第27話 試運転

 翌日スティーブは、宿舎への家具の運び入れを差配し、種々の移転手続きも夕刻までに終えて、シャトルで軌道衛星に戻っていた。

 前日からケィティの周辺には念のため監視の目を置いていた。


 共和連合標準暦9月10日、小型砲艦サンパブロは予定されていた全ての改造修理を終えていた。

 元々小型砲艦は、偵察艦や駆逐艦とは形状が異なり、どちらかというと極太の葉巻をイメージさせる形であった。


 それが今回の改造により20ヤールほど全長が伸びたものの、胴体中央部が水平方向に12ヤールほども膨張した形となり、増々、異形を帯びた形となっている。

 全長142ヤール、最大幅26.6ヤール、最大高さ14.6ヤールの艦形は少々不格好ではあるが、大きさの割に乗員の居室は広く、宙軍艦艇には珍しく居住性に富んだ設計となっている。


 兵装は、通常の場合、上部に50メガラス砲塔2連装2基を備え、船首部及び後部側面に20メガラス砲塔単装各2基を備えている。

 その内、船首両舷側の20メガラス単装砲塔は今回の改装で取り外され、その代わりに全く異なる設計思想で装備された新型砲が装備されていた。


 小型砲艦は戦闘用と言うよりはむしろ警備艦的要素が強い船型であった。

 従って、武装宙賊の備えとして辺縁星系に配備されることが多いのである。


 サンパブロも20年ほど前にハーデス帝国との境界に近い辺境星系に配属されていたが、帝国軍との国境紛争が激化し始めた15年前に新型駆逐艦の配属に伴って、境界付近から少し離れた第103管区に配置転換されたものである。

 その日午前9時までには出航前の最終チェックも終わり、乗員も全員が揃っていた。


 ハーベイ星系工廠支部長のガーレン中佐他数名の技師が乗り組み、サンパブロは新たに装備されたジェイド型推進機関を始動した。

 既に新型動力炉も運転を開始しており、全ての機器に電力を供給していた。


 通常こうした試運転の際は、何がしかの故障が頻発するものであったが、今までのところ一切の故障個所はない。

 歪曲重層シールドもその機能を確認した。


 スイッチオンと同時にサンパブロ号は基地宙港管制のセンサースクリーンから消えたのである。

 但し、今度の歪曲重層シールドは切り替えスイッチにより通常シールドと置き換えることができるようになっているほか、通常シールドに一定の負荷が掛かると自動的に歪曲重層シールドに切り替わるようにもなっている。


 更に、高次空間センサーは、これまでの装置よりも出力を増やしたために、探知範囲が約2倍の58光年にまで広がった。

 もう一つ、基地に残されている工廠技師の手にはサンパブロ搭載の通信機と対になる物が残されていた。


 高次空間通信装置である。

 円筒形の少し大きめの卓上型ウーファのような物が、対になってサンパブロ艦内との光通信を可能にしている。


 装置とは別に交換機を備えることにより、複数の高次空間通信装置との連携も可能となっていた。

 この通信装置は、距離による時間差が理論上は出ないことになっている。


 わざわざこの装置の機能確認のために、軌道衛星で捕えられる衛星放送の画像及び音声を光データに置き換え、サンパブロ艦内にも流せるようにしていた。

 無論、この装置を経由して、軌道衛星内のネット通信との接続も可能となっている。


 通信容量は、ほぼ無制限であり、大容量のビデオ映像が同時に100万本以上流せることになっている。

 通常の通信が可能な基地周辺宙域ではその恩恵も定かではないが、距離が離れるにつれてその価値が判明するだろう。


 工廠支部の8番ドックを出渠したLC342サンパブロは、これまでの機器に比べると明らかに静かな駆動音で滑らかに動き出した。

 その原動力は、新たな発想で組み立てられたジェイド推進機関である。


 ドック又は格納庫への出入りは、予め設定されている港内速力の範囲で増減できる能力を有している。

 次いで航海長の指示でスロットルを微速位置に上げると、急激な加速を見せて前進を始めた。


 加速度ゲージは一気に増加し、2千G を超えている。

 毎秒毎秒2万ヤールの加速度は、5分後には毎秒60ギムヤールの速度を超えていた。


 更に半速5千Gで15分間航宙し、原速8千Gで10分間、強速1万Gで5分、第一戦闘速度から第四戦闘速度まで四段階を各5分、最後に全速5分間を試して、最初の試験を終えた。

 この間に最大速度は毎秒3万7千ギムヤールを超え、進出距離は35光秒を超えていた。


 少なくともゼロスタートから駆動を始めて、1時間でこの距離と速度に達した艦は宙軍にはこれまで存在しない。

 快速の偵察艦ですら、惑星周辺の遷移臨界点である1.5光秒を超えるまでに1時間は要するのである。


 驚異的な速度であった。

 全速を継続すれば理論上は3時間足らずで光速に達することになる。


 だが光速の30%を超えたあたりから、質量が増大するために速力上昇比率は急速に鈍るとされている。

 実際にサンパブロの速力は光速の15%を超えて、速力上昇比がやや落ちていた。


 サンパブロは、加速を徐々に減少させて、やがて慣性航行に移っていた。

 念のためにジェイド推進機関を停止させた状態で、新たな遷移駆動機関を発動させるためである。


 これまでのところ、歪曲重層シールドも高次空間センサーも十分に機能している。

 通信装置も正常に機能しているようで、本来35秒遅れの映像になる筈のテレビ放送も全く遅れが無い状態である。


 画面右下隅に表示されるハベロンの時間と船内計時が1秒の狂いも無かったのが証拠である。

 これから行うのは、亜空間遷移に伴う空間擾乱防止装置を取り付けた改デズマン駆動機関の初めての始動である。


 サンパブロは光速の15%程度の速力を維持したまま、遷移を行った。

 この遷移に際して、通常センサーにも擾乱は一切認められなかった。


 僅かにセンサーのメーターが触れたが、カブス人、メルデル人共に擾乱の影響なしと報告してきたのである。

 従って、改デズマン駆動機関を装備したサンパブロは、一切の空間擾乱を発生させずに遷移が可能となり、しかも歪曲重層シールドを展開すれば、センサー上は不可視になるのである。


 無論MISUをオンにしていれば味方にその存在は知れる。

 但し、MISUの発する周期的なバースト通信は、小規模エネルギーの探知につながり、それだけで敵に察知される恐れが生ずる。


 サンパブロの今一つの利点は、省エネの上に非常に大きな出力を有する動力炉を設置したことで、連続して遷移が可能となったことである。

 既に艦隊装備技術本部が整備を始めている新型装備の動力バッテリーでは、0.1光時の遷移を連続でできるが、その限界は、1秒間に200回前後である。


 宙軍司令部ではスティーブの具申を受け、現状では安全係数をとって連続100回までに制限しているところである。

 このため、1秒間に10光時、1分間では25光日、1時間では4.1光年の遷移が連続して行えるのである。


 一方の新型デズマン駆動機関は、新型動力炉から直接エネルギーを得られることから毎秒あたり0.5光年の遷移が可能となる。

 毎分30光年、1時間では1800光年分となることから、共和連合宙域内の端から端までおよそ600光年を20分程度で走破できることになるはずである。


 その連続運転を乗員全員が固唾かたづを飲んで見守った。

 航海長が高次空間センサーの探知範囲内で慎重にコースを選定し、やがて発令した。


「針路右12.8度、下方7.9度に変更、速力そのまま。

 針路変更完了時から5秒後に連続遷移60回を実施する。

 各員、遷移に備え。」


 操舵員が復唱し、針路が変わる。


「針路定針しました。」


「了解。

 遷移3秒前、2、1、遷移。」


 一等航宙士が連続遷移のボタンを押した。

 スクリーンに映し出される周辺宙域図が遷移と同時に変化する。


 それが1秒間隔で繰り返され、やがて設定の60回に達した。

 艦橋内の歓声も束の間、航海長が新たな指示を出す。


「針路反転、反方位となせ。

 針路定針の後、速力、光速の5%にまで減速。」


 航海長の指示が復唱され、サンパブロは反転し、減速を行ない始めた。

 減速には時間が掛かった。


10000Gの加速度でも45分ほど掛かるからである。


「次の兵装試験まで1時間の休憩時間と成す。

 当直員を残し、適宜休憩をとれ。」


 艦橋内の緊張が一斉に緩んだ。

 艦長は、工廠支部長や技師を連れて、艦長公室に向かった。


「当直員、光速の5%まで減速したなら知らせ。

 私は、自室若しくは艦長公室にいる。」


 ◇◇◇◇


 45分後、航海長に艦内通信が入った。

 スティーブは、艦長公室に赴き、試験の再開を伝え、艦橋に上がって兵装試験15分前を令した。


 艦橋配置の者がすぐに集合した。

 既定の時間が過ぎ、スティーブが改めて確認した。


「支部長、射撃訓練宙域の変更はありませんか?」


「ああ、ない。

 先ほど警戒艦艇の配置についても確認済みだ。

 バースト通信の情報では、付近宙域に航宙船等もなく異常なしとのことだった。」


「了解しました。

 では警戒船との連絡を本艦からもとります。

 何しろ警戒艦艇では本艦の位置も判らないでしょうから、こちらから動静を伝えてやらなければなりません。」


「その通りだな。

 私も改装に携わったとはいえ、何ともとんでもない艦を造ってしまったのではないかと思っているよ。

 目を見張る新装備のオンパレードだ。

 これだけ重要な情報では、艦装本部への報告もバースト通信では送れないだろうと艦長と話していたところだ。

 やはり連絡艦でデータと各図面を送るしかないかな?」


「本部には、取り敢えず高次空間通信装置を託送してはどうでしょうか。

 装置が本部に届き次第、データを電送すれば宜しいと思います。

 万が一敵の手や宙族に奪われた場合を想定して、リモートの自爆装置を取り付ける必要もあるかと思います。

 それと幸いにも、当基地の巡洋航宙艦エイモスが改装のために艦隊装備技術本部の工廠に行くことになっています。

 出発は三日後だったと思いますので、パスワードに暗号を組み込んで、艦長又は航海長に預けるのが宜しいかと存じます。」


「うん、それが一番良さそうだな。

 少なくとも万が一秘密が漏れても、一つだけで済みそうだ。」


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