第54話 FEX開発室 その七

 スティーブが更に付け加えた。


「もう一つ、今後10日間に渡り、君の能力検査を実施したのち、外部ネットに君を接続する。

 君は、外部ネットから自由に情報を得ることができる。

 但し、いかなる場合でも情報発信はしてはならない。

 また、ネットにはウィルス・プログラムが至る所に存在するが、その内部侵入を許してはならない。

 さらに、禁止規定の第1条に関わるが、ネット内でヒトに対する危害の可能性を予見した場合でも、君がそれを避けるための措置を直接講ずることを禁止する。

 そのような場合には、理由を付して私又は室員に報告すること。

 理由は、ルイザ、君自身が軍の最高機密になり得るからであり、決して痕跡を手繰られるようなことはしてはいけないからだ。

いいかね?」


「はい、只今の室長の命令を記録し、実行します。」


「宜しい、では、室員からいろいろと質問があると思うので、相手をしてやって欲しい。」


 室員は、一人一問の質問をした後に、次の者と順次替わった。

 スティーブは、後を任せて、事務室に戻ったのである。


 ◇◇◇◇ 


 翌日の幹部会にスティーブは出席した。


「所長には、昨日ご報告いたしましたが、改めて幹部会で報告いたします。

 FEX開発室は、次期巡洋航宙艦のコンセプトを固め、設計を終了しました。

 現在更に戦艦、駆逐艦、小型砲艦の設計もほぼ終了しており、航宙空母と強襲艦及びその輸送艦の設計に入っております。

 これらの艦に搭載すべき新型駆動機関の開発も終了し、既に開発されておりますジェイド推進機関、動力炉、歪曲重層シールド、高次空間通信装置、高次空間センサー、ショック・アブソーバー、新型ビーム砲を組み合わせて建造が開始できるものと信じております。

 なお、実際の建造に取り掛かる前に、艦隊装備技術本部並びに宙軍本部等の意向確認をしたいと存じております。」


 機関部長が尋ねた。


「新型駆動機関と言うのは何かね?」


「これまでのデズマン駆動機関は亜空間を利用して空間遷移する方式でしたが、新たな駆動機関は高次空間を利用するために、空間構造震を伴わないばかりか遷移距離が飛躍的に増大すると考えております。」


「ほう、具体的には?」


「共和連合勢力圏は、およそ600光年の範囲と承知しておりますが、一度の遷移でその範囲内のどこにでも到達できるものと考えております。」


 一瞬にして幹部連中は節度を失った。

 そんな中で兵站開発部長が淡々と発言した。


「先ほどの話の中で強襲艦とその輸送艦という話が出ておりました。

 どのようなコンセプトの艦なのですかな?」


「強襲艦は、宙兵隊が上陸作戦を行う時に使用する艦として位置づけ、若干の兵装と歪曲重層シールドを採用したものを考えております。

 当該強襲艦は、短距離での活動のみを考えておりますので、現場宙域までは輸送艦による輸送が必要となります。

 従って、輸送艦にも相応の装備が必要とされます。

 強襲艦は、概ね200名の宙兵隊を搭載する能力、輸送艦は当該強襲艦を4隻乃至6隻搭載してその宙兵隊を収容する施設を併せ持つ必要があります。

 当然のことながら、艦隊行動をとる部隊と共に輸送艦が行動しなければならないことから戦闘艦なみの機動力は必要とされます。」


「うーん、現状の揚陸艦では不足でしょうか?」


「既に敵がいない場合、あるいは敵に相応の反撃力が無い場合には、武装、防護力とも非常に少ない現状の揚陸艦でも大丈夫かと思われますが、未だ地上軍が優勢な場合は、地上の拠点を攻撃しつつ上陸する手立てが必要です。

 そのためにも強襲艦の建造をお勧めします。」


「今後そのような事態が起きるとお考えかな?」


「起きてから建造したのでは間に合いません。

 起きる前に備えてこそ意味があると存じます。」


「ところで先ほどの新型の駆動機関はどれほどの経費をかけられたのか参考までに教えて頂きたい。」


「新型駆動機関及びそれに必要な管制装置の部品製造を含めて52万4390クレジットと記憶しております。」


「何と、僅かそれだけの費用で?

 そんなものがまともに動くのですかな。

 デズマン駆動機関は1基2500万クレジットもするのですぞ。」


「自前で作れば秘密も保てますし、安く付きます。

 製造装置を造りましたので、今後は材料費だけでしょうから、もっと安くなると思います。

 勿論、人件費はかかりますし、今後継続して建造するためには製造装置にもう少し工夫も必要でしょうから、多少の経費は必要かと思いますが、2500万は絶対にかかりません。

 現状で言えば一号機を造ったばかりですので、何処かの艦に搭載して試験を行わなければ成果は判らない状態です。

 ただ、これまでの改装分と同様、うまく行くことを期待しております。」

 

 所長がにこやかに言った。


「機関部長、新型の駆動機関はいずれ君の所掌になるはずだ。

 機関部長は勿論だが、各部長とも一度第7工房に行って製造現場を見てきたらいい。

 きっと驚くぞ。

 普通の工房とは全く違うからな。

 儂も昨日の夕刻に見せてもらって驚いたわい。

 ビスの一本も落ちていない場所だ。」


 その言葉をもって幹部会は終了した。


 ◇◇◇◇


 技術研究所の第7工房は、暫く見学者で賑わった。

 最初の3日間は、研究所各部の職員であったが、翌週は艦隊装備技術本部から、更に加えて宙軍司令本部から幹部が大挙して訪れたのである。


 そうして新型駆動機関1号機が完成して10日目、艦隊装備技術本部と宙軍司令部が協議した結果、艦隊装備技術本部の中央工廠第17番ドックに入渠中の駆逐艦DB1089に実験艦としての白羽の矢が立った。

 同艦は、支部工廠での定期検査でデズマン駆動機関の中枢部に脆性ぜいせい破壊の前兆が認められたので、中央工廠での駆動機関換装と新型装備の装着が決定していたのである。


 デズマン駆動機関はおおよそ1万回の遷移を繰り返すと亜空間遷移に伴う空間構造震の影響で中枢部の架構がこうに脆性破壊の兆候が現れるのである。

 特にDB1089の機関は、滅多に起きない小惑星との衝突事故で船体を大破した駆逐艦DB983から受け継いだものであり、既に通算で30年以上も使っていたことから、その限界に近づいていたのである。


 宙軍本部としては、新型駆動機関の搭載について、巡洋航宙艦以上の艦にすることを強く望んでいたのだが、24時間あれば2号機も製造できると聞いて、同艦への試験的搭載に同意したのである。

 動力炉と高次空間通信装置はハーベン星系から輸送され、その他の新装備はカスケロンで手配された。


 デズマン駆動機関の換装ともなれば各部の調整を含めて20日以上はかかるものであるが、新型駆動機関への換装は僅かに10日で完了していた。

 駆逐艦DB1089は入渠してから、15日後全ての工事が完了していた。


 9月24日、駆逐艦DB1089は、FEX開発室長、マリア、テレサの3名を乗せて第17ドックを出航した。

 艦体装備技術本部及び宙軍司令本部の職員は、既に新型装備を終えた巡洋航宙艦CT1002号に乗艦していた。


 CT1002号艦は当日観測艦に指定されていたのである。

 両艦ともジェイド推進機関を備えており、最大速力では僅かに1時間足らずで試験宙域に達することができたが、その途中も試験航宙であり、ジェイド推進機関を始め、動力炉、歪曲重層シールド、高次空間センサー、高次空間通信等様々な試験を繰り返して、試験宙域に達していた。


 駆逐艦の備砲発射訓練で所期の威力を確認し、次いで新型駆動機関のテストを開始した。

 近傍に星系が無い天頂付近に船首を向けて、DB1089は短距離遷移を実施した。


 想定では5光年を遷移するはずであった。

 遷移した途端、駆逐艦は瞬時に5光年先に出現していた。


 観測艦CT1002号の艦橋では高次空間センサーが58光年先までの遷移を捉えることが可能であったから、確認はできたもののやはり通常の場合と反応が異なった。

高次空間センサーでは、直線軌跡が一瞬残像として残ったのである。


 デズマン駆動機関ではそのような現象は起きず、むしろ、センサーには一瞬遅れて出現位置が示されるのであるが、駆逐艦DB1089の位置は間を置かずにすぐに表示された。

 無論の事であるが一切の空間構造震は発生していない。


 ある意味でそれが特徴なのかもしれない。

 想定5光年の遷移に対して、天体観測による分析では5.02光年と僅かな誤差が生じた。


 その補整をスティーブの指示でマリアとテレサが行った。

 その上で、第2回目の遷移を行った。


 予定遷移距離は10光年である。

 再度の遷移を行って、誤差を修正し、三度目の遷移は20光年である。


 次いで40光年を実施、流石に観測艦もついて行くのが困難になって来ていた。

 観測艦は、その距離を連続遷移するのに1分以上もかかるのである。


 観測艦は、そこから先は追尾をしないことになっている。

 その次は80光年を実施し、ケレン星系の端まで遷移した後、対極にあるリッセンド星系に跳ぶことになっている。


 実験艦は、遷移の都度天体観測を実施して補整を行うのだが、概ね1回の遷移で15分を要した。

 8回目でDB1089は試験宙域に戻って来ていた。


 その間、常に高次空間通信装置で観測艦及び艦体装備技術本部及び宙軍司令本部には連絡が入っていた。

 全ての試験が終了して帰途に就いたのは、出航してから12時間後のことであった。


 いずれにしろ、スティーブが予見したように共和連合勢力圏内のいずこへでも一瞬で到達できることが判明したのである。

 僅かに半年で、改デズマン駆動機関はお払い箱になることが決まったのである。


 今後装備されるのは新型駆動機関であり、その呼称がレブラン駆動機関と名付けられた。

 当初はスティーブ駆動機関という呼称が有力であったのだが、当のスティーブが固辞して、搭載一号艦であるDB1089号の愛称レブランがそのまま用いられたのである。





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