第41話 ハーデス帝国の事情 その二

 第4代皇帝の御世に、個別星系だけでは帝国に抗することができないという事実から植民星系を大同団結して連合軍を結成した。

 それまではモーデスを中心とした交易圏の弱いきずなであったものが、帝国の方針転換を契機に、逆に結束させてしまったのは見込み違いであった。


 無論、各星系に潜入させていた工作員に反政府運動を推進させたのだが、ほとんど大きな成果を上げないうちに組織が空中分解してしまい、裏工作は失敗してしまった。

 そうして共和連合の核となるモーデスは、確かな技術力で優勢な帝国の侵攻を跳ね返して来たのである。


 尤も、共和連合が帝国版図に侵攻するだけの力はまだない。

 物量で劣っている共和連合が帝国版図に侵攻してくれば、間違いなく包囲殲滅させられるからである。


 一方で、帝国側も全勢力を共和連合に振り向けるわけには行かなかった。

 共和連合は四隅の一角を占めているにすぎず、天頂方向にはジェマレン皇国、ガイスラー方面にはコモド族、アファー方面にはバルゴスが虎視眈々こしたんたんと帝国の領域簒奪を狙っているからである。


 彼らは勢力的には共和連合にも及ばない弱小ではあるが、第4代皇帝に周辺に押しやられたとはいえ、今なお一大勢力を保っているのである。

 ジェマレン皇国以外は、主星すら明確ではなく、本拠地を転々と変えるため、帝国側からは攻撃しにくいゲリラ軍である。


 ジェマレン皇国は左程の兵力は持たないものの、天頂方向にある暗黒星雲の只中にその領域があり、その領域への道筋は狭く長いマゼローン回廊を通るしかないので、大艦隊での侵攻はしにくい地の利がある。

 しかもその回廊内に惑星規模のタスコブ要塞を建造し、帝国艦隊の侵攻を阻んでいるのである。


 タスコブ要塞は、堅固なシールドと巨大な口径の要塞砲を備えているために、正しく難攻不落と言ってもいい。

 しかも300隻規模の航宙戦艦を擁しているから、不用意に回廊の出口の守りを空けると周辺星系に被害をもたらすことになる。


 これまでにもそうしたことが何度かあり、帝国は宙軍艦艇の15%に当たる400隻を常時張り付けている。

 少なくとも暗黒星雲を突き抜けてジェマレン皇国領域内に入る方法は今のところ皆無である。


 暗黒星雲の中では、センサーも効かず、航宙能力も極端に落ちる。

 しかも、かなりの範囲にブラックホールがあるようで、そこに落ち込んだら最後、助かる方法はないのである。


 従って、第4代皇帝カズマールの御世から、回廊前面宙域で小競り合いが継続しているのである。

 帝国の版図は広大である。


 端から端までは1200光年ほどになり、その中に800を超える星系があり、32種族が住んでいる。

 帝国も建国から250年を過ぎると皇帝親族が増加、多様化し、ハイファミリーと呼ばれる最上位カーストが生まれた。


 ハイファミリーで最も高位なのが皇帝の三親等までの一族であり、皇家と呼ばれている。

 次の位のハイファミリーは、皇家から分家或いは嫁いで行った先で宮家を創設することが許されたデラ・ハイファミリーで、現在は24家ある。


 そうして血縁はあるものの血筋が薄まった貴人と呼ばれる者達で構成されるバーレム・ハイファミリーが300以上も存在するのである。

 皇帝若しくはその後継者が伴侶を迎える場合は、バーレム・ハイファミリー、若しくは、ミドルファミリーと俗称される貴族院参議の家系から選ばれることになる。


 デラ・ハイファミリーは、血筋が近すぎる為に、皇帝又はその後継者の婚姻からは遠ざけられなければならなかったのである。

 貴族院参議は、一定の功績のあった者を皇帝が任命する終身参議であるが、貴族院という議会が有るわけではなく、単なる名誉称号である。


 往々にして帝国政府を運営する高官、宙軍及び陸軍の高官から選抜されるが、稀に一般市民が任命されることもある。

 但し、これまで250年以上の歴史の中で一般市民が貴族院参議となったのは僅かに2名だけであった。


 一般市民と呼ばれる者は、ハーデス星系に本籍を有するハーデス人種族であって、市民以下の階級に落ちたことのない者をいう。

 異人類との混血種は市民とは認められず、異民族の階級まで下げられてしまう。


 異民族は、カーストにより厳密に12階級に分けられている。

 市民以外の階層の最上位は准市民と呼ばれ、ハーデスに本籍を持たないハーデス人種族で構成され二級市民、三級市民がある。


 これらの准市民はハーデスに本籍を置くことが許されれば、市民となり得るのである。

 中位階層では第一隷属種から第五隷属種まで種族により分けられており、更に下位階層の第一奴隷種から第五奴隷種まである。


 これら隷属種と奴隷種は終生カーストが変わることはない。

 一般に隷属種以上が軍に徴用されることになっている。


 ハーデス人種族も大罪を犯した者を輩出した家系は一族全てが奴隷種に落とされる。

 皇宮で働く者の半数はこうした奴隷種であり、男女とも断種され、首輪と足輪をかけて主人に奉仕することになる。


 奉仕できなくなった時点でその者は命を絶たれるのが定めである。

 また、こうしたハーデス人種族の奴隷種は、主人から一定の距離を保たねば命を失うことになる。


 主人が持つブレスレットの一定範囲に近づくと、首輪に仕込まれた毒針で即座に命が奪われるのである。

 従って、奴隷は主人から常に一定の距離を置いているのだが、稀に事故が起きることも有る。


 主人が不意に動き出した時に、その動きに追従できなかった者が死ぬことになる。

 一般には主人の身の回りの世話をするのが、奴隷種ではない皇宮奉公の侍従や侍女達であり、その者達の下働きをする者が、ハーデス人種族の奴隷種なのである。


 皇帝フィドールは、帝国随一の科学者とも評されるバーグマン博士を呼び付けた。

 バーグマンは重厚な礼をもって皇帝フィドールの前にひざまづいた。


「皇帝陛下には、いささか不機嫌これありと伺っておりまするが、例の機動要塞の件でございましょうか?」


「うむ、不機嫌の理由はその通りじゃ。

 で、何か、わかったか?」


「さて、データが非常に少のうございまして、正確な分析は非常に難しいところではございますが、推量はできます。」


「ふむ、推量で構わぬ。

 そなたの考えを述べて見よ。」


「皇帝陛下のお許しを頂きましたので、申し上げます。

 現時点では、敵の宙軍艦艇は二種類あるものと考えられます。

 一つは何らかの手法で短距離遷移を連続して行える装置を持った艦艇にございます。

 バッテリーを複数持つかあるいは非常に充電が早くできるものでしょう。

 ために、度重なる遷移が引き起こす空間擾乱の所為で、我が軍のセンサーが無意味なものと化しました。

 ただ、そうした中でも敵艦は我が軍の位置を的確に把握しており、正確な射撃を繰り返しております。

 闇夜に不意打ちを掛けられたようなものであり、我が軍将兵が如何に優秀であっても太刀打ちできなかったものと思われます。

 さらにもう一つの艦艇は、おそらく空間構造震を抑圧できるデズマン駆動装置を持っているものと推測されます。

 そうして一つ目の船と同様に連続して遷移が行えるものと推測されます。

 従って、相手の遷移に気づかず、また、何らかの装置でセンサーの探知からも逃れている故に、機動要塞も相手が見えぬまま標的となって撃沈されました。

 無論、相手が放ったは、8000メガラス以上の破壊力を有する砲又はミサイルにございます。

 それ以下では絶対に動力炉直結のGMJシールドは破れません。

 恐らくは強力なビーム砲だったのではないかと存じますが、確証はありません。」


「同じものが我が方でもできるか?

 或いは対策は?」


「空間構造震を抑える理論は昔からございます。

 只、理論であって誰も実証しては居りません。

 実証の理論と相応の技術力が必要でございました。

 共和連合はそれを成功させたものと思われます。

 彼らがしてのけたのなら我らでもできましょうが、今日明日直ちにとは参らず、時間も経費も掛かるものと思わねばなりません。

 対抗策は高次空間に有るのではと考えておりますが、今のところ妙案は浮かんでは居りません。」


「高次空間とは?」


「賢き皇帝陛下にあらせられては、御承知のことと存じますが、デズマン駆動機関は通常空間から亜空間に移動することより、光速の縛りを超えて瞬時に別の通常空間へ抜けることができます。

 但し、亜空間への抜け道を空ける際に、空間構造震と呼ばれる重力波の乱れが生じます。

 亜空間に入る時、出る時、双方で発生しますので、遷移出発点、遷移到着点の周辺宙域で観測されるものです。

 この実測では、遷移出発点の方が明らかに空間構造震は小さいのです。

 理論上は同じ強度の筈なのですが、そうはなっておりません。

 そこで亜空間構造に穴を開けた際に別の高次元空間にも何らかの作用を及ぼしているのではないかとする理論が昔からあるのです。

 入る時には高次空間へ歪みを与え、出る際にはその反動でより大きな空間擾乱を引き起こすのではないかと言われておるのです。

 我らの住む世界は三次元ですがそれに時を加えると四次元になります。

 仮に皇帝陛下が四次元におられますと、過去、現在、未来の全ての事象を見ることができまする。

 さながら庭園を歩かれて、様々な花を、木々をそうして小さな生き物たちを愛でるように、皇帝陛下が動かれることにより時を移動できるのです。

 更なる高次元が何を指標としているかはわかりませぬが、そこに有る存在にとっては我らが住む三次元はただの点にしか過ぎませぬ。

 さすれば、シュバートの相対性理論に惑わされず、一瞬にて如何なる地点へも移動が可能となる可能性がございます。

 たとえば、このハーデスブルクから敵中枢のモーデスまで瞬時に移動することも可能となりましょう。

 亜空間は一定の質量に対して相応のエネルギーを与えれば遠くへ遷移が可能ですが、遷移距離が大きくなるにつれ、幾何級数的に必要エネルギーが増えて参ります。

 我が軍の甲種巡洋航宙艦ではハーデスの大都市に供給できるほどの核融合炉を内蔵しておりますが、その程度の出力では0.1光時を遷移するにも不足が生じます。

 仮に、核融合炉とデズマン駆動機関を直結したならば、当該核融合炉から他の機器への電力供給は一気に失われ船はコントロールを失うことになりましょう。

 また仮に、二基の核融合炉を準備したとしても、機関に直結した核融合炉の出力は非常に不安定となり、結果的に遷移距離が不安定になることが知られております。

 初期のデズマン駆動機関搭載船ではそのことに起因する事故が多発しました。

 それ故、俗にバッテリーと呼ばれる高磁界ループの中に一定量の電力を貯め込み一気に放出する方式をとっているのでございます。

 現行では、軍用で0.5光年、商用で0.1光年が最も費用対効果が大きいとされている所以ゆえんでございます。

 三次元空間に付随する亜空間ではなくて、高次空間に作用する駆動機関を開発すれば、あるいは核融合炉の出力を最大限に生かせることにもなるのではないかと考えております。

 ただ、如何せん、高次空間の理論も実務も未だ育ってはいないのです。

 我が弟子から選びし数人の者で、高次空間遷移の可能性を探らせておりますが、未だ皇帝陛下にご報告できるような確たるものはございません。」


「では、対抗策は無いのか?」


「敵の新型艦に対抗できるかどうかは、今のところ不明ですが、愛弟子の一人が試作している機器に面白い特性を見出しましてございます。

 ある種のビームでございますが、このビームを照射すると対象物が照射エネルギー以上に加熱されるのでございます。

 これをより大型化できぬものかどうか目下検討させております。

 うまくすれば対抗兵器になるやもしれませぬ。

 ただ、これが出来ても相手の位置がわからぬでは意味がございませぬ。

 センサーの改良を含めて、皇帝陛下のご満足いただけるものに仕上げたいと存じます。」


「ふむ、バーグマン。

 事はそなたが感じている以上に重大ぞ。

 速やかに対抗策を講じよ。

 費用はいくらかかっても構わぬ。」


「皇帝陛下の仰せのままに。」

 

 そう言ってバーグマンは退出した。


「今すぐの対抗策は無しか・・・。

 なれば、宰相に言うて、時間稼ぎの和解交渉を始めさせるか。

それで暫しの時は稼げよう。

 それと、情報部には至急に敵の秘密をあぶり出すよう申し付けねばな。」


 皇帝フィドールは、帝国情報局長官を呼び付けた。




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