第50話 FEX開発室 その三

「何でしょう?

 ガラスのように見えるけれど・・・。

 ひょっとしてダイヤモンドですか?」


 スティーブは頷いた。


「工業用ダイヤモンドよりも純度の高い微粉末だが、加工されている。

 500倍の顕微鏡で覗けば中に回路が刻まれているのがわかる筈だ。

 これは集積回路だよ。

 このままでは人の手に負えないから、基板に埋め込んで使えるようにしなければね。

 で、第三の機器だ。

 サム、第三の機器の白色のホッパーにシリコン素材を入れて欲しい。

 テレサ、赤い色のホッパーに、そのダイヤモンド粉末を一掴み入れてくれるかな。」

 

 サムとテレサが指示通りにホッパーに材料を入れると、スティーブがサムに端末で第三機器を作動させるように言った。

 機器を作動させるとやがて機器が運転しているのがわかるが、目に見える変化はない。


「そいつが目に見える基板を作り出すまでに小一時間はかかる。

 何せ制御回路が遅いのでね。

 新型集積回路を使えるようになればかなり時間を節約できるが、今の段階では左程大量生産の必要は無い。

 その間に第4の機器の操作をしよう。

 その前に下準備がいる。」


 テレサに向かってスティーブが新たな指示を出した。

 汎用の記憶素子を別の端末に入れてプログラムを走らせるよう指示したのである。


 すると目の前にホログラムが出現した。


「テレサ、固定するかしないかの表示が出たら固定するを選択。」


「はい、固定するを選択しました。」


「固定完了の表示が出たら教えてくれるかい。」


「はい、まだ作業中です。」

 

 しばらくしてテレサが言った。


「固定完了です。」


「了解、言い忘れたけれど、この作業中はホログラムには誰も触れないようにね。

 触れている最中に固定されてしまうと大変なことになる。

 サム、この機器のホッパーにもシリコン素材を入れてくれ。

 量はかなり必要だよ。

 多分、最終的には袋詰めで60袋は必要だ。

 ホッパーから溢れさせる必要はないが、途切らせないように入れて欲しい。

 取り敢えず簡易に手動で補給しているが、こいつは自動にしても構わない。

 ただ常時人が付いている必要が有るので、手動にしているだけだ。

 入れたら端末でスタートだ。」

 

 やがて機器から液状のものが徐々に透けて見えるホログラムの中に細管を通して流れて行った。

 内部の細い巻線の様な中を血液のように赤い液が進んで行くのが見えた。


 機器から赤い液の流出が止まり、注ぎ込まれていた上部から僅かな液がしたたり落ちた。

 やがてテレサが叫んだ。


「第一段階終了です。

 第二段階を開始するかどうかの表示が出ています。」


「第二段階開始。」


「第二段階開始を選択しました。」


 機器が今度は少し黒っぽい液体を出し始め、最初に巻線の内部を、それから外側を埋めだした。

 同様に、注ぎ込まれていた上部から液がしたたり落ちて第二段階を終了した。


 この工程は全部で124段階あり、延べで8時間はかかると言われた。

 9時半から始めたとして終業時間まで掛かることになる。

 

 椅子を持って来て座りながらやればいいと言われたものだ。

 やがて第三装置の下部から基板の一つが滑り落ち出来た。


 マリアが慎重な手つきで持ちあげ、回路を確認していた。


「入れたのはシリコンだけですよね。

 何故、基板素材、配線、それにコンデンサーやダイオードまで出て来るんでしょうか?」


「これらの装置では元素を転換させているんだ。

 それで必要な部品を内部で作り上げている。

 今、第4装置で再現しているように、装置内部でホログラムが配置を詳細に決定し、力場で補強して必要な素材だけを流し込んで作っている。

 ダイヤモンド素子を作る工程は結構煩雑なので、別扱いにした。

 この基板一つに中央演算回路として128個の集積回路が使われている。

 昨日、サムやテレサには説明したが、一個の集積回路が最新型の集積回路の1万倍の速度を持っている。

 それにシリコン製の集積回路と異なり通電性も耐熱性も高いからね。

 左程発熱しないだろうし、電力も食わないはずだ。

 こいつが今形作っている新型駆動機関の管制装置になる。

 それに君が今検討中のAIにもこれが使われると思ってくれ。

 管制装置には、こいつ一つでいいが、AIにはこの基板が少なくとも400枚以上は必要だろうと考えている。

 OSはガンデムZで作動するはずだ。」


「ガンデムZなら、確か50000TMまでの記憶素子容量を使えます。

 複数の素子でミラーリングができますか?


「あちらの記憶素子用の基板にはその能力はないが、ソフトで基板ごとのミラーリングは可能だよ。

 接続ケーブルも特別性のものを使ってもらう必要がある。

 入出力は全て光ファイバー経由になる。

 光ファイバーも、第一装置で製造可能だ。

 それはまた明日教えよう。

 それから中央演算素子直下にはこの記憶素子5枚が埋め込まれているからメモリバッファとしては十分だろう。」

 

 マリアは頷いた。

 第7工房の作業は5時半まで続き、遂に第4装置の124段階工程が終了した。

 

 その間テレサは端末について、段階ごとの区切りで入力をしなければならなかったし、サムはほぼ10分間隔でシリコン原料を補充しなければならなかったので、二人はずっと第7工房に詰めていなければならなかった。

 各工程は、僅かに数秒で終わるものもあれば1時間近くかかるものもあり、一定していない。


 お昼の弁当は、スティーブが買ってきてくれたものを工房で食べたのである。

 最終工程は、ある種のフィールドを放射させることにより、液状化している物質を固形化させることにあった。

 

 作業員が一定の距離離れるよう端末から警告が表示された。

 部屋にいた者は、全員奥の二階にある事務室に避難した。


 事務室の二階にある厚手の防弾ガラスから覗いているとやがて第4装置からすみれ色の光が放射され始めた。

 面白いことに第4装置の周囲では非常に濃い色の菫色が、拡散するにしたがって淡い色になっているのが視覚的にわかるのである。


 およそ5分、その放射が続いた後、唐突に放射が消えた。

 そうしてホログラムが消失し、実体のある大型の機器が床に据え置かれていた。


 直系1.5ヤールほど、全長3ヤールほどの円柱状に近い丸みを帯びた物体が直方体の鋼枠の中に横向きに収められている。

 上部には移動用にフックがかけられるような器具が付いていた。


 円柱部側面中央にはでかい電極ソケットのようなものがついているが、端子だけで女性の腕以上の太さの物が12本もついている代物であった。

 その脇に、申し訳程度の光ケーブル端子が二個ついているだけであり、外面からはどのような作動をするのかはうかがい知れない。

 

 いずれにしろ、テレサとサムが最終的に作り上げたものであることは間違いない。

 勿論、サムとテレサに第一から第四までの装置がいかなる原理で動くのかは知らないし、人に説明もできないが、それでも実際に操作して再度同じものを作ることはできるだろう。


 その事がサムとマリアに自信を与えていた。

 サムとマリアは、交代で暫く第7工房での電子部品の製造に当たった。


 一方、マリアのためにラックが購入され、マリアはAI用の電子計算機を組み立て始めた。

 隣の広い部屋はそのための部屋であった。

 

 取り敢えずは、ここに設置して必要に応じて記憶素子の詰まったデータバンクは地下に移設することになった。

 サムがそのために専用の光ファイバーケーブルを造り、マリアが市販品の受信装置を利用して受発信端子を取り付けた。


 これまでの事務方の仕事が嘘のように工事作業や手作業で汗を流していた。

 その間にジュリアは艦橋配置について作業を終了し、機関区域の設計に入っていた。


 機関区域の設計で従来にない物が色々と追加された。

 動力炉、新型の駆動機関、新型推進機関、動力バッテリーなどである。


 それらの詳細な図面と仕様書はスティーブから渡されたので、それを設計図にリンクさせることでレイアウトを表示させることができた。

 スティーブからは、機器を換装する可能性も考慮して通路及び外部ハッチまでの移動路も考慮するように言われ、それらを元に大枠の設計が完了した。


 次に指示されたのは、これまで作成した各区画を取り込み、更に武装と全体の外殻設計をすることであった。

 従来装備されていた6基の50メガラス連装砲を取り外して、新型単装砲に切り替えること、仮に損害を受けた際に通路を遮蔽できるような自動閉鎖扉を付けることなどの付帯条件がつけられた。


 特に目を惹いた条件は、定員250名とこれまでの約半数の乗員にすることであり、予備乗員室として50室前後の設置が求められたことのほか、ショックアブソーバー装置が艦体中央のメタセンター両側面に取り付けられ、高次空間シールド及び高次空間センサーの端末装置を25平方ヤールごとに配置することであった。

 ジュリーにショックアブソーバーや高次空間センサーがどのような働きをするものかは判らないが、寸法形状がわかっていれば適切な配置は可能であるし、そこまでの配線も簡単な操作で設計ができる。


 ジュリーもレイアウトの操作が非常に早くなっていた。

 全体像を3Dホログラムで確認しながらの作業であるので設計も非常に速いピッチで進められたのである。


 全体のブロック配置が済むと、水タンク及び空気タンクを隙間や外殻との間に埋めて行った。

 スティーブからは全体として滑らかな形状にするように言われていたからである。


 水タンク容量は、300名定員とした場合の2か月分の使用量を最低レベルとし、そこからの配管及び給水装置の設置を組み込んだ。

 一番困ったのが250メガラス砲の取り扱いであった。


 装弾機構までブロックで組み合わせるとどうしても艦体から飛び出してしまい、不格好に見えるのである。

 装弾機構を変えることができないわけではないが、安全面を考えると素人が手を出して良い分野ではない。


 念のために装備技術部の方に問い合わせると、現状で問題がない物を変える必要はないと一方的に言われた。

 従って、ブロックのまま利用する場合、250メガラス砲から200メガラス砲に置き換えると全体的にバランスよく配置できることが分かったので、逡巡しゅんじゅんしながらもスティーブに相談したのだった。


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