第63話 バルゴス その二

「では、共和連合の一角で同じことが起きても、そのように対応されますか。」


「いや、共和連合圏内の事は別だ。」


「失礼ながら、共和連合圏内であろうと他の圏内であろうと住民に変わりはないと存じます。

 無辜むこの民が傷つき倒れ、蹂躙じゅうりんされるのを見て見ぬ振りをなされれば、いずれ我が身にその災いが返ってきます。

 共和連合の生い立ちは、帝国の圧政に負けないために大同団結して作った星系間同盟のはずです。

 そこへ同盟を求めて来る者を拒めば、共和連合の存在価値は失われ、いずれ内部から崩壊することになるでしょう。

 現在の共和連合宙軍は、新型装備により帝国軍を押し返すだけの力を持っています。

 それを出し惜しみしていたならば、味方であるべき同盟星系が離反しかねません。

 確かに無意味な侵攻は避けるべきです。

 しかし、そこに救いを求める者がいて、守る価値があるならば宙軍を動かすべきです。」


 思いもかけない若者の反撃に呆然あぜんとしていた国務長官であったが、やがてボソっと言った。


「ヘンダーソン・・・か。」


ナターシャ次官が言った。


「え?

 ヘンダーソンって、あの初代議長の?」

 

 ジェームス長官が頷いた。


「モーデスが共和連合政府を結成するかどうかでめていた最中、当時一介の議員にしか過ぎなかった彼が議会で演説した一節だ。

 無意味な戦は避けるべきだが、そこに救いを求める者がいて、守る価値があるならば我々は奮起し、大同団結して帝国の横暴に抵抗すべきであるとね。

 それが共和連合の始まりだよ。

 それを、我が息子ぐらいの少佐から教えられようとは思わなかった。

 ・・・・。

 しょうがない。

 憎まれ役をかってでよう。

 結果は判らんから約束はしない。

 だが精一杯の努力はしてみよう。

 それが偉大な先人たちの後を継ぐ者の責任だ。

 当初はロナルド補佐官を派遣しようと思っていたのだが、ナターシャ、君が行ってくれるか。

 この微妙な時期に全権大使として行くなら私か君しかいない。

 儂は政府と議会を動かすのに残る。」


「勿論です。

 スティーブを呼んだ時から、私が行くつもりでした。」


 ジェームス長官は頷き、スティーブに言った。


「仮にバルゴスに援軍を送らねばならないとしたなら、何隻の艦隊が必要なのか教えてくれんか。

 取り敢えずの算段だけでもしておきたい。」


「バルゴスに派遣するのはレブラン駆動機関を搭載した艦が12隻あれば十分です。

 但し、派遣が決定されたならば、新型装備の稼働艦は少なくとも半数を帝国との境界宙域に進出させてください。

 帝国軍に圧力をかける意味合いです。

 但し、戦闘は決して起こしてはなりません。

 そこに共和連合宙軍が存在するだけで、今の帝国軍は退きます。

 私もバルゴスの派遣艦隊が戦闘をしなくて済むように駆け引きだけで済ませるよう努力します。」


「わかった。

 宙軍本部長と相談して、できるだけの準備は整えておこう。」

 

 スティーブは大きく頷いて、宙軍の敬礼をし、回れ右をした。

 二時間後スティーブは宙軍基地のシャトルステーションに居た。


 随行員は、早めに現れたがナターシャがまだ着いていなかった。

 それから30分経って、ようやく、ナターシャが現れた。


 大きなトランクを二つも引きずっていた。


「次官、遅いです。」

 

 スティーブが文句を言ったが、ナターシャは何の気負いも無く言った。


「あら、女が外出する時は時間がかかるものなのよ。

 貴方も奥様がいるのだから十分承知でしょう。」

 

 スティーブは苦笑しながら、ナターシャのトランクを受け取り、速足でシャトルへと向かった。

 シャトル便で宙軍の軌道衛星に向かい、直ちに輸送艦XM03号に乗り込んだ。

 

 XM03号の輸送艦艦長が、ナターシャ他一行を出迎えた。

 輸送艦の艦長は大尉であり、スティーブより年上であったが、宙軍では年次よりも階級が優先する。

 

 ハッチが閉鎖されるのを待たずにスティーブが言った。


「艦長、本艦が格納庫を出たら直ちに上方へ12度、左方向へ7度針路を変更、300Gで推進し、3秒後に遷移してくれ。

 遷移地点は先ほど通信士にデータを送っておいた。

 このことは、統合参謀本部及び宙軍司令部に了解を取り付けている。

 モーデス管制部にも通報済みだ。」


「はっ、了解しました。

 ですが300Gというのは、・・・。

 急ぐのでしたら更なる加速も可能ですが。」


「十分、承知している。

 だが、向こうに着いたら、目的の船を捜さねばならない。

 速力を上げていては回頭するのに時間がかかる。

 それよりは、下手に速度を上げないうちに向こうに着いた方が都合がいい。」


「了解です。

 ハッチを閉鎖したなら直ちに出発します。」


「お願いする。

 ところで私も艦橋にいて差し支えないだろうか。」


「構いません。

 むしろ、次の指示を出していただかねばなりませんので。是非艦橋に居てください。」

 

 XM03号は格納庫を出ながら艦首方位の修正を行った。

 上方へ12度、左方向へ7度艦首を向けて、直ちに300Gの加速度が与えられる。


 最初はゆっくり移動しているようにしか見えないが、僅か1秒で輸送艦の長さの半分ほども動き、次いで次の1秒間にその4倍を進み、3秒後までにおよそ千ヤールを進んで、ふっと消えた。

 管制官はそれを見てようやく安心をした。


 これまでの遷移は空間擾乱が付き物であったから、まさか目の前で遷移が実行されるなんて信じられなかったのである。

 統合参謀本部と宙軍本部が太鼓判を押しているとはいえ、怖いものは怖い。


 それが実際に行われ、何の被害も生じなかったのだから安堵する理由はある。

 従って、今後はレブラン駆動機関を備えた軍艦は、場合により、格納庫を出た瞬間に遷移することはあり得るということである。


 ナターシャが割り当てられた船室に荷物を運び入れ、その荷をワードローブに入れている最中にXM03号は予定された宙域に到達していた。

 ロドックス星系は5つの恒星系からなっており、カスケード側にロドックスがあり、ザウアー、ベルデ、ファロゥ、ウィマンの周辺恒星系を抱えている。


 そのうちザウアーがバルゴスに一番近い恒星系になる。

 その恒星系中心から1億2000万ギムヤールに第4惑星ザルテスがあり、植民から既に400年余を経た文明惑星がある。


 ロドックスまでは3.2光年の距離にあるが、左程遠くはない。

 そのザルテスから概ね4光時の距離にXM03号は出現した。


 カイパーベルトから離れた内部であり、デブリが有る場所ではないが、念のため歪曲重層シールドは展開している。

 センサーでは、1.5光秒の距離にMIDUが表示された駆逐艦BT979が存在し、その直近にIDUの表示されない小型船が居るのが確認された。


 直ちに駆逐艦BT979に連絡を取ると同時に、XM03の艦首方位を変更し、1.5光秒の短距離遷移を実施させた。

 スティーブは、艦長に尋ねた。


「搭載艇を使いたいのだが、準備にどの程度かかるだろうか。」


「搭載艇出発にかかる時間は10分か15分ですが、向こうの艦に移乗なさるつもりならば宇宙服を付けねばなりません。

 少佐は10分もあれば大丈夫でしょうが、他の方はいずれも素人、先ず1時間はみて頂かねばならないでしょう。」


「いや、他の者は必要ない。

 取り敢えず、私だけが乗り込む。

 その上であの船の乗員と話をしてから、後の算段をする。

 搭載艇には何人乗れる?」


「座席は6つ、貨物艙に宇宙服を付けた者なら15名がやっとでしょうが、そうでなければ最大詰め込んで24名までは何とか行けます。

 最大30名というところです。

 無論その中にはパイロットも含みます。」


「わかった。

 宇宙服の予備は?」


「L、M、Sの三種が何れも5組、XO、LL、SS、XSは2組ずつしかありません。」


「では、L、M、Sの宇宙服を全部登載艇の貨物艙に入れてくれ、場合により全員を輸送艦と駆逐艦に移乗させる。

 私のサイズはLLでいい。」


「宇宙服の通信装置で届く範囲は、確か0.1光秒までは大丈夫だな?」


「はい、亜空間通信利用ですので壁があっても大丈夫ですが、距離が離れるとかなり聞き取りにくい状況になります。

 ですが、そんなに離れる必要はないと思いますが・・・。」


「その通りだが、あの船にはこちらには無い装置を積み込んでいる可能性もあるからね。

 場合によっては亜空間通信が遮られる可能性もあるかもしれない。」


 その15分後には搭載艇はXM03号を離れて、小型船にゆっくりと近づいていた。

 乗船しているのはスティーブの他は、パイロットと甲板員が一人だけである。


 出発する前にも、駆逐艦BT979から通信方法を確認していた。

 前時代的な電磁波無線を使っているようだ。


 一応緊急用として宙軍の艦載備品にはなっているが、余り使われたことのない代物である。

 パイロットに頼んで当該周波数を傍聴できるようにしてもらった。


 スピーカーから流れてきたのは女性の声である。


「たから、ムィラス、長い、続かない。

 使いの人、早く、来て。」


「政府の使いの人が貴方の船に向かっている。

 もう少し、待て。」

 

 スティーブがヘンデル語で割り込んだ。


「バルゴス船に告げる。

 こちらの言葉がわかるか。」


「あぁ、なんてこと、古語に似た言葉、できる人、いる。

 私、少し、わかる。

 モーデス語より、わかる。」


「取り敢えず、船の様子を聞こう。

 機関の調子が悪いのか?」


「第1の機関壊れた。

 第2の機関良くない。

 発電機、長く持たない。

 バルゴス時間で3時間、壊れる。

 船の操縦できなくなる。」


「わかった。

 乗組員は何人だ。」


「私入れて8。」


「8人だな。

 宇宙服はあるか?」


「宇宙服、使えるひとつ。

 残り、使えない。」


「我々の小さな船見えるか。」

 

 少し待たされ、やがて答えが返ってきた。


「あなたの船、見える。」


「この船を収容できる場所はあるか?」


「ちょと、待て。」

 

 バルゴス側でいくつかの言葉が交わされたあと返事が来た。

 

「船体の下、後ろ、格納庫ある。

 何もない。

 多分、あなた船、入る。」


 その内に船体後部のハッチが外側に開きだした。

 内部は空洞である。


 パイロットに訊くと何とか入れると請け負った。

 搭載艇は格納庫にじわりじわりと入り込み、やがて静止した。


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