第34話 新設工場にて

「なるほど、では、明日8時にはこの家を出ますが、ケィティ共々工場まで足をお運び願いますかな?」


「はい、喜んで。

 でも、どうして御嬢さんもご一緒に?」


「娘と一緒にその友人を工場見学にお連れするという形でなら、表面上問題はないでしょう。

 宙軍の中尉さんを単独でお連れするとなると、相応の理由を考えなければなりませんからな。」


 スティーブは、にこやかに頷いた。


「わかりました。

 御嬢さんが了承するならば、ご一緒します。」


 ディビッドは朗らかに声を立てて笑った。


「ケィティは、断るようなことはしません。

 君との交際を認めてもらうためならば、どんなことでもするつもりでいるはずです。

 そうして、私は交際を認めてやるつもりでおります。

 君が軍人であってもね。

 正直な所、私は軍人さんを余り好きではないのですよ。

 しかし、軍人で有ろうとそうでなかろうと、その人柄を認めるにやぶさかではない。

 我が家に20年ぶりに薔薇の花束をもたらし、素晴らしい食前酒とワイン、それに手作りの前菜とケーキを持参した人物には敬意を表します。

 しかも、その人が我が社の命運をつなぎとめるかもしれない人物ともなれば、仇やおろそかにはできません。

 娘を人身御供にするつもりはさらさらないが、ケィティもジュリエットも人を見る目は確かです。

 私が年頃の娘のために何人か若手の社員を我が家に呼んだことも有りましたが、二人とも表面的には上手くあしらってはいましたが、私が選んだ男たちは全員彼女らの眼鏡には適わなかった。

 そうして、君の事は二人の娘が揃いも揃って高い評価を下している。

 ならば、娘二人の目を信用してもいいと思っているのです。

 食事中、入れ代わり立ち代わり母と妻と娘二人にいろいろ吹き込まれましてな、そう言う気になりました。」


「そうですか。

 私と言う人間をそれだけ評価していただけるということには、感謝しなくてはいけませんね。

 でも、御嬢さんとの交際はまだ始まったばかりです。

 相当期間の交際を経て、二人が互いを理解し合い、納得できたなら、お父様のところへお願いをしに参るかもしれませんが、あるいは、お互いに不協和音を見出して不仲になってしまうかもしれません。

 どうか長い目で見守っていただくようお願いします。」


「そうしましょう。

 だが、一つお願いがある。

 君がこのハーベイを去るまでには、結論を出してはくれまいか。

 君が優秀な軍人であればあるほど、異動は間違いなく余所の星系になるだろう。

 星系間の遠距離恋愛は不可能ではないが非常に難しくなる。

 私としては、娘を不幸にはしたくは無い。

 それと、宿舎があるそうだが、明日は早い。

 今日は我が家に泊まって行ってはどうかね。

 部屋ならたくさんあるが・・・。」


「いいえ、今日は泊まり支度もしておりません。

 明日お会いするであろう方達に不快な思いをさせないためにも、一旦宿舎に戻ります。

 明日7時半までにはこちらに伺います。」


「そうか、・・・。

 こちらからお願いする立場で無理強いはできないな。

 今度来るときは泊まり支度で来てくれまいか。

 一度、ゆっくりと飲みながら話をしたいのでな。」


「はい、機会があればそのようにいたします。

 では、今日のところは、これで失礼します。」


 スティーブは、クレッセンド家の人々に見送られながら去って行った。

 居間に戻った家族は三々五々自室に戻って行った。


 ディビッドは、傍らにいる妻に言った。


「母さんや、彼は、軍人にしておくのはもったいない人物だな。

 出来れば我が社に雇いたいぐらいなんだが・・・。」


「それは無理かもしれませんが、上手くすればケィティのお婿さんにはなってくれるかもしれませんよ。」


「うむ、二人は似合いだね。

 二人並ぶと寓話の中の王子様と御姫様に見えてくるから不思議なもんだ。

 それにしても、ジュリエットよりも先にケィティが彼氏を見つけるとは思わなかったよ。

 ケィティは、どちらかというと控え目な性格だが、ジュリエットは男でも遠慮なしにこきおろす男勝りの性格だ。

 彼氏を連れて来るのは、ジュリエットが先だろうと思っていたからね。」


「そうね。

 でも、年頃の娘ならば誰でもそのうちいい男性に巡り会えるものですよ。

 ジュリエットも二人に刺激されて早めに見つけるかもしれません。

 ただ、ジュリエットもスティーブを見てしまったから、あるいは中々見つけられないかも知れないわ。

 若い男性でスティーブ以上の人がそうそう居るとは思えないですからね。」


 翌朝、約束通りスティーブはクレッセンド邸に現れた。

 昨日とは打って変わって黒地に濃い紫のストライブが入った仕立ての良いビジネススーツを着込んでいた。


 おまけにハードケースのアタッシュケースを手に下げたスティーブは、どう見ても軍人ではなく一流企業のビジネスマン風である。

 早速、クレッセンド父娘とともにエアカーに乗り込んで郊外にあるクレッセンド電子機器の新工場へと向かった。


 ディビッドが最初に行ったのは、工場長を始め、工場幹部の職員にスティーブを紹介し、関連の図面及び機器の全面的な閲覧・確認を許したことだった。

 9時少し過ぎから、工場の事務室の一角を借りて、全ての図面の確認を行い始め、すぐに周囲の者に驚異の目で見られた。


 保管されている図面の全てが電子図面になっているのだが、閲覧がとても人間業とは思えないほど素早いのである。

 時折、図面を拡大し、或いは別の図面と比較しながら手を止めることがあるが、ほとんどが一瞥で済んでいる。


 そうして1時間半後、実際の機器の確認にあたると、更に驚きの連続であった。

管制装置のパネルを外し、無造作に回路基板を外して行くのである。


 総数では幾つになるか不明であるが概ね10個の基板があれば、そのうちの3個ほどは取り外されたに違いない。

 その都度、機器の名前と基盤名を一緒について回る技師が必死で書き留め、それをビニールの袋に入れて識別のためにその場に置いて行く。


 そうして工場に有る製造工程機器でも同じようなことが続けられた。

 但し、今度は回路基板だけではなく、機器そのものの部品がチェックされ、外されて行った。


 始めて見る機器であるはずなのだが、分解も実に手際が良い。

 昼までに工場内の殆どの機器の点検が終了していた。


 その上で、再度会議室に関係者が集められ、スティーブから説明がなされた。


「残り1割ほどの製造ライン機器の点検が残っていますが、おそらく図面から見る限りは、残りの部分に不具合は無いものと思われます。

 取り敢えず、原因が判明しましたのでお知らせします。

 先ず、管制室にある管制機器の方ですが、外した基板すべてに損傷が認められます。

 製造時或いは組立時に起きた損傷ではなく、機器の運転に伴う通電による損傷です。

 全ては、基板の回路がループ電流や夾雑周波数により複合的に過負荷になったためです。

 主な原因は至る所に設けられている重水晶の発信装置の精度が悪いために起きています。

 これらの工程回路で要求されるのは、ナインシックスの精度での重水晶発振器ですが、その精度が保てていません。

 おそらくは、ナインフォー程度でしょう。

 ハベロンでナインシックス以上の精度の重水晶発振器を製造できるのはアーベル電子工業だけです。

 そのために、ほかの正常な回路との重複する微細電流が正常な動作を妨げ、当初見込んでいたシーケンス回路が作動していないのです。

 これではまともに制御できるわけが有りません。

 次に、工場に設置されているラインの機器にも同様の基板によるシーケンスの乱れが有りまして、同期制御が不能になっています。

 もう一つは、集積回路の製造に不可欠なレーザー発生装置にも問題が有ります。

 おそらくこれまでと同じレーザー発射装置を利用されているのではないかと思いますが、これでは、集積回路を詳細に焼結できません。

 レーザーの発振子は、レベル4の純粋炭素レーザーにしてください。

 精度を100万分の一に上げるには、サファリス・レーザーでは出来ませせん。

 レベル4の炭素レーザーは、ハベロンでは、唯一グレイマン・レーザー興業が製造可能です。

 こうした過ちが起きたのは、特許の使用権で貸し与えられた図面が4年前のものだからです。

 4年前だから技術が古いというのではありません。

 当時であれば、入手できた基板若しくは部品精度が、一律に下がっていることから生じています。

 業界標準を一時期大手企業のお手盛で見直したのが3年前、そのために値段は安くなりましたが、精度が下がりました。

 その精度の落ちた回路では、まともに動くはずがないのです。

 従って、先ほど外した部品をもう一度見直してください。

 使用権にともなって貸し渡された図面に添付されている図表に、それぞれの回路特性からくる計測期待値が記入されています。

 少なくともこの値を満足できる基板でなければ、誤動作の原因となります。

 計測には、少々時間が掛かりますが、手分けしてやれば3日でできると思います。

 重水晶使用基板以外の基板計測値で上限又は下限を超えている場合は、コンデンサー又はダイオードを疑ってください。

 特に大手企業の量産品は、かなり数値にばらつきがあります。

 コンデンサー又はダイオードを取り外し、規定数値を満足するものに取り換えてやればうまく作動するはずです。

 重水晶を用いた回路は、基本的に全部取り換えた方が無難です。

 規格外の重水晶のため基板の回路部品が異常をきたしている可能性が大です。

 後は、重シリコン・ウェハース製造機ですが、温度設定にむらが有ります。

 使用している電磁加熱装置のコイルに問題があります。

 コイル自体に若干の不純物が混じっているために、従来製品では問題が起きない場合でも、新製品の場合には問題となり得ます。

 通電した際に不純物の介在で目に見えない微小震動が励起され、そのためにシリコン・ウェハース表面に微小な凹凸ができるんです。

 これは高速で動く電子の抵抗になります。

 従って、電磁加熱コイルを交換してください。

 純度の高いコイルを製造できるのは、ハベロンではコーンズ冶金、若しくは、グリーンズ電磁コイルのいずれかです。

 どちらの製品を使っても大丈夫なはずです。

 色々申し上げましたが、これらを克服すれば、この新工場での量産体制は可能だと思われます。

以上です。」


 誰とはなしに、拍手が起き、やがて参加者全員が拍手をしていた。

 近くのレストランで食事をし、午後から残りの機器の確認を終えて、スティーブとケィティは新型工場を後にした。


 ディビッドは、提案された修復方法を再度検討するために工場に残った。

 そうしてスティーブが言った部品、回路、基板を徹底的に見直し、スティーブが置いて行った特殊な測定装置を使って確認し、20日後に再稼働したところ、見事に全ての機器が稼働し始め、生産ラインが確保されたのである。


 試作品の集積回路をテストしたところ、目標値であった従来製品の2.5倍をはるかに上回る18倍の速度での計算機能を発揮した。

 これは特許でうたわれている理論値に限りなく近い数字であった。


 クレッセンド電子工業のこの分野での席巻せっけnは間違いないところである。

 ディビッドが喜んだのは言うまでもない。


 ここしばらくはライバル企業との水を開けられるだろうからだ。




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