第30話 ご招待

 ケィティは、ようやく安心したようだ。


「良かった。

 じゃぁ、もう一つお願いがあるの。

 実は私、男性と腕を組んで街を歩いたのはスティーブが初めてなの。

 ブロムで男性とダンスもしたことはあるけれど、普通に男性と腕を組んで歩くなんて夢物語だと思ってた。

 でも、スティーブが促してくれたおかげですんなりとできたわ。

 もう一つ夢物語が有るとしたならファーストキッス。

 テレビドラマではよく見るし、父と母も気軽にしているけれど、私にはこれまでできそうも無かった。

 そう言う男性が居なかったというのもあるけれど、もしかするとスティーブとならできるかもしれないと思うの。

 キャスリンとリンダには盛んにあおられてしまったけれど、それだけじゃないわ。

 スティーブとのお付き合いの初めの一歩としてキスをしてほしいの。

 それで、私もスティーブと本気でお付き合いを始められるんじゃないかと思うわ。」


「何だか随分と変な理屈だけれど、いいよ、キスぐらいなら。

 今ここでするの?」


「うーん、人が見ているのはちょっと・・・。」


「じゃぁ、ここを出てから考えよう。

 別に急いでしなければいけないものじゃない。

 それよりも、君の家へ出向くにしても、今のところはっきりとした予定は立たないけれど、どうすればいいかな?」


「うん、さっきのメールでは、今日と明日は、地上に居られるんでしょう。

 だから、今日の夕食に来れないかな?」


「僕は構わないけれど、そんなこと勝手に決めちゃ家の人が困るでしょう。」


「家を出て来る前にお母様には、今日か明日の夕食でどうかって打診しているの。

 どちらでも構わないって。

 但し、このところ父の帰りが遅いのよね。

 だから夕食でもかなり遅い夕食になる気がする。

 明日遅くなればスティーブが困るかもしれないから、今日ならと思っているんだけれど・・・。」


「なるほど、じゃぁ、お母様に連絡してくれる。

 差し支えなければ、今日伺いますって。」


「ええ、じゃぁ、その連絡は早い方がいいわね。

 準備もあるから。」


 ケィティは早速セルフォンを取り出して自宅に連絡を入れた。

 電話を切って、ケィティが言った。


「午後6時ごろに来て下さいって、・・・。

 やはりお父様は遅くなるみたい。」


「お父さんは、確かクレッセンド電子工業の代表取締役だったね。」


「ええ、そう、曾お祖父様の代から引き継がれた老舗しにせなんだけれど、色々と大変みたい。

 経営自体は上手くいっているらしいのだけれど、新しい工場の方で故障が頻発ひんぱつしているらしいの。

 それなりの技術者も居るのに原因が掴めていないらしいわ。

 だから、ここ一週間は本社じゃなくって工場の方で陣頭指揮に立っているわ。

 何でも、新しい工場が上手く操業できなければ、かなりの痛手になるらしいの。

 お婆様から聞いた話なので、詳しいことは判らないのだけれどね。」


「ふーん、それは大変だね。

 でも、ひょっとしたら何かお手伝いできることがあるかもしれないね。

 まぁ、今晩お父さんにお会いできるのを楽しみにしておこう。」


 他愛もない話をしながらケィティとスティーブは午前中の時間を共有した。

 二人で軽い昼食を摂ってから、市内を歩いて回った。


 エアカーのショップでは、最新型のエアカーをいくつか見て回り、その内の一台をスティーブが購入したのである。

 値段は何と12万2千クレジットであった。


 安全性に配慮した新型機体であり、内装も立派な上に種々の装備が施されていることがスティーブの気に入ったようだ。

 その上にいくつかのオプションがつけられて、スティーブが支払った金額は14万4820クレジットであった。


 ケィティは驚きの目でみているだけである。

 引き渡しは一週間後になるようで、スティーブの都合のいい時に受け取りに来ることになったのである。


 久方ぶりの上客の希望は、ディーラーが何でも請け負った。

 12万クレジット以上もするエアカーは年に1台売れるかどうかというところであるからだ。


 ディーラーの店を出た二人はまた腕を絡ませながら歩き始めた。


「驚いちゃったなぁ。

 単なる冷やかしのつもりで入ったのに本当に買っちゃうなんて・・・。」


「クレッセンド家にも、エアカーは一台ぐらいあるんでしょう?」


「ええ、家には二台あるけれど、一台はお父様が使っているし、もう一台はお母様やメイドのデリラさんが使うわ。

 主として買い物かなぁ。」


「じゃぁ、僕の家にも一台ぐらいあったって可笑しくは無いでしょう。」


「それはそうだけど、家の2台は精々4万から5万クレジットぐらいよ。

 大衆車よりは少し高いかもしれないけれど、ごく普通のエアカーよ。

 10万クレジット以上もするエアカーなんて、よっぽどの人じゃなければ持たないもの。」


「じゃぁ、そのよっぽどの人だと思ってくれればいい。

 宿舎には駐機場もあるんで、いずれは一台買うつもりだったから、どうせ買うならいいものを買った方がいいからね。」


「軍人さんって、そんなにいいエアカーを持っている人たちばかりなの?」


「所帯持ちはごく普通の大衆車が多いけれど、独身者は結構スポーティなエアカーを購入している人が多いね。

 一生懸命給料を貯めて気に入ったものを買うらしい。

 僕の乗っている船にもそう言う若い人はいるよ。」


「やっぱり10万クレジット以上のもの?」


「いや、多分高くても7万から8万クレジットぐらいだと思うよ。」


「じゃぁ、スティーブは少し無駄遣いし過ぎじゃないの?

 そんなに乗り回せるわけじゃないでしょう?」


「そうだね、仕事で月の半分はそらの上だから、地上に居られるのは精々10日もあるかどうか。」


「じゃぁ、何となくもったいないじゃない。」


「まぁ、そうかもしれないね。

 でも同じようなエアカーを二台、三台と買っても意味は無いだろうし、貯まったお金も少しは社会に還元しなくちゃいけないからね。

 それで、今日は少し使うことにした。」


「そうか、スティーブはお金持ちだったわね。

 ゲームの製作者で年間100万クレジット?

 それに何かの特許料?

 多分、宙軍からのお手当もあるだろうし、一体年収はどのぐらいあるのかしら?」


「宙軍の給与はさほど高いわけじゃないけれど、船に乗っていると危険手当と言うか航宙手当てが付くのでね。

 地上の人に比べると割高だよ。

 船に乗っていると食事も出るしね。

 船では衣食住が支給されるから、宙に居る間はお金の使い道がない。

 僕の場合は月に3200クレジット、諸手当でさらに580クレジットほど貰うから、月に3800クレジットぐらいかな。

 年間では、多分4万5千を下回ることは無いのじゃないかな。

 それにゲームの印税が年間100万クレジット程度、特許料の方は今のところ年間で300万クレジットを超えているんじゃないかと思う。」


「凄いわね、スティーブの歳で年間400万クレジット以上だなんて、・・・。

 毎年豪邸が2、3軒買えるじゃない。

 そんな人が宿舎住まいに、宙軍の船住まいだなんて・・・。

 確かにお金の使い道に困るわね。」


「お金の使い道で思い出した。

 今日の夕食はどんな献立こんだてなのか後でもいいから確認してくれないかな。」


「え、なんで?」


「折角のご招待でしょう?

 招待された方の礼儀としてワインでも持っていこうと思っている。」


「あら、そんな習慣があるの?

 面白いわね。

 家でもそれなりに用意していると思うけれど・・・。」


「家にはワインセラーがあるの?」


「ええ、亡くなったお祖父様がワインに一時っていらしたことがあって、家には立派なワインセラーがあるわ。

 お祖父様が亡くなってからは余り仕入れてはいないようだけれど、お婆様の話では結構いい品がまだあるそうよ。」


「うん、じゃぁ、持って行っても無駄にはならない。

 4時ぐらいには料理も決まっているでしょう。

 あ、ケィティは帰ってお手伝いはしないの?」


「さっき連絡した時に確認したんだけれど、必要ないって。

 下手に周りでうろうろされているよりは、いない方が良いって言われちゃった。」


「おやおや、それでもやっぱりお手伝いしておいた方がいいと思うけどな。」


「あら、スティーブ、私の手料理を食べてみたい?」


「何なら僕が作って、食べさせようか。」


「あ、そう言えば、スティーブの趣味の一つに料理が有ったわねぇ。

 お船でもスティーブが作っているの?」


「いや、船にはきちんと専門のコックが居るからね。

 今のところ僕の出番はないな。

 でも前の船では人数も少なくてね。

 コックも乗っていない船だったから、時々は料理を作って食べさせた。」


「へぇ、宙軍士官が料理を作るなんて・・・。

 それに異人類種族も乗っているんでしょう?

 そんな人たちに合う料理ってどんなものかしら。」


「異人類種族といっても人類と左程違うわけじゃない。

 禁忌の食材とか味付けの問題は若干あるけれど、工夫すれば同じものを食べられるんだよ。

 あ、そう言えば、ここに赴任する際に旅客船で知り合った女性が居るんだけれど、このハベロンで料理学校をやっているんだ。

 とても気さくな人でね。

 一度その料理学校に訪ねて来なさいと言っていた。

 これから行って見ないかい。」


「えーっ、料理学校でデートなの?

 何かおかしいような気もするけれど、・・・。

 特に当てが有るわけじゃないし、いいわ、行ってみましょうか。」


 こうして二人は、料理学校へと向かった。

 向かった先は、ハベロンの目抜き通りの真ん中にある比較的大きな建物だった。



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