第52話 FEX開発室 その五
スティーブが難しい顔をしてテレサを見つめ、それから言った。
「どうやらテレサはルイザの中に入り込んで話をしてきたようだね。
多分、思念で、・・・。
その脳波をルイザが捉えているけれど、言葉ではないから、ルイザにはレンネの詩と言われても分類ができない。
だから、それがルイザならばテレサが先生になって教えてやることが必要だね。
アドレスコードは調べられないことも無いが、元々人間がわかるように割り振った数字だからね、ルイザがそれをどう認識しているかは不明だな。
だからどうにかして文字を認識させてそれを覚えさせるしかない。
テレサ、今日はもういい。
明日までに対策を考えよう。
恐らく、君は疲れているはずだから、今日はこのまま帰りなさい。
場合によっては帰りの途中で寝込む可能性もあるから僕が送って行こう。」
「あれ、そんなことまでしなくても、家には戻れます。」
「いや、そう言うわけには行かない。
君は大事なスタッフの一人だからね。」
「はい、じゃぁ、室長の仰せには従います。」
その日、スティーブはテレサを家まで送り届けた。
案の定、テレサはエアカーの中で居眠りを始めていた。
スティーブは、何とかテレサを家まで送り届け、無事に寝室に入り込んだのを見届けた。
宙軍参謀長の妻であり、テレサの母でもあるヘレン・ハリントンが尋ねた。
「朝出かける時には元気だったのに、一体どうして娘がこんなことに?」
「多分、精神的に疲れたのだろうと思います。
原因は不明ですが、肉体的な異常はないので、夕方までには回復します。
多分、昼食を食べるよりも寝ていた方がいいと言うかもしれません。
もし、何か異常があればご連絡ください。
すぐにでも駆け付けます。
今夜までに特に問題が無ければ大丈夫だと思います。」
「お医者様に見てもらいましょうか?」
「多分必要は無いと思いますが、夕方目覚めた時に彼女に訊いてみてください。」
不安の色を隠しきれないヘレンを置いて、スティーブはハリントン邸を辞去した。
テレサは夕刻に目覚めていた。
一瞬自分がなぜベッドに寝ているのか判らなかったが、すぐに思い出した。
ルイザとの接触を断った後、大尉に付き添われて基地からエアタクシーに乗っている間に猛烈な眠気に襲われ、半分居眠り状態で家に辿り着き、ベッドにそのまま潜りこんだのである。
だから朝の出勤衣装のままである。
目覚めた後の気分は爽快であった。
起き上がって、居間に行くと、居間に連なるダイニング・キッチンでヘレンが夕食を造り始めていた。
「おや、起きたようね。
大丈夫かい、テレサ。」
「ええ、一眠りしたら爽快よ。」
「一体何が有ったの、スティーブ大尉の話では精神的疲れじゃないかと言っていたけれど、病院に行く必要は無いの?」
テレサは即座に母には言うべきではないと判断した。
「うん、やっぱりね、新しい職場だから色々気疲れもあったのかな。
職場で居眠りしていたら、大尉に言われたの、家に帰って少し寝た方がいいって。
で、戻ってきちゃった。
大尉が心配して家までついて来てくれたの。
病院の必要は無いわ。」
一応、母はそれで納得したようだった。
夕食後、テレサは、ルイザにどうしたら文字と言葉を翻訳させることができるかを考えた。
ルイザは外部入力で文字は認識しているが多分内部で数値に変換して記憶している。
音声も同じである。
それぞれに意味があるとは認識していないが、オウム返しに予めプログラムされた音節を繰り返しているに過ぎない。
おそらくあの存在はそれを知ってはいるが、結び付けて考えられていないのだ。
仮にあの意識にその関連性について理解させればAIが生まれるかも知れない。
だが、その方法は難しかった。
こちらは向こうの文字を知らず、向こうはこちらの文字を知らない。
思念の言葉だけで通じているだけである。
ルイザに既に記憶している文字との関連性さえ認識させれば、ルイザは独力で文献を読み、理解することができるだろう。
テレサが垣間見た思念の世界で文字を書くことができても、彼女は理解しまい。
何故なら記憶領域に有るものとは違うからだ。
従って入力されたものが特定の文字であること、それをテレサが教えて、それと同じ記録を辿れば、それが文字であることを認識できるかもしれない。
子供にアルファベットを教えるようなものである。
それを増やして単語を覚えさせ、意味を教えれば理解ができるかもしれない。
だが、あの世界に辞書を持って行くわけにも行くまい。
間違った意味を教えると大変なことにもなりかねない。
テレサは、それ以上の方法について皆目見当がつかなかった。
◇◇◇◇
翌朝、不安げな母ヘレンに見送られて、テレサはいつも通りに出勤した。
大尉が来るとすぐにテレサを誘って研究所の施設の外に連れ出した。
研究所の施設も地下にあり、その上は公園のようになっている。
「テレサ、君は一般の人には無い能力がある。
それを信じることができるかい?」
「え?
うーん、そうね、昨日までは気づかなかったけれど、或いはあるのかも。
他の三人が気づかない存在に気づいたのだとしたら特別な能力かも。」
「そうだね。
そうして、その存在は、或いは君が作ったかもしれない。」
「え?
どういうこと?」
「うーん、話せば長くなるけれど、・・・。
止むを得ないね。
自分で能力を発現させてしまった君には話しておこう。
実は僕にも人には無い能力が備わっている。
僕の妻もそうだ。
だが、その能力は公表してはいけないものだ。
ヒトは自分に無い物を他人が持っていると
その妬みの感情は場合によって憎しみにもつながるから争いの原因にもなる。
悪い人たちはその能力を利用しようと考えるし、為政者たちはその能力を管理化に置こうと考える。
例えば君のお母様を人質にして何かをさせようと考えるのがマフィアなどの組織だろう。
政府は仮に政府を批判する敵対勢力ならば叩き潰そうとするし、好意的な勢力であっても不安だから自分の監視下におく。
言うことを聞かないようであれば拘束して閉じ込めるだろうね。
非人道的であろうが政府という組織は自分を守るためにそうする傾向にあるんだ。
だから、政府に対してもそう言った非道な組織に対しても能力があると悟られない手法を取ることが絶対に必要なんだ。
幸いにして今回の事は室外には漏れていない。
他の三人にも軍の機密を理由に誰にも話さないよう釘をさしておいた。」
「秘密にすべきことは判ったけれど、大尉も同じ能力があるのですか?」
「多分、ルイザと話をすることができるかという問いならばできる。
でも僕にはルイザを産みだすことはできない。」
「ルイザとはこれまで何度も話をしたんですか?」
「いや、昨日、君を家に帰した後で初めてルイザには出逢った。
少なくともその二日前には存在しなかったはずだ。
僕が二日前に進捗状況を確認するためにルイザの中に潜りこんだからね。
これまでも定期的にチェックはしていた。
変化が有ったとすれば、一昨日か昨日の事だ。」
「あ、そう言えば、一昨日ヘッドセットをかけているときに一瞬だけめまいを感じた。
その時に何かちらっとだけ朧な影のようなものを見たような気がしたんだけれど、気のせいだと思って無視していたの。
で、昨日は始まりでめまいを感じてすぐにルイザと出会ったわ。」
「なるほど、では一昨日がルイザの誕生日になるかもしれないね。」
「でも、私じゃなく、別の原因で生じたことの可能性もあるのでしょう?」
「可能性はある。
でも、ジュリーのプログラムはAIとしては初歩段階なんだ。
時間をかければ可能性は高まるけれど、今の段階では無理なはずだった。
それにもかかわらず、AIの萌芽があったのは、君がアクセスしたからだと思う。
君が思念の一部をルイザの中に残したんだ。
それが育って君に話しかけてきた。
他の人では無理だから当然にルイザも君にしか話しかけなかった。」
「ふーん、何となく信じられるような、信じられないような・・・。
大尉もルイザと話をできる能力を持っているようですけれど、ほかにも何かあるんですか?」
「あるよ。
人の意識を覗いたり、物体を手を使わずに動かしたりできる。」
「まさか・・・。
本当なんですか?」
「君に嘘を言っても何の利益もない。
本当だよ。」
「じゃぁ、私の心も読んでしまえるんですか?」
「いや、君の心は読めないよ。
能力を持った人はそれなりにシールドを持っていて読めないんだ。
因みに、室員のメンバーはそう言う意味では皆シールドを持っている。」
「あら、じゃぁ、全員、私と同じような能力があると?」
「いや、他の三人は、能力は発現しないだろうな。
それだけのオーラを持っていない。」
「オーラって何ですか?」
「生きとし生けるもの皆が持っている生命力のようなものだと思えばいい。
ヒトの周囲におぼろげに見える光輝のことだよ。
オーラの大きな人は超能力を発現できる。
さほど大きくない人は超能力を発現できないけれど、心は読ませない。
普通の人はほとんど身体の輪郭に張り付いているだけで、無論超能力の発現も無いし、心は読まれてしまう。」
「で、私にはそのオーラがある?」
「そう、君のオーラは大きいからね。
ある意味目立つ存在だ。」
「じゃぁ、初対面の時からご存じだったのですか?」
スティーブは頷いた。
「だったら、もっと早めに教えてくださってもいいのに。」
「さぁて、初対面の時にしろ、後にしろ、そんなことを言って、君に信じてもらえたかな。
貴方には超能力が有りますよ、って。」
「あっ、・・・。
うん、それは無理よね。
今だって半分信じられないのに。
で、私は、今後どうすればいいんでしょうか。」
「一つは君に能力があることを決して人には言わないこと。
さっきも言った通り、君自身或いは君の周囲の人に迷惑が及ぶ可能性が有るのでね。」
テレサが頷いた。
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