由だった。
確かにテーブルに乗っている料理はさほど多くは無い。
だが、これこそ為政者としてあるべき姿であるとナターシャは賛美した。
王家の血筋は5人いた。
長男マレカディルは25歳で、嫁があり、娘が生まれていたが、今回の戦役で宙軍士官として戦死した。
長女ベラリスは23歳で嫁していたが、夫は同じく宙軍将校で戦死していた。
次女デロリスは21歳で、許嫁が決っていたが、その許嫁は現時点では消息不明である。
戦火にあった星系の陸軍守備隊であり、今のところ連絡が取れていないのである。
次男アレクザンドレは17歳であり、宙軍士官となることを希望している。
レナは19歳で、許嫁もまだ決まっていない。
宴会には王家の者と第一宰相、第二宰相、それに僅かな政府要人が参加した。
レナ姫は、特使として派遣されていた間の出来事を詳細に説明した。
その話が終わって、国王がレナ姫に言った。
「そなたは数多くの人から恩義を受けた。
特に、スティーブ殿からは多大の恩義を受けたように思う。
そなたが生きてある限り、その恩義に報いねばならぬ。
我らとは種族の違うお方じゃが、そなたは大恩を受けたスティーブ殿の傍らで過ごすが掟。
その覚悟はあるかな?」
「はい、その覚悟はできています。」
「なれば、許嫁を決めて、スティーブ殿に嫁すことになろう。
誰ぞ、そなたの思い人はおろうかのぅ。」
「なれば、我が特使としての任に参加し、最後まで生死を共にしたミレムショルを我が許嫁として迎えたいと存じます。」
「ほう、あの勇士か。
あ奴なれば、そなたに相応しいじゃろう。」
事情が分からずにスティーブが口を挟んだ。
「あの、許嫁は判りますが、私に嫁すというのは?」
「未婚の娘は、命を救ってくれたお方に嫁すのが我らが建国の折からの掟、しかしながらあなた方は我らと異なる種族故、娘の操を捧げるわけには参りませぬ。
それ故、仮の夫を定めて伴侶とする一方で、貴方には我がバルゴスの律法で定める正式の夫になっていただくことになります。
我らは一族の伴侶と呼んでおり、一族と同等の権利を有する者として遇することができます。」
「しかし、私は既に妻帯する者です。
そのような者に嫁すなどと・・・。」
「いや、嫁すとは言いながら形ばかりのもの、とは言いながら、レナとその伴侶は貴方の
「確かに、ヘンデル種族の古いしきたりにそのような掟が有ったようには記憶していますが、あくまでその同族の間だけの掟と聞いております。」
「ヘンデル種族は我らが古い同族ではありますが、同時に大植民時代に星系にこだわって居残った一族にございます。
我らは大勢の植民者を率先して遠くへ植民した者の
その折に、例え異種族であっても恩義を返せるように修正されたのです。」
通訳のスティーブが何を言っているのか判らないナターシャが割って入った。
「一体、何の話をしているの?」
スティーブは説明をした。
するとナターシャが簡単に言った。
「あら、じゃぁ、スティーブは受けなければいけないわ。
レナ姫を嫁に貰えと強要されるのならともかく、レナ姫は婿さんを決めて貴方に仕えるというのでしょう。
だったら、問題は無い。」
「そんな無茶な。
帝国のように奴隷を抱えろと仰るのですか?」
「奴隷じゃないわよ。
当然のことながら、貴方は二人を養ってやらなければならないわ。
メイドと執事の夫婦を雇ったと思えばいいの。
他の少佐なら余り勧められないけれど、スティーブならお金持ちだからそれぐらい余裕があるでしょう。
それにこれを断ったら下手をすると外交問題にもなる。
ちゃんと受けなさい。
これは国務省特使としての命令です。」
えらいことになったと思いながらも渋々了承したスティーブである。
その返事を聞いて、レナ姫の顔が
数日後ナターシャ特使を乗せた輸送艦には、バルゴスの大使に就任した第二宰相ガステロルと数人の随行員、それにレナ姫と許嫁のミレムショルが同乗していた。
輸送艦の客室は全部塞がっていた。
当面、暫定大使館は、ホテルのいくつかの部屋を借り切って事務を始めることになる。
いずれ大使館が確定次第、順次輸送艦で要員を運ぶことになっていた。
通訳は一応居るのだが、暫くの間はスティーブがその面倒を受け持つことになった。
カスケロンに戻ったスティーブは、そんなわけで二人のバルゴス人を自宅の宿舎に同行することになったのである。
驚いたのはケィティであるが、すぐに事情を理解し、レナをメイドとし、ミレムショルを執事としてきちんと給与を決めて遇することにした。
但し、婚約者とは言いながら、レナは21歳になるまでは結婚できないらしい。
従って、部屋を別々にしなければならなかった。
幸いにして寝室は4つあるので当面は困らないが、いずれ子供が生まれることを考えると手狭になることは見えていた。
スティーブは、カスケロン郊外にある邸宅を購入することにした。
大手電子機器メーカーの経営者が所有していたものであるが、会社経営が不振となって手放したものであり、大きな庭園とプールまでついている立派な家である。
価格は1200万クレジットと高いが、実際に建造した当時の価格はその三倍の価格であったという。
建築してから8年ほど経っているが、内装も立派であるし、補修の必要が無いほど手入れがなされていた。
400年ほど前のブローシャ風に造られた三階建ての建物は、非常に大きく、応接間が三つ、居間が三つ、寝室は12室もあった。
その他に書斎、家事室などもあり、夫婦とメイドに執事の四人が住むには十分であった。
二人は働き者である。
レナ姫は、王宮で王女として遇されていたが、据え膳、上げ膳で育ったわけではなかった。
王宮では一般の娘と同じように料理もし、針仕事もしていたのである。
ミレムショルは、王宮お抱えの技師であったが、機関士として乗り組み、若いながらも最後まで老朽艦のエンジンを何とか騙し騙し動かした功労者でもある。
彼が居なければ、おそらくレナ姫はロドックスまでたどり着けなかったはずだ。
手先が器用でメカにも強く、大概の家庭機器で有れば何でも修理してしまう。
王宮での生活にも慣れていたことから、執事としての振る舞いも十分に承知していた。
そこでスティーブは、ミレムショルに設計図を渡して、小型の船を自宅の一角で造らせ始めた。
小型のクルーザーである。
ミレムショルの空いている時間にやればいいと言って、必要な費用と資機材を購入できる店を教えた。
但し、ミレムショルとレナは、言葉を覚えることが先決問題であった。
彼らのバルゴス語は、ほとんど誰も話せない。
スティーブとケィティがそれなりに話せ、たまに訪ねてくるピエールとテレサが少し話せるぐらいである。
幸いにしてミレムショルとレナは覚えが速かった。
三月もすると一通りの会話は支障が無くなっていたのである。
一方でスティーブの仕事は、バルゴス暫定大使館の通訳をすることと、大使館員にモーデス語である共和連合の標準語を教えること、更にはバルゴスに派遣する共和連合大使館員にバルゴス語を教えることがメインの仕事になっていた。
半年でほぼ所定のレベルに達すると、彼らは独自に学習するようになって、スティーブのバルゴス専従の仕事からは解放されたのである。
バルゴスはその間に復興を進めていた。
王家の蓄えを費やした復興は予想よりも早かった。
一つには王家の心意気に共感したバルゴスの臣民が多くの浄財を寄付してくれたし、共和連合の各星系からも莫大な浄財が寄せられていたからである。
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