第48話 FEX開発室 その一

 翌日からスタッフが仕事に精を出していた。

 テレサは、宿題の回答を持って恐る恐る大尉に差し出した。


 大尉はすぐに言った。


「いいんじゃない。

 これで行こう。

 プレートに表示してくれるかい。」

 

 新しい室の名前は「FEX開発室」だった。

 意味合いは次期戦闘艦開発室であり、テレサが大昔の航空機開発ネーミングからもじったものである。


 テレサがすぐにも事務部と掛け合い、金属製のプレートを作ってもらったのである。

 これがスティーブ大尉率いるスタッフの所属先の名称になったのである。


 その日の夕刻間近、半日以上図面とにらめっこしていたジュリーが大尉にお願いをした。


「図面から欠陥を捜すのにどうしても実物を一度だけでも見ておきたいのですが、駄目でしょうか?」


「いや、構わないけれど、色々と手続きを踏み、シャトルで上がって現場を見て再度シャトルで戻って来るとなると先ず1日がかりだね。

 その手間暇が勿体ない。

 どうせならホロで見てみるかい。

 実物ではないにしても、その感覚はつかめる。」


「そんなことができるんですか?」


「隣の部屋が空いているから、そこを使おうか。

 ちょっと待って。」


 スティーブは背後のロッカーから何やら装置を引っ張り出した。

 そうして隣の部屋のドアを開けると隣の部屋は何も置いていないがらんどうだった。


 事務室と同じぐらいの結構なスペースがある。

 部屋の中央に装置をおくと配線をつなぎ一方をジュリーの端末につなぐよう指示をした。


 その上でジュリーに部屋を選ばせてそのホロを出現させたのだった。

 図面を反映させたものであって、必ずしも細かい部分の再現はできていなかった。


「これは原寸大だよ。

 そうして、各部分の図面をリンクさせると、より詳細なホロも再現できる。

 例えば、机の図面が有ったはずだから、それをリンクさせてご覧。」


 ジュリーが一連の操作を行うと確かに机のホログラムがのっぺらぼうから脚も引き出しもついたものに置き換わったのだ。」


「あの、・・・。

 艦には異人類の人たちも載っていると思いますけれど、皆同じサイズなんですか。」


「いいところに気づいたね。

 誰が部屋の住人になろうと図面がそうなっていれば多分同じだろうね。」


「確か、ビアク人が一番大柄で、ダッカム人が一番小柄でしたよね。

 使う人のサイズを考える必要があると思うのですけれど・・・。」


「そうだね、君の身長は1.23ヤールぐらいかな。

 だから原寸大で君の感覚で受け取れる広さと高さだが、一番大柄なビアク人の場合だと平均身長は1.6ヤールぐらいある。

 一方で、ダッカム人の場合平均身長は1.05ヤールぐらいだ。

 君の身長とそれぞれの比率を入れて縮小或いは拡大させてご覧。

 そうすると彼らが感じている広さ、高さを見ることができるだろう。」

 

 ジュリーがまたも一連の操作をすると、部屋が拡大し、或いは縮小した。

 ジュリーが気づいたのはダッカム人にとっては机や洗面台の位置が少し高すぎた。

 

 逆にビアク人にとっては非常に低い位置に有るのである。

 これでは使いづらいに違いない。


 それにビアク人にとってはかなり狭い部屋になることに気づいた。

 天井やドアはさほどでもないが、何となく圧迫感を感じるのである。


「ありがとうございます。

 実物を見ないまでも何とか雰囲気は掴めそうです。

 この装置を暫くお借りできますか?」


「ああ、構わないよ。

 ジュリーに預けておこう。」


 ジュリーは、その日から三日ほど端末を持ち込んで隣の部屋で色々な手法を講じながらホログラムと格闘していた。

 一方、マリアは、丸二日間、擬人化プログラムに関する文献をネットで読み漁っていた。


 サムは、部品調達リストの品々を猛烈な勢いで調達経路に載せるべく書類を作っていた。

 テレサは、そうした三人の手伝いをしながら過ごしていた。


 スティーブは、新たに四つのモニタースクリーンをテレサに頼んで入手してもらい、そのモニターを見ながら何やら機械の図面を設計しているようだった。

 スティーブはいくつもの仕事を同時に手掛けているように思えた。


 図面を描きながら、同時に仕様書、指示書、取扱い説明書を書いているのである。

 最初にジュリーの猶予期限の日が来た。


「室長、一応の欠陥を模索し、できる範囲内でその是正を図りましたので見て頂けますか?」


 スティーブは。三日目ぐらいから室長と呼ばれるようになっていた。


「わかった。

 隣の部屋かな?」


 ジュリーは緊張の面持ちで頷いた。

 隣の部屋には実物と見間違うほど綺麗なホログラムが映し出されていた。


「一番大きなビアク人の身体に合わせて間取りを広くしました。

 ビアク人が住人ならば最低限度これぐらいの広さは必要だと感じました。

 一方で設備については住人の身長差で高さを変えられるように設計を変更しています。

 机、洗面台、鏡付化粧用具入れ、バスルームのシャワーの位置も高さ調節が可能なものに設計を変更してあります。

 これらは市販品で大半を賄えると思います。

 休みの日に実際にショッピングセンターで実物を確認していますので・・・。

 ただ、値段の方は3割増しとなります。

 机とセットの椅子だけは、高さを変えることはできても中々それぞれの体型に合わせることは難しいんです。

 一番大きなビアク人に合せましたが、これだと人類でも少し大きめになってしまい。

 ダッカム人には使いづらいかもしれません。

 現状はどうしているんでしょうか。」


「よくできているね。

 ありがとう。

 椅子について言えば、ビアク人は文句も言わずに小さな椅子で我慢しているようだ。

 脇息きょうそく肘掛ひじかけを外してしまえば、何とか座れるようだね。

 で、改善の提案として、カスケロンではハンズマン商会というところだけが、身体に合わせて椅子の形態をある程度変えられる品を扱っている。

 その椅子を使えば、ビアク人もダッカム人も自分の体形に合わせて変形ができるはずだ。

 椅子の値段は左程高くはない。

 宙軍が標準仕様としているクレマースの肘掛椅子の1割増し程度で購入できるはずだ。

 ハンズマン商会をネットで調べ、ST302Fの商品を調べると図面がダウンロードできるはずだからそれで最大にした場合、最小にした場合の変形度をホロで確認すると良いでしょう。

 ビアク人でもダッカム人でもその範囲内に収まる筈だ。

 それに、値段についてはさほど問題にしなくて宜しい。

 いずれにしろ、この設計図を保存しておいてくれ。」

 

 ジュリーに歓びの表情が浮かんだ。


「で、ジュリーには、次の課題だ。

 厨房と食堂それに食器洗いのパントリーを同様に考えて欲しい。

 特に乗員の動線に留意してね。

 台所は、女性の縄張りだろうから、テレサやマリアにも意見を聞いたらいい。

 ホログラムを投影するのに場所が狭いようなら、ここ2か月間は講堂を借り切っているから、そこに移るといい。

 但し、何らかのスケジュールが入ると使えないかもしれないので、スケジュール予定表には注意してね。

 因みに厨房スタッフには各異人類もいる。

 今のところチーフコックは人類の場合が多いね。」

 

 ジュリーに更に一層の笑みが広がった。

 仕事を任されたという満足感から自然に出た笑顔であった。


「はい、頑張ります。」

 

 次に期限が来たのはサムであった。


「室長、全ての部品調達に目途が付きました。

 既に経理の了解も取って発注済みです。

 でも驚いたですねぇ。

 見積もりを取ったら大手と違って3割から4割は安く上がってます。

 経理担当もびっくりしてました。

 で、納品の方なんですけれど何時が宜しいでしょうか?」


「できるだけ早くがいいな。

 保管場所は第7工房にしてほしい。

 少なくとも半年程度の専従使用ができることになっている。」


「判りました。

 ではすぐに手配します。」


「で、次の仕事になるが、このリストの部品を同じように手配してほしい。

 特に三番目のものは製造するのに時間がかかるかもしれない。

 仕様書と図面が付けてある。

 これが揃えば、部品調達は暫く無い。

 所で、サムは、機械いじりは好きかな。」


「ええ、まぁ、それなりに、・・・。

 何故ですか?」


「部品調達が終わったら、サムとテレサには暫く工員になってもらおうと思ってる。」


「えっ、ええー、何ですかそれ。」


「まぁ、その時が来たら知らせるよ。」


 次の期限がマリアの番であった。


「室長、取り敢えずの期限ですので報告だけでも宜しいですか。」


「どうした。

 元気が無いな。」


「文献を漁り、それなりの仮説は立ててみましたが、自分でも納得できないのに、室長に納得していただくのはちょっと無理かなと・・・。」


「うん、説明する前から言い訳の必要は無いよ。

 マリアの仮説を聞こう。」

 

 それから2時間近くマリアはBTAの問題点と対策についてスティーブに説明した。


「うん、よく勉強したね。

 BTAの問題点を良く整理してある。

 ただ、カール・スマイルの仮説は読んだかい。」


「はい、一応読みましたが余りに荒唐無稽な話が多くてついて行けませんでした。

 実際には不可能じゃないかと思いまして・・・。」


「確かにカール・スマイルの仮説は、一部に誤りもあるし、推論も多い。

 でも少なくとも、脳内生理で起きている事柄を電子理論に置き換えることが可能だとするところは間違いではないと思う。

 彼の過ちは、脳の中でニューロンが無数の樹状突起で結線されており、電子回路のように制限された結線にはなっていないということを見落としたことだ。

 また、ニューロン樹状突起は勝手に断線したり結線したりする生体機能を持っている。

 だから不意に忘れたり、記憶が戻ったりする。

 電子回路でそんなことが起きたら、それこそ大問題だろう。

 少なくとも電子回路は忘れないということは利点でもあるんだ。

 擬人化において、揺らぎ理論を持ちだすのは、ある意味で必要が無い話だ。

 ヒトは感情の生き物だが、神と呼ばれる存在は、多分感情を持たない。

 感情を電子回路に埋め込もうとするから間違いが起きる。

 電子回路なりの特性を考えて判断基準を示せばいい。

 その際に優先すべき事項が三つある。

 ヒトに危害を加えてはならないし、その危険を看過することでヒトに危害を与えてはならない。

 前述の事項に違背しない限り、ヒトの命令に従わねばならない。

 前述の事項に違背しない限り、最大限自らの保全も図らねばならない。」


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