第69話 連合政府とハルモレス政府の苦悩
1年でブルシャスに収容できる人員は700万人前後しかないのである。
ハルモレス星系の周辺10光年内に居住可能惑星を有する星系は5つだけであり、どこも似たような状況にある。
ただ一つ宙軍基地のあるクワイデル星系のみが民間軌道衛星二つと宙軍専用軌道衛星二つを持っているため、1日に4万人ほどを受け入れられる可能性はあるが、これら5つの星系全部を合わせても年間での受け入れ能力は4200万である。
10年かけても4億人前後しか受け入れられない勘定になる。
遠方になればなるほど、輸送には困難が伴う。
短かければ詰め込み状態でもなんとかなるが、長時間の場合は食料を含めて、船内設備で対応できる人数が自ずと限られるからである。
念のために試算をさせたところ、5000隻全ての稼働客船を使用しても半分の15億を10年で輸送できるかどうかぎりぎりの状態という結果に終わった。
宙軍艦艇を利用すればさらに10億ほどは輸送できると見込まれたが、いずれにしろハルモレスに20個以上の軌道衛星を新たに造らねば、輸送ができないのである。
政府部内に特別対策本部を設けて対策を建てたが妙案は浮かばなかった。
そうしている間にも、2か月が経過し、現地対策本部から救出可能な住民は全て救出し、二つの大陸に移動させたとの報告があり、最小限の監視要員を残し、現地対策本部はナウカ大陸に撤退すると報告が入った。
クラデル大陸の地殻変動は拡大し、3カ月の間に更に12の火山が噴火を始めたのである。
噴煙は大気圏上層に達し、二つの大陸でも日照率が従来の7割程度に減ったと報告があった。
連合政府は一刻の猶予もならないとして動き出したものの、焦るばかりで有効な手立てが打てないでいた。
最初に手を付けたのは、既に使用されなくなった軌道衛星を利用しようとしたことだった。
カスケード星系第5惑星は資源が枯渇して企業が撤退したためにそのまま放置された軌道衛星が残されている。
名義上は今でも各企業が所有しているが、解撤するにも経費が掛かるのでそのまま放置されているのである。
これを何とかハルモレスまで移動できれば、少なくとも軌道衛星を桟橋として確保できることになる。
しかしながら、企業が建造した時の基準は、あくまで暫定的な仕様であり、航宙船のように厳密な剛性を持っているものではなかった。
何らかの強力な推進装置を取り付けた場合若しくはタグボートで曳航した場合、新品であっても剛性が保てずに自壊する可能性が高かった。
何しろ軌道衛星の軌道修正用ブースターは100分の1G以上の加速は考慮されていないのである。
増して非常に巨大なものであるため、仮に新型駆動装置を取り付けようとするならば、一番大きな航宙空母の数百倍の数の端末装置が必要とわかったのである。
これでは仮に使えたとしても、改造に半年近くかかるとの見込みが出されたのである。
理由は、新型駆動装置が軍機であり、一般の工員を使うわけには行かないことから、工廠の作業員が宇宙空間で作業をしなければならないからである。
中央工廠にも左程の余裕があるわけでもないが、仮に半数の工員を使った場合の理論値として、その予測が出たのである。
しかも一隻を改造するのにそれだけかかるのだから、複数の改造をしようとすれば10年掛かって20基ができるだけなのである。
それよりは、複数の民間造船所で新規に軌道衛星を造らせた方が1基当たり2年もあればできることが分かった。
従って4基以上の新造が可能であれば、そちらの方が効率的になるのである。
無論経費は高くつく。
しかしながら宙軍の整備計画を白紙に戻して、工廠人員を
結局民間の8社が軌道衛星の建造計画に参画することになった。
少なくとも2年後には8基の軌道衛星がハルモレスの軌道に誕生することになる。
そうした計画を進めながら、一方で現地対策本部の出向要員を交代させる時期になった。
現地対策本部勤務は、健康上の理由もあって、赴任期間を3カ月程度にとどめているのである。
スティーブの交代要員は、陸軍から参謀本部に来ているバークレィ中佐であった。
しかしながらこの人事は一カ月持たずに破綻した。
スティーブ少佐に比べると余りに凡庸な中佐であったため、共和連合圏内各地から集まっている救助支援組織から一斉にクレームがつきだしたのである。
出身元の陸軍派遣部隊ですらバークレィ中佐を見限って、代わりの者を派遣願いたいと申達するほどであった。
現地対策本部長である災害対策官の下には、大尉若しくは中尉からなる副官が6人いる。
この6人が各方面若しくは各分野で手分けして各部隊若しくは支隊から上がる情報や要請を分析し、必要な対応策について本部長に上申することになるのである。
本部長の役割は、この副官からの情報や対応策を聞いて、総合的に必要な調整を行うことであった。
例えば三つの部門で一定の物資補給が要請された場合であって、要請に応じるだけの備蓄又は補給が無い場合に、どの部門に優先するか、あるいは配分比をどのようにするかを判断することになる。
副官が調整した上での更なる調整が必要な場合に本部長である災害対策官の采配がものを言う。
スティーブが居る頃は、朝夕に開くブリーフィングで話を訊き、要点を掴んだ上で必要な指示を下していた。
しかしながらバークレィ中佐は形式にこだわった。
書面で出せと部下に指示を出したのである。
副官たちは指揮官の命であるから、止む無く書面を作って提出した。
だが、その書面が処理されずにどんどんと溜まって行く一方なのである。
元々、書面には各組織からあげられてきた書類が山のようにある。
そのほとんどが電子書類なのであるが、バークレィ中佐はそれを見ずに、副官の作成した書類のみを見るが内容がわからず、一々副官に数値を確認し、理由を確認しなければならなかったのである。
スティーブ少佐は、各組織から上がってきた電子ファイルについてはそのほとんどに目を通していた。
従って、副官が言う言葉の意味を把握していたのだが、バークレィ中佐にはそれが出来なかった。
些細なことにこだわり、大局を見ないでいるから、指示もちぐはぐなものになるし、一人の副官だけでなく6人の副官からの情報を得なければならないのにその時間的余裕がなかった。
結局、調整機能がほとんど失われ、指示がなされないまま膨大な案件が据え置かれ、あるいは間違った指示が次々と出され、下部組織の活動にも支障が出始めたのである。
例えば、避難所とは言いながら二大陸の数百カ所に設けられた支援組織はそれだけで数千を超える膨大な組織になる。
医療及び医薬品の手配、住居の補修、食料の手配など多岐に渡るが、いずれも現地対策本部の調整に委ねなければならないのである。
それらに必要な物資の調達、輸送も調整が入る。
既に被災者の救出作業は終了して、ある意味で安定した作業を実施すれば現状を維持できたはずが、バークレィ中佐の
大佐は再度スティーブ少佐にハルモレス星系への出向を命じたのである。
「どうやら、君しかあそこの対応はできそうにない。
すまんがもう一度行ってくれ。」
そう言って頭を下げたのである。
「多くの人の命が掛かっていますので、断るわけにも行かないでしょうね。
但し、今後状況はますます悪化します。
少なくとも政府から次の二つの約束を取り付けてください。
既に報告書で進言はしてある筈なのですが、未だに動いている気配がないので重ねて申し上げます。
現地は既に30個以上の火山の噴煙の影響で太陽光が地上に届かなくなりつつあり、寒冷化が急速に進みます。
おそらく今年の夏には北緯30度以北、南緯28度以南では降雪が始まりますので、二つの大陸での農業生産はそのほとんどが壊滅します。
従って食料の補給の確保をお願いします。
30億人の食糧は、どんなに少なく見積もっても1日について67万モンドが必要です。
1日に35万モンド級の食糧輸送船二隻がハルモレスに到着しなければ餓死者が出ることになるでしょう。
既に現地では食料不足が慢性化しているはずです。
今一つは、既に艦体装備技術本部研究所のFEX開発室室長に対応を打診しておりますが、強襲揚陸艇とその母艦の建造を緊急対策として推進していただきたい。
連合政府は現地の降灰状況を甘く見ております。
既に通常シャトルでは地上と軌道衛星の間を安全に往来できない筈です。
大佐は、地上に降りられるとき何に乗りましたか?」
「そう言えば、宙軍のシャトルだったな。
他のシャトルは動いていなかった。」
「他のシャトルは使えないのです。
私がこちらに戻るときに、使えるシャトルは改装をした6隻だけでした。
中央本部には、改装部品を要求したのですが、無視されているようです。
仮に軌道衛星に食料が届いても地上に届かねば何にもなりません。
シャトル自体を改装して、簡易ジェイド推進機関を取り付けたものにすべきです。
さもなければ、軌道衛星との交通は確保できません。
仮にシャトルに100モンドの食糧を積み込んで運んだとして6隻で運べる量は一度に600モンド、1日に1万5000モンド運べればましな方でしょう。
2基しかない軌道衛星に70万モンドもの食料を降ろすことすら大変なことです。
流通部門のスペシャリストを多数配置し、物流を円滑にしてください。
このままでは食料を軌道衛星に届けても住民の口には入らないのです。
少なくとも、中央政府機関が住民の戸口まで運ぶようにしなければ、駄目です。
現地対策本部でできることはたかが知れています。
当面の救助作業が終了した今では、緊急性が薄れたために少なくとも派遣部隊、組織は半減しています。
人手も装備も十分な数には程遠いのです。」
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