第三章 カスケロン基地
第45話 研究所とカスケロンの基地
目的地であるカスケード到着の前日に開催されたフェアウェルパーティでは、かくし芸を披露しなければならず、二人は相談して楽器の演奏を行った。
ケィティがベリンズを、スティーブがセマレオニを持って重奏したのだが、大層な拍手を頂いた。
ケィティは、スティーブがセマレオニを演奏するのは初めて見たが、とても上手な演奏で驚いたものだ。
二人がテレパスで語らいながら重奏をするのはこれが初めての試みであった。
曲は「白銀のリング」、古くからあるハーベンのクラシックである。
この二人の演奏は、かなり上出来だと言えるだろう。
少なくとも司会者からはプロ並みの演奏でございましたとの評価を頂いた。
半分はお世辞かもしれないが、他のお客様の出し物よりは出来が良かったと自負しているケィティである。
旅行中色々な人と知り合いになれたことも大きな収穫であった。
スティーブは、年齢性別に関わりなく誰とでも親しくなる能力を持っているようだ。
知らなかったわけではないが、改めて再認識が出来たと言えよう。
ロベナ号を去る際には、多くの乗組員が二人に声を掛けてくれた。
◇◇◇◇
カスケロンの基地は広大であった。
ハベロンのセントラル・パークを何倍もの大きさにしたような緑地帯の中に宙軍専用のシャトルの発着場があり、その広大な敷地の一部に宿舎がある。
スティーブとケィティは民間専用のCUT(City Universal-Port Terminal)に降ろされたので、そこから宙軍基地まではエアタクシーで向かったのである。
基地にはハベロンと同様にゲートがあり、基地内ではやはり走行浮上車が主役であるのだが、基本的に宿舎以外の施設は全て地下にある。
ハーベイではあくまで一時的に利用できるだけであったが、この基地内の住民は走行浮上車を滞在中は期限無しに貸し与えられるようで、宿舎の駐車場は走行浮上車がずらっと並んでいる。
最初に管理棟に向かい、そこで様々な手続きを行い、宿舎の鍵を受け取った。
今日のところは、ゲストハウスに宿泊することになるが、宿舎の状況を確認したかった。
宿舎はやはり集合住宅である。
12階建ての宿舎がかなりの数並んでいる。
スティーブに割り当てられた宿舎は5階にあった。
エレベーターを使って上がり、少し歩いたところにそのアパートメントがあった。
中は古い造りだが、広いリビングとDKがあり、寝室が4つある。
基本的に間取りはハーベイと一緒なのだが、こちらの方が少し広そうである。
ハーベイでは中尉クラスの宿舎で、ここでは大尉クラスの宿舎なので若干広くなっているようだ。
ハーベイの宿舎は105平方ヤールほどで、今回は122平方ヤールほどになっているそうだ。
荷物が入るのは二日後の午後になると聞いている。
ロベナ号からコンテナを降ろし、地上に運び、それから配送するのにそれだけかかるということらしい。
ゲストハウスはホテルのように造られてはいるが実に簡素である。
食事は基地内に有るレストランで食べることになる。
基地は一つの街であり、必要な物は何でも揃っていると考えた方がいい。
病院、学校、銀行、ショッピングモール、旅行代理店まで揃っている。
基地内で日常の買い物や用事は全て済むようになっているのだ。
ハーベイの基地でも似たようなものだったが、ここはもっと大規模なのである。
スティーブが勤務先となる研究所へ着任の挨拶で行くことになり、ケィティはゲストハウスで留守番をすることになった。
手持ちぶさたなので、ホロスクリーンを付けてみた。
共和連合標準語の番組が主体であるが、一般では見られない番組もある。
宙軍放送に陸軍放送である。
その折々の軍事に関する情報が一般放送よりは詳しく知ることができるのである。
また、異種族言語の放送もある。
ふと思いついて、基地内の思考を探ってみた。
ノルデン人、ビアク人、ムレディア人、ダッカム人、メルデル人、キルデア人、ザーシュ人、ヘンデル人、バルモア人、カブス人の10種族が居た。
それらの思考を読むと同時にその言語を自分のものにしたのである。
カブス人とメルデル人は弱いテレパス能力があるので慎重に思考を読まなければならないというのは知っていたが、意外に簡単であった。
その上で異種族言語の放送を見てみると中々に面白いのである。
人類種族とは異なるメンタリティと習慣を持つ彼らは、非常に素朴で有り、誠実な種族でもあった。
特にノルデン人には裏切りという概念がない。
古来、剣や槍を持って戦をしていた時代から、同盟や主家を裏切るという歴史が無かった種族なのである。
従って、戦に敗れた時は
騎士だけではなくその領地に住む農民たちまでもが新しい領主に仕えるよりは死を選ぶかその土地を離れて行ったのである。
従って、ノルデン人の歴史には領土拡張がほとんどないのである。
領土を拡張してもそこに住む領民が居なければ領土の維持は難しいからである。
そのような彼らに尤も適した政体が共和制であった。
共和連合に付くか、帝国に付くかを選択しなければならなかった時に、彼らに優柔不断はなかった。
新たな領主たる皇帝に服従を誓うよりは、古来の掟に従って同盟と共和制を選んだのである。
たまたま放映されていたノルデン人の時代劇では、そのことが明確に示されていた。
ノルデン人の番組を見終わって、次にビアク人の番組を見ている途中でスティーブが戻って来た。
いつものように抱き付いてキスで出迎えるとスティーブが言った。
「おや、ビアク人の番組だけれど、さては基地内の異種族の思念を読んだね。」
「ええ、カブス人とメルデル人は特に注意して、慎重にやったから相手に気づかれてはいないと思いますよ。」
「そう、じゃぁ、彼らの言葉も習慣もほぼ理解したかな?」
「おおよそのところは、でも実際に彼らの世界に行かなければ駄目かもしれないわ。
殆どの種族で宇宙に乗り出したのは新世代と呼ばれている者たちよ。
逆に言えば旧世代の者達は故郷に残っているわけでしょう?
何となく新世代と旧世代のメンタリティが違うような気がするの。
彼らの中に旧世代の人たちを一部憐れむような意図が少し見えたから。」
「そうだね、彼らはある意味で種族の中の特権階級でもある。
彼らが宇宙に出るとしたなら、余程の富裕な者か、学者か、或いは宙軍に入るしかない。
宙軍という職場は危険な任務と隣り合わせであることを十分承知していながら応募する者は沢山いるから、彼らはその中でも選りすぐられた者達だ。
だからエリート意識が多少ともあるのは確かだろう。
そうして彼らの両親は、概ね息子が、あるいは娘が、家を出ることには反対していたはずだ。
宙軍にいる彼らにとって旧世代の人たちは宙軍に入ることに反対していた家族に代表されるものなんだよ。
だから哀愁が帯びる。」
「あ、それから、基地内の意識を捜しているうちに変な意識にぶつかったわ。
どうもハーデス帝国のスパイだと思うわ。
今のところは基地外のアパートから基地を監視しているだけなんだけれど、少なくとも5人はいるわね。」
「良く気が付いたね。
実はハーデス帝国のスパイがこのカスケロンだけで79名も潜伏している。
その内の一人が僕の名に目を付けたらしいから、いずれ、けりをつけなければならない。」
「けりをつけるって?」
「多分、殺すことになる。」
「どうして、それは保安部や情報部の仕事じゃないの?」
「彼らの居所を通報すればそれだけで彼らは捕まるだろうけれど、同時に通報した僕らも
ケィティなら何と説明する。」
「それは・・・。
説明の仕様がないわねぇ・・・。
超能力の存在は言っちゃいけないんでしょう?」
「それと、彼らは捕まったら死ぬように或いは捕えられたなら仲間を殺すように訓練を受けている。
彼らから保安部や情報部が得られることは何もない。
むしろ79名ものスパイが宙軍の
不合理だよね。
だから、一切を闇に葬るには彼らの存在を消し去るしかない。」
「まぁ、じゃ、スティーブが直接手を下すの?」
「ケィティ、前にも話したけれど、僕が直接の指示を出して宙族船の240名余りを殺戮し、ハーデス帝国の機動艦隊8隻2万余名の将兵、それに彼らが機動要塞と呼ぶ巨大艦4隻36万余の将兵の命を奪っている。
軍人である以上敵を倒すのが使命なんだ。」
「スパイも敵であることは承知しているけれど、ビーム砲やミサイルを撃つのとは違うでしょう。」
「意思がそこに有って結果を予測している限り、同じだよ。
その責めは自分で負うしかない。
仮に通報できたとしても、それは彼らの死刑執行のボタンを押したのと同じことだ。」
「じゃぁ、私も同罪ね。
スティーブ、私も一緒にやるわ。
彼らがスパイであることを知った以上は私にも責任がある。」
「ありがとう。
ケィティ、今はその言葉だけで十分だ。
君は女性で命を
命を育む者が、他の命を奪ってはならない。
その役割は、古来より男が役割を分担してきた。
男は洞窟の外で戦い、敵を打ち負かし、女に食べるものを持ち帰ったんだ。
だから、この仕事は僕に任せて欲しい。
どうしても君の助けが必要なときは言う。」
「わかったわ。
私の
ところで、そろそろ夕食の時間じゃないかしら。
狩りの獲物は無いの?」
「今日はウサギ一匹も見つけられなかったよ。
だから、余所の御家に餌を頂戴しに行こう。」
「まぁ、一体何処に押し込みに行くの?」
「研究所の所長さんがね、君にも会いたいって、食事に呼んでくれた。
彼の家は、郊外にあるから遠出しなけりゃいけない。
それから、これが、君のIDカードだ。
基地内の口座とも連動している。
なくさないようにね。
落としても、君ならすぐにわかるだろう。」
「あ、魔法でマーキングをしておけばいいのよね。」
ケィティは超能力だけではなく、自然界に有る力を利用して所謂魔法も操れるようになっていた。
スティーブは頷いた。
「流石に優秀なお弟子さんだ。」
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