第40話 ハーデス帝国の事情

 ハーデス帝国第12代皇帝フィドールは至極不機嫌であった。

 帝国歴278年3月12日、必勝を期して送り出した機動要塞1号から4号までが灰燼かいじんに帰したと思われるからである。


 共和連合圏内の要衝ようしょう、カーネル星系に侵攻し、カーネルを完膚無きまでに叩きのめし、その余波で更に周辺の星系をあわよくば制圧しようと考えていたのだが、その作戦があっけなく頓挫とんざしてしまったのだ。

 膨大な予算と4年の歳月を費やして完成させた4隻もの機動要塞と、総勢36万もの宙軍及び陸軍の将兵を失った。


 将兵の補充は効くが、失った機動要塞が痛かった。

 血気盛んな甥の上級大佐を失ったことも有る意味で痛手であった。


 血のつながった甥を行かせたのは、本人の希望もあったし、機動要塞なれば大丈夫という安易な憶断おくだんが招いた不幸である。

 敵陣の中で消息を絶ったとなれば先ず生還は叶うまい。


 その所為せいもあって、皇宮は仮のに服している。

 正式な葬儀は間違いなく甥が死んだと確認されてからである。


 だが、それが確認されないままで終わる場合も往々にしてあることは承知していた。

 先に消息を絶った機動部隊が正しくそうである。


 ともあれ、既に5号艦は完工しているし、6号艦も建造途次とじではあるものの、このままでは思惑通りには使えないことになってしまった。

 無論、帝国随一の戦闘艦であり、他の艦よりも頼もしい限りではあるのだが、決戦兵器として使えないことは明らかである。


 無敵ではないことが判明した以上は、無暗やたらと消耗させるわけには行かなくなったのである。

 4隻の機動要塞が共和連合圏内に侵攻して数時間は、帝国軍が優勢であったのは判っている。


 不可視の敵新鋭艦の攻撃も跳ね返し、順調にカーネル星系に近づいていた。

主星カーネルまで残り7時間足らずの距離で、何事かが生じ、一気に1号艦と3号艦を失ったのだ。


 隊列を組んでいた2号艦からその状況がバースト通信で送られてきたのだが、通信担当そのものが余程あわてふためいていたようであり、誤字脱字のオンパレードで、まともに理解できる通信ではなかったのである。

 1号艦と3号艦が、ほぼ同時に爆発したことだけは判ったのだが、攻撃をなしたかもしれない敵艦の存在には全く触れられていなかった。


 バースト通信により定時的に通報されていた各艦のモニターデータを解析した結果、1号艦及び3号艦が爆発した時点では、共和連合艦隊は超弩級戦艦を含む30隻余りで、機動要塞から少なくとも数光時は距離が開いていたことが判明している。

 また超弩級戦艦を含む敵の至近距離での攻撃に際しても全く被害を受けなかった機動要塞であり、むしろ無数のミサイルと大口径砲により、敵超弩級戦艦二隻を含む主力艦に少なくとも中破程度の損害を与えていたことも判明しているのである。


 その押せ押せの状況から一転して、一瞬の内に2隻を失い、その1分後には2号艦と4号艦からの通信が途絶えたのである。

 共和連合圏内に送り込んでいるスパイからは、有用な情報が送られて来ていない。


 敵中央工廠で何らかの改装工事が行われているのは確実で、ここ半年の艦艇の動きがそれを如実にょじつに表している。

 中央工廠への出入りがここ三か月前ほどから非常に増加したのである。


 月に5、6隻の艦艇がドックに入渠し、二週間ほどで出渠して行くのである。

 帝国情報部は、このことと共和連合宙軍の最近の武力強化が関連あるものと判断していた。


 だが、そこから先がつかめないのである。

 元々軍事機密に関わる事項は探りにくい。


 だが、今回の事態は非常に奇妙でもあるのだ。

 口の軽かった艦隊装備技術本部調達部に食い込んでいた糸が、共和連合宙軍の疑獄事件に絡んでまず切れてしまった。


 スパイの身元はまだ知られていないが、潜りこんでいた軍需業者自体が軍調達先から切り離されては、接点がなくなるのである。

 帝国のつまづきは辺境星系であるはずのケレン星系から始まった。


 隠密裏に正規機動部隊を動かし、ケレン星系のレアメタル採掘施設を破壊し、ついでに惑星ケレンを砲撃することで共和連合軍の勢力分散化を狙ったのだが、情報が漏れていたのかどうか、或いは8隻の艦艇が何らかの事故に遭ったのか、いずれにせよ敵勢力圏内に入り込んで間もなく機動艦隊が丸ごと消息を絶ったのである。

 ケレン星系の外れにあるモレスデンまで1.2光年に迫ったことまでは判明している。


 だが、その先が不明なのである。

 少なくとも共和連合の軍広報ではこの機動部隊についての戦果は一切触れられていない。


 その翌日に起きた正面搖動作戦では、帝国軍、共和連合軍ともに痛み分けに終わったのだが、こちらについてはどちらかというと正確に報じられているから、仮に共和連合側が帝国機動部隊を殲滅していたとするのならば、格好のプロパガンダで大いに喧伝けんでんするはずなのに、その広報が出ないということは、共和連合宙軍のあずかり知らぬことなのかもしれないと情報部は判断している。

 従って、帝国軍としては何らかの事故に遭遇し、機動部隊が全滅したものと考えているのである。


 それより少し前、ケレン星系とは反対側に位置するリッセンド星系では、共和連合宙軍の裏をかいて駐留小型艦を撃沈又は大破させ、リッセンド星系に新たな共和連合宙軍を配備させるのに成功した。

 元々、帝国宙軍と共和連合宙軍では量的に帝国軍が勝っているのである。


 従って、共和連合宙軍の配備を広く薄くさせれば、集中的な攻撃が可能になる筈であった。

 しかしながら、正規機動艦隊が消失してしまうと次の手が出せなくなってしまった。


 ケレン星系はリッセンド宙域と異なり、帝国中央からは最も離れた辺境宙域であるから派遣艦隊は相応の勢力でなければ、帰路に袋叩きに会う可能性もある。

 それで機動部隊を派遣したのだが、なぜか計画が頓挫とんざした。


 但し、その後の様相を見ると何らかの形で敵の新型改装艦が機動部隊の連絡途絶にも関連あるものと判断せざるを得なくなってきた。

 正面からの揺さぶり作戦が、この2か月余り完璧に防衛されているのである。


 巡洋航宙艦2、駆逐艦4を交えた小部隊がただ一隻の敵駆逐艦に迎撃され、巡洋航宙艦2隻が撃沈、駆逐艦2隻が大破、残り2隻が中破させられたのである。

 最初の遷移反応から見て、間違いなく駆逐艦クラス1隻であったが、2光分の距離に接近してからセンサーが連続する遷移のために無効になって、相手の動静が全く不明の内に、6隻全部が次々に攻撃を受けたのである。


 生還した2隻が撤退を始めた際にかろうじて確認できたのは、当該宙域に残っていた的勢力は駆逐艦一隻であったと記録されている。

 従って複数の敵が宙域に時間差で入ったわけではなく、駆逐艦一隻の機動航宙により帝国軍側が攪乱かくらんされたということである。


 とどのつまり、敵は遷移直後の空間擾乱じょうらんにも関わらず、こちらの位置を十分に確認していて攻撃が可能であるが、帝国軍は相手を確認できないために攻撃が出来なかったということになる。

 しかも、駆逐艦であれば精々が100メガラス程度の主砲しかない筈であるのに、あっさりと巡洋航宙艦のシールドを撃ち破っている。


 これは少なくとも250メガラス以上の破壊力を有する砲を備えていることを意味するのである。

 当該星系から少し離れた星系で、同じく陽動作戦を展開した際にも同じような結果が出てしまった。


 この時には、甲種巡洋戦艦を混じえていたにもかかわらず、巡洋航宙艦1隻にしてやられ、7隻の艦艇を失っている。

 いずれも一撃でやられているようである。


 混乱の最中で生き残った偵察艦がエネルギーセンサーで7回の発砲と同時に僚艦の爆発エネルギーを探知しているからである。

 甲種巡洋戦艦を一撃で葬り去るならば少なくとも1000メガラス以上のビーム砲又はそれに匹敵する兵器であることは間違いない。


 そうして今度の機動要塞は間違いなく8000メガラス程度までの攻撃なら強固なシールドで跳ね返していたはずである。

 帝国軍は新たな兵器の開発と防御シールドの開発が最優先事項となっていた。


 仮に、当該新型艦が艦隊を編成して帝国版図に侵攻してきたときには、帝国軍はそれに抗しきれないからである。

 帝国宰相ベルフォルからは、共和連合との和解を進めてはどうかとの具申もなされたぐらいである。


 もともとベルフォル宰相は非戦派として知られているから、別に不思議なことではないが、これまでならばそうした主張を強硬にね付けていた宙軍幹部が一様に押し黙っていたのが、皇帝の意にそぐわなかったのである。

 初代皇帝マクレィ・ドーラ・クレマン・ハーデスは、ハーデス暦の278年前、周辺星系を切り従え、ハーデス帝国のいしずえを築いた祖先である。


 その時点で450余の星系が帝国傘下にあり、異人類をカースト制度において帝国は繁栄した。

 第2代皇帝、第3代皇帝はその栄華に溺れ、ほとんど帝国の拡大をなさず、帝国版図を守っただけであるが、第4代皇帝は鮮烈な武闘派で帝国版図を倍に広げた。


 第5代皇帝の御世にカースト制度の高位にあった異人類種族が反旗を翻し、長く帝国は未曾有の内戦に陥ったが、第6代皇帝はその反乱を見事に収め、反乱種族を根絶やしにした。

 以後、帝国内で反乱は起きていない。


 尤も、不穏分子はどこにでもいるものであるから、帝国情報部の下部組織である秘密警察が水面下で活動して、秘密裏に関係者を粛清しているのが現状である。

 秘密警察は「疑わしき者は悪」と判断するので、おそらくは処刑された者の中には相当数の無実の者も居たかもしれない。


 だが、それで帝国の安寧あんねいが保たれるのであれば、それで良しとせざるを得ない。

 皇帝フィドールは、黙認のまま放置している。


 良識派とされる宰相ベラフォルはそうした案件にも種々意見を申し出ていたが、最近は諦めたか秘密警察の活動について意見具申もしてこない。

 治安維持は宰相の管轄外でもあるからだ。


 いずれにしろ、第7代から第11代までは安穏あんのん胡坐あぐらを掻いていた帝国を、再度遠征に駆り立てたのはフィドールの手腕である。

 一方の共和連合は、モーデスを軸とする寄せ集めの政体である。


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