第47話 部下たち
翌朝8時過ぎにスティーブはゲストハウスを出て研究所に向かった。
研究所にはまだ総務課の連中しか出て来ていない。
部屋は、昨日の段階で割り当てられていた。
元々は書類倉庫として使われていたものをオフィスに改装しており、部屋は広かった。
机が7つほどあり、所長は少なくとも6人程度の部下を考えていたようである。
スティーブが机の端末に向かっていると、所長秘書のカレン・マクマハンから電話が有り、所長がお呼びですと伝えきた。
所長室に行くと幹部会のメンバーが集まっていた。
「知っている者も多いだろうが、紹介しておこう。
このたび研究所に赴任してきたスティーブ大尉だ。
大尉、うちの各部長だ。
船体部のギャラハン、機関部のハンコックス、兵装部のウィリアムス、材料艤装部のバーリントン、兵站開発部のフェザー、事務部のライトだ。
朝一番で本部長とも協議して、スティーブ君については、特別補佐官として私の直接下に置く。
そこで各セクションに
当面半年しか猶予はない。
各部とも仮にスティーブから依頼を受けたなら全面的に支援してほしい。
取り敢えずは、彼の指揮下に4人の部下をつけることにした。
船体部設計課のジュリー・マルチナス、兵装部通信課のマリア・ダンフォース、それに事務部経理補給課のサム・センダース、それに加えてまだ配置が決っていなかった事務部
既に本部長の了解も得ているので、各部とも宜しく了知願いたい。」
開発部長が発言した。
「失礼ながら、その4人だけで大丈夫でしょうか。
何れも技師の資格がない者のように思えますが、特にテレサ嬢は、ろくに仕事をしたことも無い筈ですぞ。
必要と有れば、誰でも引き抜いて構いませんが。」
「うん、ありがとう。
取り敢えずは、テレサ嬢以外は、スティーブ君の希望に合わせた。
テレサ嬢にはスティーブ君の秘書でもやってもらうつもりだ。
三人が出て行く関係各部で引き継ぎが有れば、今日中に済ませて欲しい。
引き継ぎのない者は直ちに、スティーブ君のところに回してくれたまえ。
他に何か懸案事項が無ければ今日の打ち合わせはこれまでとする。
なお、スティーブ君には必要に応じて幹部会に出席してもらうこともある。」
スティーブが部屋に戻って30分もしないうちに若い娘がアタッシュケースを手に顔を出した。
その娘にも顕著なオーラが見えるが、ジュリエットほどではない。
そうして美人であった。
黒っぽいタイトスカートスーツに白のブラウス、そうして黒短靴と典型的なリクルートスタイルである。
髪は短くカットしており、清々しいイメージを与える。
きちんと気を付けをしてからその娘が言った。
「テレサ・ハリントンです。
事務部長から私の配属先が決まったので、204号室のスティーブ大尉のところに行きなさいと言われましたが、こちらで宜しいでしょうか?」
スティーブは立ち上がって言った。
「僕がスティーブです。
テレサ君には当面僕の下で秘書のような仕事をしてもらいますが、場合により仕事が増えます。
そう固くならずに、そこへ座りましょうか。」
スティーブは部屋の中央に有る応接セットに手を向けた。
8人が座れるだけの椅子が置かれてある。
未だ名前も付けられていないが室員と打ち合わせをする際に使えるだろう。
テレサは、その勧めに従って腰を降ろした。
「あの、スティーブさんて、随分お若く見えますけれど、大尉なんですよね?」
「いくつに見える?」
「さぁ、多分25ぐらいと思いますけれど、それでは勘定が合いません。
大尉になるには宙軍大を卒業して5年はかかる筈です。
ですから普通は30歳を超えた方が多いのですけれど・・・。」
「テレサ君は一般大学を出たばかりと聞いているけれど22歳ぐらいかな?」
「はい、21歳と7か月ほどになります。」
「僕は、24歳です。」
テレサの目が真ん丸になった。
「じゃあ、飛び級・・・。。
それに特別昇進もしている?」
「そう、飛び級の18歳で大学卒業、大学院を20歳で修了、宙軍大は飛び級が無いから23歳で卒業、この一年で少尉から中尉になり、そうして大尉になって、ここに来た。
それなら勘定が合いますか?」
「凄いですね、そんな人がここに居るなんて驚きだわ。」
「後で、君の身上調書を書いて提出してください。
ファイルにしておきますので。」
「あの、・・・。
やっぱりここでも出すんですか?」
「そう、決まり事なんでね。
何か都合が悪いかな?」
「いえ、私は特に、・・・。
でも、身上調書を出すと途端に私を見る目が変わってしまうから嫌なんです。」
「ふーん、それは可笑しいね。
君に前科でもあるのならともかく、宙軍幕僚長の娘だからって、別に変りはない筈なんだけれど・・・。」
「あれ?
知っているんですか?」
「うん、昨日、所長から聞いているよ。
でも、君が参謀長の娘であろうと、共和連合政府代表の娘だろうと関係は無い。
君は、僕の部下だ。
失敗をすれば叱るし、うまく仕事をすれば誉めてあげる。
ここには後3人が来る予定だけれど、差別はしないつもりだ。」
テレサがようやく微笑んだ。
「ありがとうございます。
大尉の元でしっかり働きます。」
「取り敢えず、君の椅子はそこだな。
電話の応対と客が来た場合の取り敢えずの応対をお願いしようか。
もっとも、当面は無いと思うけれどね。
端末の設定をしておくといい。」
夕刻までに予定された全員が順次顔を揃えた。
その都度、スティーブは新たな仕事を割り振った。
ジュリー・マルチナスには、端末に巡洋航宙艦の設計図を出させ、乗員居住区の設計について欠陥を自らの感性で探し出せと指示を出した。
マリア・ダンフォースには、AIについての知識を調べ、一般的な擬人化に伴うBTAの問題点及び考えられる対策を洗い出せと指示した。
サム・センダースについては、部品と製造元のリストを手渡し、必要な契約書類と納品手続きを事務部と一緒に進めてくれと指示したのである。
それぞれの難易度に応じて猶予を与えたが、一方で余程の事が無い限り残業はしないようにとも言ったのである。
最後に全員を集めて、打ち合わせを行い、スティーブが目標としている新型艦の設計の話をした。
今のところコンセプトは決まっていない。
但し、これまでと全く違った戦闘艦になるだろうからそのつもりでいて欲しいと伝えたのだ。
その上で、この部屋のネーミングについて、テレサに明日までに考えて来るようにと指示した。
定刻の終業チャイムが鳴ると、スティーブは「お先に」と言って、さっさと引き上げたのである。
女三人、男一人が残った。
マリアが言った。
「大尉って、凄いわね。
AIについて少しは知っているけれど、いきなりBTAの話が出るなんて思わなかったわ。」
テレサが訊いた。
「BTAって何?」
「あぁ、さっき大尉が言っていた擬人化に伴う問題点の一つなんだけれど、プログラム上で分岐を重ねて行くと、どうしても最後は人間の判断が必要になってしまうの。
それを揺らぎで解決しようとする説があるのだけれど、難しいのよね。
白か黒かの判断が揺らぎだとその時々で違ってしまうのよ。
本来の方向性が白と決まっている命題ならば、白にならければいけないのに揺らぎを与えることで間違った結論を引き出してしまう。
これはAIとしては致命的欠陥よ。
それの対策を考えろと言っているんじゃないかと思う。」
「へぇ、難しいのね。
できる?」
「私には無理よ。
技師でもない単なる通信技能士よ。」
「そうかなぁ。
だって、彼は、できると思ったから貴方に指示した。
さっき、お昼休みに聞いたら、あなた方三人は彼に選ばれて、ここに来たみたいよ。
理由は判らないけれど、研究所の中に可能性があるとしたなら貴方たちだと思ったから選んだと思うの。
彼は宙軍切っての天才かもね?
その彼がわざわざあなた方を指名して部下に選んだのには、それなりの理由があるはずだわ。
だから、私は貴方にそれができると思うけれど。」
マリアは、じっとテレサを見つめ、それから頷いた。
「できるかどうか、わからない。
でも、やれるだけやってみるわ。
少なくともやりがいのある仕事だもの。」
ジュリーも口を挟んだ。
「私もそう思うわ。
設計で与えられていた仕事は、ひたすら指示された事を図面に落とすだけ。
ある意味でやり方さえ知っていれば、ハイスクールの生徒でもできる仕事。
でも、彼は、自分の感性で欠陥を見つけろと言ったのよ。
少なくともこれまでは誰からも文句の出なかったはずの図面なのに・・・。
船に乗ったことも無い私が図面からだけで判断するのはある意味で無鉄砲だと思うの。
でも、自分なりの意見を求められたのはここにきて初めてよ。
だから、できるだけのチェックをしてみるわ。」
サムも口を挟んだ。
「こら、驚いた。
女性陣は全員大尉にぞっこんだね。
でも、俺はゲイじゃないけど、大尉の事、好きだぜ。
俺も正直言って驚いているよ。
部品のリストを出して注文しろと言うのは結構あるけれど、製造元までリストに有るのは余程のことでもないとあり得ない。
しかも大企業ならともかく、ほとんどが名の知られていない企業だよ。
俺もほとんど知らなかった。
でもさっきネットで調べたら結構評判がいいんだよね。
但し、宙軍は業者選定には結構うるさい。
そこのところを見越して5日という期限を切ったみたいだけれど、確かにそれぐらいかかるし、それ以上早くもでき無い。
大尉の前歴は、確か船の乗組員だけの筈だよね。
なのに、調達や経理の手順を概ね知っているなんて凄いよ。
それに、多分、この部品はここでしか入手できないものなんだと思うよ。
最近話題になった新装備だって、大企業の製品じゃ話にならなかったということだからね。
こりゃぁ、本腰入れて掛からないと大尉に叱られるかもしれないな。」
一番年下の筈のテレサが締めくくった。
「明日から一生懸命頑張りましょうね。
愛すべき我らが大尉のために。」
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