第62話 バルゴス その一

 次に標的になったのは、ネット詐欺の組織であった。

 ネット詐欺の対策は実に単純であった。


 ネット詐欺の本拠地をルイザが調べると、ピエールがどのような方法かは定かではないが本体そのものにラベルを張り付けてしまうのである。

 ネットで表示された広告や勧誘記事には必ず「詐欺」と大きな文字が付される。


 そのためにネット詐欺の組織はすぐにも撤退をせざるを得なかった。

 何しろ、詐欺の文字のすぐ下には隠されているはずのアドレスがでかでかと表示されてしまうのである。


 数十件のネット詐欺主犯が逮捕されて間もなくネット詐欺は激減した。

 ネット詐欺の表示がなされて僅かに5分ほどで「詐欺」とアドレス表示が出るのであり、対策の施しようがないのである。


 ルイザが見つけ、データをピエールの端末に送るとほとんど自動的にそれらの措置がなされるようにしているらしい。

 だがその手法はルイザにとって全くの謎である。


 ピエールに訊くと、スティーブも同じことができるはずだけれど、奴(スティーブ)が俺(ピエール)に押し付けたんだとある意味嬉しそうに言うのである。

 そうしてルイザがいくら調べても、ピエールの端末からそうしたデータ改ざんが行われた節が無いのである。


 ルイザはピエールの事を時折『ネットの魔法使い』と呼ぶようになった。


◇◇◇◇


 渉外官事務室のスティーブの仕事もようやくヤマを越えていた。

 3月中旬、未加盟星系の殆どが共和連合政府へ加盟を決定したのである。


 休戦協定を締結した帝国にも表面上の動きは無かった。

 しかしながら情報部から回覧される佐官以上への回章では、帝国軍はアファー方面及びガイスラー方面への攻勢を強めているらしい。


 共和連合政府が帝国圏内に侵攻してこないことを見越して、約3割程度の艦艇を差し向けているようである。

 ために、共和連合圏との境界付近の星系は全体で1割程度配備が少なくなっているという。


 そんな折、スティーブにナターシャ次官からホロ電話があった。


「ご機嫌如何?

 スティーブ少佐。」


「はい、元気でやっております。

 次官もお変わりなくお元気なようですね。」


「ええ、こちらも色々あるけれど何とかね。

 早速だけれど、スティーブ少佐にモーデスまで出向いて欲しいの。

 用件はこちらについてからお話しします。」


「はぁ、しかし、私も宮仕えでして、・・・。

 上司から指示を頂かねば勝手には動けません。」


「ええ、それは承知していてよ。

 まもなく国務省から正式な派遣要請が届きます。

 でも、それだけでは味気ないでしょう。

 だから一応貴方に知らせておきます。

 参謀本部にはできるだけ急いで派遣するようにお願いしてあります。

 多分、今回はXMの新型が使えるはずよ。

 今のところ偽装はいらないから。

 それじゃ、モーデスで待っていますよ。

 さようなら。」


 それから1時間後、スティーブはグレイ渉外官に呼ばれた。


「スティーブ少佐、国務省から至急の呼び出しだ。

 理由は判らないが、可及的速やかに国務省へ出頭せよということだ。

 2時間以内にXM03でモーデスに向かってくれ。

 こいつはレブラン駆動機関を搭載している。

 今は第3軌道衛星の5番格納庫で待機中だ。

 君が乗艦したらすぐに出航する。

 着替えを取りに帰るぐらいの時間的余裕はあるだろうが、できるだけ早く出発してくれ。

 このことは統合参謀本部長まで既に了解済みだ。」


「了解しました。

 ではすぐに準備に掛かります。」


 1時間半後、スティーブはXM03号に乗艦、すぐに快速輸送艦は出航した。

 管制が優先的に航路を空け、5分後カスケロンから3光秒の位置で一気にモーデス宙域に遷移した。


 モーデスでも優先的配慮がなされており、カスケロンを出発して僅かに15分後にはモーデスの第2軌道衛星4番格納庫に到着していたのである。

 そこからシャトルに乗り換えてモーデス宙軍基地に降り立ち、待っていた緊急車両に乗せられて国務省に到着したのは更に45分後のことである。


 正式通知を受けてから3時間とは経っていない。

 モーデスの首都モデレンは、午前中に時期外れの降雪に見舞われたが、午後になって降雪は止み、西の空には夕焼けの空が広がっていた。


 3月も半ば、間もなくモデレン名物のシャルモネの花が咲く時期であるが、時ならぬ雪のためにかなり寒い気温となり、開花は遅くなるかもしれない。

 スティーブは1週間分の着替えの入った比較的大きめのトランクとアタッシュケースを抱えて、国務省の30段の階段を駆け足で登った。


 冬物の宙軍制服の上に、軍支給のコートを着ているからさほど寒くはないが、吐く息が白いことに気づいていた。

 玄関の守衛が敬礼をしたが、同時にIDかードの提示を求められた。


 首都の官庁の警備は陸軍の専従である。

 IDカードを確認するとすぐに案内の者に引き継がれた。


 陸軍中尉の襟章を付けた小柄な女性がベス・ランバートと名乗り、先導してくれた。

 エレベーターで11階に上がり、次官室ではなく国務長官室へと案内された。


 長官室では長官秘書が出迎え、コートと帽子、それに手荷物を預かるとすぐに長官室に隣接する会議室にそのまま案内された。

 そこには国務長官であるジェームス・スタイラーとナターシャ・ベイロフ次官更に国務省の局長と思しき人物数人が待っていた。


 ナターシャが微笑んだ。


「意外と速かったわね。

 もう少し遅くなるかと思っていたわ。

 いずれにしろ、少佐、そこに座って頂戴。

 ベルンスト方面局長から最新の報告があるところだから、黙って聞いていて。」


「それでは話を進めさせていただきます。

 ロドックス星系からの二回目のバースト通信によれば、星系に侵入してきた武装艦はバルゴス政府の特使を運んでいるようです。

 かなりの老朽艦で、デズマン駆動機関もこれ以上の使用に堪えないほど損傷しているとのことです。

 残念ながら現地にはバルゴス人と会話ができるものは皆無でありますが、当該老朽艦にかろうじて片言のモーデス語を話せる者がいるようで、その者から事情を聞いている処です。

 但し、やはり片言では表現が限られるために意思の疎通が難しいと報告してきております。

 目下ロドックス星系内にいると目されるバルゴスとの交易業者を捜しているようですが、現在までのところ発見されておりません。

 念のため、ロドックス星系では宙軍艦艇によるパトロールの強化を図っておりますが、現在までのところでは異常を認めておりません。

 ロドックス星系の艦艇で現在までのところ改装を受けた船は存在せず、隣接するフェアベック星系の第一次改装艦が念のため即時待機についています。」


 ジェームス長官が渋い顔をして言った。


「ふむ、どうやら意思疎通が問題の様だが、ここにもバルゴス語の通訳はいないのだな?」


「はい、生憎と国交がございませんし、一番近いロドックスからでもバルゴス圏内まで300光年と離れております。

 バルゴス語の文献は多少ございますが、それでは何とも・・・。」


「しかし、仮にバルゴス政府の特使が本当に乗っているとなれば、何としてもその者と話し合わねばなるまいし、相応の待遇を与えなければならないが・・・。

 様子がわからないでは手の打ちようがない。」


ナターシャ次官が口を挟んだ。


「長官。それでスティーブ少佐に来てもらいました。

 スティーブ少佐は、言語の達人です。

 スティーブ少佐ならば、あるいはバルゴス語を習得できるやもしれません。

 バルゴス人は、500年以上も前にヘンデル人のパイオニアが植民した地と聞いております。

 現在のヘンデル語とはかなり変容している可能性もありますが、あるいはそこから切っ掛けが掴めるやもしれないのです。

 少佐は、先頃同じくヘンデルから100年ほど前に分岐したサーディル星系に赴き、加盟の約束を取り付けて参りました。

 国務省のヘンデル語通訳では全く歯が立たなかったものを、僅かに3日で大長老との会見を成し遂げています。

 そのために彼に来てもらいました。

 彼ならば、バルゴス人との意思疎通も可能かと存じます。」


「ふむ、今のところは海の者とも山の者とも判断がつかない状況なのだが、・・・。

 少佐、ロドックス星系に行ってもらえるかね。」


「はい、統合参謀本部からは国務長官の指示に従えと命令を頂いております。

 私でお役にたつことならば何なりと。」


「うん、では、ロドックス星系に赴いてくれ。

 確か例の足の速い輸送艦できていると聞いているが、ロドックスまでどれほどかかるのかな?」


「管制で優先航路が与えられる場合なら、モーデス星系の安全距離まで離れるのにおよそ5分、ロドックス星系の安全距離から軌道衛星まで同じく5分、最短で10分ですが、生憎とここから輸送艦に辿り着くまでに1時間ほど掛かりますので、出港の準備ができていれば1時間半ほどあればロドックスの軌道衛星に到達できます。

 バルゴス艦は、何処に居るのでしょうか。」


「第一報では、ロドックス星系の外縁付近に宙軍の駆逐艦と共にかなり遅い速力で内惑星方向に向かっているそうだ。

 仮に軌道衛星に到達するとしても2日ぐらいかかると見込んでいる。

 デズマン駆動機関が不安定で星系内ではとても使えないらしいし、推進機関もずいぶん古いタイプのものらしい。」


「では、こちらから輸送艦で当該宙域に出向いた方が速そうです。

 場合により、ランデブーしながら移乗を試みることも出来るでしょう。

 XM03号には搭載艇が有りますので。

 ただ、出発の前にお願いがございます。」


「ほう、何だね?

 願いを叶えると約束はできないが、話は訊こう。」


「先頃のハーデス帝国と我が共和連合との休戦協定を受けて、帝国軍は矛先をアファー及びガイスラー方面に向けた模様との情報がございます。

 それが事実であるならば、現時点でバルゴス政府が共和連合に接触しようとする理由はただ一つです。

 我が国に支援を受けるための同盟交渉若しくは共和連合への加盟の申請でしょう。

 仮に、帝国軍がバルゴス領域に現在侵攻中として、我が国はバルゴス政府の申し入れを受諾する可能性があるのかどうかについて至急ご検討ください。

 そしてまた、仮にバルゴスとの同盟なり加盟承認がなったとすれば、即座にアファー宙域での共和連合宙軍の作戦活動を認める意図が有りや無しやについてもご検討をお願いします。

 少ない情報ながら廃艦寸前の老朽艦で300光年もの距離を超えて特使を運んできたとなれば、バルゴスが存亡の危機に立たされている可能性が高いと思われます。

 政府の決断が遅れれば、それは即バルゴスの浮沈に関わるものと考えます。

 全ては現地に出向いてからでなければ確認はできないまでも、分単位、秒単位で人命が失われてゆく可能性があるならば、状況を把握して即座に同盟なり加盟交渉なりを締結できる人物が現場に必要と考えます。」


「うむ、その可能性は確かにあるのだが・・・。

 政府としては、折角紛争が収まったばかりの帝国軍と事を構えたくはないというのが本音だ。」


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