第56話 講和会議 その一

 講和会議は、10月14日にバルモア星系のクーメラリィスで開催されることになった。

 バルモア星系は、4つの恒星系からなるバルモア人の居住星系であったが、帝国の侵攻に伴い百年ほど前に、クーメラリィスとモアレィスが帝国側に、バルモアとメィリチュアルが共和連合側の領域として、二つに分断されたのである。


 当初は、バルモア星系全域が帝国と共和連合の主戦場になって、4つの恒星系とも荒廃したのだが、70年ほど前からは講和会議の決定に従い、専ら緩衝宙域として互いにここでの紛争を避けている。

 このために、その頃からバルモアで帝国と共和連合の公式・非公式の会議などが開催されるようになり、帝国と共和連合の大使館が互いの領域に一つずつ置かれているところでもある。


 クーメラリィスには、共和連合政府の大使館があり、一方バルモアには、帝国政府大使館が置かれているのである。

 バルモア星系では、軍需物資を除いて、帝国、共和連合両国の貿易も盛んな星系でもある。


 同時に密輸業者とスパイが暗躍するところでもあった。

 ナターシャ国務次官ほか5名を乗せた快速輸送艦XM02は、モーデスを10月5日に出発して、カスケロンの軌道衛星に同月7日に到着、スティーブとマイオーレィドを乗せてその日の内にバルモアヘ向けて出港した。


 快速輸送艦XM02は未だ新型装備がなされていない艦である。

 バルモアまで84光年余り、快速輸送艦は1日に20光年余りを移動し、12日にはバルモアについていた。


 バルモア星系の手前からは常に駆逐艦2隻が護衛としてついていた。

 スティーブとマイオーレィドは、XM02艦内で初めてナターシャ次官及び随行員一行と顔を会わせたのである。


 初めて会った際にナターシャ次官が思わず言ったものである。


「あら、少佐と少尉と聞いていたけれど、・・・。

 バルモア人で少佐なの?」


 スティーブが苦笑しながら言った。


「お初にお目にかかります。

 統合参謀本部総務部渉外官付スティーブ・ロンド・ブレディ少佐です。

 こちらに居るのは同じく渉外官付きのマイオーレィド・カル・ブラウィディナン少尉です。」


「あら、まぁまぁ、それは御見それしましたね。

 スティーブ少佐、貴方一体お幾つなの?

 どう見ても30歳にはなっていないように見えるけれど。」


「はい、24歳です。」


「24って、・・・。

 24歳ぐらいで少佐になれるの?」


「はい、たまたま、いろいろありまして新米少佐になっております。」


「まぁまぁ、なんてこと、・・・。

 飛び級で大学を卒業し、金鵄きんし勲章を二つほど貰わないと、とても貴方の年齢では少佐にはなれないわよね。

 で、一体何をしでかしたの?」


「戦功という意味では2回銀鵄ぎんし勲章を頂きました。

 それに赤綬褒章を一回でしょうか。」


「銀鵄勲章は戦功抜群でなければ駄目だし、赤綬褒章って、確か技術畑で功績が有った場合に貰えるのよね。

 ひょっとして工廠技師か何かかしら?」


「艦隊装備技術本部研究所に半年ほど在籍しておりまして、そこから異動する際に頂きました。」


「ふーん、そんな学者肌の人が、参謀本部の渉外官付に?

 何故なの?」


「さて、私の希望ではなく、幹部の意向でそうなったと聞いております。」


 ナターシャ次官は、改めてスティーブを上から下までじっくりと眺め、それからおもむろに言った。


「統合参謀本部か、宙軍本部かは知らないけれど、随分と思い切った人事をするものね。

 いずれにせよ、貴方、外交折衝は初めてよね。

 ハーデス語は判るかしら?」


「ええ、多分わかると思っています。」


 右の眉をつと上げて、ナターシャ次官が早口で言った。


「ヴェル オ クェネスディレ。」


 スティーブが即座に答えた。


「ヴィオロ ケスサールノ デラヴェンナ。」


 ナターシャ次官が目を剥いた。


「あらら、どこで習ったのかしら?

 綺麗な発音。

 ハーデス人でも十分通りそうだわね。

 ふーん、・・・。

 軍人だからと言って筋肉モリモリの戦さ馬鹿というわけではなさそうね。

 見直したわ。

 で、スティーブ坊やはハーデスに行ったことはないわよね?」


「はい、ございません。」


「そう、ならば相手には貴方の年齢は知られていないはずね。」


「はい、多分、しかし宙軍大卒業名簿を入手していれば、卒業年次ぐらいは知っているはずです。」


「そう・・・。

 じゃぁ、仕方ないわね。

 では、あなたがどうしても交渉の場で身分を言わなければいけない事態に陥ったなら少尉で通しなさい。

 それまでは国務省事務官よ。

 併任はされているから間違いはないわ。

 宙軍大を卒業したとは言わないこと。

 幼年学校を卒業して少尉なら十分通る。

 宙軍大卒業のスティーブとは同姓同名よ。」

 

 マイオーレィド少尉が言った。


「失礼ながら、それでは官名詐称になります。

 何故少佐では拙いのでしょうか。」

 

 ナターシャ次官がにやりとした。


「少佐が少なくとも10歳年上ならば何も問題は無かったわ。

 女じゃあるまいし、歳にサバを読むのも無理よね。

 スティーブの顔は、整いすぎているから年相応にしか見えないわ。

 で、戦場で降伏文書に調印する場合は別として、英雄さんが講和交渉に出るのは本来避けなければいけないことなの。

 相手にとっては同胞を殺した憎い敵ですからね。

 そうした感情を持たれるだけで交渉事は進まなくなる。

 だから帝国との交渉は宙軍や陸軍ではなくって、国務省が主体なの。

 これまでも、相手には統合幕僚本部の軍人が参加しているとは、一言も言っていないわ。

 まぁ、それは相手も同じで制服を脱いだ軍人が代表団に交じっている筈よ。

 今回の講和交渉は、帝国側から提起されたものだし、これまでの経緯から考えて向こうが本気でまとめる気でいるとは思えない。

 単なる時間稼ぎだろうから、余計慎重に行きたいの。

 出来るだけ、向こうが席を立つ理由を取り除いておく必要がある。

 で、速めにこちらの都合で引き上げるのよ。

 向こうが、引き伸ばし戦術で時間を気にするなら、再度の交渉が持たれるわ。

 今度は相手の土俵じゃなく、うちの土俵に招待してできる。

 そこまで持って行くのが今回の任務と心得て頂戴な。

 特にマイオーレィド少尉、あなたはバルモア人の性格として嘘をつくのが苦手だろうけれど、貴方の重要な仕事なのよ。

 きちんと真面目に国務省事務官役を演じてちょうだいな。」


 バルモア人の気質を良く捉えた指示をするのは流石であった。

 バルモア人は自分のために嘘をつくなど絶対にできない性質たちであるが、こと仕事となると上手に嘘もつけるし、演技もできるのである。


 それが重要な仕事と割り切れば、役者にも真面目に取り組むからである。

 従って、バルモア人には名優が多いのである。

 

 ナターシャは、スティーブを気に入ったのか、バルモア到着までに何度も会合を持って作戦を練った。

 特に、バルモア到着前日は、スティーブと二人きりで打ち合わせを実施した。


 バルモアに到着すると、その日は衛星軌道上のホテルに留まり、13日にバルモア政庁とハーデス大使館に顔を出し、精力的に動き回ったが、その際は常にスティーブを伴った。

 バルモア語も堪能とわかったからである。


 バルモア人通訳を交えずに人類種族がバルモア人と会話をすることは極めて稀である。

 国務省にも人類種族の通訳はいないわけではないが、重要な会議の場合は必ずバルモア人が通訳とされる。

 

 しかしながら、この人類種族の若者はバルモア人の機微きびにも通じており、真面目一方で偏屈な頑固者で通っているバルモア人長老ですらスティーブとは笑みを浮かべて談笑し、随分と好感を持ったようであった。

 一方のハーデス大使館の方は、ハーデス人大使から実に慇懃いんぎん無礼な対応をされたので、挨拶だけに留めてさっさと宿舎に戻ったのである。


 翌々日の14日早朝にはバルモアを発って、バルモアから2.7光年離れたクーメラリィスに旅立つことになっていた。

 その夜、国務省から連れてきたハーデス語女性通訳官が発熱した。


 バルモアに他のハーデス語通訳がいないわけではないが、ナターシャは急遽代表団から女性通訳を外し、スティーブを通訳にしたのである。

 ナターシャ自身かなりハーデス語に堪能であり、通訳が無くてもある程度意思の疎通はできる。


 しかし、公式の会議で特使が相手の言葉を話すのは、挨拶以外避けなければいけないという不文律の外交慣例があるのである。

 14日早朝、一名減った特使他一行は、バルモアの宙軍基地からシャトルで軌道衛星に上がり、快速輸送艦XM02に移乗してクーメラリィスに向かった。


 駆逐艦2隻が随行し、クーメラリィスとの中間点でハーデス軍駆逐艦2隻と落ち合ってそこから先はハーデス宙軍が輸送艦を護衛するのである。

 クーメラリィスまでは何事もなく推移した。


 万が一ここで謀略などがあって、特使一行に問題が生ずれば、明確な宣戦布告と見なされ直ちに本格的な戦争に突入することになる。

 従って、ハーデス駆逐艦は自艦を犠牲にしてでも輸送艦を守れとの厳命を受けているはずである。


 この日ばかりは、密輸船もおとなしくしている筈である。

 万が一にも輸送艦に接近するようなことが有れば、無警告で砲火の的になるからである。


 航路筋は、完璧に管制によりけられていた。

 特使一行を乗せた輸送艦は、無事にクーメラリィスの軌道衛星に到着、そこからハーデス宙軍のシャトルで地上に降ろされた。


 地上では、夜の10時過ぎにもかかわらず、共和連合大使館の大使及びクーメラリィス政庁の幹部が出迎えていた。

 大使を含め出迎えに出たのは全員がバルモア人であり、そのまま車列を組んで夜のクーメラリィスを突っ切った。


 周囲は物々しい武装パトカーが囲み、至る所に警察官が警戒をしていた。

 特使一行の宿泊先は、アウィームィ・レィラームィラ・インペリアル・ホテルであり、クーメラリィスでは最高級のホテルとされている。


 特使一行は寡黙かもくである。

 輸送艦を離れた時から外交の戦場であり、一切の無駄口を叩かないように指示を受けていたからである。


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