第35話 新たな帝国の脅威
スティーブが二日の休日を地上で終え、サンパブロに戻ると、ちょうど艦隊装備技術本部から連絡が入っていた。
高次空間通信装置を経由してのビジフォンであった。
相手はネリス中尉であった。
だが画面に映っているネリスの肩章は大尉のものに変わっていた。
「お久しぶり。
そちらはおはようでいいのかしらね。
こちらは夕刻なのだけれど。」
「ええ、ハベロン時間では午前8時45分を回ったところです。」
「昨日、巡洋航宙艦エイモスがカスケードに到着し、エイモス艦長経由で支部長からの託送品を受け取ったの。
梱包を解いても品物があるだけで、送付文書も何もついていないものだから、宛名の企画部長が一体何の機器だと困惑していたわ。
そこへエイモスの准尉が現れて貴方から私宛のメモリーを渡してくれた。
それでようやく事態が呑み込めた。
早速にメモリーの中身を確認して、新型通信装置のパスワードを打ち込んで、光通信のセッティングを行ったのよ。
すぐにハーベイ支部と連絡がついて、支部長からは膨大な図面と実測データを送りつけられたわ。
スティーブ、あなたのお蔭で艦隊装備技術本部は、またまた厄介事を抱えたみたいね。
まだこちらでの新装備への転換も
艦隊装備技術本部長が苦笑いしながら言ってらしたわ。
年末までにまだ間があるというのに、これではスティーブ中尉のお蔭で艦隊装備技術本部の予算が枯渇するようだってね。
新型動力炉、ジェィド推進装置、改デズマン駆動機関、それに出力アップした高次センサーと新型砲はどれも革新的だわ。
小型砲艦だから1500万クレジットでできたかもしれないけれど、駆逐艦ではほぼ倍、巡洋航宙艦クラスになると4倍以上の経費が掛かる。
幹部クラスで目下検討中だけれど、次期超弩級艦の建造計画を廃棄して、第二次の新型装備を配備する計画に模様替えするようだわ。」
スティーブは苦笑いした。
「別に、艦隊装備技術本部を困らせるために造ったわけではないのですがねぇ。
あ、その前に、お祝いを申し上げます。
大尉昇進おめでとうございます。」
「あ、ありがとう。
でも、これは貴方のお蔭でもらったようなものよ。
ついでに企画部と調達部の両方から指示を受ける立場になって大忙しよ。
今日もその用事なの。
スティーブ、支部長の話では、この動力炉と通信装置を製造できるのはハベロンだけなんですって?」
「ええ、まぁ、技術移転をすれば、ほかでも製造できないわけではないでしょうね。
でも無暗に製造拠点を増やすと機密が漏れる可能性が高くなる。
だから、可能であればハベロンだけで製造するのが望ましいと思いますよ。
そのためには、ハーベイ支部工廠を格上げして、工廠技師を増員させ、こちらで製造に専念させることが望ましいと考えています。
ハーベイ支部工廠と業者との間をつなぐハミルトン商会の支店も有ったほうが宜しいですね。
それに新型装備は、ハーベイ支部工廠の人員でも巡洋航宙艦までならば改装可能です。
但し、ハベロンでは動力バッテリーの製造は難しいんです。
動力炉などと一緒で技術移転ができないわけではないのですが、・・・。
それで提案ですが、快速輸送艦若しくは輸送艦一隻をハーベイに回してください。
輸送艦に新型砲は不要ですが、新たな推進装置と駆動装置それに動力炉を装備すれば、輸送艦がハーベイとカスケードの間を往復できます。
多分航宙路の採り方にもよりますが、ハーベイ・カスケード間では1時間とはかからない筈です。
尤も、管制圏内での遅れが有りますけれどね。
当該輸送艦にカスケードからは動力バッテリーを、ハーベイからは動力炉と通信装置を運ばせます。
そうすれば、カスケードとハーベイの二か所で新型装備の改装が押し進められます。」
「なるほど、・・・。
輸送艦の部品輸送により複数個所で改装を進めるのはいいアイデアだわ。
ハーベイをベレゼス方面の要として、グレンド方面、ベルンスト方面にも一か所置けば4か所で同時進行が可能だわ。
本当は、ブルマン方面にも欲しいところだけれど、帝国に近い場所はリスクもあるから当面避けた方が良いわね。
少なくとも改デズマン駆動機関を有する輸送艦2隻があれば十分に可能になる。
それに管制圏での問題は、多分、交通管制部との協議で何とかなるわ。
輸送艦の優先指定航路を設定してもらえばいい。
正確な遷移が可能であれば3光秒位置から0.5光年ごとに20か所の占有遷移点を設けてもらえば、ほとんど管制に支障なく出入りできる。
判ったわ。
ジョーダン大佐に相談してできるだけ早い時期に、輸送艦を改装のために一隻そちらに回すようにする。」
「あ、ではジョーダン中佐も、大佐に昇任を?」
「ええ、貴方に関わった人は、皆昇進よ。
調達部のエドモンド大尉も1月前に少佐になり、特別調達課長になったわ。
例の疑獄事件の穴埋めもあってゲーリック参事官も調達部次長に昇任よ。
ハミルトン商会の支店の件は、エドモンド少佐に連絡しておくわ。」
ハーベイ支部工廠では、既に高次空間通信装置の生産を始めていた。
部品調達の関係で、例によって大量生産は難しいのだが、それでも月に10個は生産できる体制が既に出来上がっていた。
間違いなく宙軍の基幹装備となるべきものであり、宙軍艦艇全てと、管区本部、星系本部及び基地に整備しなければならないのは当然の結果であった。
この装備の利点は一か所に整備すればその惑星のネット通信網あるいは専用回線を使って、何処からでも通信が可能なことである。
いずれは民生用にも使用されることになるだろうが、当分の間は軍関係のみで利用されることになる。
そのための中継交換装置はハーベイ支部工廠に置かれた。
既にハベロンにあるハーベイ星系本部基地とは繋がり、更に統合参謀本部、宙軍本部及び管区本部ともつながっている。
その範囲内では、宙軍内部の専用通信網を使っていずこからでも通信が可能なようになっているのだが、利用者は今のところ限定されている。
何しろ昨日その存在が明らかになったばかりであり、ハーベイにある中継装置の調整も統合参謀本部から遠隔操作が可能なのであるが、通信部による番号の割り当てが未だ確定していないからである。
無論、サンパブロにも高次空間通信装置が設置されているから、いつでも基地、本部、中央本部との連絡は可能である。
翌日サンパブロが哨戒任務に就いた時には、回線の割り当てがなされていた。
驚いたことにサンパブロからも中央情報のアクセスが可能となっていた。
無論、その範囲は限定されているが、少なくとも統合参謀本部で相応の職に有る者が入手できる情報であれば何でも即時入手可能となったのである。
艦長のエアハルト・ブラウン大尉は、大尉が入手できる情報を自室の端末で入手できるし、スティーブも中尉クラスが知り得る情報はいつでも入手可能であった。
既にサンパブロ乗員の割り当て番号も完了しており、通信長がその日のうちに各端末の設定を完了していた。
サンパブロの哨戒宙域はハーベイから5.3光年離れた隣接管区との境界付近である。
そこまで進出すると、高次空間センサーの辺縁付近は、ハーデス帝国との境界の一部が映るようになる。
二日目までは平穏な日々が続いた。
これまでにカスケードにおいて改装が完了した12隻の改装艦艇は、ハーデス帝国との境界が集中する宙域に優先的に配備されている。
そうしてこれら12隻の配備だけで、ハーデス帝国の侵攻を事実上押さえていた。
その日までに撃沈12席、大破6隻の被害を蒙ったことにより、ハーデス帝国軍の動きは極めて下火になった。
何しろ侵攻して撃破されるのは帝国側艦艇ばかりなのだから、向こうも用心して出て来なくなったのである。
だが、哨戒三日目の夕刻、統合参謀本部から至急の命令が高次空間通信装置でサンパブロにもたらされた。
直ちに全速で第259管区カーネル星系へ向かえというものであった。
カーネル星系はハーデス帝国と境界を接している星系で超弩級戦艦2隻が配備されている要衝でもあった。
共和連合宙軍が擁する最も大きな航宙艦が超弩級戦艦であり、宙軍全体で僅かに24隻しか存在しない。
そのうち2隻を擁する星系は、このカーネル星系ほか4か所しかないのである。
カーネル星系は、超弩級戦艦2隻、弩級戦艦2隻、航宙戦艦4隻、巡洋航宙艦6隻、駆逐艦10隻、偵察艦18隻を配備する大規模宙軍基地なのである。
だがそのカーネル星系に複数の敵艦が侵攻し、苦戦を強いられているというのである。
少なくとも配備されている巡洋航宙艦1隻と駆逐艦1隻は、第一次改装済みであるはずであった。
従って、余程の艦隊が大挙して進行して来たにしても本来は撃退できるはずであったが、当該星系からバースト通信で救援信号が届いたのである。
それによると、侵攻してきた敵艦は全長20ギムヤールを超える超々大型艦4隻であった。
一旦境界付近に出現して、その1時間後に遷移して共和連合勢力圏内に侵入してきたのであるが、当然新型改装艦のセンサーで知れるところとなり、巡洋航宙艦の改装250メガラス砲弾を斉射で至近距離から叩き込んだのだが、驚くべきことに相手のバリヤーで跳ね返されてしまったのである。
侵攻艦4隻は同型艦であり、全長20ギムヤール、最大径8ギムヤールの紡錘形状であり、驚くほど強固なバリヤーと凄まじい火力を持っているという。
姿の見えない改装艦に業を煮やしたか、一度に千発以上ものミサイルを周辺にまき散らしたようだ。
その一発が巡洋航宙艦の歪曲重層シールドで爆発、艦の機能に問題は無かったが、乗員の半数が負傷したのである。
いずれにせよ、巡洋航宙艦の兵装では相手を止められず、弩級戦艦及び超弩級戦艦が出動して、改装砲弾を撃ち込んでいるが、改装艦のように身軽に動くことも出来ないこともあって至近距離には近づけず、効果的な砲撃は行なえていないようだ。
逆に敵艦から大規模なミサイル群の斉射を浴びて、かなりの被害を蒙っているらしい。
この4隻の巨大な敵艦は、味方の必死の防衛線にもかかわらず、ほとんど被害を受けないまま、1時間に0.5光年ずつ、カーネル星系の主星カーネルに近づいている。
最新情報では4.3光年まで接近しているようだ。
このままでは9時間以内に、カーネルが巨大艦の砲火に晒されることになる。
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