第32話 クレッセンド家 その一
スティーブの宿舎は集合住宅であり、3階にスティーブの部屋が有った。
広い間取りのLDKと寝室が4つもあり、それぞれの部屋に立派なカーペットや調度品などが揃っているのには驚いた。
独身所帯だから家具などほとんど何もないのをイメージしていたのだが、それが間違っていた。
これならば十分に快適な生活を送れるはずである。
掃除もきちんと行き届いていた。
部屋を一通り見た後で、二人揃ってPXに行ってみた。
売店と言うから小さなスーパーをイメージしていたのだがそれも裏切られた。
まるで郊外にある大きなショッピングセンターである。
日用品を含めて生活に必要な品なら何でも揃っていた。
そうして確かにリカーショップでは多種多様な酒類が置かれていた。
その中でスティーブが選んだのは、メルギス産食前酒のカーリアルとベルディック産の12年物ワインであった。
二本で812クレジットという額にもケィティは驚いたものである。
それを持ってぶらぶら歩きながら宿舎に戻ると、5時を少し回る刻限になっていた。
陽は随分と傾いているので、もう30分もすれば日没になるだろう。
広い敷地に緑の芝生がとても印象的だった。
宿舎に戻り、荷物を持って再度浮上車に乗ってゲートに向かう。
ゲート付近で待っているエアタクシーに乗って、ダーリアン・デパートに向かった。
ダーリアン・デパートではスティーブ一人が降り、ケィティはエアタクシーで待っていた。
10分ほど待つとスティーブがワイン一本と大きな花束を持って戻って来た。
淡い赤紫のカールロイ・ローズが50本ほどもある。
この花はお婆様が大好きな花でもあった。
クレッセンド邸に着いたのは、5時40分頃であり、間もなく日没の時刻であった。
ケィティが花束と料理の紙箱一つを持ち、スティーブがワインなど三本とケーキの紙箱を持った。
クレッセンド邸は小高い丘の上に有り、広い庭と大きな二階建ての建物からなっている。
玄関では、ケィティの妹のジュリエットが出迎えてくれた。
大きな花束を見てジュリエットが目を丸くしながら受け取ってくれ、二人を招き入れてくれた。
二人は荷物を届けるために、そのまま台所に直行した。
お婆様とセシリアがエプロン姿で忙しそうに動いていた。
そこへ三人が現れると、二人共に苦笑いしながらセシリアが言った。
「まぁ、大事なお客様をいきなり舞台裏に招いてどうするのですか。
さぁさぁ、お荷物をテーブルの上に置いてくださいな。
ジュリエット、お客様を居間へご案内してね。
デリラが居間でお茶の用意をしていますから。
ケィティ、貴方はここに残ってその品をどうすればよいか説明してね。」
ジュリエットが花束をテーブルの上に置き、スティーブを案内して、居間へ連れて行った。
勧められるままにソファに座ると、すぐに、メイドのデリラがジャミン・ティーを出してくれた。
茶葉の香りがとてもよく、いい茶葉を使っていることがわかる。
正面からジュリエットがじっとスティーブの顔を見ていた。
「初めまして、僕はスティーブ・ブレディです。
宜しく。」
「ジュリエットよ。
ケィティは、私の御姉さま。
失礼ですけれど、貴方本当に軍人なんですか?」
「ええ、宙軍の中尉です。」
「でも、中尉さんって、もっと年寄の筈だけど・・・。
スティーブさん、お若く見えるわ。」
「ええ、まぁ、23歳ですからね。
お姉さんとは一つぐらいしか違わない。」
「へぇー、じゃぁ、ひょっとして飛び級?
あれ?
それでも勘定が合わないなぁ。
でも貴方は嘘をついているように見えないわ。」
「お姉さんから君はすぐに嘘がわかるとは聞いていたけれど、・・・。
飛び級で普通の大学に入り、大学院を20歳で卒業したんだ。
それから宙軍大学校に入り、この3月に卒業したばかりだからね。
たまたま、少尉は3カ月ぐらいしかやっていないけれど、ほんの2か月前に中尉になった。」
「わぉー、じゃぁ、宙軍の中でも飛び級ってあるんだ。」
「うーん、飛び級とは言わないけれど、特進という制度があって、場合により階級を上げてもらえる。」
「それって、何か特別に戦功をあげた時の話でしょう。
じゃぁ、何か勲章を貰ったんだね?」
「うん、まぁそう言うことかな。」
ジュリエットが眼を輝かせて少し身を乗り出した。
「ねぇねぇ、どんなことで勲章を貰ったの?」
「うーん、ごめんなさい。
軍の秘密に関わることなので、言えないんだ。」
ジュリエットは少し落胆したようだ。
表情がころころと変わる。
根が正直なのだろう。
「ふーん、しょうがないか。
じゃぁ、軍に関係ないことを話して?
お姉さまとどうして知り会ったの?
で、今、どんな関係?」
「お姉さんとはひょんなことからセントラルパークで初めて出会ったよ。
で、今は親しい女友達・・かな。」
「親しいってどのぐらい?
キスして抱き合うとかセックスしたとか。」
「どっちも無いな。
まだ出会って二回目だからね。
腕を組んで街中をデートするぐらいかな。」
「うーん、・・・嘘じゃないみたいね?
可笑しいなぁ。
だって、普通なら親しければキスぐらいするじゃん。」
「ジュリエットにはそう言う人はいるの?」
途端にジュリエットは真っ赤になった。
下を向きながらそれでも小さな声で言った。
「まだ、いない。」
「今、幾つ?」
「19歳、ハベロン大学の1年生。」
「好きだなって思う男性はいるの?」
顔を少し上げて言った。
「いないわけじゃないけれど、親しいわけじゃないから。」
「そう、じゃぁ、片思いかな?
でもキスをしたり、抱き合ったりというのはまだ早いかもしれないね。
これは持論に過ぎないけれど、男性は、きちんと女性を養えるだけの生活力が無ければ、性的な関係は結ばない方がいい。
女性も同じく、子供を育てる自信が無ければ、性的な関係は結ばない方がいい。
キスをするということは、それだけ性的な関係に
少なくとも私は貴方が好きですよという明確な意思表示になるからね。
そのサインを読み違えると激情に
男女とも自分の感情を抑えきれない事態になったら危ないな。
後先考えずに行動しちゃうからね。
ジュリエットに
女性は受け身だからね。
先走ると損をするのは女性になってしまいがちだ。
学生の間は少なくとも親の支援が無ければ何もできない身の上だろうから、せめて自立できるようになるまでは色々と我慢しなければならないことも有る。
そうして、君が素敵な女性であれば、君に相応しい相手の男性もきっと待ってくれるはずだよ。
そうじゃなければ、一時の恋愛感情に溺れているだけで、その関係は長続きしないだろう。
いつか男か女かが離れて行ってしまう。」
「うーん、それは嫌だなぁ。
男の人ってどんな基準で女性を選ぶの?」
「さて、それは人によって様々だろうね。
見栄えを一番にする人もいれば、心根を大事にする人もいる。
見栄えも心根も良くって、知恵もある女性が良いのだろうけれど、一方で知恵がある女性を嫌う男性もいる。
女性が自分より能力があることを認められない男性は特にそうだろうね。
何も言わない可愛い花ならいいけれど、自分に逆らったり、意見したりするような女性は、
「お姉さんは、どんな女性だと思う?」
「ジュリエットもそうだけれど美人だよ。
そうしてとても心が綺麗な人だね。」
自分を比較に出されたのが意外だったのか、ぽっと顔を赤らめた。
「お姉さまは、賢いと思う?」
「賢いというのは色々な意味合いがあるけれど、どの意味合いかな?
勉強の成績が良い人を賢いという場合が多いのだろうけれど、勉強の成績が悪くても世渡りの上手な人も賢いという。
ジュリエットはまだ若いけれど、お婆様は年寄りだからジュリエットよりも色々なことを知っている先達だ。
そう言う人も賢いと言うだろうね。
僕の知っている職工さんは、学校の成績は良くなかったかもしれないし、大学には行かなかった人だけれど、仕事については誰にも負けない知識と技術を持っている。
多分そう言う人も賢い人なんじゃないかな。
ケィティは、自分自身の知恵を持っているのだから賢い人だと思うよ。
そうして、人並み以上の事が出来る能力を潜在的に持っている人だと僕は信じている。」
「ふーん、スティーブさんって善い人だね。
だからお姉さまもスティーブさんを信じてるんだろうな。
二人は結婚するのかな?」
「うーん、将来のことはまだわからないな。
二人が互いの事を良く知り会って、お互いに納得ができたら結婚することになるかもしれない。」
三人の女達が居間に入ってきた。
スティーブとジュリエットはソファから立ち上がった。
三人共に衣装を変えている。
予め来客用の衣装を用意していたのだろう。
お婆様はベージュ色のインナースーツに茶系統チェック柄のゆったりとしたワンピースに、母親は、灰黄色で蔓草模様の意匠が描かれたインナースーツに黒のレース編みのワンピースに、そうしてケィティは、インナースーツを薄い肌色に、そうしてその上に大輪の花柄模様のワンピースを着ている。
そのケィティが言った。
「ごめんなさい。
お招きしたお客様をほったらかしにして。
改めてご紹介します。
こちらが母のセシリア、そうして、こちらが祖母のクレモナです。
それにもうご承知かしらね。
そちらが妹のジュリエットです。」
スティーブとジュリエットが同時に頷いた。
スティーブが挨拶をした。
「初めまして、スティーブ・R・ブレディと申します。
御嬢さんからお誘いを受け、厚かましくも押しかけて参りました。
どうぞ今後ともお見知りおき願いします。」
セシリアが応えた。
「このたびはケィティが危ういところを、お助けいただいて本当にありがとうございました。
それにまた、前菜やデザート、それにワインや花束まで頂戴いたしまして、随分と御気を使わせたようで恐縮しております。」
傍らでジュリエットが驚きの表情を浮かべていた。
花束の話で驚いたのではなく、ケィティの危機をスティーブが救ったことについて知らなかったからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます