第55話 参謀本部総務部渉外官付

 駆逐艦DB1089による新型駆動機関の公開テストの10日後、スティーブ大尉は、少佐に昇任し、参謀本部付二転勤となった。

 FEX開発室は、テレサが室長代理となって存続した。


 テレサが室長代理になったのは、一重にスティーブの進言が有ったからである。

 仮に開発室以外の者が室長となったところで、新たな室長が何かを開発できる目途はないから、誰しもがスティーブの後釜は嫌がった。


 室員である彼女たちの仕事は別の者が代わりようがなく、しかも誰しもが彼女たちに指示はおろかアドバイスさえできなかった。

 経理補給部門でサムは実質一人で手続きができることを示したし、ジュリーは研究所が考えてもみなかったAIに取り組み、未だ継続中である。


 マリアは一人で巡洋航宙艦の新型モデルを設計し、更に戦艦、駆逐艦、小型砲艦も九割方出来上がっている状況である。

 現在進めているのはスティーブが置き土産にしていった航宙空母の搭載攻撃機と急襲揚陸艦の図面から航宙空母と急襲揚陸母艦の設計を手掛けているところである。


 テレサは宙軍参謀長を父親に持つことで、他の研究所幹部から明らかに敬遠されていた。

 増して、スティーブの業績は、他の研究所職員の全ての部門に渡っていたし、その偉業を超えることなど到底できそうになかったから、室長には誰も手を上げなかったのである。


 今でさえ、新型装備の理論解析で四苦八苦している状況下で更なる新たなものを考案することなどできそうになかった。

 そのために、テレサの室長代理就任に誰も異議を挟まなかったのである


 DB1089による試験が始まる少し前、テレサは一週間分の旅行に耐えるだけの衣装を持って、スティーブの宿舎を訪れた。

 ケィティと会うのは初めてであったが、同じ年齢ということも有って、すぐに打ち解けた。


 その日からと称する訓練が始まったが、三日目の夕食時不意にテレサは体調が変化したのに気づいた。

 思う間もなく、テレサはスティーブの手によって無人星系に運ばれた。


 テレサのオーラは脈動し、光輝が様々な色合いに変化することになったので、スティーブとケィティがすぐにその異常を感知したのである。

 既に用意されていたベッドとテントが一緒に運ばれ、その夜、三人は異星で過ごすことになった。


 テレサが眠り込んでから周囲に異変が生じた。

 周囲に無数の光芒が漂い、空気が凄まじい電荷を帯びて放電し始めたのである。


 雷ではないが、ビームのような直線的な放電が周囲30ギガヤールの空間で無数に生じていた。

 その中では地殻さえもただでは済まされなかった。


 地殻そのものが放電効果に伴う微細振動で擦り合わされて微粒子に変化し、本来であればそのような地殻の構造変化に伴って噴き上がるべきマグマさえもテレサから発せられる巨大な力場に遮られて噴出を抑えられた。

 テレサの周囲僅かに数ヤールだけが均衡を保っており、スティーブとケィティはシールドを張ってテレサの身体を守った。


 数時間後その現象が収まったが、同時に直下が巨大な噴火口と化し、莫大なエネルギーが放たれた。

 その直前、スティーブとケィティは、眠ったままのテレサを抱えて、瞬時に惑星の反対側へとテレポートしていた。


 直径30メガヤールにも及ぶ噴火口から噴出するマグマは千ヤール上空にまで達し、周辺を地獄に変えていた。

 惑星の反対側に居るスティーブとケィティにさえその振動が伝わるほどの地殻変動が生じていた。


 長居は無用と、スティーブとケィティはテレサを連れて、宿舎に戻ったのである。

 テレサは、その二時間後夜明けと共に、スティーブの宿舎の一室で目を覚ました。


 テレサは、無論何も覚えてはいなかったのである。

 それから二日後、何も異変が生じないことを確認してテレサは自宅へ戻って行った。


 テレサは5日間でテレパス、テレキネシス、テレポートという超能力を身に付けていた。

 特に彼女の超能力では、電子回路への干渉ができることに大きな特徴があった。


 電子の流入を自由に変え、制限し、あるいは止めることさえ可能であったのだ。

 その力は新型動力炉が生み出す膨大な電流を、配線を切らずに遮断できるほどであった。


 ◇◇◇◇


 スティーブの異動内示は、DB1089の試験終了から三日後に通知されていた。

 転居が不要な異動であったことから、内示は1週間前になされたのである。


 スティーブの新たな勤務先は参謀本部総務部渉外官付である。

 総務部渉外官は、同じ総務部勤務の者とは毛色の異なる職種である。


 どちらかと言えば外交武官のような職務であり、渉外官は大佐である。

 同付は中佐、少佐、大尉、中尉及び少尉からなり、少佐以上は外交折衝において全権大使に同行し、正規メンバーとして会議にも立ち会うことになる。


 大尉以下は単なる随行員としての作業を行うが、佐官は列記とした折衝要員なのである。

 従って、佐官の発言は、公式の代表団の発言となり得るものであった。


 スティーブは、10月1日統合参謀本部において、バリー・フォッグス統合幕僚長直々に赤綬せきじゅ褒章ほうしょうを授けられ、同時に辞令を交付されて少佐となったのである。

 無論、歴代の記録を全て塗り替えて史上最年少の少佐就任である。


 総務部長に挨拶をし、渉外官事務室に向かうと、渉外官のグレイ・サンダース大佐が待ち受けていた。


「よぉ、来たな。

 秀才坊主。

 この調子だと来年ぐらいには俺と同じ階級になっているかもしれんが、まぁ、ここに居る間は俺がボスだ。

 宜しくな。」


 ざっくばらんにそう言うと、ソファに座らせた。


「ところで、スティーブは語学能力もかなりのものと聞いているんだが、ハーデス語は判るか?」


「ええ、一応は勉強していますが、今のところ実際に試したことはありません。」


「そりゃぁ、そうだろうな。

 第一線の将校が頻繁に敵の言葉を話す機会が有ったら大変だ。

 実際にハーデス人に会ったことは?」


「ありません。」


「捕虜にも有ったことはないのか?

 うーん、お前さんに少々期待をしていたんだが・・・。」


「どういうことでしょう。

 スパイにでもなって帝国に潜りこめとでも?」


「そいつは、情報部の仕事だ。

 うちの仕事じゃない。

 少なくとも表向きはな。」


 スティーブも必要が無ければ相手の思考を読まないようにしているので、何の話かは分からないために黙っていた。


「実は、帝国側から講和の話が来ている。

 正式な宣戦布告もなさずに局地戦をやり合っている現状で、講和交渉ってのもおかしなものだが、前例が無くもない。

 一応の手打ち式をやって、休戦状態に持ち込もうという算段だろう。

 百年程前のバルモア争奪戦で双方ともに激しくやり合って、かなり甚大な被害が双方に生じた時のことだ。

 共和連合艦隊だけで二百隻以上の艦が中破以上の損害を受けた時だ。

 全面戦争になれば共和連合は壊滅していたかもしれないが、同時に帝国陣営も艦隊の三分の二は失う覚悟で臨まなければならなかっただろう。

 そうした圧倒的不利な状況で、72年前、共和連合政府から申し入れをし、帝国も他の三方の宙域で紛争を抱えていたらしく、講和交渉に同意した。

 結局バルモア星系は二分され、緩衝地域として宙軍艦艇は一定の数以上は置かない宙域として講和が成立した。

 統合参謀本部は、例の機動要塞4隻を壊滅したこの時期に講和会議とは、帝国側に何らかの策謀があるに違いないと考え、また新型装備艦の配備状況から現状は帝国側に極めて不利なはずと判断して、現時点で休戦に応ずるのは敵に塩を送るのも同然と反対の意見を出したが、最終的に共和連合政府は紛争の長期化を嫌って、講和会議の開催に同意を示した。

 で、最終的に国務省次官のナターシャ・ベイロフが特使として派遣される運びになった。

 この人は高級官僚としては比較的若いが有名な女傑でもある。

 うちからも二名派遣することになり、うち一人は佐官が出ることになっているんだが中佐以下が尻込みしおってな。

 誰も行きたがらんのだ。

 何せ、1年近く前にあったサレンダムの共和連合加盟交渉の際には、ナターシャ女史が、前任のバドグリム中佐を公開の場で無能呼ばわりして中佐の解任騒ぎを引き起こしたこともあるんだ。

 ま、そう言いながらも当のバドグリム中佐にも交渉の大事な場面で不穏当な発言が有ったことは否めない事実なのだが・・・。」


「行けと言われればどこにでも参りますが、他にはどなたが?」


「ふむ、講和会議の場所がバルモア星系なのでな、バルモア出身のマイオーレィド少尉に行ってもらうつもりでいる。

 バルモア人と面識はあるか?」


「ええ、サンパブロ乗艦中の看護長がバルモア人でした。」


「ならば知っているだろうが、バルモア人の気質は愚直ぐちょくなほど真面目が取り柄だ。

 マイオーレィド少尉もそれに輪をかけた生真面目だと思った方が良いだろう。

 廊下を曲がるのでさえ、直角に曲がるようなバルモア女性士官だ。

 ついでに言うと年増の独身でもある。」


「お幾つですか?」


「確か42歳だったと思う。」


「ああ、では年増とは言えませんね。

 バルモア人の42歳は人類種族で言えば22歳前後に当たります。」


「あん?

 そうなのか?

 俺はてっきり婚期を逸したバルモア女性だと思っていたんだが・・・。」


「人類よりも長命な異種族は多いんですよ。

 バルモア人と同様にダッカム人もそうですが、ザーシュ人になると42歳ははなたれ小僧と呼ばれて大人扱いをしてもらえません。

 60歳を過ぎて初めて一族では大人扱いをしてもらえます。」


「何と、そいつは初めて知ったよ。

 いずれにせよ、就任したばかりで申し訳ないがスティーブ少佐が行ってくれ。

 今回の折衝は、帝国側も宰相ではなく、次官級の宰相補が出て来るんでな。

 俺が出張るわけにも行かぬのだ。」


 その後、大佐は渉外官事務室の面々に紹介をしてくれた。

 ケイン・バーセット中佐は42歳、ゲール・モンドス少佐は38歳、シャルル・シモン大尉は34歳、ビアンカ・グライベル中尉は28歳、ベン・マードック中尉は29歳、マイオーレィド・カル・ブラウィディナン少尉は42歳、今一人、マイク・シラー少尉は26歳である。


 従って、佐官がスティーブを入れて4人、尉官が5人なのである。

 他に事務官が2名いるが、事務官が交渉の場に随行することはない。


 この中では、スティーブが24歳と一番年下ではあるが、軍隊では年齢よりも階級がものを言う。

 実のところ、マイク・シラー少尉はスティーブよりも一期上の先輩であった。


 マイオーレィド少尉は宙軍大卒業生ではなく、兵卒からのたたき上げであり、准尉から少尉に昇任した口であった。

 講和会議は、10月14日にバルモア星系のクーメラリィスで開催されることになった。


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