第64話 バルゴス その三
それを確認したかのように、ハッチが閉じられた。
前部方向のエアーロックから宇宙服を付けた者が出てきて、待機している。
搭載艇のエアーロックを空けて、すぐにスティーブが出た。
会合し、ヘルメットを付けて話が出来た。
亜人類のヘンデル人によく似た容貌を持つ若い女性である。
「前に言った。
使える宇宙服これ一つ。
どうすればいい?」
「この艇に宇宙服がある。
それを運び入れて、乗員を移す。」
ヘンデル人の若い女性は頷いた。
二人で貨物艙のエアーロックに移動し、貨物艙から一つずつバルゴス船に運んだ。
その間にも亜空間通信を使って、輸送艦に現状を説明する。
若い女性は、的確に宇宙服を選んで7つの宇宙服がバルゴス船内に運び込まれた。
宇宙服の造りは違っていても、何とか彼らに使い方は判ったようである。
30分ほどで7人の乗員が貨物艙に入ったが、最初に出て来た若い女性が中々に戻って来ない。
やがて、比較的大きなトランクを抱えて女性が姿を見せた。
エアーロック近くの機器を操作するとハッチが開き始めた。
若い女性は、浮遊しながらエアーロックに向かって来た。
スティーブが手を伸ばし、彼女を受け止めた。
エアーロックを操作し、内部に入ってようやくヘルメットを外すことができた。
目の前にはヘルメットを取り外した若い小柄な女性の顔があった。
モーデス人の目から見ても美人である。
「私、レナ。
バルゴス王の三番目の娘。
貴方は?」
「僕はスティーブ、共和連合宙軍の少佐です。
政府から命を受けてあなた方の話を聞きに参りました。
私は通訳と考えてください。」
「では政府の使いは別にいらっしゃる?」
「ええ、この船の母艦で待っています。」
「貴方の言葉、徐々に私の言葉に近づいている。
何故?」
「話を続けているうちに言語の変化状況が有る程度掴めるからです。
貴方の言葉は古ヘンデル語が語源、現在のヘンデル語とは違いますが、おおよその変化の傾向がわかれば、ある程度の予測がつきます。」
「私達を助けて頂いてありがとう。
でも、私は政府の使いの人に更なるお願いをしなければなりません。」
「バルゴスの苦境を救って欲しいと言うことでしょうか?」
「はい、その通りです。
帝国軍がこれまでよりも数段多い艦隊をバルゴス圏内に送り込んできています。
私たちはライキン・シールドで何とかバルゴスの3割に当たる宙域を守っていますが、それ以外の宙域は蹂躙(じゅうりん)されてしまいました。
多くの尊い命が奪われました。
ライキン・シールドは膨大なエネルギーを必要としますので、私が星都バルゴランを出る時には残り50日が限界と言われました。
エネルギーが尽きれば、バルゴスは
これまでの経緯からして、帝国は国民を奴隷階層に落とすに違いありません。
私の命で替えることができるならば、国民をそうした苦境に陥ることから救いたいのです。」
「それは貴方個人のお考えですか、それとも国の代表としてのお考えですか?」
「私は、父の命を受けてここにやって参りました。
私は、父である国王の誓詞を拝領したバルゴス王国の正式な特使です。
王国宙軍はそのほとんどが出撃し、残っていたのは廃艦間近のこの輸送艦しかなかったので、ここまでたどり着ける可能性はとても少なかったのですが、何とか船の乗組員はやり遂げてくれました。
ただし、ここへ到着するまでに30日を費やしました。
残りは20日ほどしか残っていません。
あなた方にバルゴスを助ける方法が有りましょうか?」
「最終的には政府の特使と話をしていただかねばなりませんが、バルゴスを救う方法はあります。
バルゴスが共和連合に加盟することが許されれば、バルゴスを守るために宙軍が出動できるでしょう。
さもなければ、宙軍は出動できません。」
「どのようにすれば共和連合に加盟できますか?」
「バルゴスの国家元首若しくはその代表者が加盟を申請し、それが共和連合政府の議会で受け入れられれば、加盟が承認されます。」
「では、今すぐでは無理なのですね?
後残り20日、今から宙軍が艦隊を派遣しても間に合いそうにもないというのに、議会の承認を待っていたら間に合うものでも間に合わなくなる。」
レナの整った顔が歪み、涙を流した。
「大丈夫ですよ。
残る20日の間に、加盟が認められれば、宙軍は帝国軍を押しとどめる艦隊を即座に派遣できます。
300光年の距離は障害にはなりません。」
「本当に?」
「ええ、そのためには貴方に議会で証言をお願いすることになるかもしれませんし、加盟を申請しても必ず申請が認められるというものではないことも承知しておいてください。
バルゴスを助けるための派遣が、共和連合にとっても大きなリスクになるからです。」
「私の使命は、共和連合の軍事的支援をうけることです。
必要とあれば、何処にでも参りますし、我が身命をも捧げます。」
二人が話している間にも搭載艇は母艦に近づき、収容された。
二人は急いで宇宙服を脱いで、搭載艇から艦内に脚を踏み入れた。
部屋ではナターシャ次官が待っていた。
ナターシャは、レナの美貌に一瞬たじろいだようだ。
スティーブから概要説明を訊いた後、レナに向かって言った。
スティーブがその通訳をする。
「スティーブ少佐からあらましを聞きましたが、特使として、再度、確認をしなければなりません。
バルゴス王国は、共和連合政府に加盟の意思がございますか?」
「我が父であるバルゴス王バレシアスは、共和連合政府の軍事支援を受けるためならば如何なる要求をも受け入れると申しておりました。
バルゴス王は、共和連合政府が臨むならば退位は勿論のこと自死も厭わない覚悟です。」
「共和連合政府はそのようなことを望みませんが、何故、そのようなことを言われたのでしょう。」
「王国の国民を守るためです。
国民を守るためならば王は自らの命を投げ打ってもなすべきことを致します。
それがバルゴス王国の長き伝統なのです。」
「なるほど、貴方はその国王の意を受けた特使なのですね。
何かそれを証明するものはございますか?」
レナは、持参したトランクの中から一枚の厚手の紙を取り出した。
「これは、国王が特使を任命する際に使う誓詞です。
国王の印璽と署名があって初めて有効となります。
ここに私の名が記載されております。」
「スティーブ、読めるかしら?」
「ええ、何とか読めます。
翻訳すると、我ここにバルゴス王国の特使として以下のものを任命し、共和連合勢力圏に派遣する。
特使が任務を果たせし時のみ、王国への帰参を許すものなり。
レナの名前、レナ・ウィドル・クルモンテ・カバリアスが記載され、その下に国王の署名と印璽がありますね。」
「あら、まぁ、特使が任務に失敗した時は帰国も許されないの?」
「普通はそうではありませんが、国の存亡が掛かった時の任命にはこの言葉が付記されます。」
「そうした例があるのかしら?」
「過去に一度だけ、帝国との交渉において、星系を5つ失ったことがあります。
特使は、大任を果たせなかったとして国民に詫び状を書き、交渉終了後に自決しております。」
「じゃぁ、貴方もその覚悟で出て来た。」
レナはゆっくりと頷いた。
「わかりました。
では、すぐにもレナ姫にはバルゴス王国の特使として、共和連合政府への加盟申請をしてもらいましょう。
スティーブ、加盟申請書の内容を説明して、バルゴス王国特使の肩書で、レナ姫の署名を貰ってください。」
ナターシャ次官は、スティーブにもお馴染みの申請書二部を鞄から取り出した。
スティーブがレナ姫にその内容を説明している間に、ナターシャは国務長官に高次空間通信装置を利用したホロ通信を行った。
国務長官からは、政府部内と議会への工作を始めているが、必ずしも順調ではない旨の知らせが入っていた。
その一方で、美形の姫が特使であることを知らされ、あるいはそれが転機に繋がるかもしれないと言った。
その間にレナ姫の乗って来た艦は爆発した。
機関室の発電機が終に故障し、その結果、爆発につながったようである。
輸送艦は、国務省の指示により、バルゴス人特使一行を乗せたまま、モーデスに戻った。
その1日後、緊急の外務委員会が開催されることになった。
スティーブは、たまたまモーデスでの大きなコレクションに参加するために来ていたマーシャに無理に頼みこみ、レナ姫の衣装を作ってもらった。
レナ姫から訊いた宮廷衣装をマーシャに伝え、マーシャがそれを独自にデザインしたものである。
レナ姫の感想は、宮廷の衣装に似てはいるけれど、こちらの方が斬新だと言って気に入ったようである。
その衣装を着て、レナ姫は翌日の外務委員会の証人席に立ったのである。
外務委員会のメンバーは、結構な年齢の男性が多いが、先ずその目が奪われた。
レナの姿は正しくお伽の国の御姫様の出で立ちであった。
証言台の傍には宙軍礼装でスティーブが立っていた。
二人が揃っていると何故かお伽の国の王子様と御姫様をイメージさせるのだった。
外務委員会のメンバーからの質問に対し、レナが流れるようなバルゴス語で話しかけ、スティーブが訳して行く。
バルゴスの苦境を訴え、レナが加盟申請の許可を願って証言は終わったが、その訳をスティーブが言った後、スティーブが発言した。
「これから話すことは、彼女がこの場で発言したことではありません。
しかしながら、どうしても議員各位にお伝えしたいと存じます。
彼女は王の娘として特使に選ばれ、この大任を果たすために命を懸けております。
帝国の包囲網の一角をかく乱するために最後に残ったろくな兵装も無い近衛艦隊三隻は壮絶な最後を遂げたと聞いております。
彼女の乗艦はその合間を縫って、一切の動力を断ったまま包囲網を抜け、300光年を旅してようやく共和連合勢力圏に辿り着いたのです。
彼らが乗った艦は、特使を運び終えた後、その機能を完全に失いました。
今ここで共和連合政府への加盟申請を成した後、彼女ができることはありません。
しかし、その大任を果たせなかった場合、彼女は帰国できず、死を持って国民にお詫びする覚悟でおります。
先ほどレナ姫が申されたように国王は、国民を救っていただけるならば、自らは如何なる代償を払ってもよいという考えを示され、その願いをレナ姫に託されました。
隣人が困っている場合、我々にできることがあるならば、それをなすことが隣人としての義務と思います。
レナ姫に一番近い共和連合の住人としての意見を勝手ながら申し上げた無礼をどうかお許しください。」
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