第65話 バルゴス その四
議長が言った。
「通訳の最後の発言は、本来許されざる発言である。
が、その発言内容を考慮に入れるか入れぬかは、諸兄の判断に任せよう。
1時間の休憩の後、加盟申請の可否について評決をとる。
一時散開とする。」
1時間後、外務委員会は全員一致でバルゴスの加盟承認決議案を採択した。
但し、当該決議案が外務委員会から付託され、本会議にかけられて、そこで採決されなければ結果は出ないのである。
その手続きに貴重な二日が失われた。
バルゴス特使一行は、政府が手配したホテルへ宿泊した。
通訳としてスティーブが同行するのは当然であった。
一方、カスケロンで共和連合各地域のデザイナーが寄り集まって行うコレクションは、今回が初めての事であったが、大成功を収めたようで、今後も4年に一度カスケロンに集って開催することに決まったようだ。
マーシャは、コレクションで知り会ったデザイナー二人を連れてホテルを訪れ、特使一行に衣装を提供したいと申し出たのである。
一行は着の身着のままであり、僅かにレナ姫だけが替え衣装の二着をマーシャに貰っただけであったからである。
一応ヘンデル人の衣装をいくつか購入して貰ったようだが、彼らの趣向は違うらしく、余り気に行っていないという話をスティーブから聞いたからである。
その日の内に三人のデザイナーは8名分の衣装を数着分作ってくれたのである。
ホテル内には多数の報道関係者も入り込んでおり、そのことがささやかな善行として報道された。
レナ姫の感謝の言葉がそのホロ写真と一緒に掲載されたのである。
レナ姫の可憐な姿は、バルゴスへの同情を惹く大きな要因となった。
ネットの中で自由に政治的意見を述べるサイトでも、バルゴス容認の意見が大多数を占め、逆に何故承認が遅れているのか不思議に思うという意見が大勢を占めたのである。
政府筋もこうした大衆の意見には敏感である。
議会各党派もわずかの間に容認の方向へと転換しつつあった。
その間にも宙軍司令部は統合参謀本部と調整を行いつつ、レブラン駆動機関を搭載した12隻を選抜、いつでもバルゴス星系に向けて出発できる体制を整えつつあった。
この時点で70隻余りの補正デズマン駆動機関搭載艦があり、レブラン駆動機関搭載艦は33隻に及んでいる。
従って、仮に12隻のレブラン搭載艦を派遣しても共和連合の防備には何ら不足は生じなかったのである。
その準備中に重要視されたのが、レナ姫が持ち込んだ星系データであった。
かなりの精度で造られている星系図は、機密扱いされるべき軍事データであったのである。
そうしてまた、宙軍は帝国軍の侵攻に耐えているというライキン・シールドにも大いに興味が示されたのである。
レナ姫の話では、およそ直径50光年の範囲に渡って、シールドが展開され、内部に有る星系を帝国の侵攻から守っているらしい。
少なくとも共和連合にはその技術がない。
統合参謀本部は議会での承認が降りたならば、スティーブが発案し、国務省から申し入れのあった国境星域への漸近作戦を直ちに発動する予定であり、既に足の遅い未改装艦300隻余りを境界付近に向けさせている。
問題はバルゴス星系で実際に戦闘が起きるかどうかの問題である。
仮に帝国軍が
その場合、今度はこちらがどこで手を引くかも問題なのである。
統合参謀本部幹部は、帝国を降伏させるまでの事は考えていない。
降伏させてしまったなら、後が面倒と一部有力政治家が考えているからである。
仮に全面戦闘になった場合には、星系10個の占領のみにとどめることが一応の目安にされた。
そうして3月21日、共和連合議会での決議案の審議が始まった。
各政党及び10の異人類種族代表がそれぞれの意見を申し述べたが、いずれもバルゴスへ好意的な発言が目立った。
その日の内に投票にかけられ、423議席のうち賛成391、棄権32の圧倒的多数で決議案が承認されたのである。
その1時間後、漸近作戦が発動された。
スティーブとナターシャ次官それにレナ姫とその一行は、輸送艦XM03号に乗り組んでいた。
他の12隻の派遣艦隊である巡洋航宙艦4隻、駆逐艦8隻は出撃の準備が終了していた。
全艦が、ほぼ静止状態にある。
輸送艦が先発し、そのバルゴス到着を待って、12隻が発動する予定になっている。
既に座標データは各艦に周知済みである。
輸送艦を先行させるのには理由があった。
ライキン・シールドの効果が高次空間に及んでいるかどうかが不明で有ったからである。
帝国軍の侵攻を阻んでいるからには亜空間遷移は不可能と推測されていた。
中へ入るには、シールド中和装置を搭載した船で有る必要があるのだった。
レナ姫が危険を承知でトランクを持ってきたのは、その中に中和装置が収められていたからである。
しかしながら、スティーブがその装置を確認し、ほぼ亜空間のみに作用するシールドと断定したので一気に中枢星系であるバルゴラン周辺に遷移することになったのだ。
リスクを最小限にするために輸送艦のみを先行させることになったのだが、輸送艦乗員もナターシャもそうしてレナ姫さえも他の艦艇での移動を拒否し、スティーブと共に行くと突っぱねたのである。
止むを得ず、スティーブはそれを了承した。
輸送艦が遷移で一瞬にして消えた。
数秒後、輸送艦XM03号から高次空間通信で12隻の派遣艦隊に報告が入った。
「XM03号、遷移異常なし、星都バルゴランを目視で確認している。
予定通り、各艦は遷移せよ。」
その数秒後12隻の艦隊は一斉に遷移した。
遷移直後に、艦隊旗艦であるCT1101のホールデン中佐から指示がなされた。
「各艦予定の位置につけ。」
一斉に12隻は四散した。
おおよそ直系50光年の境界付近に均等に配備されたのである
輸送艦XM03号には大事な仕事が待っていた。
帝国軍への通告である。
歪曲重層シールドを展開して、帝国艦隊の最も
スティーブが亜空間通信装置を手にしてハーデス語で通知した。
「共和連合政府を代表してハーデス帝国軍に告げる。
繰り返す、共和連合政府を代表してハーデス帝国軍に告げる。
共和連合政府は、バルゴスを共和連合の加盟者として承認した。
従って、バルゴス領域は共和連合領域である。
あなた方は、不当に我が領域に侵攻している。
速やかにバルゴス領域から全艦艇を撤退させなさい。
さもなくば、共和連合に対する宣戦布告と受け取り、我が方も相応の対応をする。
再度繰り返すが、速やかにバルゴス領域から撤退せよ。
この通告の猶予は、ハーデス帝国標準時間で12時間とする。
12時間を経過してなおバルゴス領域に留まる兆候がある場合は、共和連合政府の名において戦闘を開始する。」
輸送艦XM03号は一瞬にして元のバルゴランが見える位置に戻った。
1時間後、輸送艦は再度出撃して、通告を繰り返した。
中には、亜空間通信の発信源に向けて発砲するものも居る。
輸送艦の重層シールドはそれらの発砲をものともしなかった。
バルゴス攻略指揮官であるバーレツァ中将は困惑した。
何者かわからないが共和連合の名で通告してきた者が確かにいるのである。
しかもハーデス艦にはその位置が見えない。
亜空間通信は大まかな位置は探れるものの正確な位置の把握は難しい。
まして相手かこちらが移動中であれば非常に不明確になるのである。
それでも通信強度から位置を推測したところ、不敵にも敵はハーデス帝国軍の旗艦が位置する艦隊のど真ん中に居た筈なのである。
そこまで接近されて、気づかないのはどういうことかと頭を悩ませる一方で、共和連合との休戦協定が頭に残った。
共和連合領域への不当な侵攻がなされた場合、休戦協定は破棄されるという一文があるのである。
休戦協定から既に4カ月、共和連合の動静を確認した上でアファーとガイスラー方面を増強したのだ。
共和連合圏との境界付近はかなり手薄になっている。
万が一にでもそこを突破されたなら、皇都までほとんど部隊が配置されていないも同然なのである。
今回のアファー方面とガイスラー方面の掃討作戦に従事中の艦艇は総数で1600隻を超えるのである。
駆逐艦以上の艦艇のほぼ7割が作戦に従事しているのである。
ここから皇都までは優に500光年はある。
全速で向かっても40日はかかる距離である。
バーレツァ中将は、直ちに皇都マクレィグラドにむけてバースト通信を放ったのである。
皇都マクレィグラドには、二つの情報がほぼ同時に入った。
一つはバーレツァ中将からの情報であり、今一つは共和連合の動静を掌握する情報局長官からの通信である。
バーレツァ中将からは、共和連合の見えない艦から警告を受けたこと、情報局長官からは、共和連合境界付近に相当多数の艦艇が集結しはじめており、既にその数は400隻余りになっているという。
駆逐艦以上の艦艇であれば実に共和連合が保有する25%余りが集結していることになり、由々しき事態であった。
直ちにクーメラリィスの大使館に情報収集に当たらせる一方で、できたばかりのファウラム星系の共和連合大使館に連絡を取らせた。
共和連合大使館の返事は非常にそっけないものであった。
「新たに加わった共和連合圏内に侵攻をしているのは帝国軍であると聞いております。
本国からは、状況により正式に宣戦布告を成すので準備をするようにとの訓令が来ております。
当大使館では未だ確認できていないのですが、貴国艦隊が何処かで我が領域に侵犯をされていますのかな?」
そう言って、逆に問い合わされてしまったのである。
そうしている間にも刻々と指定された刻限が近づいていた。
バーレツァ中将からは1時間ごとに、猶予時間の通告がなされた旨の通信が入っている。
現状ではバルゴスの7割の宙域を抑えたものの、主星系であるバルゴラン周辺は未知のシールドで覆われて一切の攻撃が無効になっていた。
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