第43話 ドレスを作ってもらうには・・・

「それは、ちょっと遠慮したいわね。

 いずれにせよジュリエットに訊いてみるわ。」

 

 ケィティはジュリエットに電話してみた。

 種々やり取りがあって、ケィティは電話を切った。


「ジュリエットは、会ってもいいと言っている。

 で、やっぱりフォーマルな衣装は無いらしいの。

 それで、マーシャさんの話をしたら、物凄く乗り気になって、本当にマーシャさんに衣装を作ってもらえるなら何でもするって。

 マーシャさんの隠れファンだったみたい。

 どうする?」


「しょうがないな。

 ケィティの可愛い妹のためだ。

 マーシャさんに頼み込んでみようか。

 確か今日は午後5時からベイ・ホテルで秋物コレクションの発表会の筈だ。

3時ごろまでにホテルに行けば或いは会えるかもしれない。

 ジュリエットに電話してくれる。

 2時に迎えに行くから一番可愛いと思う服装で待っていてほしいとね。」


 ケィティは再度電話をかけた。

 その後、室内で護身術の型のみを稽古して、昼食を二人で作った。


 これが美味しかったので、ケィティも中々に料理の腕が上がったねと味にうるさいスティーブが珍しく誉めたものである。

 午後一時半、スティーブのエアカーでクレッセンド邸に行き、ジュリエットを拾ってハベロン市外西部にある海岸部のリゾート地で有名なベイ・ホテルに向かった。


 ジュリエットがスティーブのエアカーに乗ったのは初めてであり、最上級の高級車に盛んに感心していた。

 若者向きのスポーティなエアカーではないが、小型の冷蔵庫に小振りのカクテルセットが用意され、本格的な移動端末と車載電話が装備され、後部座席ではかなり大きな映像の最新型3Dホログラムを楽しむことも出来るようになっているし、座席を倒すと大きなベッドにもなる仕様である。


 ベイ・ホテルは海岸に面した高台に有り、周辺の緑と海岸の砂浜が特に風光明媚ふうこうめいびな場所として知られている。

 ベイ・ホテルの駐機場にエアカーを止めて、屋根の付いた遊歩道を歩いてロビーに辿り着き、フロントでマーシャに面会を求めた。


 フロントから電話を入れるとすぐに反応が有り、2階の催事場までホテルマンが案内してくれた。

 ドアをノックすると僅かにドアが空き、小柄な30代の女性が顔を出した。


「スティーブ?」


「はい、スティーブです。

 恐れ入りますが、マーシャさんにお会いできますか?」


「あら、連れも居るのね。

 先生は中に居るから、入って。

 ドアは余り開けないでね。

 入ったらすぐに閉めること。」

 

 三人は言われるままにドアを小さ目に開けて、次々に滑り込むように中へ入った。

 中はいくつかのパーティションで区切られてはいるが中々に喧騒けんそうである。

 

 どうやらショーの準備の真っ最中のようである。


「あの、お邪魔でしたら引き揚げますが・・・。」


「いいのよ、貴方が来てくれて助かったと言ってるから。

 こっちよ。」

 

 30代の女性は、急ぎ足で喧騒の只中を潜り抜けて行く。

 今の言葉で若干不安げな三人はその後をついて行くしかない。


 あちらこちらで、モデルさんが下着姿で動き回り、化粧をしているので、余り脇目を振ることもできない。


「マーシャ、待ち人来たるよ。」


 何事か一生懸命デスクで書き物をしているマーシャは振り向きもせずに言った。


「サリー、ありがとう。

 どう?

 使えるでしょう。」


「ええ、三人とも使えそうよ。」


「えっ、三人?」

 

 マーシャがそう言って、振り返り、眼鏡越しに改めて三人を眺めた。

 マーシャが立ち上がり、スティーブを抱き寄せてキスをした。

 

 すっと離れて、次はケィティもキスをされた。

 それからジュリエットを頭からつま先まで眺めてから言った。

 

「この子は?」


「ケィティの妹でジュリエットです。

 実は・・・。」

 

 マーシャは手を上げ、スティーブの話を遮って断言した。


「話は後。

 後で、何でも聞いてあげるから、今は私の話を聞いて。

 モデルの男の子二人と女の子二人が食中毒で出られなくなったの。

 4人が4人とも、今日のメインなのよ。

 で、中尉、一生に一度のお願い、モデルになって。

 そこの御嬢さん二人も。

 でなければ、今日のコレクションが中止になっちゃうの。」


「ちょっと待って、僕らはモデルじゃないから、そんな簡単にはできないですよ。」


「なんてことはないの。

 中央のステージを歩いて、戻って来るだけよ。

 男は適当に歩けばいい。

 女の子は、歩き方を教える。」

 

 マーシャが叫んだ。


「マリー、ここにきて。」

 

 モデルの一人だろう。

 下着姿で出て来た。

 

 見ている方が恥ずかしくなりそうだ。


「何?

 先生。」


「そこを歩いて見せて。

 この子たち初めてなの。」

 

 マリーと呼ばれたモデルはちらっとケィティとジュリエットを見た。


「いいかしら、脚を交互に内へ入れながら歩くの。

 急ぐ必要は無い。

 バランスを考えてしっかりと歩く。

 ハイヒールだから少し歩きにくいかもしれない。

 でも背筋を伸ばし、少し目線を上に上げるのがコツよ。

 見てて。」


 マリーは二人の前で、背筋を伸ばして歩いて見せた。

 脚が交差して内側に入る分、小股になる。


 数歩歩いて戻ってきて言った。


「やってみて。」


 ケィティとジュリエットが見よう見まねでやってみた。

 マリーが頷いた。


「何とかなりそうよ。

 できない人は最初からできない。

 でもこの二人はバランス感覚がいいからできると思うわ。」

 

 マーシャの顔がほころんだ。


「ベラ、レイス、女の子二人の化粧をお願い。

 カイラ、男の子の化粧をお願い。」


 途端に三人はそれぞれの担当者に手を曳かれて、パーティションの中に引きずり込まれ、下着一枚にされて、席に座らされた。

 後は、喧騒の中であれよあれよという間に準備が進められた。


 衣装のサイズの違いは急場しのぎで切ったり、縫ったりを数人の者が寄ってたかってしてくれる。

 その間にも髪にグリースを縫って奇抜な形に結い上げるのである。


 午後4時50分、全ての準備が整っていた。

 コレクション会場には、社交界で著名な人物、高名なデザイナー、マスコミなどが大勢押しかけていた。


 午後5時ちょうどにコレクション・ショーが始まった。

 ケィティはしっとりとした雰囲気の深草色のロングドレスに身を包み、ジュリエットは派手な橙色のインナースーツに真っ赤なミニスカートとカジュアルなセーターの出で立ちであった。


 二人は、どちらも食あたりのモデルと似たようなサイズであったために、多少の微調整で済んでいた。

 むしろ、スティーブの方が、サイズが合わずに困っていたようだ。


 痩身そうしんに見えて意外とがっちりとした筋肉質の体型は、食あたりのモデルとは違うからである。

 それでも多少大きめに造られていた衣装は、大胆な胸ぐりのカットをすることでより野性味を感じさせるとてもいい雰囲気に仕上がっていた。


 最初に歩き方を教えてくれたマリーが出て、彼女が折り返しに達した時、背後からサリーが軽く肩を押してくれた。

 ケィティはドキドキしながらも、着実に進み、折り返し点でターンをして戻って来た。


 途中でジュリエットとすれ違った。

 ジュリエットも緊張しているようだ。


 二人は視線だけを交わしてすれ違った。

 後は、もう、何も覚えていないほどの忙しさである。


 戻ると二人掛かりで衣装を剥がされ、新たな衣装を着て、すぐに出番である。

 ケィティとジュリエットの出番は合計15回を数えた。


 いよいよ大詰めが近づいた時、マーシャが言った。


「中尉、ケィティ、腕を組んで一緒に出てらっしゃい。

 笑顔を振りまいて来て頂戴。」


 当初のシナリオには無かった話である。

 それでも二人は腕を組んで一緒に笑顔を見せながら歩き、戻って来た。


 最後にマーシャが出て簡単な挨拶を終え、舞台裏に戻って来た。

 みんな今にもはち切れそうな笑顔であるが、声を出さないでいる。


 控室に皆が入り、ドアが閉められた途端に、サリーとマリーが歓声を上げて抱き合い、縫い子も、化粧師もモデルも大きな歓声を上げてコレクションの成功を祝った。


 マーシャが快心の笑顔で近づいて来て、スティーブ、ケィティ、ジュリエット一人一人をハグして喜びを分かち合った。


「貴方たちは私の福の神よ。

 望みが有れば何でも言って。

 私にできることなら何でもするわ。」

 

 ジュリエットが、スティーブとケィティに押し出されるように言った。


「あの、・・・。

 実は明日の夜、ベルグラッシュに行くことになっていて、私、フォーマルな衣装を持っていないから、・・・。

 もしできるなら、マーシャさんに作っていただけないかなと思いまして・・・。」


「何だ、そんなこと。

 お安い御用よ。

 夏場だから少し大胆なデザインがいいかな。

 それともオーソドックス?」


「マーシャさんに作って頂けるならどんなものでもいいです。」


「そう、私のモデルを勤めてくれたジュリエットに恥はかせないわ。

 サリー、ジュリエットを下着姿にして、採寸してくれる。

 明日の夕方までにはフォーマルなドレスを届けてあげなければいけないの。」


 サリーはにっこり笑って、ジュリエットを連れて行った。


「あなた方二人は要らないの?」


「僕らは結構です。」


「そう、でも、夕食ぐらい付き合って頂戴な。」


「それよりもドレスの御代を聞いておかなくては。」


「要らないわよ。

 本当に三人が居なかったら私のコレクションが中止になるところだったんだから。

 スティーブ一人だったら焼け石に水ってところだけれど、多分ケィティが一緒だろうと当てにして呼び入れたんだけれど、まさかもう一人モデル候補を連れているなんて思わなかったわ。

 ジュリエットの衣装はあなた方三人のモデル代でおつりが来るわ。」


「うーん、それじゃ、今日の夕食代は僕が持ちます。

 一つには、宙軍の方の内規に引っかかる恐れがあるんです。

 モデルをやって饗応きょうおうを受けたとなると問題になりかねません。

 逆に、モデルは単に親しい人を助けるためであり、ジュリエットの衣装代の代わりに食事を提供したことにしてもらいたいのです。」


「何か、随分と妙な話よね。

 でも、いいわ。

 じゃぁ、今晩はスティーブが持ちなさい。

 私は私でその内に借りを返すことにするわ。

 宙軍の内規とやらに触れない方法でね。

 さぁ、二人とも化粧を落として着替えてらっしゃい。

 その格好じゃ目立ち過ぎるわよ。」


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