第49話 FEX開発室 その二

 スティーブは、話を敢えて区切った。

 その上で続けたのだった。


「但し、戦闘艦としてのAIには更なる三つの追加条項が必要だろう。

 予め敵として定義されるものは、ヒトではない。

 ヒトの命令において軍及び艦において定める序列を優先とする。

 敵によって捕獲された場合若しくは捕獲されそうになった場合、AI部分を破壊し、通常の電子回路に委ねなければならない。

 この基本的判断基準はいずれ見直すことも必要になるかもしれないが、当面はこのままでいいと思う。

 現実的に音声に反応するプログラムは既に存在しているから、人の命令に従うことは可能だろう。

 間違った命令と判断される場合の対応は、いくつかあるが、基本的に結果予測と論拠を上げて反証し、それでも命令が撤回されなければ従うようにすべきだろう。

 実際問題としてAIには種々の判断材料を与えなければならない。

 そのためかなりの量のセンサーが必要だが、無くとも予め与えられているデータのみで判断を下せるようにすればよいだろう。

 そのためのサンプルが必要となる。

 色々なケースにおける判断例をデータとしておくこと、更には、実働におけるデータ記録により判断材料を蓄える様にすればいい。

 AIを最初から完全なものとして捉えては駄目だ。

 むしろ赤子を育てるように教育するしか手が無い。

 赤子を育てるには時間がかかるが、AIは、はるかに早く知識を吸収できる。」


「あ、では、最初から自立型を造るのではなく、徐々に自立型に変えればいいということでしょうか?」


「そのとおり、君も知らない街に放り出されたら、自分で歩き回ったり、人に教えを請うたりするでしょう。

 それを繰り返すうちに地の利を覚えるようになるはずだ。

 AIもそうすべきなんだ。」


「それなら、可能かもしれません。

 取り敢えず、受動型AIを造り、そこで蓄えた知識を順次次世代のAIに伝えて行けばいい。」


「そのとおり、既に宙軍司令本部には各場面での判断を下した事例が沢山ある。

 それらの事例で司令本部が誤った判断として裁定したものは、そのように教え込めばいい。

 但し、余り確定的な証拠が無く、推量だけで判断したものは曖昧にしておけばいい。

 それこそ揺らぎ理論の出番だ。」


「宙軍司令部のデータは入手可能なのですか?」


「通常は門外不出だよ。

 でも、一応理由を付して頼んでみよう。

 許可が貰えるかもしれない。

 それと、AIの記憶データバンクは、AIそのものともう一つ艦外にも置くことを前提とした方が良いだろう。

 場所は、この研究所の地下保管庫にデータベースを設置し、AI実験艦と高次空間通信装置でリンクさせる。

 AIが戦闘によって破壊された場合や自立破壊をした場合でも、データだけは残るようにする。」


「わかりました。

 取り敢えず、文字データの読み込みサブルーチンをいくつか作ってみます。

 辞書を読み込ませて理解させることが出来れば、通常の文章ならばAIに理解させることができます。」


「うーん、そのアプローチはデータ蓄積では役に立つが、AI機能としては無理かもしれないな。

 いきなり文字とその意味が解る電子回路は無いよ。

 文字の認識はできるだろうし、その発音もさせられる。

 でもそれはデータのオウム返しに過ぎない。

 さっきも言ったように覚え込ませる必要がある。

 子供が言葉を覚えるのは、自分で見たり聞いたり、実際に体験したことが元になっている。

 サブルーチンは最初に類似語の区別からさせるといい。

 物理的な解析なしでパパとママ、男と女の違いが区別できるだけでも大したものだ。

 色や音は物理的に解析可能だからセンサーで識別できる。

 でも概念は機械には容易に識別できないんだ。

 そこにプログラムで一般的な特徴を比較させることにより結論を導き出せる。

 物理的解析を加えれば確立度はさらに上がるだろう。

 多分試行錯誤の連続になる。」


「取り敢えずのとっかかりが出来たので、一応、やれることをやってみます。

 データベースは、取り敢えずどこかに作りましょうか?」


「いや、今はいいでしょう。

 そのうちにデータベースは作り上げます。

 今あるデータベースは当てにならないので、一から作り直します。」


「えっ?

 その、一から作り直すんですか。」

 

 マリアは一体誰がと言いかけて口をつぐんだ。

 スティーブはにやりと笑ってもう一度言った。


「そう、作り直す。」


 サムが発注を終えたことを報告すると、サムとテレサには仕様書が手渡され、いつ用意したのか市販の青色作業服が手渡された。

 第7工房に行って何かを組み立てろと言うことらしい。


 サムとテレサは、工房に行って部品のチェックから始めた。

 仕様書通りに並べて行かないと、何処に何があるのか判らないからである。


それでも二人で何とか整理して並べ、仕様書通りに組み立てを始めた。

時折、スティーブがやってきて進み具合を確認し、必要な注意を与えて行く。


 延べ8日掛かって二つの機器を完成させ、未到着の部品二個のため二つの機器が未完成だった。

 それを報告するといつものようにスティーブが言った。


「よくやった。

 二個の部品が届いたら、残り二つの機器を完成させてほしい。

 今君たちに組み立ててもらっている機器は新たな装備を造るための必要不可欠な部品を製造するための機器だ。

 他では絶対に作れない部品を作ることになる。

 そのための原料がいくつか必要になる。

 サムは、このリストに有る原料を大至急手配してくれ、製造元はどこでも構わないが安い方がいいよ。

 出来れば入札にするといい。」


 サムはため息をつきたくなったが、ぐっとこらえた。

 少なくとも何がしか意味ある仕事をしていると感じたからである。


 研究所だけでしか製造できない部品なんて聞いたことも無かった。

 材料艤装部では色々な材料や艤装品を作り出しているが、それは研究所で生産するためではなく製造方法を確かめて民間に委託するためのものである。


 従って、開発後は、少なくとも民間にその材料の製造を委託することになっているのだ。

 実際の組み立ては工廠が行うことになる。


 だが、スティーブに民間委託の意志は無く、研究所だけの独占にするつもりらしい。

 いよいよ宙軍の機密事項に触れているのだという感覚で身震いが出た。


 ジュリアの厨房、食堂関係の設計は完成していた。

 大詰めの段階で迷った部分があったものの、スティーブに尋ねるとすぐに答えが出た。


 講堂のホロ映像で全体の説明をするとスティーブが誉めてくれた。

 そうして更なる追加の仕事が待っていた。


 次は艦橋区画であった。

 参考までにと渡されたのがシミュレーションゲームであった。


 艦橋の機器類が精密に描かれている極めて精緻な3D画像であった。


「これ、ひょっとしてホログラムで再現できますか。」


「できるよ。

 コード1204で3D画面の設計図が出る。

 それをホログラムで投影すると良い。

 艦橋内の各機器の役割はシミュレーションゲームのマニュアルに記載してあるから参考にすると良い。

 何なら、一度、ゲームをやってみるとどんな性能を発揮するものなのかわかるよ。

 但し、そいつは研究所以外には持ちださないでほしい。

 万が一にでも外部に漏れると最高機密の漏えいになる。

 君だけじゃなく、僕を含めて所長まで場合によりクビだね。

 最悪銃殺刑。」

 

 それを聞いて、ジュリーは思わずぶるったものだった。

 第7工房では、発注していた部材が届き、組み立てを進めている間にも原材料が届いた。


 組み立てを中断して、スティーブに報告すると、すぐにスティーブがやって来た。


「うん、後二日ぐらいでそちらも何とか済みそうだね。

 もう少し遅れるなら先に部品製造を始めようかと思っていたけれど、先に、そちらの組み立てを優先してほしい。

 それが出来あがったら部品製造を始めよう。」


 そうして二日後、二つの機器が新たに完成し、午後から部品製造が始まった。

 最初にシリコンウェハースの原料になる純度の低い粉砕結晶シリコンが一つの機器に注ぎ込まれた。


 第一の機器が作動すると接続された端末を操作して、プログラム-1が発動した。

 操作はサムとテレサの二人にやらせて、スティーブは指示するだけである。


 機器の内部でシリコンが加工されて非常に小さな部品が次から次に生産されてゆく。

 一旦作動を開始すると3時間は自動運転を行うのである。


 続いて第二の機器に、今度は石炭の粉末を注ぎ入れ、作動させると非常に細かい微粒子のキラキラ光る物質が生成された。

 これも自動運転で3時間の設定がなされている。


 第三の機器と第四の機器は、現状では作動させないと言われた。

 製作時間が8時間ほどかかるので翌日始業時から行うということである。


 因みに第一の機器で作った物は、記憶素子であり従来の100万倍の記憶容量があるという。

 また、第二の機器で作った物は、集積回路であり、同じく従来の1万倍以上の高速で計算が可能なものになるという。


 だが二人の目から見れば、二つ共にそうは見えないのである。

 明日マリアに組み立てさせればわかるとスティーブは言った。


 二人はその日、自動運転を見守るだけになった。

 翌日、第7工房にジュリーを除く4人が集まった。


 その中で、発注していた基板をマリアに渡し、記憶素子一つを差し込むようにスティーブは指示した。

 基板と素子を見比べて、向きを確かめて差し込み、端末の外部入力にケーブルをつないでテストすると、驚くべき数字が表示された。


 記憶素子容量が最高の60TMを示したのである。

 普通、データベースに採用される大型の結晶ディスクでも40台ほど搭載して10TMの筈である。


 マリアが言った。


「この端末では測定できませんね。

 このOSは、60TM以上の記憶素子は認識できないんです。

この基板には100個ほど差し込めるから最低でも6000TM、通常のデータバンク600台以上の記憶容量があることになります。」


「その通りだね。

 一応基板は100枚ほど用意してあるから、ついでに差し込んでおいてくれると後の作業が助かる。

 が、それは、後でもいい。

 次はマリアに見てもらいたいのだが、こちらに有る微小粉末が何かわかるかな?」


 スティーブは、キラキラ光る微小粉末を手で指さした。



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