第46話 研究所長宅への訪問

 ケルスランは、この時期暦の上では真冬である。

 だが気候が温暖な性で、ハーベイの秋とさほど変わらない。


 夏も左程暑くはならず、一年を通じて温暖な気候が続くので非常に過ごしやすい土地なのである。

 ケィティは、トランクから新たな衣装を出して着替えた。


 その間にスティーブはスパイの意識を全て盗み見ていた。

 やはり、ラクスマンと言う男は、スティーブに的を絞っていた。


 この4月1日に中尉から大尉に昇任したことをぎつけたのである。

 少尉から僅かに3カ月で中尉に昇任し、その中尉から1年経たずに大尉であるから、その事実に気づけば絶対に何かあると感ずるはずである。


 彼はまだその情報を誰にも話してはおらず、帝国にも通報していない。

 スティーブは、彼が隠し持つ通報装置を取り敢えず無効にしておいた。


 彼の通報装置は星系内の小惑星帯に隠された小さなバースト発信機へ一旦転送され、そこから帝国に向けて、ごく狭い範囲の指向性バースト通信を発するのである。

 通報装置の一部回路を断線すると同時に、小惑星帯にある中継装置も破壊したのである。


 これで彼らは、帝国との連絡手段を失ったことになる。

 スティーブは、今夜、始末をつけてしまうつもりであった。


 二人は正装でグレッグ・ホプキンスを訪ねた。

 若夫婦の訪問で一番喜んだのは、奥方のミーシャであったようだ。


 お子たちは皆結婚して所帯を構えており、たまたま軍人の一家なのでそれぞれ離散して別の星系にいるために中々に会えないようである。

 比較的近いバドゥ星系に居る娘が孫を連れて戻って来るのが一年に一度ぐらいだというのである。


 晩餐の料理は左程凝ったものではないが、心のこもった家庭料理の数々を堪能できた。

 会食の間、仕事の話はほとんどしなかったが居間に移って、グレッグが切り出した。


「君のこれまでの仕事ぶりは研究所も形無しの成果を上げている。

 君の研究所勤務は、実のところ半年間しか猶予ゆうよが無い。

 宙軍本部長から優秀な人材を艦隊装備技術本部にとられたままでは困るとクレームがつけられてね。

 取り敢えず半年と言う約束で預かることになった。

 研究所に来てもらったのは、工廠よりも非凡な君の才能が生かせるとの判断なのだが、機関部、兵装部が取り合いを始めてな。

 どちらも君が開発した新型装備に一番関わりが深いからなので、止むを得ないところもある。

 実は、本部長とも相談したのだが、君の場合、就航船の一部改装や、修理に伴う改造だけしか今までやっていない。

 新造設計ならば、より広い範囲で君が持っている知識を生かせるのではないかと思うのだがどうかね。」


「はい、限られた中で改装若しくは改造するには、取り敢えずあのような方法しか無かったのですが、全く新たに艦を造るとなれば別のタイプの設計も可能だと思います。」


「例えば?」


「今の建造プランは、概ね型にはまった設計しかしておりません。

 艦の大きさを設定し、それに見合う核融合炉を設置し、必要な武器を搭載するという後付けの手法です。

 しかし、大きさも装備も自由と云う形でなら、より理想的な戦闘艦を設計することができると思います。

 無論最初に大まかなコンセプトを設定するのは必要ですが、最新のものを求めるならば、従来の型の中にどう収めるかを考えるのではなく、むしろどのように装備すればよいかを決めて型を考えればいいと存じます。

 最良の配置を考えれば自ずと型は定まります。

 現在の方式ならば、宙軍艦艇は必ずしも地上に降りる必要はありませんので、外形に左程こだわる必要はありません。

 尤も、新型のジェイド推進機関の加速からすれば、光速に近づくほど宇宙空間の微小な原子も抵抗になりますから、概ね流線型を考慮する必要はありますが、少なくとも光速の半分程度にならない状況ならば、無視しても差し支えありません。」


「具体的にはどんな艦が考えられるかね。」


「兵装は、ほとんど乗員の手動で操作されていますが、ジェイド推進機関の登場により、仮に敵も同程度の推進機関を持ったならば、手動による操作は余り意味を持たなくなるでしょう。

 現状でもセンサー要員が目標を探知し、電子計算機で予測した将来位置をスクリーンに表示させ、マーカーでチェックして発射のタイミングを狙っているだけです。

 ビーム砲は、射程距離があるためにそうしているのですが、予めセッティングすることにより自動発射も可能なはずです。

 相手の加速率や機動性が上がるほど、センサーの役割が重大になりますが、センサー要員であるカブス人やメルデル人のメンタリティと能力から考えて、これ以上機動性能が上がると無理が生じます。

 従って、少なくとも武器管制については、将来的な動向を見据えてAIの導入をお勧めします。」


「AIとは擬人化知性をもった電子計算機のことかね?」


「はい、その通りです。」


「確かに数年前から我が軍でも試みが行われているとは聞いているが、成功したとは聞いていない。」


「これまでのプロセッサーでは処理速度が遅すぎた上にアプローチの方向性を間違えています。

 プログラムさえしっかりしていれば擬人化知性は可能ですし、制御もできます。」


「ふむ、なるほど、そいつは材料艤装部の範疇にも及ぶかなぁ・・・。

 そのほかには?」


「新型駆動機関の開発です。

 これには少し時間が必要でしょうけれど、いずれ必要になります。

 現状のデズマン駆動機関及び改デズマン駆動機関のいずれも亜空間を利用した遷移方式です。

 これを、高次空間を利用した方式に切り替えれば、遷移距離の制限はほとんどなくなります。

 恐らく共和連合圏内であれば一瞬で到達できると思います。」


「高次空間利用とな。

 しかし、未だ理論段階で開発は難しかろう。」


「実のところ、現物は既にございます。

 高次空間通信装置は、現実に高次空間を利用したパイプなのです。

 余り変な利用をされても困りますので説明書には記載しておりませんが、三次元空間をつなぐ、高次空間のパイプでできているのです。

 対になる装置を設置し、それを専用回線でつないでいるからどことでもつながるように見えますが、事実は、対になる装置の間でしか通信はできません。

 対になる装置の一方は必ずハーベイ基地にあり、従ってそこに管制装置と中継装置を置いているのです。

 そうして、実際にはパイプの中を物質も通過することは可能なんです。

ですから、高次空間通信装置を巨大化させれば、航宙艦でも通過は可能です。

 但し、それではレールの上の車両と同じで出発地と目的地が決っていますから、任意の目的地に向かうことはできません。

 ですから、そうした任意の目的地に瞬時に転送させることが新型駆動機関のコンセプトです。」


「それが、可能だというのかね?」


「ええ、デズマン駆動機関でできていることですから、可能であると信じています。」


「何とも驚いた話だが・・・。

 いずれにせよ、今までの話で分かったことは、かなり多岐の分野にわたっているので、研究所の既存の枠に嵌め込まずにむしろ外れている方がよさそうだな。

 本部長とも相談するが、やはり、君を特別補佐官としてどこの部にも所属させないようにする。

 君の上司は私一人で、必要に応じて各部長に全面的な協力はさせよう。

 部下が必要だろうが・・・。

 何人必要かね。」


「そうですね、指名が可能であれば、船体部設計課のジュリー・マルチナス、兵装部通信課のマリア・ダンフォース、それに事務部経理補給課のサム・センダースをお願いできましょうか。」


「うん、どういうことかな。

 私の記憶に間違いがなければ、技術資格を有する技師ではない技能士又は事務員として雇用されている者のようだが、それで足りるのかね?」


「この三人は言われたことは忠実にこなす能力を持った者のはずです。

 設計課のジュリーは製図にかけてはぴか一の筈、通信課のマリアはAIに関しては並々ならぬ知識を持っています。

 経理補給課のサムは、市販品の入手をしてもらいますが、一人で契約、納品受領が出来ますので事務処理に欠かせません。」


「ふむ、どこで彼らのことを聞いたのか知らぬが・・・。

 なるほど、・・・。

 では、それに一人加えてもらえるかな。

 この4月に宙軍で採用されたばかりの一般大学卒業の女の子なんだが、実は宙軍幕僚長の末娘でね。

 父親を恐れて何処も使いたがらん。

 結局うちの事務方に押し付けられたが、宙軍参謀長の娘となるとどうにも使いづらいようで、ある意味仕事から遠ざけられて、浮いている。

 君の秘書にでも使ってはくれまいか?」


「やれやれ、僕も面倒な事は嫌いなんですが・・・。

 仕方が有りません。

 先ほどの三名が確保できるならば4人目も引き受けましょう。」

 

 仕事の話が済んで二人は、ホプキンス邸を辞去した。

 ホプキンス夫人は、大層ケィティを気に入った様子で、必ずまた二人で来て下さいねと念押しをしていた。


二人はゲストハウスに戻って、寝る用意をしたが、スティーブが何事かしているのが雰囲気でわかった。

 ケィティは、ベッドに入ってきたスティーブに尋ねた


「何かをしていたの?」


「うん、ネズミ退治。」


「ネズミ?

 もしかしてスパイ?」


「そう、行方不明者が79名増えた。」


「仕方がないわね。

 でもこれからは二人の時間よ。

 ネズミなんかに邪魔されたくないわ。」


「そうだね。

 明日は、ケィティ一人で留守番だけど、予定は?」


「特にないわ。

 夕食でも準備して待っているから。」


「そう、じゃぁ、お願い。

 帰る時間は、セルフォンで知らせる。

 余り遅くならないつもりではいるけれど、今のところは未定。」


「引っ越しの時は、宿舎に居て欲しいけれど無理かしら。」


「それも、所長に頼んでみよう。」

 

 すぐに二人は毎夜続けている秘め事を始めていた。

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