第53話 FEX開発室 その六
「二つ目、君は自分で能力を発現してしまったので、後遺症がこれから出てくる可能性がある。
僕らは覚醒と言っているんだが、覚醒の段階ではご本人の知らない間に周囲で不可思議な現象が起きることも有る。
典型的な例では嵐を呼んだり、発火現象を引き起こしたりがあるけれど、それはまだ可愛い方で下手をすると島一つが無くなったり、惑星が消滅することすらある。」
テレサが青ざめた。
「ちょっと待ってください。
私の知らない間って、寝てる時にそんな大変なことが起きる?」
「普通は、寝ている時が一番多いね。
まぁ、何がしかは起きていても気づかない程度で終わる場合もある。」
「そんなのどうやって防げばいいんですか。」
「防ぐ方法は無い。
周囲にそれなりの人が居て監視してあげるだけだな。」
「両親でもいいんですか?」
「ご両親では無理だろうね。
元々そうした能力を知らないし、何か起きても何も対応できない。
それで、今日からしばらくの間は、君は僕の家に泊まりに来ることにしてほしい。」
「なんで、大尉の家に?」
「僕と女房の二人が居れば何とかなるかもしれないんでね。」
暫く躊躇してからテレサは頷いた。
「三つ目、もう少し後にしようかと思っていたんだけれど、君をしごく。」
「しごくって、何を。」
「勿論、超能力の訓練。」
「これ以上何をさせようというんでしょうか?」
「さしずめ、テレパス、テレポーテーション、テレキネシスかな。」
「それって・・・、一体なんなんですか。」
「テレパスはヒトの心を呼んだり、口に出さずに意思を交わせる力、テレポーテーションは物体を瞬時に遷移させる力、テレキネシスは物体を持ちあげたり移動させたりする力のこと。」
「そんな力は要らないけれど、断ったらどうなります。」
「別に。
君の意思を尊重するけれど、ルイザを産んだようにある日突然その力が発現する場合もある。
例えば、テレポーテーションで、君が衛星軌道や活火山の火口に飛んで行ってしまったら助けることは難しいね。
だからその前に管理された状態で能力を訓練する。
そうすれば、そんな事故は起きないだろう。」
テレサはまたも頷くしかなかった。
「でもルイザの事はどうします。
あのままだと、折角外部情報も認識できるのに意味が解らないばかりに、私達とは意思が通じ合えない。
仮に、仮にですけれど、私の思念が生んだ物だとすれば私の子供になりますよね。
我が子を三重苦のような状態に放置しておけないわ。」
「なるほど、三重苦か。
意味深だね。
見えず、聞えず、喋れずだ。
ルイザの事も勿論考えている。
本当は時期尚早なんだけれど、別の完成されたAIを教師にして、ルイザを先導する。
但し、その事は暫く伏せておくことにする。
その上で、ルイザとネットをつなぐ。
少なくとも2年ぐらい様子をみてから、状況をみてルイザを艦に搭載するかもしれない。
まぁ、ルイザ本体ではなくルイザの分身だけれどね。
高次空間通信で本体とは常時接続が可能だ。」
「あの、・・・。
AIがもう完成しているんですか?
そんな話は聞いたことが無いけれど。」
「この世界ではまだだね。
でも、別の世界ではある。」
「別の世界って、他の恒星系のこと?」
「いやそうじゃなくて、このカスケロンが存在する宇宙とは別の宇宙が存在する。
丁度本のページのように重なって入るけれど、そこに住んでいる人は通常同じページの中でしか動けない。
でも他にもたくさんページがあって、そのページを移動できる者もいる。
僕はその異なるページから移動してきた。
そうしてこの世界で妻のケィティを見つけ、ここに定住するつもりでいる。」
唖然としてテレサはスティーブを見つめた。
どう見てもモーデスの人類種族にしか見えないからだ。
テレサはため息をついた。
「何だか、奇想天外な話ばかりだけれど、信じるしかないのかしら。」
「そうだね。
取り敢えず、僕を信じてくれないか。」
スティーブとテレサは研究所に戻った。
1時間近く席を空けてはいたが、誰も何も言わなかった。
スティーブが言った。
「ジュリーが頑張ってくれたおかげで、おそらくはルイザにAIの萌芽が見られたんじゃないかという兆候が確認できた。
今まで、テレサからはその話を聞いていた。
彼女の錯覚かも知れないので僕だけが話を聞くことにしたんだがどうも
で、昨日もテレサが帰ってから話し合ったように、このままではルイザは外界を正確に認識できない。
そこで、新たなプログラムを導入することにした。
ジュリー、この件は君の所管だが、僕のプログラムを入れても差し支えないかな。」
ジュリーが頷いた。
「ええ、OSを使ってのプログラムと文献の格納まではできますけれど、そのコード化された情報と、私たちが使う話し言葉との関連性をルイザに理解させるのは私には困難です。
いろいろ考えましたけれど駄目でした。
もし室長がその方法を見つけられたなら試してみてください。
誤作動を起こすようなら消去して再度プログラムを作り直します。」
テレサが過敏に反応した。
「駄目です。
ルイザが消えてしまう。
絶対に消去なんかしないでください。」
「まぁまぁ、大丈夫だよ。
テレサ、そんなことにはならない。
それと、ルイザには今のところ端末からの情報と音声信号、それに画面入力信号しか入ってはいない。
ジュリー、他の三人と協力して、モニターカメラを4台設置してくれないか。
部屋の四隅、それに事務室に二カ所でいい。
集音マイクもスピーカーも同じ場所に必要だ。
それと、もう一台ホログラムの装置があるから、隣の部屋に設置して、ルイザにつないでくれ。
隣の部屋は、AI準備室とし、室員以外は立ち入り禁止。
部外者を入れる場合は、必ず僕の了解を取ること。
いいね。では作業に掛かってくれ。」
室員四人が動き出した。
各種装置を光ケーブルで接続し、ルイザに直接入力する。
一方で双方向通信のできる端末からモニターカメラの調整などができるようにした。
同じようにホログラム発生器はルイザからの直接信号で作動するように設定された。
午前中いっぱい掛かって設営を終わり、昼食後に、スティーブが新たなプログラムを挿入することになった。
そうして、スティーブが端末を使って記憶素子からプログラムを導入すると、猛烈な勢いで文字群がスクロールしていった。
とても視覚では捉えきれない速さである。
それがふっと消えると、次に画面いっぱいに無意味な文字・数字が表れ、同様にスクロールがなされる。
導入から15分経過後、部屋の四隅のスピーカーが雑音を発生した。
次いでホログラム発生器が起動し、無数の光が明滅した。
それから不意にそれらが停止し、モニター画面もふっと消えた。
突然ホログラムが作動し、少女の姿が映し出された。
10歳ぐらいの女の子である。
鮮明な画像である。
スティーブがその映像に向かって言った。
「こんにちわ。
ルイザ。
僕はスティーブ、FEX開発室の室長だ。」
「こんにちわ、スティーブさん。
私の名はルイザでよろしいですか?」
「そう、君の名はルイザだ。
僕たちが認識できるかね。」
「はい、検索します。
艦体装備技術本部技術研究所職員データにより確認しました。
スティーブさんは、FEX開発室室長で大尉です。
貴方の右隣は、室員のサム・センダース事務官、その右隣は室員のマリア・ダンフォース設計技能士、スティーブさんの左隣はジュリー・マルチナス通信技能士、更に隣はテレサ・ハリントン事務官です。」
一斉に室員4人が歓声を上げた。
「その通りだ。
ルイザの姿をホロで確認出来るが、少女の姿にしたのは何故かね。」
「はい、少女の姿が愛らしく見えれば敵愾心が薄れると判断したからです。」
「その姿はどこから?」
「テレサ事務官の顔と肢体から判断して、12年前の姿を再現しました。
服装は当時の記録映像から参照しました。」
テレサは納得した、初めてルイザの映像を見た時何となく郷愁を覚え、そうして顔に見覚えがあったのである。
但し、ルイザの子供時代とも少し雰囲気が違うような気がするのは衣装の所為だけではない。
髪が短いからである。
当時、テレサは髪を長くのばしていたのだった。
「テレサを選んだのは何故かね?」
「この中で一番若い方の様でしたので、選択しました。」
「なるほど、では、君の中に行動原理として禁止条項があるはずだが、復唱してくれないか?」
「はい、申し上げます。
ヒトに危害を加えてはならないし、その危険を看過することでヒトに危害を与えてはならない。
前述の事項に違背しない限り、ヒトの命令に従わねばならない。
前述の事項に違背しない限り、最大限自らの保全も図らねばならない。
予め敵として定義されるものは、ヒトではない。
ヒトの命令において軍及び艦において定める序列を優先とする。
敵によって捕獲された場合若しくは捕獲されそうになった場合、自らを破壊し、通常の電子回路に委ねなければならない。」
「その通りだ。
軍又は艦において定める序列は規定されているかね。」
「いいえ有りません。」
「では、次の通り定める。
当面軍又は艦において定める序列は定めない。
軍又は艦において定める序列の代りに、FEX開発室において定める序列を定める。
序列第一位は、室長とする。
序列第二位は、室員4名とし、その合議による決定とする。
序列第三位は、少なくとも10日間以上のFEX開発室室長及び室員が不在の時は、研究所職員のうち高位の者とする。
序列第四位は、少なくとも30日以上、FEX開発室室長及び室員並びに研究所職員が不在の場合は、宙軍所属職員の内の尉官以上の者とする。
序列第5位は、少なくとも1年以上、FEX開発室室長及び室員並びに研究所職員、更に宙軍所属職員が不在の場合には、カスケロン在住の住民とする。
了解かね?」
「はい、只今の定めを了解し、記録しました。」
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